1部 シズク 2章 世界を失った少年は幻の村で目覚め、§3 ①
「――す、凄かった……」
ユウの日常品を揃えるため、彼らは中央広場を抜け、市場に向かった。そこで、何人もの村の住人に囲まれ、二人がからかわれ、シズクがすねて頬を膨らませたり、アリスが怒って殴ったりと繰り返された。それが日常なのだろう、ほほえましく暖かい。彼女達といく店店で大騒ぎだったが、なんとかユウの生活用品を揃え、彼らは広場に戻ってきていた。
「そうですか? いつもより静かですよ。お祭りが近くて準備で人も少なかったですし」
「お祭り?」
ユウの疑問に、シズクが答える。一年に一度、行われる村の伝統の祭りだ。祭りには外に移り住んだものも帰って来て、好き勝手に土地土地の屋台、歌い、踊り、芸や劇を行う。村の者も、外の者も、世界中のリタリースの仲間と触れ合える大切な日だということだ。
シズクも何かしたかったが、勝手に村の外に出た罰として禁止されたと残念がっていた。でも、後悔はない、そんな顔をしていた。
「でも、アリスちゃん、〈誓いの戦い〉の演武者なんですよ、凄いんです」
シズクが誇らしげに言った。それ何、とユウが訊くと、シズクが説明してくれた。
祭りの最後を飾る、村の代表の二人による立合い。その代表に院生であるアリスが選ばれたことは、快挙といえる。院生とは学生みたいなものだ。ユウがこれから住む院で、この村の若者たちに学問や戦いなどをマリアが教えている。シズクもアリスもその院生だ。
「代表は、大体守備隊の人がするのにですよ……」
院を卒業すると、大抵は守備隊か研究員になる。守備隊は村の自警団だ。ただ村の治安が悪くなることはないので、その役割は外部からの襲撃への対処になる。だから守備隊だ。
「今年の演武はアリスちゃんと守備隊の隊長さんです。ほんっとに凄いんですよー」
立ち合いには見世物としての要素も含む。だから実力が拮抗している必要がある。アリスの相手が、村を守る守備隊の隊長が選ばれたということは、彼女の相手を務められるのが村の頂点である隊長くらいしかいないというになる。
「――二人ともぉ!!」
突然、後ろから大きな声がした。振り返ると、筋肉質で焼けた肌をした白髪の男性が立っていた。筋肉を見せつけるように上半身はベスト一枚だけ、腰に大剣を携え、その剣先が石畳にこすれ、がちゃがちゃ、と五月蠅い。
「隊長さん!!」「隊長……」
シズクが声をあげ、アリスが嫌そうな顔をする。
「この人が隊長さんです。こっちはユウさんです。私たちと一緒に住むんですよ」
シズクが隊長への挨拶を済ませすぐ、ユウと隊長にそれぞれを紹介した。
「お前がマリア様の言っていた……」
そう言うと隊長はユウを足先からてっぺんまで舐めるように見る。
何かいやらしい、とアリスが不潔そうに、隊長を見てこぼす。
「アリス!! 気は変わらないか? わしらは待っとるんだぞ」
「だからそれは何度も――」
「――その話はもう断ったでしょ! アリスちゃんが困るからやめて下さい!」
そうだったか、と隊長はとぼける。ユウに視線を向け、君はどうだ、とユウの体を弄る。
「な、何を……」
ユウは悶え、体を逸らして逃げようとするが、隊長の力が強くて逃げられない。
「うわぁー」「ユウさんが汚されてます」
アリスとシズクの顔が引いていく。彼らを遠い目で見ていた。
「少し背が小さいが、これなら……。ユウ、守備隊はどうだ?」
「隊長さん! だれそれ構わず勧誘しないでくださいよ! それに、私は一度も声かけられたことないんですけど、どういうことですか?」
「シズク? はぁ? はははは、シズクかーー」
隊長が蔑む目でシズクの顔を見下ろし、何を言うんだ、と目で語る。
「隊長さん!」
「おっと、すまん、すまん。アリス、ユウ、いつでも守備隊に来い、待ってるぞ!」
「だから、わたしもいますってば! もう! 隊長さんなんて大嫌い――!」




