緑に花
ごめん、と慌てて教室を出て小金井に駆け寄ると小金井はすこぶる不機嫌そうな顔をして、何も言わずに私に背を向けて歩き出した。
暑いのはわかるけど、そこまで無愛想にしなくてもいいと思う。
ついつい口をとがらして後をてこてことついていく。
いつもの曲道で、じゃあな、と小金井が手を振ってバイト先のほうへ行く。
そうか、今日はいつもよりシフトが早かったんだ。
変わらない、何も変わらない。
前と、全然変わってない。
その日は小金井から何の連絡もなかった。
次の日からは授業も始まって、暑さに茹って休みボケした頭では考えるということもほぼほぼ不可能に近く、ぼーっとしたまま一日は終わった。
小金井からは今日はバイトがあるから行けない、と淡々としたメールが送られてきていた。
どうしたもんかな、とまだ日が照っていて暑そうな窓の外にふっと目をやって、外に出るのが嫌になってしまい、図書室にでも向かおうかと思ったとき、教室の扉ががらりと開いて、花が入ってきた。
「おや、緑、まだいたの?」
「うん、花こそ、何してるの?」
そう聞くと友達とちょっと駄弁ってたんだーとニコニコとして私の隣の席に腰かけた。
「ねー、受験近くなってきたね」
「あー、そうねー」
「あ、でも緑はそれどころじゃないかぁー?」
にやにやと笑って花は私のほうを見る。
私は苦笑いをするしかなかった。
「ねー、緑って小金井クン?と付き合ってるんでしょ?夏目のことはもういいの?」
「えー……っと、うーん……」
上手く言葉を見つけられずにつっかえていると、花が何かを察したようにふーんと言った。
「じゃあ、まだ好きなんだ」
「んー、うん、そう、だね」
「じゃあ、なんで付き合ってるの?」
確信づいた質問。
花にしたら普段の会話となんら変わらないテンポで聞いた質問。
それでも私は答えられなかった。
……どうして?
契約をしていることは事実だ。普通に言ってしまえばいい。
でも、どうして、言えない?
「……ま、よくわからないけど事情があるんだ?」
「そう……うん、そうなの」
花はこういうところで察しがいい。それはとてもありがたくて、ほっとする。
花は好奇心旺盛な子だけど、人が嫌がるところまでは聞いてこない。
いい子だ。
「でもさぁ、好きじゃない人と付き合うって大変じゃない?いいの?緑はそれで」
「よ、よくない、よ!!」
思わず、声を荒げてしまった。
花がびっくりしたような目をしてこちらを見上げる。
それからワンテンポ置いてふふ、と笑った。
「そうでしょう?緑は不器用なんだから、そんなことしてないで、好きってちゃんとさ、伝えなきゃ。遠まわしはきっと、夏目には効かないよ?」
「それに、緑は信じてるんだよ、夏目が自分のほうに帰って来てくれるって。だからのんびりできるんだよ。でもね、そんなんじゃ、だめなんだよ、緑」
全部、全部事実だ。
すべての言葉がナイフになって、ぐさりと刺さっていく、私の心をえぐっていく。
「……まだ間に合うよ。小金井クンにもちゃんと言わなきゃ。
緑は代替品で満足できるような、そこらの女の子とは違うんだから。
寂しがり屋で、愛を注がれてないと、生きていけないような子なんだから」
そう言って花は私の頭を撫でてくれた。
そうか、私は寂しかったのか。
はるかから愛を注がれなくなって、その愛が別の先に向いてることに嫉妬をして。
あぁ、なんて哀れ。なんて滑稽。
今まで私は何をしてきたの?
バカみたい、バカみたいだ本当に。
全部終わらせなくちゃ。
「……ありがとう、花」