[第一部]海産物大戦争?:第三話 - 宝船
私たちの住んでいる『王都フェインレリア』は、その名前の通りこの国を治めている王様の住む城がある。言いかえれば、フェインレリア王国の首都でもある。
街の北に丘があり、そこに白壁の美しく大きなお城が建っているのだ。
王様は人当たりが良く、毎日毎日一般大衆との謁見を行っては雑談に花を咲かせている人情味大爆発なお方で、私もギル爺の紹介によりハーティアと一緒に謁見に行ったことがある。
もっとも、謁見に行った時は私の人生で最も大変な時期だったんだけど…それはまたの機会に話すとしよう…。
とりあえず、王様は良いヒトなので国も街も安泰。
今のところは周辺国と諍いもなく、フェインレリア北部にある『商都レイフォーリア』を中心に、商業と交易で栄えている。そんな国であるため、人の流れが非常に活発で、冒険者へ依頼を希望する人も多い。私達のような“何でも屋”も安心して暮らせるってワケなのだ。
そして、この街の周りには色々なものがある。
一応紹介しておくと、東には大きな湖。名前は忘れたけど、その湖に浮かぶ島に古代遺跡があって、冒険者の中にはその遺跡調査を専門にしている人がいる。古代遺産で一攫千金ってことね。
次に王都の北東…つまりレイフォーリアの東に広がる山地には、どこまで続いているか分からない大きな洞窟がある。一説では古代文明の鉱山だったらしく、深部には何か秘密があるんじゃないかって噂が絶えない。
これらの古代遺跡や洞窟を調査しているのは、冒険者の中でも“探索者”といって、迷宮探索の特殊な技術を持った人たち。
私たちは行ったことがない。
王都は王都で面白くて、地下には網の目状に上下水道が張り巡らされている。ただ、これは単純な上下水道として使われているわけではなく、街中の要所要所に繋がっている…らしい。ハーティア曰く。
具体的にどう繋がっているのか、公式に示されているわけではないのだけど、一説には王城や貴族の住む区画と繋がっていて、何かよろしくないことがあった場合の脱出ルートになるとか…。
この地下道には何度かお世話になった。またいつか話すことにしよう。
そんなわけで着きました、王都が世界に誇るフェインレリア港。この地方では間違いなく一番の規模を誇る。
王国の首都であり、そして貿易の中心地でもあるフェインレリア港は、一度に十六隻もの船を入れることが出来る。港は街の南側一帯に設けられていて埠頭が数本、海に向かって突き出ている。
埠頭はそれぞれに役割が決められており、貨物専用だとか王室専用っていうのもあるし、騎士団専用だとか、一般市民が利用する客船専用もある。
私達が今回受けた仕事は海運業者の護衛。なので、やって来たのは貨物専用の埠頭。ハーティアの持ってきたホワイトシートには、この埠頭の地図が描かれていた。
「ここだね」
ハーティアが地図から顔を上げてそう言った。
目の前にとても大きな帆船がある。貨物専用の船はだいたい大きいのだけど、このサイズは初めて見た。あぁ、クレーンも付いてるよ。凄いなぁ。
船員たちは忙しそうに、埠頭に積まれている荷物の山を船に積み込んでいた。手際がいい。熟練の船員を雇っているのだろう。
「あの~」
ハーティアが船員たちにテキパキと指示を出す、いかにも『船長やってます』な感じのダンディーなオジサマに声をかけた。
「ん?」
おっさんは海の男な顔をしていた。日に焼けた小麦色のご尊顔が美しい。
あ、いや、別に私はそんなオジサマ趣味はないよ。
オジサマはグレーの高そうな刺繍入りのコートを浜風にはためかせている。彼は、ハーティアの声に気付いたようでこちらを向いた。
「依頼を受けてきた者です」
レナードは騎士のように深々と礼をした。私とハーティアも釣られて頭を下げる。相変わらず慣れない…。
「このたびのご依頼を承るにあたり、挨拶に参りました。何とぞ、よろしくお願い致します」
レナードは良く出来た人間だ。
巷の噂通り、本当にどっかの騎士でも可笑しくない強さと礼儀を備えてる。性格も温厚、人に優しく、自分に厳しい。
まぁ、それがすぎて世間様にはマイペースだの天然ボケだのとも言われているけど、それくらいがレナードらしくといえばらしい。
「ああ、あんたらが噂の…。話は聞いている。腕の立つ人たちに護衛をしてもらえるなんて光栄だ。あとでまた詳しい話をするが、とりあえずの条件は一日銀貨五十枚、三食寝床付きだ」
「はい、承知しています。私たちには勿体ない待遇、痛み入ります」
こういった、依頼主との会話はもっぱらレナードの領分。誰でも彼の物腰の柔らかい対応には好感を覚える。
しかし、大丈夫だろうか、今回の仕事。何だか嫌な予感がするのよねー私。レナードは海に関係する何かが苦手だって言ってたし、今回の仕事は海に出るわけだし。
「それじゃ、部屋を教えておこうか。こっちだ」
オジサマ…もとい、船長はヒラリと船へ乗り込んでいった。流石、海の男。ちょっとした仕草や動きが無駄にカッコいい。
いや、だからオジサマ趣味はないってば。
まぁ、私達はこのとき、こんな屈強な海の男たちですら裸足で逃げ出すような場面に遭遇してしまうことになるとは、到底知る由もなかった…。
ええ、しっかりフラグ立てたからね。
*****
「うわ、凄…」
私達が通されたのは三人で使うにはあまりにも広すぎる部屋だった。それだけでなく、センスを感じる調度品がそこかしこに配置されている。
人数分のベッド、大き目の円形テーブルとイス、棚、机。それに簡単な流し台まで完備されている。
凄いよコレ。客船の特等船室に引けをとらないくらいだよ。
報酬も待遇も特等クラス…これだけ羽振りが良いとなると、恐らくこの船は豪商が所有するもので、相当重要な品物を運ぶに違いない。
「出航までまだ時間がある。それまでゆっくり休んでくれ」
「はい、ありがとうございます。ご親切な応対、畏れ入ります」
私にしてみればレナードの丁寧な応対も畏れ入ります。
「ところで、こんなに羽振りが良いのはどうしてです?」
レナードの懇切丁寧な応対を、ものの見事に粉砕するハーティアのストレートな台詞。魔法使い、教養も持ってほしいよ…。
「ん?ああ、イエルトリアまでランカの実を運ぶんだ。この船はイエルトリアの豪商が所有していてね。あっちで魔法道具の売買を始めるらしくて輸入しに来たのさ」
船長さんは別段気にしていないようで、あっさりと答えてくれた。
「ランカの実?実って?木の実?」
私は聞き慣れない言葉を繰り返した。
「なるほど。どおりで…」
でも隣のハーティアは一人納得して頷いていた。
「それじゃ、俺は出航の準備があるんで。ゆっくりしてくれ」
「あ、はい」
船長さんはそれだけ言うと部屋から出て行った。重そうな音がしてドアが閉まる。うーん?
「…ねぇ、ハーティア、ランカの実って何?」
船長が出て行くのを見計らってハーティアにそう聞いた。実って言うからには木の実なんだろう。ただ、それが何で今回の待遇に繋がるのかが気になってしまう。
するとハーティアは待ってましたと言わんばかりに教えてくれた。
「魔法薬の生成時に必要な植物の種子だよ。産地が限定されているわりに使用頻度が高いんだ。重要と供給が合ってなくて値段が高い。報酬がいいのも納得だよ」
「へー。そうなんだぁ」
とはいえ、木の実。高いといってもたかが知れているだろう。
とりあえず高いんだ、そうなんだ。この程度の知識さえあればいい。
でもハーティアは続ける。
「例えば、俺たちの一日の報酬をあの実で払うと言われたら、間違いなく実一個も貰えない。せいぜい十分の一くらいかなぁ」
「「え?」」
そこまで聞いて、目が点になる。隣のレナードも、だ。
「魔法道具屋で買おうとすると…そうだなぁ、フェインレリアでの相場は金貨五十枚くらいかなー。最近ちょっと上がってるけど」
「「えええっ!?」」
私とレナードが驚く。通りで羽振りが良いわけだ。
港に沢山あったあの大きな箱いっぱいに実が入っているとなると、とんでもない量になるし、相当な額になのはどうしたって分かる。
ひと箱分だけでも一生働かずに遊んで暮らしていけるくらいの額になるんじゃないんだろか…。
「あー、何だか大変な仕事になりそ…」
それだけ高価な品物を運ぶ貨物船の護衛。海賊がこの事実を知っていたとしたら、この貨物船はきっと宝船に見えるに違いない。
何も起こらなければいいけれど…。はぁ。
私は装備品の弓と矢を部屋の片隅に置き、早速ベッドに倒れこんだ。休めるうちに休んでおかないとね。
ふと隣のベッドを見ると、ああ、やっぱり。レナードが寝てるよ。それもうつ伏せに斃れたと言った方が正しい。
「寝てんの?」
「寝てるね。それもぐっすりとね」
ハーティアは備え付けの椅子に座って、例の分厚い本二冊をテーブルの上に置いた。アンタ、それ持ってきてたの…。
「ファンレター読んで疲れてるんだろうな。レナード、まじめだから」
ベッドの上で死んだように斃れ眠るレナードを見つつ、ハーティアは溜息混じりに苦笑いしてそう言った。
「いや、そればっかりじゃないみたい」
理由を知っている私も、苦笑いしながらそう言った。
「へ?」
「ストーカーまがいのファンからの不幸の手紙が混じってるのよ…」
「え…それもまじめに読んでるのか…?」
「やつれてるとこを見ると、そうみたいね。可愛そうに」
私がそういうと、ハーティアはまた溜息を吐いた。思わず私も。
はてさて、どうなることやら。