プロローグ~父と娘~
『どうして私の家にはお母さんがいないの?』
テレビの中の女の子が、思わず胸がきゅっと締め付けられるような言葉を口にする。テーブルを挟んで向かいの席に座っている父親をチラリと見ると、目が合って苦笑された。
苦笑したくなる気持ちも分かるが、父親が気にするようなことではないし、奈々自身、気にしたことは無い。昔は祖父母がいたし、父親だって今ほど仕事も忙しくなかったのだ。寂しく思った記憶などないし、テレビの中の女の子のような言葉を口にしたことだってない。
それを言うと、父親はやはり苦笑を浮かべた。
「あるよ。小さい頃に何度か」
「うそ」
「本当、本当。俺には一回しか訊かなかったけど、祖父ちゃんと祖母ちゃん――特に祖母ちゃんには何度も訊いてた……って、聞いたよ」
四十代前半にしては若々しい容姿の父親は、笑うと更に若く見える。奈々と父親が二人で歩いているところを見た高校のクラスメートに、歳の離れた兄に見られたことだってあるくらいだ。とはいえ、いくら若く見えると言っても、それなりに落ち着いた雰囲気や服装をしているし、二十代に見えることは無いだろう。そう考えると、あれはお世辞か冗談のつもりだったのかもしれない。
一方の奈々はそんな父親の若々しさが遺伝したのか、同年代の女子達と比べると少し幼い感じがある。身長はクラスで二番目に低いし、胸だって大きいか小さいかの二択で言えば確実に後者となる。もっとも、彼女の幼さが目立つのは、身体的な面以上に精神的な面なのだが、本人はその事に気付いていない。
そんなこと言ったっけ? と、奈々が昔の記憶を辿っている間に、父親の顔はテレビへ向いている。
奈々もつられるようにテレビを見ると、先程の女の子が見知らぬ女性に両肩を掴まれて怯えた表情をしていた。しかし、女性は涙をこらえるような表情をしている。
この人が女の子のお母さんなんだ、と奈々が察した時、ようやく女性が口を開いた。
『正しく生きなさい。そうすれば、幸せになれるから』
こうして、奈々の中に一つの疑問が生まれた。
正しく生きるって、どういうことだろう。




