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戦神の祈り  作者: ミズキ
3/16

悲しい戦い

 実力は互角。リョーの神速の踏み込みを見切ったレヴィが一歩後退しつつ、剣を振るう。純粋な腕力、破壊力ならばリョーの方が分があるが、レヴィは難なくその一刀を弾き返す。

 ギィンッ! レヴィの手に僅かに痺れる。剛腕、という訳ではないのだが、リョーの一撃は恐ろしく重い。怨念でも乗っているのではないかと思えるほどだ。だが、怨念の重さで引けを取るつもりは、レヴィには毛頭ない。僅かな痺れを残す右手で剣を握る。

「シッ!」

 リョーの右肩を狙った突き。利き腕を潰して、戦闘能力を奪うという魂胆だ。だが、レヴィがそう来るのはリョーも承知している。左肩を思いっきり入れて半身になり避ける。レヴィの突きがリョーの肩を掠めるが、リョーはそれを一切気にも留めずに返す刀でレヴィの胴を狙う。

 金属音。リョーの斬撃を、レヴィは受け止める。が、その身体が前につんのめる。リョーが素早く身を退いたのだ。姿勢を崩したレヴィの左の右のこめかみに、リョーの肘鉄が直撃する。

「グッ!?」

 鋭く尖った、身体の部位で最も硬い肘の骨。勢いを殺すために横に飛んだが、それでもダメージは大きい。リョーが右手の剣を振り降ろし、レヴィは姿勢を崩しながらも鋭い斬撃で薙ぐ。

刀身と刀身がぶつかり合い火花を散らす。リョーは崩れた姿勢のレヴィと押し合う。

 対等に渡り合う二人だが、互いに余裕はあまりない。互いの強さを、互いに嫌というほど知っている。戦場では、互いの背を預ける仲だからこそ。

「貴様ッ!神殿を許す気か!」

 ギィンッ! とレヴィの怒りに満ちた凶刃を弾く。膂力で押されて、レヴィが僅かに後退するが、立て直すのが速い。リョーが構えを直す前には、もうレヴィは次の攻撃に移っている。

「許す訳ねェだろッ!これとそれは話が別だ!」

 ギィンッ! 紙一重で、リョーが受け止める。一度蹴りを出して距離を置くが、レヴィの斬撃、猛攻は止まらない。「戦場の青き獅子」と謳われる程のレヴィだ。リョーも必死に剣を振る。二人の剣が、眼前で交錯する。

「ならば何故だッ!奴等は我等の親を殺した仇!なぜなら肩を持つ!」

「うるせぇ!俺は!俺はメイのためならなんでもする!それだけだ!」

レヴィが押された姿勢でリョーの腹に蹴りを入れる。力が緩んだ一瞬をついて押し合いから逃れる。

 間合いを取り直して、構えを直す。レヴィが牽制に薙ぐと、リョーは身を低くして突っ込む。剣は既に納刀され、必殺の居合いを仕掛ける。

 だが、如何せん姿勢が低すぎ、居合いの速度は遅く、動きも鈍い。レヴィは剣先を地に向けて防御の姿勢をとりながら再び蹴りを入れる。

「グッ!?」

 悪路でも走れるように、頑丈な作りをした靴は、爪先に鉄骨が入っている。二発もらっただけでも、かなりの痛手だ。

 リョーは居合いのタイミングをずらしてもう一歩踏み込む。二人の距離が潰れ、そこで剣を抜く。必殺の速度で放つ、柄頭での突き。レヴィはそれを後退して避ける。

 小手先での剣術では、やはりレヴィに分がある。

「テメェ、ヤッパそこそこ強ェなァ」

 間合いの外でリョーが言う。レヴィも解っている。リョーが、本気を出し切っていない事に。

 それは、リョーがまだ魔法を使っていないからだ。リョーの使う魔法は肉体強化と戦意高揚の魔法。その二つを掛け合わせた時のリョーの力は恐ろしい。「狂剣の軍神」の二つ名も、その時の様を見て震え上がった敵が名付けたものだった。

 リョーが魔法を使えば勝ち目が極端に低くなる。それがレヴィから余裕を奪う。

 リョーもリョーでレヴィを殺す気はない。深手を負うのも御免だったし、レヴィ相手にどこまで通用するかも解らなかった。なんだかんだ、自分のダメージの方が僅かに上にも感じられる。

 お互い探り合い、勝算を考える。

 結論に至ったのはレヴィの方が僅かに早かった。素早く踏み込むと、剣を振れる限界まで近寄る。

「チィッ!!」

 思わず舌打ちが漏れる。レヴィが重い斬撃を振る。リョーも剣を振って応戦せざるをえなかった。足を止めての斬り合い。腕力では勝っていても、リョーには苦しい。

 如何せん、レヴィは速い。体重を乗せながらでも、左右から速い攻撃が来る。気を抜けば、この肉厚な剣すらも断ち切られてしまいかねない。

 ギィンッ!ギィンッ!

 幾度となく繰り返される斬撃。こうなると、リョーが取る戦略は一つ。レヴィのスタミナ切れである。身体を左右に振りながら、体重の乗った斬撃を繰り出し続けるのは、決して容易ではない。レヴィの披露を見極めて、反撃に出る他ないのだ。

 ギ、ィン!

 ――今ッ! リョーが僅かに身を引く。僅かに斬撃が鈍った。剣を振りかざし、袈裟に振るう。

 ビュッ! と、レヴィの速度が上がる。リョーは、そこで自分が誘われた事に気付いた。レヴィ程の剣士には、充分すぎる程の隙だっただろう。だが、一撃という観点において、負ける訳にはいかない。

「止めて下さい!」

 それまで傍観していたクラーラが二人の間に割って入る。掌で二人の剣の峰を叩き、軌道を逸らす。

「馬鹿者っ!」

 レヴィが叫ぶ。傭兵区随一の二人の剣撃をまともに弾き切れる訳がないのだ。案の定、レヴィの剣は逸らしきれずにクラーラの腿を薙ぐ。大量の血が吹き出て、レヴィとクラーラが、赤く染まる。

「ンッ!」

 だが、クラーラは悲鳴を殺し、二人の間で立つ。ボタボタとあふれる血が、地面を赤く染めていく。どう見ても、傷は深い。

「……お二人、とも……。……止め、て、下さ……」

 懸命に痛みに耐えながら、クラーラがそう漏らす。

「馬鹿野郎ッ!! さっさと魔法で治療しねェかァッ!」

「お二人が、止めるまで! 私は自分の傷を治しません!!」

 怒鳴りつけるリョーに対して、毅然とした態度でクラーラが言う。今にも崩れそうになるのを必死で堪えて立っている姿は、あまりにも悲痛すぎて、リョーは唖然とする。いやいや、治さなかったら、死ぬぞ? 死ぬ気か? こんな汚い、傭兵区のど真ん中で? そんな事、言ってる場合か? 

「……馬鹿な、何故、貴様」

 唖然とするのは、レヴィも同じだ。いや、その傷の深さを知っているだけに、理解しがたい。レヴィは、確かに剣先で、硬い物を捉えた。それは、間違いなく骨だ。傷は、骨にまで達しているのだ。その身を呈して止めるというには、あまりにも深すぎる傷。

「アーティア様は、アーティア神殿は! 争いを好みません! 可能な限り交渉して、交渉して、どうしてもだめな時にのみその御力を使うのです! だから、私も! この身にどれだけの傷を負おうとも!お二人が争いをやめるまでここに立ち続けます!」

「……行くぞ、貴様等」

 レヴィが剣を納めて、踵を返す。他の傭兵達は、バツが悪そうだ。去り際に、レヴィが足を止め、クラーラに告げる。

「貴様のその姿勢には敬意を称そう。……だが、私は貴様等を許しはしないッ!!」

「あなたに許されるのも、アーティア様が私に授けた使命ならば、私は、あたなに許して貰えるまで、なんでも致します」

「クッ、若輩者めがッ!」

「んな事言ってる暇あったらさっさと治療しろ! あいつ等から退いただろ!? 死ぬぞ、テメェ!!」

 リョーが怒鳴る。クラーラはそこでようやく治癒魔法の祝詞を唱えて、傷を回復させる。リョーにはその傷がどれ程のものかは解らないが、浅くない事だけは理解出来ている。傷は、みるみる内に塞がっていく。

「ったく、テメェ! 死ぬ気か!?」

「リョーさん達が争いを止めるのであれば、この命、惜しくはありません」

「赤の他人だろっ!? 俺もあいつも、どっちが死のうがテメェには!」

「関係あります!!」

 クラーラは大きな声を出していた。その目には、涙さえも浮かんでいる。

「……どういう経緯かは知りませんが、お二人が神殿に親を殺されたと思っているならば、それは、本当なのでしょう……。経緯までは知りませんが、私達は、守るべき人を、殺めてしまっているのでしょう?」

 ボロボロと、大粒の涙を流す。リョーは困惑する。なんなんだ、この神官は?

「どうして、テメェが泣くんだよ」

「親を殺されたなんて、悲しすぎるじゃありませんかっ! なのに、何も知らずに、私は……」

「……」

 リョーは困惑する。こんなの、知っている神官の姿ではなかった。神官というのは、もっと傲慢で、偉そうに踏ん反り返っている連中だと思っていた。

 なのに、なんなんだ、目の前の神官は。

「……クソ」

 悪態をつくと、リョーはクラーラを抱える。膝裏と、背中を腕で抱えると、歩き出す。

「……リョー、さん?」

「うるせぇ。テメェをここで放置したら、目覚めが悪ィだろ。俺の寝起きのためだ」

「……ありがとう、ございます」

 苦虫でも潰した思いだ。本当は、自分だってレヴィのように、斬りかかりたい程だった。リョーの憎悪は、軽くない。なのに、なのに……。

「あーあ、本当に、クソったれな世界だよな……」

 そう、小さく漏らす他出来なかった。


 傭兵区から神殿区へと、クラーラを抱えて歩く。傭兵区の人間は、あのリョーが怪我した神官を運んでいると、困惑し、騒ぐ。リョーはその声が聞こえるたびに、バツが悪そうだ。

「……すみません、不快な思いをさせてしまって」

「本当だよ。俺はあん時、勝ってたはずなのにな」

 もちろん、そんな確証はない。レヴィの斬撃は鋭かったし、自分は肩を持って行かれた可能性はある。止められたのは幸い、ともいえるだろう。レヴィはそれだけ強い。

 クラーラは、ずっと気になってる事を、言おうか悩む。逡巡の末に、聞くならば今しかない、と思え意を決す。

「……リョーさん、レヴィさんの言っていた、村を殺されたというのは……」

「……」

 リョーが天を仰ぐ。すでに黄昏色に染まっている空。そう、あの日の空も、こんな血色の空だった。

「……俺ァ、神殿を許さねェ。世界は血で染まってるし、俺の過去も……血色だ。恨んでも恨んでも、恨みきれねェ。……そんな事したって、神殿がなくなる訳でもねェし、ましてや、神殿相手に戦争しかけたってどうこうなるもんじゃねェのもわかってっけど、それでも、俺は神殿を許さねェ。……そこで信仰を続ける、テメェ等もだ」

 リョーはそれだけを答えたが、クラーラにとっては充分すぎる答えだった。

 神殿はなにかしらの“アクシデント”でリョーの村を壊滅させ、リョーとメイを天蓋孤独にしたのだろう。そして、その神殿からの依頼で食い繋いでる。傭兵の仕事は、どうしても国家間の戦争に使われる事が多い。そして、その国家間の戦争に、アーティアは積極的に介入し、神官と傭兵を派遣している。

 傭兵を続ける事は、リョーにとって苦でしかないのでは? クラーラはそう思えて仕方がない。

「……私は、アーティア神殿の、聖女になります。聖女は法王から神名を授かって、初めて聖女になります。そして、聖女には様々な権限が与えられます。……私は、聖女になったら、リョーさんや、レヴィさんに、神殿の代表として、謝りたいです」

「どうしてそう思う。謝罪してどうなるよ? 死んだ奴が生き返んのか?」

「……死者は生き返りません。ですが、私にはそれしか出来ません。聖女候補騎士として、メイさんの治療をさせて頂いている身として、それが、私に出来る数少ない罪滅ぼしだと信じています……」

「……」

 罪滅ぼし。直接の関与もしていないのに、何故その言葉が出てくるのか、リョーにはいささか理解出来なかった。献身的というよりも、自己犠牲、向う見ず。それが一体、どれ程自身のためになるというのだろうか。

「……そうかよ」

 リョーは、そう呟くしか出来なかった。憎悪は衰えないが、どうしても、この神官だけは憎めないでいる事には、まだ気付かぬままに。

神殿区まで担いで行くと、聖女候補騎士が怪我をしている事に慌てた騎士達で大騒ぎとなった。狂騒と化した神官達の手でクラーラは保護され、リョーはタバコをふかしながら独りで帰路についた。



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