酒盛り
極めてなんの前触れもなく、レヴィの襲撃を受ける事となった。
「リョー!」
と叫ぶ彼女は、大層ご立腹のようだ。だが、リョーはそんなレヴィを見て馬鹿が、と一言投げ捨てて、ジェフとの酒盛りを続けるようとする。だが、そんな事で引き下がるようなレヴィではない。カウンターにいる店主に自前の、酒の入った大樽を置き、リョーの隣に腰を降ろす。レヴィが入って来た瞬間に、その意図を察した周囲は賭博の用意を始める。
リョーは自身が暮らす宿の一階の酒屋で、ジェフと酒盛りをしていた。今の傭兵区の主流となっているスタイルだった。そうする事によって、留まる傭兵達が潰れてもすぐに個々の部屋に連れていけるスタイルによって、酒場としても盛り上がりを見せる事になった。
リョーとしては、寝ているメイが起きてしまうのでは、と不安に思った事もあったが、メイがこっちで良い、というのだから、逆らえる訳もなかった。目が見えなくても、独りで階段の上り下りは出来るし、部屋の場所も覚えている。喧騒も寂しさを紛らわせるには充分なくらいだったし、何より、リョーが仲間たちと楽しく酒を飲んでいるのを、邪魔したくなかったのだ。
ジェフはすぐ隣に戸建てを持っているし、潰れた客は、この宿とジェフの家のどちらかに泊まる。そうすることで、宿屋も儲かる。宿屋の店主もそれで助かっている訳だ。
さらには、傭兵区一のトラブルメーカー、リョーのところには人が絶えず、今のレヴィのように、酒を持参した上で通常料金を払っていく客も多い。仕入れ金なしで、売り上げがでるのだから、店主としてもある程度目を潰れるというものだ。
「リョー、酒盛りだ」
「馬鹿野郎。テメェのは酒盛りって言わねェよ。呑み比べってんだよ」
「なら話は早いな。店主!酒を私とリョーの分を頼む!」
「勝手に進めんじゃねェ。俺はジェフと呑んでんだ」
「なんだ、リョー?……逃げるのか?」
「上等だ、レヴィ」
リョーがあっさりレヴィの挑発にのる。周りから歓喜の狂声があがる。そして、もうレヴィがこの傭兵区に来てから何度目かの、リョー、レヴィ酒盛り戦争が勃発した。
「ジェフ殿ッ! リョーは、神殿に我々を売ったのだぞ!?」
「だっから売ってねェっつってんだろッ!?なぁ、ジェフ!コイツ殺しちまって良いかー!?」
とはいうものの、リョーとレヴィが酒盛りを始めると、決まってその矛先はジェフに向く。ジェフは難しい顔をして唸るばっかりだ。
「オメ達、もォー少し酒の味ってもんをなー」
「オラァッ! 店主ッ! お客様の杯が乾いてんぞ!?」
「杯が、乾くだと? リョー、それはこういう意味だな?」
レヴィが満タンに入った杯を持ち上げる。リョーがそこに自身の杯をぶつけて
「「かんぱーい!!」」
楽しげに杯を交わす。ジェフすらも呆れ顔だ。この二人の酒盛りはとにかく五月蠅い、周りを巻き込む、終いには喧嘩に発展する事も度々。怪我人が出た事も何度かある。
「しかし、リョーも大した事ないな! あの程度の誘いに乗るなど、甘すぎる!お前達もそう思うだろう?」
レヴィがあの場に居合わせた何人かを見ながら言う。そんな事リョーの前で同意出来る訳もなく、苦笑いを浮かべる。
「ああ~? クラーラが止めに入らなきゃ、テメェ今頃ベッドの上だぞ、レヴィ~。……いや、墓の下かよ?」
「……クラーラ? 誰だぁ、その女はぁ?」
「あの神官だよ」
ドンッ! とレヴィが杯を机に叩きつける。飲みきったぞ、と言わんばかりだ。リョーも杯を空にしてから、机の上に杯を置く。二人の間に、剣呑な雰囲気が流れる。
「……んだよ?」
「……許さん……。あの若輩者は、私と貴様の勝負を!!」
「ほーら、二人とも、杯に酒が残っとるっぺ」
適当にジェフが促すと、二人はぐびぐびと酒を飲む。クラーラに矛先が行くのは可哀想、と思ったのだろう。二人は杯を空にすると、機嫌良く笑う。ジェフは二人の大きな子供を見て、嘆息する。
だが、今日は簡単には事が運ばなかった。
「許さん」
トロン、と目が座ったレヴィが言う。うん?ジェフが不安そうな顔をする。
「許さん。あの神官だけは許さんー」
注がれたばかりの酒をグビグビと飲んでいく。傭兵区に居ながらも清廉な彼女の面影はない。
「なーにがだよ?」
リョーはつまみを口に放り込む。堅いクルミがバキバキと砕かれる。
「あの若輩者はー、私とー、お前のー、勝負をー、邪魔、するしー、お前、はー、アイツのー、肩、を、持つしー、許さーん」
「肩なんか持ってねェ」
ゴッ、ともはや呂律も回らなくなったレヴィの杯に自らの杯を当てて、リョーが言う。レヴィはベロベロだが、それでも大量の酒を呑み干す。その気概もむなしく、すでにレヴィは限界を突破している。
「俺には、アイツが必要なだけだ」
「それが気に食わんのだーッ!」
カッ! と怒りレヴィは立ち上がる。だが、明らかに多すぎる酒を呑み、急に動いたせいで、酔いが一気に回ったようだ。ふらふらしたかと思うと、リョーに向かって倒れ込む。そのままリョーの足を枕に、スー、スーと穏やかな寝息を立てて寝てしまう。
「さー! お開きだっぺ! レヴィ嬢ちゃんが寝ちまった! オメ等も帰った帰った! ……リョー、レヴィ嬢ちゃんを送ってやれ」
ジェフが立ち上がってパンパンと手を叩くと、皆腰をあげて、名残惜しそうに帰路につく。リョーは大分嫌そうな顔をしている。
「あー? ジェフ、そりゃ面倒クセェって。適当に転がしときゃ良いだろー?」
「若い乙女に対する仕打ちがそれだっぺ?」
「チェッ、なら、俺の部屋に転がしとく」
リョーはレヴィを肩で担いで、半ば引きずるように階段を上がって行く。レヴィのせいで、頭がクラクラする。自室の鍵を開けて、静かに入る。もう、メイは寝ているのだ。起こさないようにベッドまで近づくと、レヴィをベッドに投げ込む。
「……う、うーん、リョー」
忌々しそうな顔をしながら、寝言を言っている。夢の中でも俺と戦ってんのかよ。リョーは呆れながら床に転がって毛布を被る。
「わたしー、私はーなー」
「いーからさっさと寝ろよな、マジで」
「お前、お前の、事が……すー」
酒が入っているせいか、リョーもまた、深い眠りに落ちていく。
「リョーォォォォッ!!」
翌朝、リョーはレヴィの余りにも近い距離からの怒号で目を覚ます。あまりにも最悪の目覚めた。昨晩は、レヴィの寝言が五月蠅くて、全然寝付けなかったのだ。
「な、なに!? レヴィさん!?」
隣で寝ていたメイが、その怒号で目を覚ます。まだ日が昇り間もない。メイが目覚めるにはまだ余りにも早い時間。
「……て、テメェ!」
ガバッ! と起き上がる。怒りで拳を握る手が震えている。
「メイが目ェ覚ましちまったじゃねェか! テメェと違ってメイは繊細なんだよ! どーすんだ、こんな時間に起こしやがって! メイの体調が悪くなったらよォ!」
「う、うるさい! この甲斐性なし! それくらいなんとかしてやれ! そんな事より! なんで貴様が私と一緒に寝てるんだ!」
「はぁ?」
昨晩の事を思い出す。リョーは確かにレヴィをベッドに投げて、自分は床で寝ていた。そして、リョーはベッドではなく床にいる。
「っざけんな!! 俺は確かにお前をベッドに寝かせたし、俺は床で寝た! テメェが勝手に入って来たんだろ、んの淫乱騎士がァ!」
「な、なぁ!?」
自分からリョーの毛布に潜り込んでいたとは毛頭思わなかったらしい。レヴィの顔が熟れたトマトのように赤くなる。
「な、ならなんで私の腰に手を置いてた! い、如何わしい!」
「それもメイが雷恐いとかお化け恐いとか言って俺んとこに潜って来るからだよ! 習慣だ!」
「に、兄さん!」
メイが顔を真っ赤にして叫ぶと、リョーはそこで我に返ったようだ。メイのところに素早く駆け寄ると、その肩に手を置く。
「め、メイ? まだ早いから。もう少し寝てような?」
「……兄さんの、馬鹿」
メイは何かに耐えるように毛布を被る。馬鹿。メイから罵倒を受けた事の無かったリョーは愕然とする。
「……ああ、ああ! どうするんだよ、レヴィ! 今まで、今まで馬鹿なんて言われた事無かったのに! メイが! メイがごろつきにでもなったらどうすんだ! どうしてくれんだ、テメェ!!」
「兄さん、静かにして!」
余りにも恥ずかしい事を暴露されたメイに冷たくされて、リョーはフラフラと椅子に座る。そして、顔を手で覆う。もし、世界が滅亡します、と宣告されたとしてもここまで落ち込む人間はそういないだろう、と思える程、リョーの落ち込みっぷりは悲惨なものだった。
「……ダメだ。もうダメだ」
「じゃ、じゃぁ、リョー。私は帰るぞ?」
「……ああ」
意気消沈のリョーを見るに耐えず、というよりも、自らの勘違いから始まったこの惨事から逃れるようにレヴィは部屋を後にする。
それからしばらくの間、メイの機嫌が治らなかったのは、言うまでもない。
「……」
どよーん、と手足を放り投げてタバコをふかすリョーの顔はもはや死んでいる。メイの笑顔がリョーの生きる活力なのだ。メイの笑顔が待っていると思えば、どんな辛い仕事でも耐えられる。
なのに、怒って顔も合わせてくれない。
おまけにレヴィと怒鳴り合いをして少ししてから、異常なまでの頭痛に襲われた。完全に二日酔いだった。あの時は、怒りで痛みに気付かなかったのか、全然気になりもしなかったのに、今は悲惨なくらいに響いている。
「……怒った顔も、可愛かったなー、メイは」
デレッと頬が緩む。締まりのない笑顔。
「……何笑ってるんですか、リョーさん?」
松葉杖をついたクラーラが退き気味に言う。
「……あ?」
数瞬の沈黙。理解するまでに少しの時間がかかる。幻覚でも見てんのかと思い、目の前の幻覚を払おうとリョーはナッツを投げる。
「ちょ、ちょっと!?」
すかさずクラーラがそれをキャッチ。やるな、この幻覚。
ホイ、ホイ。とそのまま幾つかのナッツを投げる。
「リョーさん!? 食べ物を粗末にしては!」
「あれ、本物?」
リョーはそこでクラーラが本物だと気付いたようだ。
「なんだと思ったんですか」
「悪夢による幻覚」
「悪夢!?」
「……チェッ、うるせぇな。頭痛ぇんだよ、騒ぐな」
「打ったんですか?」
「二日酔い」
「治しましょうか?」
「治せんのか?」
「治療費は100ゴルドです」
「高ッ!」
100ゴルド。それは昨日レヴィが持って来た酒樽を二つ買っても釣りが出る大金で、激戦の最前線でも報酬は70ゴルド程度だ。クラーラの提示した金額は、あまりにも高額すぎる。二日酔いを治すのにそんな大金を、払っていられる訳がない。
「っざけんな、お呼びじゃねェよ、闇医者野郎」
「ですが、今日はその闇医者を必要とする人たちのところに案内してもらいに来ました」
往診か。リョーは水を飲みながらやる気なさそうにする。
「ジェフに聞け。俺は頭痛ェし、今凄く落ち込んでんだ」
「落ち込んで?」
クラーラが首を傾げると、昼間っから酒を呑んで、気分が良さそうな傭兵が笑う。
「メイちゃん怒らせちまったんだ、ソイツ。朝っぱらからレヴィと大喧嘩して、大きな声で言っちゃいけねぇ事をなー?」
「っるせぇぞ、飲んだくれがぁ」
リョーが睨むが、飲んだくれにはまるで効かない。だが、リアクションは別のところから来た。
「メイさんが怒った!?」
「ッ! だっから、あの馬鹿女みてェに大声だすんじゃねェよ」
驚き大声を出すクラーラ。その声が頭に響いたリョーは痛みに頭を押さえる。こんな酷い二日酔いは久々だった。
「あ、なら迎え酒か」
「馬鹿な事言ってないで! 謝りに行きますよ! リョーさん!!」
「だーかーらー」
「ホラホラ!」
松葉杖をついてるような重症人だとは思えない力でグイグイとリョーをひいていく。リョーは頭を押さえてフラフラとしている。
「だっからなんども謝ったつってんだろ、へっぽこ神官」
「へっぽこ!?」
「……チェッ、さ、わ、ぐ、な」
一声ずつ切りながら、殺気の籠った目を向ける。今日の頭痛は本当に痛いのだ。リョーは階段に座り込んで、お手上げのポーズをする。
「メイはあれで頑固な節があっから、放っておくのが一番なんだよ。テメェみてェな横やり入ったとこで、どーにかなるか。お呼びじゃねェんだよ」
「……けど、リョーさんとメイさんが喧嘩なんて、悲しすぎます」
「喧嘩じゃねェよ。とにかくお呼びじゃねェんだ。さっさとジェフんとこに行け」
「ジェフさんは今朝方仕事と言って出掛けたらしいです」
「……あの親父、賭博うってんのかよ……」
ジェフが朝からいない日は、決まって賭博だ。この国で賭博は禁止行為の一つである。だから賭博は隠れて行われる。その場所の特定は難しい。どこかの宿屋かもしれないし、誰かの家、という可能性もある。
「賭博!?」
「……テメェ、わざとやってるだろ? 次に大声出したらマジで殺すぞ?」
慌ててクラーラは口元を押さえる。ようやく、リョーの頭痛が本当に悲惨なくらいに酷い状態であることを理解したようだ。
キィッ、と宿の奥から扉の開く音がする。そして、ゆっくり歩く音。リョーがジェスチャーでクラーラを手すりのない方に移動させる。そして、ゆっくり、ゆっくり足音が近付いて、メイが姿を見せる。
クラーラが声を出して挨拶しようとするのをリョーが手で制する。不思議そうにリョーを見るクラーラ。だが、リョーが首を左右に振るのを見ると、リョーに従い黙る。クラーラは視線をメイに戻す。
だが、その時違和感を覚えた。何かがおかしい、と思ってメイを少し観察した後、店を見渡す。
その違和感の正体には、すぐ辿り着いた。さっきまで騒いでた傭兵達が、黙ってメイに注目しているのだ。
階段を一歩一歩、慎重に下って行く。階段に座り込んでいるリョーにも、そばにいるクラーラにも気付かない。
そして、最後の階段を降りきって、メイがホッと息をつく。
歓声があがった。
「きゃっ!?」
「よっしゃー! これでメイちゃんが独りで階段を降りるの、十回連続成功だー!」
「今日はめでてー! めでてー日だー! 飲むぞー!」
「バッカヤロー。テメェもう呑んでんだろ?」
「店にある酒全部持って来ーい!」
「……もうっ、皆! 身体壊しちゃうんだからね!? 呑みすぎないでよ!」
メイが手探りで手近な席に座る。そうすると、屈強な傭兵達がメイを囲んで頭を撫でたりと、可愛がる。メイのテーブルにやや貧相な、それでも、この宿で出来る精一杯な豪華な焼き菓子がお祝いと称されておかれる。メイはそれを照れながらも、喜んでいるようだ。
「……」
リョーは、穏やかな顔でその光景を眺める。が、次第に狂声の入り交じった歓声に顔をしかめ始め、立ち上がる。そのまま足早にメイに近付く。
ポンッ、頭に手を一回乗せる。撫でる事も、声をかける事もせずに、そのまま立ち去ろうとする。
「……兄さん?」
メイの言葉にも反応しない。リョーはそのまま静かに宿を後にした。
「え、え? 声かけないんですか?」
「……」
追いかけてくるクラーラの問にリョーは応えず、ズカズカと前を歩いて行く。足の怪我は完治はしていないようで、松葉杖をついてついて行くのが限界だった。
「り、リョーさんー、早いですよー」
「アイツはな、メイはな、目が見えねェなりに頑張ってんだ」
訥々と、リョーが語り出す。うっかりしてしまえば、聴き逃してしまうような小さな声。
「独りで階段降りたりするのも、楽な事じゃねェんだよ。うっかりすれば転落する事もある。だけど、メイはそれを自力で出来るように頑張ってんだ。……今まで十回連続で無事降りれた事なんかねェんだよ、最後のとこでもう一回降りると思ってガクッてなるあれとか含めると」
ヒデェ時は一番上から転がるんだがな。ハハハ、と笑うリョーは寂しげだ。妹の成長を喜びながらも、自分の手から次第に離れていく寂しさを覚えて仕方がない。
「リョーさんは、お優しいのですね」
「……ハァ?」
そこでようやく足を止めて、振りかえる。威圧的な表情も、クラーラには取り繕っているようにしか見えなかった。 思えば、合致する。
メイに対しての行動の数々。慈しむ手つきには、上辺だけではない、温かな愛情が垣間見えていた。仲間のために、陳情を言いに来る面倒見の良さ。レヴィに対するあの当たりも、クラーラを守るために、威圧的な態度をとっていただけなのだろうと、一人でリョーを超善人認定する。
「素晴らしいです、リョーさん。アーティア様を誤解なさっていますが、その根底はきっと同じなのです。リョーさんは、本当は戦いなんか望んでいない、非常に清廉潔白な優しい人なのですね」
「……ウゼェ」
その言葉もまるで効いていない。キラキラとした、羨望、仲間意識を、強烈な視線に乗せて見てくる。リョーは忌々しげな舌打ちをする。どうも、クラーラと会うと舌打ちの回数が増える。
「勘違いすんな。俺はアーティア筆頭に神なんぞ大っっ嫌いだし、それを崇めてる連中も嫌いだ。それに、俺は傭兵だ。戦争がなけりゃ生きていけない。
そういう意味では、神殿の連中には感謝してるよ。宗教間の争いは絶えねェ。激しさはいつも無神国家より上だ。おかげで俺は食いっぱぐれねェ。熱狂的だよ、神殿同士の戦争は。狂ってやがるよ、テメェ等全員」
「ですが、戦争がなければリョーさんはきっと違っ」
「グダグダうるせぇよ!」
リョーの殺気が膨れ上がり、クラーラの言葉をさえぎるように怒鳴る。露天商達が、リョーの怒声に驚き、騒ぎになるのでは、と店のカウンターの陰に隠れる。傭兵区での、傭兵間の争いは、度々周りを巻き込む。最近ではリョーと喧嘩する者はレヴィくらいのものだが、それまではリョーが暴れると大惨事に発展する事が多々あった。
「俺は「皆殺しのリョー」だ! 「狂剣の軍神」だ! テメェ等神殿は俺の敵だ! テメェ等はムカつくし、そんなムカつく相手に使われてる自分も俺は大っ嫌いなんだよ! 俺と馴れ合おうとすんじゃねェ! 俺にはメイがいればそれで良いんだ! メイが笑ってればどんな戦場だって勝って見せる! 生き残ってみせるッ!! 金を積まれれば、テメェ等とだって敵だって事、忘れんなよ!? レヴィとだって殺し合った事があるんだ! それが傭兵だッ!
テメェは、テメェには解らねェよ! 家の事情なんかで神殿に入って、そこで聖女候補騎士として持ち上げられてるテメェに! 勝ち組のテメエに! 人生の絶頂のテメェにッ! 底辺の気持ちが解るかよ!?」
怒りと憎悪の奔流。その乱暴すぎる流れに飲み込まれて、クラーラは思わず身を硬くする。そのまま、殺意の籠ったリョーの目をしばらく見ていたが、やがて気落ちしたように肩を落とす。
クラーラは何か言いたげだったが、何かを言う事もなく俯く。リョーは息を切らしながら、気持ちを落ち着かせる。
そうだ。コイツ等は敵なんだ。敵だ、殺さなくちゃいけないんだ。馴れ合う事は、ない。敵だが、使えるものは使う。有効活用だ。怪我した仲間とメイの治療を成功させてしまえば、用済みだ。その先、かかわる事は何もない。
リョーはズカズカと、怪我した仲間のいるところに向かう。ある者は寄り合いのベッドの上に、ある者は自身が契約している宿にいた。それらの往診を丁寧に、そして神殿への文句を、クラーラは小さな身体で必死に受け止める。
神殿の不手際への詫びと、今後の安泰への祈りを捧げて、一人一人の治療をしていく。
昼前には宿を出だにも関わらず、往診を終えたのはもう夕暮れだった。最後の往診を終えた後、リョーは神殿区の方角だけを告げて、クラーラを独りで帰した。
その時、いや、怒鳴った時から、ずっと、寂しそうな、泣き出しそうな顔をしていたのに気付かないふりをして。気にとめないふりをして、リョーは宿に戻った。
何故、泣きそうな顔をしていたのだろうか。
「……ハンッ、甘えて育ったにきまってるぁ」
温室育ちが。吐き捨てるように独りごちる。不機嫌を隠そうともしないリョーの周りには、今日は誰もいない。触らぬ神に、祟りなし。誰一人として、近寄ろうとはせず、リョーは独りで酒を傾ける。
「リョー!」
ジェフの大声が響く。かなり慌てているようだ。宿屋の扉を、破壊せんばかりの勢いだった。そのままリョーのテーブルに直進し、ダンッ! とテーブルを叩く。
「オメ、今日の夕方なにしてたっぺかー!!」
「ジェフと違って、賭博なんかしてないよ」
「ふざけんな! ワシは神殿まで行って、昨日お嬢ちゃんが怪我した事謝罪に行ってたっぺ!!」
「……?」
リョーはジェフが何を言いたいのか解らない。顔をしかめるばかりだ。だが、ジェフの慌てぶりは、並大抵の事ではない事を示唆している。
「なんだよ、ジェフ。言いたい事があるならはっきり言えよ。どうしたんだよ? 俺はアイツが約束した往診につき合った後、まっすぐここに帰ってきたぜ?」
「その、お嬢ちゃんを、お前どうしたっぺか!?」
「普通に帰したよ。斬りかかる訳ねェだろ? 神殿区はあっちで俺は変えるっつって帰ったよ」
ありのままを告げると、ジェフの眼が変わる。
「送らんかったっぺか?」
「送る訳ねェだろ?」
「……んの、馬鹿野郎がぁぁあぁっっ!!」
ゴッ! ジェフの拳がリョーの顔を強打する。リョーは不測の事態に対応しきれず、受け身も取れないままに、床に転がる。
「あ、ぐっ!?」
リョーは殴られた顔を押さえる。酒が入ってたせいもあるだろうが、リョーの視界も思考もめちゃくちゃに掻き乱される。何が起きたのかを、理解できないでいた。
「オメ、今の傭兵区の状況解ってるっぺかー!? あんな豆粒みてェなお嬢ちゃん独り残してみろ!! 襲われねェ訳ないっぺがぁっ!」
「……ハ?」
襲われる。その言葉だけが鮮明に脳に残る。襲われた? あいつが? あの神官が?
「……襲われたって、どーゆー事よ、ジェフ?」
なんとか身を起こすが、床に座り込んだまま尋ねる。まだ立てそうにない。
「まんまだっぺ。武器もった傭兵十人くらいに囲まれて、奇襲受けたらしいっぺ。命辛辛逃げきったらしいが、まだ犯人は捕まらず終い。神殿は、オメを犯人だと思い込んでるみたいだっぺ」
そんな、あまりにも身に覚えのない事件の犯人にされてたまるかよ? リョーは不測過ぎる事態に、茫然とそれだけを思うのが関の山だった。
杯を乾かすと書いて乾杯
ちなみに、これは実際に言われた言葉です(笑)
最初の一杯では普通に飲みますけどその後の乾杯は……(笑)
体育会系にもまれてます(笑)