追跡
案の定、リョーの住む宿の前には人だかりが出来ていた。隣にジェフの家があるから、皆、ジェフの身を案じたのだろう。ベテランの傭兵が三十人程いた。
リョーがクラーラを抱えていると、驚きと、怒りが入り交じった視線を送る。ジェフが囚われの身となった事はまだ広まっていないだろうが、この場にジェフがいない事で察したのだろう。敵意のまなざしを受けて、クラーラが怯むが、リョーは気にせずに、クラーラを下す。クラーラはやや小さくなる。
「テメェ等の中に、昨日コイツの事襲った奴はいるか!?」
リョーが叫ぶが、誰もが首を横にふる。そんな事する訳ない、と。誰もジェフの顔を潰すような真似をする訳ないのだ。少なくとも、ここに集まるような人間がする事ではない事は、リョーも解っていた。
「オイ、テメェ襲った奴はいるかよ?」
リョーがクラーラに尋ねる。小さくなってても仕方がない、とクラーラは気持ちを切り替えて前に出ると、一人一人の顔を覗き込むように注意深く見ていく。全員の顔を見た後、首を振る。
「……いいえ、この中には、いません」
「今いる奴でほとんどとはいえ全員じゃねェな。他の連中当たるぞ! 連れてきてくれ!」
リョーが言うと、傭兵達は傭兵区を駆け回る。そして、寝ている者や、暇している者を次々ひっぱってきては、クラーラに確認させる。だが、どれも違うと、クラーラは言う。
「……本当に、傭兵区の人間じゃねェのかもな……」
「リョー! 俺ら、その神官が襲われた場所の近くの露天商に話聞いて来るからよッ!」
「頼んだ!」
慌ただしく、二十人近い傭兵が走っていく。情報は鮮度が命。日が追う毎に人の記憶は劣化し、加工されていく。そうなる前に、決着をつけなくてはならない。リョーはクラーラの警護も兼ねて、ジェフの家の前で待つ事にした。手近な木材に腰をかけて、一息つく。
「本当に、傭兵区の人間じゃなさそうだな」
リョーはクラーラを見もせずに言う。クラーラは静かに頷く。リョーはクラーラの顔を見もしないが、お互いに安堵の色が強く、同時に確信に満ちていた。
「傭兵になってある程度の時間が経っている様な方々ではありませんでした。太刀筋もメチャクチャでしたから。今を生きるお金に困っている風でした」
「……ほう」
となると、流れの傭兵かなにかだろうか。生活に困って国を出て、このアンバルロガに流れ着いた、傭兵とも言えない傭兵なのかもしれない。そんな奴等でも、アンバルロガの傭兵区と神殿区の不仲を聞いている可能性は高い。となれば、やはり手土産目的か?
「リョー!」
レヴィが走ってやってくる。その顔はしてやったと言わんばかりだった。
「さすがアンバルロガの情報屋だ。仕入れていたぞ、情報」
リョーがレヴィの拳と自分の拳を打ち合わせて称賛する。
「でかしたぞ、レヴィ! どこのどいつだ!?」
「アンバルロガの北にある山間に出没する山賊らしい。普段は行商人や、旅人を相手にしているらしいがな」
「んな奴等が、どうして?」
「さあな。……個人的にコイツに恨みでもあるんじゃないか?」
レヴィが冷たい視線をクラーラに送ると、クラーラは必死な顔をする。
「めめめ滅相もありません!! 私は清廉潔白!」
「うるせぇ。……なら、話は早ェな?」
リョーの怒りに燃える眼が光る。レヴィも、レヴィに声をかけられ、周りに集まった傭兵達も頷く。
「殺しちゃいけねェよなァ? けど、下手に身動きがとれて、暴れられても面倒くせぇ」
ガシャンッ、とリョーが腰の剣を叩きながら、見る者に恐怖を与える表情で笑う。まるで悪魔のような顔だ。
「殺さなけりゃそれで良い! 行くぞ! 馬の手配だッ!」
「「「おおーっ!!」」」
リョーの一声に、傭兵達の怒号が響く。拳を掲げ、皆、戦闘態勢だ。
「お、お手柔らかにお願いします~」
クラーラだけが、物騒な空気に困惑気味であった。
馬の手配から馬車の手配まで、傭兵達の行動は速かった。商人たちを急かして馬を二十頭、馬車を三つ用意させる。北にある山間程度の距離ならば、馬を使わない手はない。大した時間もかからず移動出来、大勢で行動するにも適している。そして、夜にでも奇襲を仕掛ければ良いだけだった。山賊相手に後れを取るほど、傭兵区のベテラン達は甘くない。おまけに油断もしない。
二十人分の食糧を一つの馬車に積み、リョー達は馬に跨る。最初は心配して何人かが気にかけたクラーラも馴れたもので、リョー達のペースにしっかりついていく。
「レヴィ! このペースならどれくらいだ!?」
「……夕方にゆっくり陣を張るくらいは可能だろう! 日帰りは無理だぞ!」
「上等! おっしゃーッ! テメェ等ーァッ! 明日の夜は酒盛りだー! 山賊どもが貯めこんだ金で飲むぞォッ!」
「「「おおー!!」」」
「ええっ!? それも窃盗じゃないんですか!?」
クラーラがギョッとリョーを見る。リョーはカラカラと楽しげに笑う。
「馬鹿言ってんじゃねェよ。盗人なんざ法的に生きてるのかも解らねェような人種だ。死んでる奴から物とって何が悪い?」
「いやいや! そういう問題ですか!?」
「難しく考えすぎだぞ、貴様」
レヴィも楽しげに笑いながら言う。
神殿は気に食わないが、どうしても、この二人はクラーラを憎めないでいた。気分が上がると、気を許している。それは周りの傭兵達にも伝染していき、次第にクラーラに敵意を向けるものはいなくなった。
「お嬢ちゃん、これ食うかい?」
リョーよりも年上であろう、一人の傭兵がクラーラに何やら袋を突き付ける。なんだろう、と思いつつ袋の中に手を入れると、少し堅い何かに指先が当たる。手さぐりでそれをつまみ取ると、それは焼き菓子だった。
「うわー!」
クラーラは眼を輝かせて、それを口に運ぶ。保存食としても使えるようにと甘さを押さえつつ、作ってから日が経つであろうに香ばしい香りを失わないそれは、まさに絶品であった。
「お、美味しい~」
クラーラは顔の綻びが治らない。しまりのない笑顔を見て傭兵達が笑う。
「ハンッ、そんなにお菓子が嬉しいかよ、お嬢ちゃん?」
「んがっ!? ……って、それ、まさか?」
忘れもしない二日前、リョーとジェフが初めて会った時、ジェフがお菓子を持ってくるといって喜んだ自分に向かってリョーが言った台詞だった。リョーが懐かしそうに笑う。
「それ、ジェフが作った奴だぜ?」
「ええっ!? 本当ですか!?」
あまりにも信じられないクラーラは、お菓子を渡してきた傭兵を見ると、おおっ、と傭兵は力強く頷く。
「ジェフは、本当に良い奴なんだ。この菓子は仕事に行く前に渡されて、仕事に帰ってきてからも渡されるんだ。ジェフなりの、ジンクスって奴らしい」
「ジンクス?」
クラーラが首をかしげる。それには、リョーが代わって答える。
「焼き菓子がいくつあっても、戦場じゃ腹が減る。まともな食事は出ねェから、これで少しは舌を楽しませてやれ。そして帰ってきたら、うんと甘くて美味しい、生きてて良かったと思える菓子を焼いてやるっつってな」
「ジェフの菓子食うと、ああ、生きて帰ってこれたんだな、ってつくづく実感するんだよ。……つっても、俺はジェフの「うんと甘い菓子」ってのは食った事ねェんだけどな!」
「ハハハ! 言えてるァ! アイツ、結局身体に悪いとか言って砂糖の量変えねェからな!」
「大酒飲みが良く言うぜ!?」
「まったくだ!」
皆が楽しそうに笑うものだから、クラーラもつられて笑う。神殿と傭兵区との軋轢。そんなものは今ここには存在しない事を、クラーラは感じ取った。誰もが、ジェフを救う事だけを願っている。傷を負った自分が何かを出来るかは解らないが、とにかく、リョーと傭兵区の無実を晴らすために最善を尽くそうと手綱を強く握った。
「ここにいる誰もが、ジェフの事を助けたいと思ってんだ。それはアイツが傭兵をし続ける中で手に入れた人望だ。俺たちは、ジェフを助けるためなら、神殿にだって戦いを挑む。……って、あんた神殿の人間だったな」
そういった傭兵が、バツが悪そうな顔をする。重い空気が流れ、全員の顔から笑顔が消えた。
「いえ、私も、今回の神殿の対応には疑問を覚えずにはいられません。確かな確証もないままに、傭兵区に責任を押し付けて、自らの体裁を守ろうとする神殿は、本当に正しいのでしょうか……」
「……ハンッ! 馬鹿かテメェ」
「ば、ばか~?」
クラーラはリョーの言葉に酷く傷ついたようだった。リョーは「ああ、馬鹿だろ?」と身も蓋もなく返す。
「テメェの言う正しいってなんだよ。正しいか正しくないかなんてーのは、自分で決める事だろ。自分で正しいと決められないなら、そりゃ馬鹿ってもんだろ?
だから、神殿にとっちゃ神殿が正しい。傭兵区にとっちゃ、神殿は間違ってる。ただ、それだけだ」
「さっきも言っただろう。貴様は考えすぎなのだ。疑問を覚えるようなら、それはすでに貴様の中で間違っているという事だろう」
レヴィも鼻で笑う。クラーラはどこか拗ねたような顔をする。
「……傭兵に諭される神官なんて、聴いた事ない」
「そりゃそーだろ! 神官様なんざ、俺らん事馬鹿にして生きてんだからよ!」
「俺は教養のねー馬鹿はすっ込んでろってブン殴られた事あるぜ!?」
「あるある! だから俺、そいつの事ぶっ飛ばし返してやったわけ! そしたら賠償金の請求だぜ!?」
リョーの言葉に、周りが笑う。クラーラとしては反論したいが、それが実態なのだから仕方ない事か、と目をつむる。
「だから、貴様のような神官が、あのような仕打ちを受けるのであろうな」
レヴィがボソッと言う。リョーもそうだな、と面白くなさそうに頷く。
「え? 仕打ち?」
「忘れたのか、貴様? メイの眼の治療が済むまで帰ってくるな、と言われた事を」
「ハッ!?」
今の今まで忘れていたらしい。どうしよう~と、肩を落とす。その道は果てしなく険しい。こればっかりは、リョーも発言に困る。
「あー、なんだ。頑張れ?」
「ちょ! 何を人事みたいに!? メイさんの事ですよ!?」
「いや、別に? 俺はメイの眼が見えるようになるなら、お前でなくても良い訳だし」
「ひ、酷いっ!」
散々リョー達にからかわれながら、クラーラは彼らと共に馬を走らせた。
夕方、傭兵達は目的の山間から少し離れたところで陣を作る。寝床を作り、武具の手入れを始める。クラーラはその中に、見慣れない球を見つけた。見慣れない球をしげしげと眺めていたクラーラだが、結局は何か分からず、もっている傭兵に尋ねる事にした。
「それ、なんですか?」
「これかー?」
中年の傭兵が悪戯を見せびらかす子供のような笑顔を浮かべる。それを無造作にクラーラに渡した。クラーラはそれを両手で持つと、首を傾げながら、注意深く見る。紐がついている、見慣れない球にしかみえない。これを用意する必要があるのかと、クラーラは考え込むが、答えは出ない。
「それはなー、爆弾っつってなー? 爆発するんだ」
「爆発っ!?」
クラーラが手に持ったままアワアワと周囲を見る。どうしよう、と言わんばかりだった。それを見て傭兵達が口をあけて笑う。
「大丈夫だって! 思いっきりこの紐引いて少ししたら爆発すんだ! 東方の武器の一つでよ。これ投げたら、向こうさんもびっくりするぜー?」
爆弾。そんなものは神殿に籠っているクラーラには知る由もないものだった。戦場に立った経験こそあれど、傭兵と共に戦った事はなく、そんな道具があるとは。
「世の中は広いんですねー」
「良いから準備しとけ。乱戦になるからな」
リョーが自分の愛剣を見ながら言う。クラーラも、自らの槍斧を確認する。
間もなく日が暮れ、あたりが暗くなってから、傭兵達は行動を開始する。クラーラと違い、馴れたもので邪魔な木を折りながら、奥へ奥へと進んでいく。山賊達が根城に使っているという洞窟を見つけるのに、そう手間はかからなかった。自然に溶け込むようにカムフラージュをしており、同様のカムフラージュをした見張りが二人いる。退屈そうに座り込んでいるだけで、襲われるとは夢にも思っていないのだろう。この手の事に慣れていない役所の人間や騎士ならば、見つけるのは苦労するだろうが、あいにく彼らは金さえ積まれればなんでもする傭兵だ。見つけるのはさした苦ではなかった。リョーが手で支持を出す。レヴィとクラーラは待機、それ以外の男手で先に奇襲をかけるというのだ。レヴィも剣術ならば遅れは取らぬが、こういったもみ合いでの奇襲作戦にはあまり向いていないから、という配慮だったのだが、レヴィとしては面白くなさそうだった。
そして、リョーだけが山賊二人の前に姿を出す。両の手を肩の辺りで広げて、争う気はないというポーズを取って見せる。
「道に迷ったんだ。聞きたい事あるんだが、良いか?」
「迷っただー?」
山賊達は呆れた顔をしながらも腰を上げる。
「てめぇ、こんなとこ、迷い込んだってこれやしねーよ。つーか、傭兵だろ? 傭兵が独りでこんな時間に出歩くか?」
数に頼りがあるからだろうか。彼らは分厚いナイフを取り出す。すると、後方から、手を叩くような音が、僅かに二回、リョーの耳に聞こえた。
「聞きたい事があるだけだって」
「……聞いてやらない事もないが、お前の態度次第だな」
「おとなしく、俺についてきてくれねェか?」
「ハァッ!?」
山賊が声を出すと同時に、リョーが弾ける。顎に一撃、拳を入れて洞窟の右側にいた山賊のから意識を奪うと、素早く剣を抜いて、もう片方、左側にいた山賊の喉元に突き付ける。まさに神速。山賊風情ではリョーの相手になるわけがなかった。
「聞きたい事その二。アンバルロガで、昨日何した?」
「……お、俺は、何もしてねー。何もしてねー」
「俺はって事は、他の奴は?」
「し、しらねーよー! 仕事の事なんか! 全部棟梁に金は渡してんだからよぉっ! どこで何してんのかもしらねぇって!!」
「話せよ?」
この山賊がクラーラを襲ったという言質がまずは必要だった。後方からの二回手を叩く音というのが、この左側の山賊にクラーラが襲われた、という合図だった。この二人とも無関係だった場合、中の人間から聞き出すことになっていた。こうやって単独でいる相手から言質を取れるのが理想だったために、まず、第一関門クリアといったところだ。
リョーは少し剣を引く。刃が喉を伝う冷たい感触に、山賊は震え上がる。死を感じ取った山賊は、観念して口を開く。
「あ、あ、アンバルロガの、傭兵区で、仕事を」
「どんな?」
「神官を、足を怪我した神官を、襲った」
「そうか」
リョーは素早く剣を動かして、峰で山賊の後頭部を強打した。そのまま崩れる山賊の身体を、背後から近寄ってきた仲間に渡す。渡された傭兵は、手際良く二人を縛り上げる。そして、全員が洞窟の前に移動すると、先程の爆弾の出番だった。それをリョー含め二十人が持って、紐を引くと、素早く洞窟内に投げ込む。
爆音。鼓膜が破けるのでは、という程の恐ろしい音量が、洞窟内から響く。
「行くぞッ!」
洞窟内に駆け込むと、耳を押さえてのた打ち回る山賊達がいた。クラーラは哀れに思いながらも、そんな彼らから意識を奪っていく。ある者は蹴り、ある者は殴り、ある者は柄で殴る。こんな事して良いのかと、クラーラはアーティアに問いかけるが、答えは帰って来ない。
全員を縛り上げるのに、そう時間はかからなかった。ものの数分で、山賊の駆逐は終わり、近くに作った自分たちの陣へと連れ込む。
「コイツ等か?」
クラーラにもう一度よく、確認させる。クラーラは、しばらく何人かを眺めてから頷く。
「間違いありません」
「おーし」
リョーは、おそらく棟梁だと思われる山賊の頭を蹴り飛ばす。呻き声をあげた山賊が、ゆっくり眼をさました。
「よォ? 用件は解ってるよなァ?」
「な、なんなんだ、テメェ等!」
リョーは動けない山賊の顔面に、裏拳を叩き込む。レヴィが、クラーラを少し離れた所へ連れていく。リョーの尋問をクラーラにとめられたら、困るのだ。案の定、クラーラが何か騒いでいるのが聞こえる。
「……お、おぐ?」
「おい、今はこっちが質問してんだろ?」
転がった棟梁の腹に蹴りを入れると、棟梁は咳き込む。リョーの目には危険な色が宿っていた。それを察知した棟梁は怯えて震える。
「昨日、どこで何してた?」
「あ、アンバルロガで……神官を襲った」
「神官を、ね? ソイツの特徴は?」
「松葉杖ついた、女だ。コイツはチョロいと思って」
「誰に頼まれた?」
「頼まれてなんか、いねーよ!」
ブンブンと棟梁が首を振る。嘘だ。ならば、何故山賊がクラーラを襲うというのだ。わざわざ町に出て来て襲うだけの価値があるとは到底思えない。
「し、商談があって町行ったら、格好のカモがいただけだ。本当だ! それだけだ!」
「嘘だな。せっかくの商談の帰りに、わざわざそんな危険を犯すか?」
「本当だ!」
「アーティアの法王か?」
「違う! いない! 俺達は偶然!」
叫ぶ棟梁の目の前の地面に刃を突き刺す。シン、と場の空気が氷つく。その刃は、棟梁の皮膚1つ傷をつけてはいない。だが、刃の冷たさが鋭いくらいに棟梁には感じられた。周りにいた傭兵達も、リョーの怒りの籠った殺意を前に、固まる。リョーは、ジェフを父親のように慕っている。今、二人目の父親の生死が関わっているのだ。北の寒村で家族を亡くした怒りが、リョーの中で強く渦巻く。
「俺は気が長くねェ。テメェ独り死んだところで、襲われた、暴れられたって言えば良い。なぁ、死ぬかよ?」
「……あ、アーティアの神官に、頼まれた」
「どんな奴だった?」
「お前くらいの、男だった。けど、それ以外は覚えてねー。依頼人なんて、先払いしてくれりゃ用済みだからな」
「どんな奴だった?」
リョーは首筋に添え直した刃をスッと引く。首の皮膚が切れて、血が伝う。その感覚に、棟梁の緊張と恐怖がピークに達する。
「覚えてねーって! 本当だ! 本当だから、もう勘弁してくれよーぉぉぉっ!」
棟梁は泣き叫び、懇願する。リョーの目には侮蔑の色が写る。
こんな奴のせいで、ジェフが囚われているのか。依頼人が誰なのかを明かしつつ、命乞いをするような、こんな奴のせいで。
リョーが腕を持ち上げる、首から刃の感覚がひき、ホッとしたのも束の間。振りかざされた剣を見て、再び恐怖に染まる。
「やめ……止めろ! 止めてくれーぇぇぇ!」
斬っ! と、剣はすぐ横の地面を切り裂く。リョーは何も言わずに剣を鞘に納める。強く唇を噛みしめ、近くの木に八つ当たりをするように蹴る。
「クソ」
殺すつもりだった。以前なら、殺していたハズだった。何故だ。ジェフの仇だ。仇なのに、抵抗する事の出来ない山賊を斬る事が出来なかった。
理由は、間違いなく、あの神官だろう。
リョーが視線をやると、安堵した間抜け面の神官。隣にいるレヴィは、どこか納得いかなそうな顔だった。
対照的な二人の視線から逃れるように、リョーは視線を反らした。