扇風機とバスケットボール
「お茶入れてくる。適当に座ってろ」
パタン、と扉が閉まると同時に、小金井が部屋を出て行く。
じぶんでも、不用心だと思う。高校生男子の部屋にのこのこと上がってしまったことに関しては。
まぁ、でも一応彼氏だし。
と自分に言い聞かせて近くにあった座布団に腰を下ろす。
部屋の中にはバスケットボールがあったり、ところどころに男子らしさを感じた。
あの身長でバスケをやっていたのかと思うと少し笑えて来るが。
「……何を笑ってんだよ。アルバムでも見つけたんじゃねえんだろうなぁ」
小金井が盆の上にコップを二つのっけて帰ってきた。少し不機嫌そうな顔だった。
確実に今思ったことを正直に言えば軽く殺される、と思って、何でもない、とへらりと笑ってごまかした。
小金井はやはり単純で、あっそ、と納得したように言うと、テーブルの上にコップを置いて
「どうぞ」
と小さくつぶやいた。
基礎的な礼儀くらいは一応備わっているようだ。
小金井の部屋は扇風機一台しかないというこのご時世珍しいタイプの部屋で生ぬるい風が首のあたりを抜けていく。
そんな暑いとも涼しいとも言えない部屋の中では冷たい麦茶がありがたかった。
ところで、
そろそろ聞きたい。私がなぜこの部屋に呼ばれたのか。
聞こうか聞かまいかと思ったものの、このお互いが何も口にしない環境で何か言葉を発せるはずもなく、ただ喉の奥でうーうーとうなるほかなかった。
でもさすがにその状態が十分も続けば、なんでもいいから話題を出したくなるものだ。
えい、と意を決して、ねえ、と切り出す。
「あ、あのさぁ、なんで私今日呼ばれたの?あ、もしかしてあれ?復讐の件で?でもその割には何もしてこないよね、とりあえず家に彼女を連れてきたかっただけ?」
ぺらぺらと別に聞かなくていいことまで勝手に口が動いた。
言い終わってから気づいた。
小金井の目線がひどく冷たい。
小金井は何も言わずに私に手を伸ばすと、そのまま私の手首を両手でつかんで後ろにあった壁に押し付けた。
「……なんか、させろっつったらさせてくれるわけ」
いつもより声が低い、あと顔が近い。
またキスされるのかと思ったがそんなことはなかった。
「……な、なんかして、どうすんのよ。そんなことで、私たちがはるかたちに復讐できるの……?できないでしょ……だって、あの人たちは
私たちのこと、なんとも思ってない」
気づいたら瞳から涙がこぼれていた。
最後の言葉を放った時に小金井の目が驚いたように大きくなって、一瞬、手の力が弱くなった。
きっと、私たちの関係のすべてを否定する言葉だったのだ、あれは。
本当はこんな関係は無意味で、何も生まない、ただ空しいだけであるという確信には、お互い触れることはタブーであると無意識の内に知っていた。
だってこれは嘘だから。
幸せも、何も、生まない。
一瞬小金井の手が緩んで、私と小金井の間の距離が開く。
その手を勢いのまま振り切って部屋を飛び出して家まで走った。
家について、暑くて、靴下を脱ぎ捨てて、ブラウスのボタンに手を掛けようとしたとき、足のペディキュアの赤がはがれかけてることに気づいた。
あぁ、本当に愛する人を失うと、自分におろそかになるのだ。