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戦神の祈り  作者: ミズキ
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一縷の光

 カローナ・ヴァン・フォルゲン。名実ともに最強の傭兵。人類最強とも名高い圧倒的な実力者。たとえどんな武器であろうと、ナマクラであろうと、剣豪の持つ名刀のように扱う。また、最小限の被害で勝利する戦略家でもあり、神殿も重宝する一方で、巨額の報酬を要求する厄介者。

 恐るべきはその情報網。千里眼と謳われる程に圧倒的な情報量は情報屋すらも凌ぐと言われている。配下に何十人もの情報屋がいるのでは、とまことしやかにささやかれている。一方で、質問攻めにする悪癖を持つ。下手な否定をすると、勘違いで暴走する事もある。

 極度の気分屋で、世界のあちらこちらを飛んで回る自由人。アンバルロガの傭兵区に年一回帰ってくるかどうか、という程であった。その滞在期間も三日しかとどまらない事もあれば、半年以上とどまる事もある。

 また、ジェフが傭兵区にいた頃からいるにも関わらず、未だに20代前半のような見た目。年をとらないとも詠われ、魔女だとか、悪魔と契約したとも言われている。

 その他、出身を含めて全ては不明。情報屋であっても手を上げる程だった。

「はー、そんな方だったのですねー」

「世話にはなってるからあんまり無下にも出来ねェしよー。かといって質問攻めにされんのも嫌だし……。困った奴なんだよ」

「リョーさんも、お世話になったのですか?」

「ん? あ、ああ。まぁ、色々」

 歯切れが悪い。リョーは視線をそらす。

 初めての実戦の時の事は忘れもしない。戦場に立ったリョーは敵を斬り伏せ倒し続けたが、いつの間にか囲まれて絶体絶命の窮地に立っていた。死を覚悟した時に、カローナが駆け付けてくれなければ、自分は今生きていなかっただろう。

 その時、カローナに叱り飛ばされた事を忘れない。

 戦局を見誤るな。常に絶体絶命だと思え。最悪を想定し続けろ。

 顔面を力強く叩かれた時の痛みはまだ忘れない。ジェフ同様に、味方を大切にしているのが強く解った。……本当に、暴走妄想癖がなけりゃなー。

「それで、良い事ってなんですか?」

 レヴィに聞こうと思っていたのだが、レヴィはカローナに連れていかれてしまっている。リョーは本当に解らねェのか、と呆れた。

「伽だよ」

 クラーラでも解るような言葉でサラッと言う。クラーラは少しリョーの言っている事が解らず、しばらく考えた。

「……って、と、伽ぃっ!? 私達、女同士ですよ!?」

 世の中、女性同士だとか、男性同士であってもそういう行為がある事は知っていたが、まさか自分がそういう人間だと思われているとは思わなかった。

「だからそっちの趣味かって聞かれてたんだよ」

「そ、それ否定しなかったんですか!?」

「テメェ、否定したらしたでもっと面倒だぜ? 俺とはしたのかとか、好きな相手はいないのかとかよ」

「うっ」

 それはそれで嫌な気もした。だが、クラーラは神殿に全てを捧げているから、そう答えれば……。

「ちなみに、神殿に全て捧げてるとかって馬鹿な事言ってみろ。神殿の男達全員、戦場の傭兵の相手してるって思われるぜ」

「……なんですか、その嫌過ぎる展開」

 そんな事しない。したくない。そう思われるのも嫌だった。クラーラの顔が苦々しく歪む。リョーも困ったような笑顔を浮かべる。

「ちなみに、それクラスの勘違いになると、もう口にしないからな。それですっげー可哀想なもの見る目で見られる。それで、どっかの飲みの席で暴露される。もちろん、テメェのいないところでな」

「んなぁっ!?」

「ちなみに、俺はメイと関係持ってるって言いふらされた」

「……」

「レヴィなんて親父だぜ?」

「……なんて厄介な人なのでしょう」

 適当に笑ってながす。それが傭兵達の対処方法であった。こればっかりは慣れるしかない。だが、クラーラの生真面目さだと荷が重そうだから二人が流すしかなかった。

「レヴィもレヴィで馬鹿だよな。クラーラ連れてったらアイツも付いていくだろーが。アイツ、真新しいものとか、新人とかに目がねェから」

 傭兵区にいる神官。それはそれはもう、カローナの目には輝いてみえただろう。忌み嫌う者同士、上手くいく訳もない両者が同じ場所にいるなど。根掘り葉掘り質問攻めにされて、根も葉もない噂が広まっていく様は、あまりにも容易に想像できた。

「……待って、下さい」

 不意に、クラーラが声を出した。千里眼と謳われるその情報網を以てすれば、メイの目を見れるように出来るのではないだろうか。クラーラは光を見つけた思いだった。

「馬鹿野郎。俺がその手を思いつかなかった訳ねェだろ。アイツも、その辺は逸話しかしらねェよ」

「逸話で結構です! 私、色々聞いてみます! もしかしたら、手掛かりがあるかもしれません!」

「チェッ、本当に面倒事に首突っ込むよな」

 ベシッ、とクラーラの頭をひっぱたくと、二人は外に出る。まだ、近くにいるだろう。

「あっちだろ、レヴィが使ってる宿はよ」

「ま、待って下さい。外出は……」

「……あ」

 禁止されていたのを完全に忘れてた。リョーは近くにいた傭兵に声をかける。呼び出しなんてしたくもないのだが、メイの目のためだった。だが、質問をされる間もなくこっちから尋ねれば厄介な事にはならないだろう。

「おい! マルク! ちょっと頼まれてくれねェか!?」

「ん? ああ、リョーは今外出出来ないんだったな。どうした?」

「ちょっと、レヴィの宿にいるはずだ。カローナ呼んできてくれ」

「か、カローナをか?」

 嫌そうな顔。無理もないか、と思う。頼りにはなるが、勘違いが激しいカローナを相手にするのはひどく疲れる。彼はしばらく頭をかいて悩むが、諦めたようだった。深い、あまりにも深いため息をついた。

「解ったよ、リョーには世話になってるしな。今度美味しい話しあったら頼むぜ~」

 そう言って、マルクと呼ばれた傭兵はレヴィのいる宿の方へと走って行った。宿の中に戻ると、リョーは嫌そうな顔をした店主とばっちり目が合う。

「……銀貨一枚、奥の部屋」

「……解った」

 金で解決させる。リョーと店主が譲り合う結果となった。銀貨一枚あれば、部屋一つどころではない。この店ならば、5部屋は借りられる程の大金だった。だが、カローナがいる事で減る客数を考えれば安いもの。二人は互いの配慮に心が痛くなった。

「ちょっと、さっきメイさんと話してた時にも気になる話があったので、先にメイさんに聞きに行きます。リョーさん、その間カローナさんのお相手お願いします」

「……おう」

 そう応えるものの、リョーの顔も苦々しいものになっている。たまったものではなかったが、クラーラの治療が上手くいけば、メイに可能性が広がる。もっともっと、色々な物を経験させてやる事が出来るのだ。リョーは、それを願っている。

「……あ、そしたらさすがに髪染めねェと、ダメかな……」

 お気に入りの髪色を見た時のメイの反応が気になった。さすがにこの傭兵区でもリョーほど鮮明な赤髪はいないのだから。


 テーブルを挟んでカローナとリョーが座っている。クラーラが聞きたい事があると聞いたので飛んできたのにも関わらず、部屋に待っていたのはリョーだった事に、カローナは困惑する。

「あら、伝言違い?」

「いや、伝言は正しかったよ。ただ、アイツはその前にメイに聞きたい事があるんだってよ。だから少し待ってくれ。……これ、報酬。金貨二枚で良いか?」

「あら、要らないわよ。あの子になら、なんでも答えてあげたくなっちゃうわ。……そんなことよりも、リョー君。あの子が聞きたい事の為にお金出すなんて……惚れちゃった?」

「ンな訳ねェ」

 ハッと気付いた時にはもう遅い。否定してしまった。あらあら、とカローナは頬に手を当てる。そして、小さく呟くのだった。

「可哀想なクラーラちゃん」

「待て、カローナ。少なくともあんたの想像してるような事にはなってねェ。アイツはメイの目の治療のためにここに寝泊まりしてるだけだ。法皇から試練を言い渡されてな。俺はメイの治療になら金はおしまない、それだけだ」

「そうなの? 嫌がるクラーラちゃんに酷い事してない?」

「あんたは俺を何だと思ってんだ!?」

「鬼畜」

「間違ってねェけどさ!?」

「お待たせしました!」

 リョーとカローナの声が漏れていたのか、クラーラが慌てた調子で入ってくる。

「クラーラちゃん、リョー君に酷い事されてない?」

「酷い事? ん~、リョーさんはメイさんの目の治療に一生懸命ですから、他の事にさく気はないのではないでしょうか」

「そうなの? それなら良いのだけれど」

 とりあえずカローナは納得したようだった。見事、とリョーは目でクラーラに賛辞を送る。クラーラもカローナから見えない方の目でリョーに応えた。ここで酷い事されています、といつもの仕返しのような事を言ってしまえば、自らの身にも何かが降りかかりかねない大惨事になる事は、さすがのクラーラにも理解できた。

「とりあえず、メイさんに尋ねてきました。メイさんが言うには、アークリュピア様の神官様何名かが山で命を落としたようです。何かしらの、山菜か何かをとりに行ったのでしょう。癒しの神の神官様が思いついた事です。きっと、何かしらの文献に載ってはいるものの、信憑性に欠けるのだと思います。まだ、誰も試した事のない方法なのでしょう」

「成程な。信憑性ある話だと、商人達が躍起になって手に入れる。そして、高額で取引するからか。まだ上手く言っていない目の治療に使えるものならアイツ等手に入れるはずだもんな」

「ええ」

「あるいは、アークリュピア神殿にしかないような文献。世間一般には出回ってない情報かもしれないわね~」

「それはどうでしょうか。アークリュピア神殿総本山はこの国からは海路と陸路を合わせて大分離れています。三か月はかかるでしょう。そのような文献ならば、総本山にしかないでしょう。ですが、メイさんの話では、最後の治療から翌月くらいにその話が出て、次の月になる前に神官は亡くなっています」

「アークリュピア総本山にいく時間はないな。けどよ、たまたま思い出したのかもしれねェぜ、なんかのきっかけで」

「アークリュピア神殿の神官だと、それは薄いんじゃないかしら? 彼ら、そういう事には頭凄くキレるもの」

「……成程な、そうすると、この街の神殿にある可能性があるような文献の書物になんかしらのヒントがあったか?」

「何人かが命を落としているなら、話を聞いたって訳でもないでしょうしね」

 カローナは顎に手を当てる。この街の神殿にあるような書物ならば、世間に出まわっている可能性は高い。カローナ自身がすでに耳にした事がある可能性がある。

 しばらくの沈黙。カローナは目をつむってぶつぶつと何かを呟いている。恐らく、アークリュピア神殿の文献を思い出しているのだろう。

「……アークリュピアの死者蘇生」

 ボソッとカローナが口にしたのは、目の治療なんかではなかった。もっと難しい話だろう。だが、カローナが言うのだから、何かしらの根拠があるのかもしれない。

「カローナ、それは少し違くないか? 確かにその逸話に出てくるメドゥーサの血は希少性の高い薬にはなってるけどよ」

 より高価な薬草の一つだった。その生産方法も難しければ、メドゥーサの血を手に入れるのも困難極める。メドゥーサは非常に強力な上位悪魔だ。生半可な武具は通用しないし、その戦闘力も恐るべきものだ。

 商人であっても、手を出せない薬の一つだ。

「この場合、死者蘇生というのが曲者よね。けど、死を闇と例えたらどうかしら。盲目の状態を暗闇だとすれば、目が見えなくなった状態からの復活。もしかしたら、この逸話は、死者の蘇生じゃなくて、盲目からの回復なのかもしれないわよ?」

「確かに、生を光、と称する神殿は多いですね」

「おいおい、そしたらメドゥーサがどこぞの山に生息してる事になんぞ? ゾッとするわ」

 確かに、リョーの言う事にも一理ある。メドゥーサが、そんなところに生息していると、誰が思うのだろうか。

「……東の、アルケーヌ山脈。アルケーヌ山脈なら、メドゥーサの生息が確認されています!」

「マジか!?」

 クラーラは神殿にいた頃、他の神官からそんな話を聞いた事があった。確認と言える程の目撃情報ではない。だが、戦場に行くのに近くを通った一個小隊が全滅したという話もある。

 アルケーヌ山脈は険しい山道に加えて、強力な魔物が跋扈する、死の山とも称される山だ。あのあたりにわざわざ近づくような人間はいない。

「……アークリュピアの神官なら、行きかねェな」

「ええ」

「行くのかしら?」

 カローナの問いに、クラーラは逡巡の後に力強く頷いた。行かない訳がない。そこに可能性があるならば、行かなくてはならない。

「……待ちなさい。商人たちに、入手できそうか聞いてみるわ。手に入りそうなら、そっちの方が安全でしょう?」

 アルケーヌ山脈までおよそ一カ月。それだけの時間を割いたとして、メドゥーサと遭遇出来るかも、勝てるかも解らなかった。ならば、商人たちに当たる他ないだろう。だが、クラーラは少し気不味そうだ。

「……すみません、お金が……」

「待ってろ」

 リョーが部屋を出て行く。そのまま少しすると、袋を持って戻って来た。少し大きめな袋を二つ、机の上にドンッとおく。袋の口を縛っていた紐が解けて、中から大量の金貨が顔を除かせる。それこそ、普通の生活ならば一生近くは遊んで暮らせるような大金。

「!」

「あらあら~」

「メドゥーサの血が手に入るなら、この金全部使ったって良い。頼む、カローナ。なんとしても、手に入れてくれ」

「りょ、リョーさん、このお金は?」

「メイの目が見えるようになったら、学校にでも通わせてやるつもりだった。アイツのしたい事の為にな。けど、目が見えるようになるなら、そっちの方が先決だ」

「解ったわ。なら、二週間。それ以内に話をつけさせるわね」

「おう。頼んだ。……もう暗いな。クラーラ、メイが腹すかせてんだ。飯にするぞ」

 カローナは袋を持って部屋を後にした。クラーラにはこんな貯蓄はない。恐らく、高額の危険な依頼に率先して行ったのだろう。休みなしに、ひっきりなしに。

 リョーのメイへの想いに、改めて脱帽させられる。何事もなかったかのようにいうリョーだが、クラーラとしては見た事もない大金を前にして、やや腰が抜けている。

「リョーさん、本当に良いのですか?」

「あんくれェの金なきゃ買えねェだろ」

 リョーが呆れたように肩をすくめる。それはもっともだが、だからといって、あんなサッと出せる金額ではない。

「見えるようになる保証なんてないですよ?」

「それでもだ。俺は、メイの為なら手段を選ばない」

 クラーラを引っ張ってメイと食事を済ませると、クラーラとメイはベッドに入る。リョーは少し酒を飲んでから寝る、と言って食堂に残った。

 カラッ、火酒を冷やす氷が、杯の中で傾く。リョーは火酒をチビチビと飲む。

 メイの為に、全てを投げ出して生きて来た。それが、もうすぐ実を実らせる。メイの目が見えるようになり、メイが生きたいように生きれればそれで良かった。

 クラーラの顔が忘れられなかった。大金に驚き、腰を抜かしたクラーラ。あの金が、安い額ではない事を、リョーは身を持ってしっていた。この五年間、貯め続けた金だ。だが、金なんてものは稼げば手に入れられる。対して、メイの目の治療はリョーの生きる目的の一つだった。

 まだ、一年分くらいの生活費はある。それを元手に、また仕事に行けば良い。そして、メイの為に金を貯め直せば良い。

「メイ、もうすぐだからな」

 残った火酒を流し込み、リョーも部屋に戻った。


 二週間後、カローナはメドゥーサの血は今市場に出回ってないと告げに来た。ここ二年、商人たちであっても見た事も、話を聞いた事もないという。

 クラーラは、アルケーヌ山脈に行く決意を固めた。


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