図書室
蝉の声がいよいよ本格的になった。
照る太陽はカーテン越しにも存在感をアピールしていて、窓際の私の腕をじわじわと焼いた。
夏休みも近くなった。
小金井はバイトが忙しいらしく、週に一回迎えに来るか来ないかになった。
そんなある日、今日は迎えに行くと連絡が入ったその日、
はるかと有梨沙さんらしき人が図書室に二人で入っていくのを見た。
そのことをあわてて報告すると、小金井は見に行こう、と自分がこの学校の生徒であるかのように我が物顔で校舎の中へと進んでいた。
ガラッと思ったより大きな音で図書室の扉が開く。
時々この場所には受験勉強のために来るけれど、扉の音で驚いたのはこれが初めてだ。
勉強や読書以外の目的でこの場所に来たことをやましいことだと心が訴えているのだろうか。
でもここまで来てしまえば今更な正義感だった。
ふと奥のほうに目をやると、大きな長机の端っこに二人で腰かける男女の姿だった。
女のほうはわからないけど、男のほうは間違いなくはるかだ。
図書室には似つかわしくない声で女が笑うと、はるかはしぃ、と口元に人差し指をあてて微笑んだ。
見覚えのある、顔だった。
一か月くらい前、クラスの子の態度に耐えかねたとき、思わずはるかに愚痴ってしまって大声をあげたときも、はるかはあんな顔をした。
なぜか少しだけ、安堵した。
「あいつと俺なら俺の方がイケメンなのに、なんであんななよなよ男選んだんだよ有梨沙は……」
小金井の独り言にはるかに敵う男子なんかいるものか、と心の中で返して、女の方、有梨沙さんを見た。
有梨沙さんは私とは正反対で、ギャル風のメイクとふわふわと軽く巻いた茶髪だった。
ふと、伸ばしっぱなしの私の黒髪が目に入って、あんな子がタイプだったのかな、とネガティブ思考に陥る。
「おい」
と声が聞こえたかと思うと、私が何か返事をする間もなく、小金井が私の手をつかんで、いや、握って、はるかたちの一個手前の、ちょうどはるかたちが真正面に見える位置に座った。
「……なんで?」
状況が理解できずに尋ねると、小さな声でバカかお前は、と返事がき、
「約束した内容もう忘れたのかよ」
と言われて思い出した。
そうだ、この男は復讐をするために私と契約したのだった。
私も、復讐しようと思っていたはずだったのに、何かが、今の二人を邪魔してはいけないと訴えているような、それと同時に、邪魔できないと訴えているような。
その証拠にはるかたちは微塵もこちらを見てはいなかった。
「……今、あの二人みたいな顔を私はできると思わない」
「あぁ?……そうかよ」
ちっ、と小金井がイライラしたように舌打ちしても二人はまるで世界に自分たちしかいないかのように笑いあっていた。
そのうち小金井はバイトがあるから、と席を立った。
お前も帰るか?と聞かれたが、私は黙って首を振って、はるかたちがこちらをチラリとも見ず帰って行くまで図書室にいた。