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戦神の祈り  作者: ミズキ
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プロローグ

 先のランベル奇襲作戦で多くの仲間が傷を負い、必要な治療費分の報酬の増額を求める傭兵、リョー。

 話が違うという事から始まり言い合いを続けるが、ついには傭兵達の古株、ジェフが怒鳴り、野次馬が集まってくる始末

 激しい往来、人々で賑わう大都市、アンバルロガ。

 戦の神アーティアの総本山がある事から、昔より武具の貿易によって高度に発達した。街中に流れる多くの運河がその発展と繁栄の象徴であり、都市の中外を移動する手段として、一般住人から商人が幅広く用いる。特に大量の商品をまとめて運べるために、商船は日夜多くが行き交う。運河は商人達が発展させたと言っても過言ではない。

 街は神殿区、王宮区、一般区の大きく三つに分かれ、さらに傭兵区や自治区と呼ばれる小さな地帯も、神殿区と一般区の間に存在する。各区画間の移動手段は掛け橋がメインとなり、一部の神殿区、王宮区へは検問が常に張られている。極々限られた人種しか入れない区画、というのも存在しているのだ。

 そして、神殿区の検問が張られている掛け橋で、今まさに人だかりが出来ていた。

「だっからよー!? 話しが違うべがー!?」

 と、強い訛りを残した中年の傭兵が怒鳴りつけるが、神官騎士は呆れ顔だ。かれこれ小一時間程こうしており、野次馬が煽り始める始末だった。

「あんたらが応援に来るタイミング見てたってのによーお!? あんたらいつまでたっても来ねェじゃねぇっべが!? ウチん若ェもんが、それで怪我ァしたんだべが!? 報酬が変わらねェってどーゆう事だっべ!?」

 身体はとにかく大きく太く、逞しい筋肉に覆われているその中年傭兵。神官騎士たちよりも、頭二つ分も大きいだろうが、神官騎士達は恐れる事もなく、彼を突っぱねる。

「追加での報酬は払えないというのが、役員達の見解だ。陽動隊としての、充分な報酬を払っているとの事だ」

「陽動ォ!? オメ、ワシらん事ォ先ん行かして、後から来るっつーから気張って戦ってたんによぉー!? ほとんどワシら片づけるまで来なかったじゃねぇっべが!?」

「そんな事は知らん。我々は作戦を確実に遂行していた。貴君等の働きによって先の戦いは」

「だっからよォー!?」

 中年傭兵が抗議し、それを神官が突っぱねる。さっきからこれの繰り返しである。あまりのしつこさに、神官達の顔にも苛立ちと疲れが出ている。野次馬達は無責任に囃し立てる。

「ジェフー! やっちまえーっ!」

「神官騎士だかなんだか知らねェけど、いつも偉そうにしてんなー!?」

「騎士様よ! そいつうちの飲み代踏み倒してんだ!やっちまってくれー!」

「ジェフ」

 中年傭兵の脇に控えていた青年が、呆れたように声を出す。ジェフと呼ばれた大柄な中年傭兵が、興奮するあまり振り上げた手を止めて、振り返る。

 青年はツンツンと逆立つ赤い短髪をしていた。真っ赤な攻撃的なライトメールに身を包み、やや肉厚のある剣を帯刀している。。顔面にタトゥーを入れ、人を威圧するような眼つきをしている。鋭い目つきで、ゆっくりと神官騎士を見る。いや、睨む。

「コイツ等にいくら言ったって、無駄だって。俺達でもう、カンパしよーぜ?」

 煙草を吸いながら、椅子代わりに使っていたアーティアの神像から腰を上げる。少しだけ足を振りあげて、ゴッ、と神像を騎士達の前に蹴り飛ばす。哀れに転がる神像を見て、騎士達の顔に怒りが宿る。

「貴様っ」

「んだよ、……抜くのかい?」

 腰の剣に手をかけた騎士を見て、青年が冷ややかな目で嘲笑う。勝てる訳ねーだろ? とその表情が物語っている。吸っていた煙草を水路に投げ捨て、自分の腰の剣の柄頭を軽く叩く。

「なんで自分達が傭兵雇ってんのか、考えろよ?」

 平和を重んじ、多くの信者を獲得しているアーティアだが、その性格上、どうしても拭えない欠点がある。それが人手だ。アーティアは、圧倒的な人手不足に悩まされている。世界各国の戦争仲裁、介入や辺境地帯の警備等とその活動は多岐、熾烈だ。それらによる 人手不足を補うために傭兵を雇う神殿は多く、この総本山も例外ではない。このアンバルロガの傭兵区と神殿区が隣接しているのも、そういった事情によるものだ。

 だが、それ以上に傭兵が重宝されるのは、戦場における彼らの実力だ。熟練された傭兵部隊は戦場では大きな戦力となる。この青年も、まだ二十歳程度だが、目の前の神官では相手にならない程の実力者だ。

「リョー! ワシらぁ喧嘩しにきたわけじゃ!」

「ああ、喧嘩しにきた訳じゃねー。けど、成り行きだろ?」

「それを喧嘩しにきたってゆーっぺ!?」

「一体、なんの騒ぎかしら?」

 凛と鈴を鳴らしたような、透き通る女の声。神殿区から響いたその声に、誰もが声を、手を、動きを止める。

 白を基調とした服と、白銀のライトメールが眩しく日の光りを反射する。ところどころに施された金細工が、女がより高位の神官である事を示している。

 金細工に劣らぬ琥珀色の長髪と瞳。厳しい修行で引き締められた四肢はしなやかだ。背丈は男性としては平均的なリョーよりも一つ分、ジェフと比較すると三つ分も低い。

「へぇー?」

 リョーが思わず感嘆の声を上げる。ジェフもふむ、と唸るほど、彼女の動きには隙がなかった。ダラっと脱力した腕も何も、全て予測できないような事態に対応するためだろう。かなりの実力者に、違いない。

 猫でもいたのだろうか、コロッと小石が屋根の上から落下していくのをリョーの目が捉える。それはそのまま行けば彼女の頭に当たるだろうと思い、様子を見る。それくらい、難なく回避出来る――

 ゴンッ、と鈍い音。

「……ハ?」

「ム?」

「……いった~い……」

 涙ぐみ、頭上を見上げる女。小石は彼女の頭に見事に直撃していた。事の成り行きに期待していた二人は、目の前の光景に目を疑う。いや、状況が理解出来ない。

「……なんで、石が……。……もう、なんなのよ、今日は……。これも神が私に授けた試練なの……?」

「……不運なだけだろ、馬鹿が」

 嘆く彼女の言葉が聞こえたリョーは小さく悪態をつく。誰しもの想像を裏切った光景。

 これが本当に、上位神官騎士だというのだろうか。神官騎士としての修行を終えた後、前線等の激しい戦線に幾度となく赴き生還し、戦神の加護を受けた者、として扱われるほどの人物なのだろうか。

 しかも、二人の見立てでは彼女はかなりの実力者だったはずだ。

「ジェフ、俺は酒でも残ってんのかね? 出来る、と思ったんだが……」

「うーむ、ワシん目も、狂っちまったみたいだべ?」

「そこぉ! なんだか知りませんが、失礼な事言ってませんか!?」

 女が目に涙を浮かべながら訴える。リョーは大袈裟に手を広げて馬鹿言うな、という。

「失礼な事じゃなくて、ありのままの感想だよ」

「そうでしたか。それなら……って、良くなーい!?」

「……やかましい女だな」

 リョーの顔に侮蔑の色が混じる。彼女はそれを歯牙にもかけず、いや、気にしないようにして仕切り直す。コホン、と小さな咳払いを一つ。

「それで、なんの騒ぎなのです? 事と次第によっては、未熟者ですがこの、クラーラが解決致しますが」

 チラッと二人の神官に目を向けて二人を下がらせる。リョーは首の骨をパキパキと鳴らし口を開く。下手に出るのは柄でもないし、神官二人に対して苛立っていたのもある。それをぶつけるように、威圧的な態度。

「この間のランベル奇襲作戦の報酬に文句があんだよ。陽動だってのに、全然オメー等が駆けつけてこねェからよ。それでこっちにも負傷者が出てる。依頼票にはただ大きく騒ぎ、目を向けさせろとしかなかったんだ。怪我した連中の中には、簡単な陽動だってから、食いっぱぐれの新参者も混じってたんだ。割に合わねェ」

「成程。本隊の到着が遅かったと」

 クラーラはうーん、と顎に手を当てて唸る。リョーは睨む目付きを緩めない。

「こちらとしては、そんな新参者を送って来た斡旋屋に非がある。尚且つ、戦場なのだから不測の事態が発生する事は致し方ない事、というのが妥当な見解ですね」

 しれっと、クラーラが言い放つ。リョーの目に剣呑な色が宿る。上の人間が出て来た事で、リョーは交渉の余地ありと踏んでいたのだ。にも関わらず言う事が下っ端と変わらないとは、どういう了見だ。文句でも言ってやろう、と口を開く。

「テメ」

「ですが、こちらの本隊が遅く到着したのも事実。……はい? なんですか?」

「……いや、続けろ」

 同時に口を開いてしまった。リョーは話が前進すると踏み黙ったが、クラーラはリョーが言いかけた事が気になるようだった。少しリョーの事を見ていたが、リョーが忌々し気に舌打ちすると、諦めたように話を続ける。

「尚且つ、負傷兵が出ているのに、黙っているというのも酷い話です」

「そゥだべ!? そゥだべ、お嬢ちゃん!? 話が解るっぺなぁっ!」

「おじょ!? ……確かに、あなたくらいからしたら、私なんてお嬢ちゃんなんでしょうね……」

「いちいちこっちの発言にオーバーなリアクションしてんじゃねェよ、鬱陶しい奴だなァ?」

「鬱陶しい!? そんな事言われたの、私初めてですっ!?」

「ウゼェ」

 クラーラの言動が気に食わないリョーは苛立ちを隠そうともしない。極めつけに舌打ちをする程であった。リョーに言われる度に大袈裟に落ち込み、また言われるという悪循環だった。

「……ううっ、酷い。こんな酷い仕打ちは初めてです……。……と、とにかくですね! 神殿としては、お金を払う事は出来ないのです! けど、 そのような陳情を聞き入れ出来ない程度の狭量では私はありません! 次期聖女候補騎士として!」

「「次期聖女候補騎士だァァァッ!?」」

 リョーとジェフが驚きのあまり声をあげる。彼女はそのリアクションに少し誇らしげだ。だが、結局のところ今までと変わらぬ扱いに肩を落とすのに、時間は要らなかった。

「オイッ、そこの騎士二人ッ! このちんちくりん、マジで聖女候補なのかよ!?」

「ちんちくりん!?」

「こォんな豆粒みてーなおじょ、お嬢ちゃんがかー!?」

「豆粒!?」

「だっからいちいちうるせぇんだよ、テメェは! 少し黙っとけ!」

「う~~!」

 涙を瞳にためて、膝を抱えてしゃがみ込む。見れば見るほど、幼さが際立つ。

 聖女とは、神の力を行使して多くの人々を救う女性の聖人をさしていた。だが、やがてそこから転じて、力のある神官に神殿上層部が試練を与え、無事達成させた者にのみ与えられる特別な儀式があり、その儀式を経て、神の加護によって強化された魔力と身体能力を持つ神官を聖人、聖女と呼ぶようになった。もちろん、いつの時代にでもいるような存在でもなく、候補騎士と呼ばれる神官だけが存在する事もある。

 つまり、このクラーラはそれだけの実力者だという事になる。候補騎士になるのにも、かなりの実力が必要なのだ。

 リョーは、腰の剣に手を添える。はたして、それだけの相手に自分の腕はどれだけ通用するのか。敵対した時を想定して、手合わせを願い出たい程だった。だが、クラーラはリョーが放つ殺気をまるで受け流している。

「無益な争いは、好みません」

 悲しそうな笑顔を浮かべる。正直ゾッとする。この距離ならば、もうリョーの間合いだというのに、武器も持たずに、戦闘の意志がない事を告げる。打ち込む隙はなくとも、作る事は出来るだろう。

 すっと、ジェフがリョーの前に腕を出す。やめろ、と目が語っている。

「オメ、そんな好戦的でそーするっぺ? 怪我した仲間んために来たんだべが?」

「戦場で生き残るためにね。候補騎士ってのがどんなもんか量ってみたくってよ」

 リョーはジェフに諭されて構えを解く。リョーの殺気が霧散した事で、クラーラはホッと胸を胸を撫で下ろす。

 リョーは右手で素早く腰の手をつかみ、抜刀と同時に斬りかかる。速い踏み込みに、ジェフも反応しきれなかった。

 神速とも称され、敵味方問わず恐怖させるリョーの居合。その殺傷能力は重みのある剣と相まって、ライトメール程度意に介さずに鎧ごと肉も骨も断ち切れる程の斬撃。

 クラーラの手が、僅かに持ち上がる。

「……へぇ?」

 リョーが感嘆の声を漏らす。クラーラは、柄頭に手を添えただけで居合を無力化していた。まだ刀身のほとんどは鞘に収まったままだ。これでは、次の攻撃に移れない。もちろん、リョーも本気で斬りかかった訳ではない。だからクラーラも手を添えるだけだったのだろう。適切な判断には見事、の一言に尽きた。

「リョー!!」

「貴様っ!」

 ジェフが怒りのあまり大声を上げる。クラーラが下がらせた騎士二人が剣を抜いてリョーに詰め寄ろうとする。

「止めなさいッ!!」

 クラーラが大きな声で三人を制止する。ジェフも騎士も、困り顔だ。その中で、リョーは楽しそうに笑う。

「良いねぇ……。あんたが聖女候補ってのも頷けたよ。大したスピードだ」

 リョーは添えていた手を放して、剣を腰から外す。それをおもむろにジェフに渡す。争わない事への意志表示だ。

「聖女候補っつっても、俺と同等くらいか」

「なんとでも。……ですが、言ったはずです。私は無益な争いは好まない、と」

「無益なんかじゃねェよ? あんたに手の内一つ見せちまったが……これで俺の戦場での生存確率は上がった。さすがに聖人クラスには手を出さない方が賢明だな」

 ピリピリと、先程とは打って変わった緊張感が生じる。さすがに、クラーラとしても、いきなり抜刀されては、穏やかではないようだ。

「悪かったって。だから剣はジェフに預けただろ?」

「……そう、ですね。話を戻しましょう」

「リョー、オメ、何したか解ってるっぺか? これでこの話が流れちまったら!」

「ご安心下さい、ジェフさん、でよろしいのですか? それとこれは別件です」

「ほ、本当だっぺか!? いやぁ、悪かったっぺ、お嬢ちゃん。後でお菓子持ってくるっぺなー」

「……う、お、お菓子……」

 クラーラは笑ってしまうのを必死に我慢しているようだ。お菓子でつい喜んでしまう自分を恥じているのだろう。リョーはそれを見てせせら笑う。

「んなにお菓子が嬉しーかよ、お嬢ちゃん?」

「んがっ!? そ、そんな事ありませんッ!! 私はそのようなもので釣られる程ッ!」

「ん~? お嬢ちゃん、お菓子はいらんか?」

「ううっ、欲し、いや、欲しく……。ううっ!」

 リョーに挑発されたクラーラが挑発に乗ると、ジェフが少し寂しそうな顔をする。お菓子が遠のくと、少しもの欲しそうな顔でジェフを見るが、お菓子に釣られてしまう事への抵抗感が彼女を素直にさせない。

「ちなみに、ジェフの奴、意外とっつーか、見た目に全く合わねェけど、菓子つくんのうめぇんだよなー」

「……ジェ、ジェフさんが作るお菓子はー……気になります……ね? 決して、お菓子が好きとか、そういうのではなくってですね?」

「あー、そうだ、ジェフ。今度俺にもくれよ。メイが喜ぶんだ、あんたの菓子」

「ハッハッハ! なら三人分纏めてつくるっぺ!」

「三人?」

 リョーが不思議そうな顔をする。今の話の流れならば、二人分ではないだろうか。クラーラも同意見のようで、首をひねる。

「おう、三人分。リョーの分もあるから安心するっぺ!」

「別に、俺はいらねーよ。メイの分だけで」

「ハッハッハ! 遠慮すんな、遠慮すんな!!」

 なんで俺の分まで? とリョーが呆れた顔をするが、ジェフは酷く上機嫌だ。しきりに頷いている。

「同じ釜のメシ、とは言えんが、同じ釜で焼いたお菓子だっぺ。オメ等、仲良くせにゃいかんぞー?」

 と言って豪快に笑う。その様に心和んだのか、クラーラが笑う。リョーは苦虫でも潰したかのような顔だ。

「ったく、あんたいつまで人の事ガキ扱いする気だ」

「オメはいつまでたったって、ワシにとっちゃガキよ! ハッハッハ!」

「ジェフさん、お心使い、ありがとうございます。……それでは、話が飛びましたが、本題に戻しましょう」

「頼むっぺ、お嬢ちゃん」

 ジェフの発言にクラーラは頷くと、一度深呼吸をしてから喋り出す。

「神殿としては、追加の報酬を払えないのは確かです。ですが、こちらにも不備、および依頼票のいい加減さがあったのは確かでしょう。ですが、お二人は、怪我の治療とおっしゃいましたね?」

「ああ、結構深手負った奴もいんだ」

 リョーとジェフに、金が必要な理由を確認して、クラーラは頷く。

「では、譲歩として、私が傷を負った者たちの治療を行います。回復魔法も聖女候補として使えます。ですが、この治療は神殿には報告を行わない、私個人の行動という事で、どうでしょうか?」

「おおっ!」

 ジェフが歓喜の声をあげる。そうすれば、傷を負い苦しむ新参者を助けられると純粋に喜んでいる。

「気に入らないね」

 だが、リョーはその提案を突っぱねる。冷たい視線をクラーラに向ける。リョーが何かしら反発してくるのは予想していたのか、クラーラは静かにリョーに目を向ける。

「と、言いますと?」

「神殿に報告しない、個人の行動。それってよ、責任がねェだろ? まぁ、今回の事はいいとしても、じゃぁ、次同じ事が起きたら? また神殿は突っぱねるだけだろ? んで? それもテメェが治療するってか? テメェがここでずっと生きてられる保証はあんのかよ?」

 アーティア神殿の神官の激務は一般人が聞き及ぶ程だ。辺境への派遣で、十年以上戻って来ないケースもある。派遣先で、不幸にも命を落とす事もある。リョーのずっとここで、というのは派遣の事をさしているのだ。

「ましてやテメェは聖女候補だろ? この先、どんな試練が与えられるか解ったもんじゃねェ。どこに飛んでなにすんのかな。それに、俺にはテメェのその個人の行動ってのが、ただの売名行為にしか見えねェ。聖女になるためのな」

「……ごもっともですが……私に、そのような、売名行為目的のつもりはありません」

「どうやってそれを証明する?お前に違いますと言われてはい、そーですか、と俺が頷くとでも思ってんのか?」

「……」

「リョー、次の事は次に考えれば良いべ?今は、アイツ等の治療が先決だっぺ?」

「……チッ」

 忌々しく舌打ちをする。リョーは納得出来ないようだが、話はまとまった。その事にクラーラは安堵する。

「では後日、そちらに向かいます。今日はこの後、往診がありますので」

「往診ー?」

 リョーはハン、と鼻で笑う。ご苦労な事で、と肩を竦める。クラーラは皮肉や嫌みばかりを言うリョーにも他と隔たりない笑顔を浮かべる。

「ええ、今日の子は生まれつき目の見えない子なんです」

「ん?」

 リョーは引っ掛かるものを感じた。ジェフとリョーは互いに心当たりの人物を思い浮かべた。クラーラはそんな事にお構い無しに話を続ける。

「お兄さんが傭兵をやっている、メイ・アラヤって言う子なのですが」

「……」

 リョーが今までないくらい真剣な顔でクラーラに詰め寄る。肩を強くガッと掴むと、クラーラが困惑する。

「……テメェ、目の治療出来んのか?」

「ど、どうしたんですか、急に」

「答えろっ!」

「やってみないと解らないです……。今回も、町医者から頼まれたもので……」

「……上手く行くわけねェだろ、癒しの神アークリュピアの神官でも無理だったんだ。やらないと解らないなんて、半端な希望持たすんじゃねェ!」

 リョーの言葉に、クラーラは困惑し、助けを求めるようにジェフに目を向ける。ジェフは気不味そうな顔で言った。

「コイツの名前は、リョー・アラヤ。メイ・アラヤの兄だっぺ」

「……え」

 リョーは何も言わず、期待と怒りの籠った視線をクラーラに向け続けた。


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