表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦神の祈り  作者: ミズキ
7/16

宴の陰で

 パチンッ、と焚き火にくべられた薪がはぜる。その焚き火を囲む二十人余りの傭兵達は、すでに寝静まっている。彼らの豪快な食事に、クラーラはカルチャーショックを受け、寝つけずにいた。全員素面なのが、未だに信じられない騒ぎっぷりだった。質素簡素な神殿とは大違いだった。

 サクッ、と小さな足音が聞こえて、クラーラは身を起こす。リョーも寝ていなかったようで、輪から外れていく。

 リョーさん? クラーラはリョーのその様が気になり、少しついて行ってみる事にした。リョーは仲間を起こさないように静かに歩いていく。そして、大分離れてから、ため息をつく。

「……」

 物思いに耽るその表情は、クラーラが見た事ない表情だった。葛藤。懺悔とも違う感情。

「……よォ、尾行ごっこか?」

 クラーラの存在に気付いたリョーが、声をかける。意地悪気な、見下したいつも通りの表情。いいえ、とクラーラは横に首を振る。

「リョーさんが、一人離れていくのを見たので、気になりまして」

「そうかよ」

 座るか? と切り株に腰をかけながらクラーラに尋ねる。失礼します、と言い、クラーラはその隣に腰を下ろした。リョーは何を話すでもなく、空を見る。クラーラもそれに倣うと、綺麗な星空が見えた。

「テメェはよ、どーしてェんだよ?」

 リョーの質問は漠然としたものだったが、クラーラは尋ねられた言葉の意図を察する。どうしたい、今までそんな疑問を抱く事なく、神殿に仕えてきた。修行を重ね、往診をして人のために、アーティアのために全てを捧げてきた。だが、二日前にリョーとジェフ、二人と会って、傭兵区の人間と会って、大きく揺れる事になった。

「……私、まだまだ未熟者です。世界の事、本でしか知りませんでした。歴史、情勢、そういったものでしか、物事の尺度を図っていませんでした。神殿は正しい。そう思って神殿に仕えてきましたが、リョーさんや、ジェフさんに会って、こんな優しい人達に厳しい処分を下す神殿が本当に正しいのか、解らなくなりました」

 あまりにも甘えた考え方だ、とリョーは嗤う。リョーの産まれた村は確かに寒村だし、魔物からの被害も出ていたが、神殿が周囲の魔物を駆逐する必要があったほど、魔物から襲われていた訳ではない。自警団もいて、彼らが村を守っていたのだ。なのに、神殿が魔物の駆逐作戦を決行し、結果、村は全壊した。

 そこに、神殿は悪びれたりはしない。必要な被害、悲しい事故と一蹴したのだ。

「私は、アーティア様の聖女になります。神殿は間違っているかもしれませんが、アーティア様の教えだけは間違っているとは思えないのです。戦の神として、戦場で強力な力を発揮しますが、もともとは心優しい神様なのです。争いを望まぬものと、戦ったりしません。誰もが傷つかないように、御身が率先して戦場に立つ、そういう神様なのです」

「甘ェよ、馬鹿が。お前が神殿に仕えている以上、お前は神殿の手駒だろ。神殿は、お前を戦場に派遣する。お前の進言は、聞き入れられやしねェ」

「ですが、それが私に残された生き方なのです」

 結局、クラーラの根底にはアーティア神殿しかないのだろう。どんなに疑問を覚えながらも、そこに仕える事しか出来ない。他の勢力につく事は出来ないのだ。

「メイの眼の治療。テメェがどれだけの労力を注いでも、簡単には行きゃしねェ。それは、アークリュピアの奇跡だ」

 癒しの神、アークリュピア。死者すらも蘇らせる程の力を持った神であり、その奇跡の多くは、神殿に仕える神官を以てしても困難を極める。遥かな昔に、アークリュピアの神官が盲目の村人の眼を治したという言い伝えがあるが、アークリュピア神殿にもそれに関する記述は恐ろしく少ない。

 リョーも一時期はアークリュピア神殿に出入りして、眼の治療を懇願した事があったが、現状の神官では不可能という結論に至り、諦めた。そこからは、専ら東方や南方の、アンバルロガ近郊では出回る事のない薬を頼るしかなかった。

「メイさんの眼の治療は、私が責任もって成し遂げます。それがどれだけ険しい道か、想像を絶しますが、私は諦めません」

 クラーラのまっすぐな視線に、リョーが鼻で笑う。愚直という言葉が、良く似合う奴だと。

「む、なんですか、鼻で笑って。酷いです」

「別に。気楽な奴だと思ってよ」

「あー、そういう事言うんですか? いいですよ、どうせ私はお気楽ものですよ。メイさんに、リョーさんの蛮行の数々うっかり零してしまうかもしれませんね、お気楽なもので」

「テメェ、俺を脅そうってか?」

「ちょ! 胸倉つかまないで下さい! く、くるし、くるし……!」

「馬鹿ッ! 暴れんな!」

 ドサッ! もみ合ったまま二人は倒れこむ。リョーは地面に後頭部を打ちつけて、顔を歪ませる。

「……アーティアの神官様ってなー、ずいぶんとお行儀が悪いじゃねェか? 俺は女に押し倒された経験はねェぞ?」

「いや! 違っ! っていうか、リョーさんが胸倉つかむからでしょう!?」

「今はテメェが俺の胸倉つかんでる訳だがな」

 さっさとどけ、とリョーが辟易した風に言う。

「……リョー?」

 声は、陣を張った方から。僅かな怒気を含んだ声を受けながらも、リョーは涼しい顔で振り返る。そこには、何とも言えない顔をしたレヴィと、数人の傭兵達がいた。レヴィ以外の全員が気まずそうな顔をしているが、レヴィの表情だけが上手く見えなかった。

「……貴様、何を、している?」

「おお、レヴィ。いやー、寝れねェから散歩でもって思ったらよ、コイツに押し倒されちまった。アーティアの神官ってのァ、意外と、行儀、悪……」

 だんだんと、リョーもレヴィの顔が怒りに満ちている事に気付いたようだった。不味いな、と思いながら、とりあえずクラーラを退かす。どかして立ち上がると、涼しい顔をして一言。

「さぁ、明日に備えて寝ようぜ?」

「この馬鹿者がァァッ!!」

「馬鹿野郎ォォ!? 丸腰相手に抜くんじゃねェよ!?」

「黙れッ! このッ! 痴れ者めがッ!」

 怒り心頭のレヴィを大人しくさせるには、かなりの時間を必要とした。


 翌朝、日が昇ると同時にリョー達は馬を走らせる。猛進する彼等は、昼過ぎにはアンバルロガへと到着した。途中で昨日レヴィに情報を売ったという情報屋も連れて、大通りを駆け抜けて、神殿区へとたどり着く。憲兵に、旨をレヴィが伝えると、血相を変えて法王の元へと向かい、リョー達も、昨日とはうって変って素早く法王と謁見をした。

「よォ、法王さんよ?」

 リョーは脅えきった山賊達を法王につきだす。彼らが法王の前で、自分たちがクラーラを襲ったというと、法王はつまらなさそうに頷いた。

「犯人を作り上げたのですか?」

「馬鹿言うんじゃねェ。アンバルロガ傭兵区の情報屋はそんな真似しねェよ」

「ふむ」

「それに、テメェ等のとこの神官もコイツ等だっつってんだ。疑われるいわれはねェ」

「……解りました。ジェフ・ブリードマンを釈放しなさい」

 近くにいた神官に法王が言うと、神官は走り去っていく。これで一件落着か、とレヴィは胸をなでおろす。傭兵達の顔にも、笑顔が灯る。

「それでは、今回の事に関して傭兵区は不問」

「待てよ、法王? コイツ等、神殿の人間に依頼されてやったっつってたぜ?」

「……」

 法王の顔が、僅かに面白くなさそうに歪む。山賊達は、法王の目に僅かに怯えの色を示す。リョーは山賊に目を向け直す。

「コイツか? テメェ等の雇い主は」

「え、あ」

「リョー・アラヤ。もしあなたが今言ったように、そこの山賊達が神殿の者に依頼をされたのならば、それは神殿の問題です。下がりなさい」

 法王が口をはさむ。リョーは嫌だね、と突っぱねる。

「コイツ等のせいで、俺らが迷惑被ったんだ。俺らにも、知る権利くらい」

「ありません。下がりなさい」

「あ? 嫌だね」

「あなたには捜査をする権限がありません。事は、アンバルロガの法に触れますよ?」

「……チェッ、そうやって、嫌なものには蓋をするってのか?」

「我々は、法に元ずいて動いています」

 ピリピリと、一触即発の空気。傭兵達も、法王の発言に不信感を強める。

「リョー! レヴィ嬢ちゃん!!」

 その時、釈放されたのであろう、ジェフが二人に飛びかかる。ジェフの剛腕に捕えられて、二人は身動きが取れない。

「オメ達立派んなったなー! まさか、ワシは釈放されるなんて夢にも思わなかったっぺ! さぁ、宴の時間だっぺ!!」

「待てよ! ジェフ! 俺はまだ!」

「行くっぺ、行くっぺー」

「じぇ、ジェフ殿!?」

「オメ等もぼさっとしてねェで行くっぺー。今日はうまい酒うんと飲むっぺ~」

 ジェフは二人を抱えて、神殿区から離れていく。有無を言わさぬジェフの上機嫌に、傭兵達もついていくしか出来なかった。

「何やってんだ、ジェフ!! 悪ィのは神殿だろーがッ!? なんでこんな俺らが引きさがるような真似すんだよ!?」

「そうだ、ジェフ殿! 納得いかん!」

 リョーの住む宿屋に連行された二人は、ジェフに抗議する。ジェフはジェフで気にした様子もなく二人に杯を渡す。だが、二人とも酒を飲む気にはなれなかった。

「ほーら、二人とも、杯を交わすっぺー」

「ジェフ!!」

「ジェフ殿!!」

「オメ等は、何がしたいんだっぺ?」

 ジェフは聞き分けの悪い子供を見る目で二人を見る。何がしたいのかと言われれば、神殿が自分たちを謀ろうとした事を明確にしたいだけだった。

「ワシを助けたかっただけだっぺ? なら、ワシが助かった、それで良いんじゃないっぺか?」

「そーだけどよ! アンタ、殺されかけてんだぜ!?」

「ハッハッハ! リョー! ワシが死ぬとでも思ってるっぺか!?」

 バシバシと背中を叩きながら、ジェフは豪快に酒を飲む。普通の杯よりも大きな杯に注がれた酒を一気に飲み干してしまう。空になった杯を机に叩きつけるように置く。

「カーッ! 酒はやっぱり一日も抜いちゃいかんっぺな! 昨日飲まなかったから、危うくしにそうだったっぺ!」

 そのまま二杯目も飲み干し、周りの傭兵達にも酒をすすめる。

「酒は良いっぺー! 嫌な事忘れんのには酒だっぺー! 飲めば飲んだだけ幸せになれるっぺー!」

「……どーいう肝臓してんだ、あんた」

 その様に、レヴィもリョーも毒気を抜かれる。今日はいつもに増してジェフの機嫌が良い。なのに、あまり引きずりすぎて困らせるのも無粋か、とリョーも酒を煽る。

「お、おい、リョー」

「生真面目すぎだ、レヴィ。もう良いじゃねェか? ジェフにはかなわねェって」

 ジェフの反対を押し切る事が出来るような傭兵は、この傭兵区には存在しない。誰もが、ジェフの決定に従わざるを得ない。決して横暴なんかではなく、そこにいる、傭兵全員の事を気遣っての決定なのだ。それを、無下に出来ない程に、皆ジェフの世話になっているのだ。

「……納得、いかん」

 レヴィが拗ねた子供のような顔をする。リョーはそれを鼻で笑う。

「俺もさ。だけど、それでジェフに迷惑かけるような真似は出来ねェしな。諦めるしかねェだろ」

「フン、貴様に言われるまでもない」

そして飲めや、騒げやの宴会が始まる。ふと、リョーは違和感を覚えた。そして、違和感に気付くとその違和感を違和感と感じてしまう自分に嫌気が差した。

誰にも何も言わず宴会の席から外れて、杯を二つ持って傭兵区をブラブラと歩く。出て来る前に飲んだ何杯かの酒が効いてるみたいで、少しフワフワと楽しい気分だった。

ほんの少しブラブラ歩いただけで、目的の人物を見つける。水路の上の架け橋に腰を降ろし、足をブラブラさせている。

拗ねた子供のような仕草に笑ってしまう。リョーが傭兵になったばかりの頃、反対を押し切られたメイはこうやって不貞腐れていた。それでも、リョーが説得を続け、根負けするような形で了承してくれた。その時、自分はどうしたかを思い出し、リョーはその通りに動いてみた。

「よう、こんなところにいたのかよ」

 リョーはクラーラの横に腰を下ろした。そして、手に持ってた杯を渡す。クラーラはリョーが話しかけてきた事に、大層驚いたようだった。

「んだよ、泣いてんのか?」

「なっ!? 泣いてなんかいません! アーティア神殿の神官騎士は強いんですよ!!」

 言いながら目元を擦った。泣いてるって言ってるようなもんじゃねェか。リョーは笑う。

「なんで、こんなとこにいんだよ?」

「別に……神殿に帰れないから、どうしようかと考えてたところです」

「馬鹿野郎が」

 杯を交わしながら、悪態をつく。クラーラは杯をあてはしたものの、口をつけようとしない。リョーは小さなため息をつく。

「なんで飲まねェ?」

「……私は、神殿の人間です。ジェフさんが神殿から解放された祝いの場のお酒を、飲んで良い訳」

「本当に馬鹿だな、テメェ」

「さっきから何なんですか! 馬鹿馬鹿って! 馬鹿って言う方が馬鹿なんですよ!?」

「……うわー、その言葉、すっげー昔に聞いて以来聞いてなかったわ。お前マジで何歳?」

 リョーの本気の呆れ顔を見て、クラーラはそっぽを向く。

「二十二歳です」

 律儀に答えるあたりがクラーラの生真面目さだろう。

「はぁっ!? テメェ、俺より二つ上かよ!?」

「ええっ!? リョーさん、その人相で二十歳なんですか!?」

「……マジかよ。こんな奴が、俺より年上って……。世の中、大丈夫かな……」

「か、仮にも神官ですよ!?」

「はぁ? 神官やってりゃ偉いんか?」

「べつに、偉くなんかないですけど……」

「そうさ、神官なんか偉くねェ。神殿も偉くねェ。信仰者がいるってだけだ。それだけだ。テメェも、俺も、所詮は人さ。人に大差なんかねェ。皮はがしゃ、皆同じだ」

「……今日は何なんですかー?」

 正直言って、クラーラは今日を生きるのに困っていた。頭の中は、自分が生きる事でいっぱいだった。

「んなとこでいじけてんじゃねェって事だ、馬鹿野郎」

 リョーは立ちあがると、クラーラの腕を掴む。クラーラは水路に落ちないようにしながら立ちあがる。危うくバランスを崩して、水路に飛びこむ羽目になるところだった。

「いじけてなんか」

「じゃぁ、なんでこんなとこいやがるよ? 良いからきやがれ」

 リョーはクラーラをグイグイと引っ張っていく。クラーラは困り顔だ。

「りょ、リョーさん、どちらへ?」

「宿」

「宿!? い、いけません! 私の純潔はアーティア様に!」

「馬鹿野郎。誰がテメェの貧相な身体に欲情するかよ?」

「それは安心……って!? い、今! 私は今までのどんな暴言よりも傷つきましたよ!?」

「まったくそうは見えねェけどな」

 ハハハ、とリョーは笑う。そうこう下らないやり取りをしているうちに、ジェフ達が宴会をしている宿につく。クラーラは、やはり渋っているようだった。

「……いけません、私は、神殿」

「うるせぇ、馬鹿野郎。テメェは神殿の人間かもしれねェけど、それでも……」

 リョーは一瞬どうしてもその言葉を言うのを躊躇った。言って良いのだろうかと悩むが、あまり、細かい事を考えるのは好きではない。いつも通り、思った通りの言葉を吐き出す。

「俺らの仲間だろ」

 クラーラが面食らった次の瞬間、リョーが思いっきりクラーラを宿屋の中に突き飛ばす。受け身こそとったが、クラーラは盛大に吹っ飛び、レヴィと激突した。まずった、と思った時には、クラーラはレヴィと目を合わせていた。

「……貴様」

 レヴィの目は完全にすわっていた。クラーラは剣を抜かれるのではと苦笑いを浮かべるが、レヴィが手にしたのは、杯だった。自分の分を持ちながら、クラーラになみなみ火酒が注がれた杯を突き付ける。

「乾杯」

「……え、ええ……」

「乾杯ッ」

「か、かんぱーい」

 押される形でクラーラが杯を、受け取り、小さく杯を当てる。次の瞬間、酒が入っているとは思えない速度で傭兵の独りがクラーラを羽交い絞めして、他の独りがクラーラの口元に杯を持っていく。

「杯を乾かすと書いて乾杯! お前は杯を空にするまで、杯を机にはおけねェ!」

「ううっ!? うぐ、んっ、んむぅっ!? んぐっ……きゅ~」

 あまりにも理不尽な言葉を受けながら、クラーラは強制的に酒を飲み干させられる。強烈な酒精に喉が焼けそうになるが、昔良く飲んだ酒であった。懐かしさを思い出しながら、クラーラはダンッ、と杯を机に叩きつけるように置く。顔は真っ赤に染まっているのは、はたして理不尽に対する怒りか、酒精か。

「こ、こんな飲ませ方、危ない、でしょ~! 不肖クラーラ! 聖女候補として、あなたたちを、成敗します~! 杯が乾きっぱなしですよ!」

 出来上がる程度には酔っ払ったらしい。クラーラのその言葉に傭兵達が沸く。全員の杯に、酒精の強い酒が注がれる。

「「「かんぱ~い!」」」

 神殿という括りから外れた関係になったクラーラと傭兵達は、全員潰れるまで酒を飲み続けた。


「どういう、つもりだ?」

 クラーラを突き飛ばしたリョーに、威圧的な問いが投げつけられる。リョーはハンッ、と鼻で笑う。

「どうしたもこうしたもねェよ。心境の変化って奴でよ」

 ガチャッ、と剣に手を添える。キッと目の前にいる二人の神官を睨む。重装に身を包む彼らから穏やかな空気は感じない。手にした槍斧が争う事を前提としている。

「どういう用件かは知らねェけどよ、クラーラの奴は、俺らの仲間だ」

「違うな。彼女は、あくまでも我々の同志だ」

「……ハンッ、同志、ねェ? ……ならよ? どうしてその同志を追い出したッ!」

 リョーの殺気が膨れ上がる。荒々しい殺意の奔流にも神官達は動じない。さすがは高位の神官と言ったところだ。おそらく、リョーが襲ってきたとしても勝算があるのだろう。

「帰る場所がねェってのが、どれだけ辛い事か、テメェ等に解るかよ!?」

 帰るところに困り、架け橋の上で泣いていたクラーラに、なんと言葉を投げかけるつもりなのだ。

「彼女は試練を課せられただけだ。それを妨害するならば、貴様を排除しなくてはならない」

「馬鹿言ってんなよ? アイツはメイの目の治療をしろって言われたから、メイの近くにいるのが良いって判断したんだよ。ついでにこの宿の客になる。それだけだ」

 ただならぬ雰囲気に、普段ならば喧嘩だなんだと騒ぐ傭兵区の人間達も息を潜めていた。神官たちもまた、邪魔者を排除するつもりでいるのだろう。

 舐められたもんだ。リョーは冷静に状況を分析していた。ここで騒ぎになれば宿で宴会をしている途中の仲間がかけつけかねない。全力で戦う必要がある相手だった。足手まといは少ない方が良い。リョーの身体の随所に彫られた刺青は、ただの彫り物ではない。ところどころに魔法陣に相当するものが彫られているのだ。意識した瞬間に魔法を発動できる。

 すでに酒は抜けて視界も意識も鮮明だった。リョーは抜刀術の構えを解いて、ゆらり、と横に揺れるようにして彼らとの間合いを取る。右へ。左へ。リョーは一寸の隙も伺わせない。対峙した神官二人は槍斧を低く構えた。

 話し合う余地はない。

 ならば、殺すしかない。

 リョーの身体が弾ける。神官たちもリョーの戦い方は、報告書を読んで熟知している。猪突猛進の、神速の直線型。抜刀術を得意としている事も。リョーから見て左側、右の神官が前に出てリョーの居合を潰す。そして、左の神官が鋭い突きを出す。居合殺しとも呼べる戦法。リョーと戦う事だけを考慮した陣形。

 しかし、ダンッと跳躍。リョーは二人の神官の頭を飛び越え、すれ違いざまに突きを出してきた神官に重い蹴りを放つ。空中で一回転しながらの後頭部への一撃。その動きは人知を超えた身体能力だった。なにより、二人の神官の想定をまるで覆すものであった。鎧兜もものとしない衝撃。

「グッ!?」

「オラァッッ!!」

 左の肋骨の当たりへ足刀を使った一撃。頑丈な鎧がひしゃげて歪み、その下の骨すらも砕く。想定外のリョーの戦い方と破壊力に、神官は堪らず膝をついた。だが、戦意は全く衰えていないようで、振り返る勢いを利用した横薙ぎ。左に折れた身体の向きを利用しながら、右手で槍斧を振り抜く。

「愚か者っ!」

 相方が叫んだ時にはすでに遅い。ジャストの間合いであったはずの距離は無残に潰されて、リョーはすでに懐に潜っていた。振り抜かれる腕を右手で掴んで、思いっきり引く。同時に、顔面に肘をやや上から打ち下ろす。リョーが身体を思いっきり捻る。肘が神官の顔面に食い込む。素早く左膝を右腕の肩口の辺りに添えた。崩れた姿勢。伸びきった右腕。下に叩き下ろされた身体。

 リョーがさらに身体を捻る。先程は腰を軸に。次は、膝を軸に、地面に押しつけながら。

 嫌な音が響く。重装のひしゃげる音と、骨が砕ける音。神官の悲鳴。

 低くなった姿勢をゆったりと戻す。ひしゃげた鎧が神官の身体を傷つけて、血しぶきが舞う。血しぶきはリョーの身体を赤く赤く染めていく。リョーはそれを気にとめた様子もなく、足元でのた打ち回る神官の頭を無造作に蹴り飛ばす。思いっきり振り抜かれた蹴りで、神官は意識を断たれた。

 本当に僅かな時間。こんな短時間で相方がこんなにも無残に敗れるとは思っていなかったのだろう。残された神官は目の前の状況を理解していないようだった。ただただ、茫然と立ち尽くしている。

「あんまし、傭兵舐めねェ方が良いぜ? クソったれの法王にそう伝えとけや」

「くっ!? 貴様、何をしているのか解っているのか!?」

「あぁ? テメェ、往生際が悪ィ奴だな。今度は、脅しか?」

 リョーは剣の柄頭を指先でトントンと叩く。神官はリョーが何を言いたいのか解らないようだ。

「俺は、テメェ等相手に抜いてすらいねェよ?」

「!」

 ようやく気付いたらしい。自分たちが、誰にやられたかも言えない事に。

「まさか、重装に槍斧持った戦神の神官様が、二人がかりで傭兵にやられた。……なーんて、言えねェよなー?」

「クッ!?」

 刀傷すらなく、槍斧に斬り合った痕跡もない。残っているのは無残な重装と、重症の神官。

「さっさと尻尾巻いて逃げて、治療でもしてやんな?」

「貴様っ、覚えておけ!」

 神官は仲間を担ぐと、そう言い残して逃げ出した。ハンッ、覚えておけ、ね。

「あいにく、頭悪ィから覚えてらん」

 ドッ! 奇襲。よけきれずに肩に矢が深々と突き刺さる。リョーは大きく横に飛び退き、路地裏に身を隠す。とめどなく溢れる血。

「ぐぅっ!?」

 灼熱の痛み。激痛。かろうじて利き腕の右腕は守ったものの、心臓が近い。出血量が不味い。

「クソがッ!」

 壁に左肩を叩きつけて、骨を折る。骨折で血管を圧迫し、出血量を抑えようとする。近くにあった布をきつく肩に巻きつけて、止血を行う。今すぐにでも、クラーラの元へ駆け寄り治療を要求したいが、表通りは危険だった。

 まるで殺気を感じなかった。およそ百メートル程度ならば、殺気を読み取り、避ける事も出来たはずだった。百メートル以上の距離か、あるいは弩でも使われたか。

「やってくれるじゃねェかよ、神殿よ?」

 リョーの瞳が、燃え滾る。使える者は使いつつ、扱いにくい者は処分していく方針だとでもいうのだろうか。

「ククク、何が温厚派だ。そりゃあくまで国家間の話だってか?」

 幽鬼のように立ちあがったリョーは、どこか愉しげに嗤った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ