[第一部]海産物大戦争?:第二話 - 確認
「遅いなぁ」
私は朝食を食べないと元気が出ない。トーストもサラダも既に胃の中だ。
あとは毎朝楽しみな、良い香りを立てる紅茶をゆーっくり飲むだけ。
さて、そんな私が待っているのは一緒に仕事をしている仲間。このセロリ亭を紹介してくれた魔法使い見習いと、旅の剣士の二人である。
魔法使い見習いの名前はハーティア。
栗色のショートカットに、同じ色したくりくり眼。私と同い年なのだけど、こっちはレダと違ってお子様顔。この王都フェインレリアに居を構える魔導士ギルアーナ(私の中では勝手にギル爺と呼んでいる)に師事しており、毎日魔法の勉強をしてる…らしい。
彼曰く、魔導を志す者の中でギルアーナの名前を知らない者はいないほど有名だそうで、世界でも指折りの実力を持っているんだと。紹介されるまで私はギル爺のことを知らんかったけどね。
そんな高名なギル爺、寝言で魔法を放ってくるから性質が悪く、私も何度かギル爺の魔法の餌食になるところだった。そんな、偉いのか迷惑なのか分からないヒトと一緒に住んでいるのが、そのハーティア。
何度か家に行ったこともあるけど、近所から奇天烈屋敷と言われているだけの凄さはある。
…ん、まぁ、それはまた今度話すことにしよう。来たみたいだし。
「ああ、悪い。遅れた」
セロリ亭のドアが開いて、長身の男が姿を現す。
端正な顔…ん…ちょいとお疲れのようだけど、とりあえずいつもと同じっぽい。これがもう一人の仲間である、旅の剣士レナード。
私達よりいくつか年上で、剣の腕はかなりのもの。しかし、どうにも年上といった感じがしないのはその温厚な性格からだろうか。
普段が普段の性格なもので、いざ闘いとなったときの真剣な顔とのギャップは正直怖いんだけど…。
「おはよー…ってなんだか眠そうね。どしたの?」
「いやぁ、最近眠れなくて…」
レナードは結構美形だ。さらさらで光を弾く銀髪も、整った顔立ちも、すらりと伸びた背や手足も、年頃の少女から見たら“カッコいい”のだ。
そんなカッコいいヒトが剣士をやっていて、それでもって滅法強いときたらそりゃーあんた、ファンが多くて多くて凄いんだコレが。
「ハーティアから聞いたけど、ファンレターで悩んでるんだって?」
私はニヤニヤしながら隣に座ったレナードの小脇を突いた。
「その中に不幸の手紙が混じってるのは、俺の気のせいなんだろうか」
「ふっ…不幸の手紙?」
今時そんな嫌がらせをするやつがいるんだ…。
「はぁ~。おかげで寝不足だよ~」
よく見るとせっかくの美形が台無し。目の下にはっきりとした隈が…。日に日にやつれて行くレナードを見るのも面白そうではある。
「不幸の手紙なんて迷信よ。都市伝説、都市伝説」
レナードは元気なく、ハハハ…と笑いながら一通の封筒を私に手渡した。
「…ん?なにこれ」
「…ま、読んでみな」
どうやらコレがレナード宛のファンレターのひとつらしい。
封筒から便箋を取り出して開く。
丸っこい字で長々と書かれているので、女性からだろう。
…ふむふむ。
…ほうほう。
…へええ。
…あらあら。
…ん…?
…あ…。
…あぁぁぁぁ…!
こ、これは痛い。痛々しい。というか激痛!
もはやストーカーではないのか、この手紙書いたヒトは!怖いよコレ!!
どうやらこの手紙はレナードに惚れたオナゴからの手紙で、前段は純粋なヲトメの想いが綴られている。これだけならまだいい。
中段以降はそんなレナードが自分の想いに気付いてくれず、悔しい思いをしているとか、レナードが喜ぶことは何でもするとか、だから家に来て欲しいとか、ご丁寧に地図付きで住所が書かれていて、そうしたらあーだこーだうんたらかんたら…。
後段には、願いが叶わないのならば呪詛でレナードを自分のモノにするくらいの覚悟が出来てるとか…。いやいや待って待って。そんな覚悟いらないし、方向思いっきりズレてるってば。
何日以内に返事が来なければ呪詛を実行すると結ばれている。
痛い。
痛すぎる。
もはや後段は不幸の手紙というよりも脅迫そのものだ。
これは心配になって寝不足にもなるわ…。
「…これは酷いね…怖いね…。大丈夫…?」
あっけにとられながら便箋を封筒に仕舞い、レナードに返す。そして途端にレナードが心配になる。
体調を崩してパーティーからいなくなられては大打撃なのだ。今の私達のパーティは、レナードの人気と実力のおかげで成り立っているといってもいい。
有名になればなるほど、ストーカーまがいのファンが増えてしまうかもしれないが、彼が強く、カッコいい姿でいてくれるから依頼が入ってくることだってある。
「ま、まぁ、何とか…ね…」
やっぱりレナードは辛そうな顔してる。ぎりぎりで寝そうになるのをこらえているような…。
前言撤回。このままやつれていくのは困る。
「ところで、ハーティアは?」
「まだ来てないよ。いつものことだけどさ」
「それじゃあ来るまで…寝かせて…もらおう…かな…」
私の心配をよそに、レナードは腰に下げた長剣を外すと、椅子に座ったまま…。
「ごめんごめん!待ったかな!?」
寝ようとしたその時だ。
セロリ亭の入り口、木製のドアを勢い良く開けて登場したのは、遅刻常習犯魔法使い見習いのハーティア。両脇にとんでもなく分厚い本を抱えて、息を切らして走ってきたようだ。
「…」
が、レナードはすっかり寝ていた。あれだけ大きな音がしたのに、この短時間で。相当眠いのだろう…。
「遅かったね。何してたの?」
レナードを横目に見つつ、まだ息を切らしているハーティアに問いかけた。彼は“へへへ”と、いたずら好きの子供のように笑ったまま、両脇に抱えた分厚い本をテーブルの上に載せる。
「ちょっと魔法協会に寄っててさ」
そう言って腰を下ろす。
魔法協会は、言わば「魔法を使う人」の組合のようなもの。
このセロリ亭を出て最初の十字路を右に曲がり、突き当たりを中央公園方面に歩くと見える建物がそれで、時計塔とか尖塔が沢山あったりする。目立つので観光客の目印にもなっているし、かくいう私も街中で迷った時には魔法協会を目印に帰ってくる。
「またぁ~?何してるのさ、いつも」
最近ハーティアは魔法協会に寄っている事が多い。大方ギル爺が終わらせた仕事の報告したりの雑務が中心なんだろうけど、それにしては四六時中といっても大げさじゃないくらいだ。
なので、前々から気になってはいた。
「まぁまぁ。それはまた今度。早速、今日の依頼を確認しよう」
私の質問をかわし、ハーティアが仕切りだした。寝ているレナードの隣に座ったハーティア。といっても円形だから私の隣でもあるんだけど。
彼は持ってきた分厚い本をテーブルの下に置くと、一枚の紙切れを取り出した。真っ白な、仕事の依頼書だ。
一般人も役人も貴族も王様も人懐っこいモンスターも、とかく冒険者に何か依頼をするには、ギルドが発行している様式の白い紙に書くのが決まりだ。それがこの紙、通称ホワイトペーパー。
そのまんまのネーミング。
どうせ、いいとこの学校を出たエリート坊ちゃんが役人になって名付けたに違いない。
「レナード、起きて」
肩を掴んで揺さぶる。
「ん…おぉ?おぉ、来たか。おはよう、おはよう…」
起きたようだけど、寝ぼけている。
「おはよう、レナード。…ねぇ、目の下に隈があるんだけど…」
ハーティアもくっきりとした隈に気付いたようだ。あれだけ盛大に出てりゃ分かる。
「…気にしないで進めてくれていいよ…」
面倒なのか、触れて欲しくないのか…。それでもハーティアは気付いたようで、苦笑しながらホワイトペーパーを広げた。
「ええと、今日の仕事は海運業者の護衛。港から出る船に乗って、海賊から守ることが主任務…と」
「船か…」
レナードが少し残念そうな顔をする。
そーいや前、海だか海産物の何だかが苦手だって聞いたことがある。
「報酬は一人一日銀貨五十枚に成果給。三食付き。あ、もちろん食事も三人分ね」
「ふーん。ずいぶん羽振りが良いわね…」
私はテーブルに頬杖を付きながら、残りの紅茶をちびちびと飲んでいた。
「三食付って言うのが、な」
レナードは笑いながらそう言った。無論冗談で言ったことだ。
「確かに。一日銀貨五十枚なんて破格過ぎると思う。怪しいっちゃ怪しい」
ハーティアはこめかみを二,三度かいてそう呟いた。
いくら平和平和といっても、怪しいのも沢山いる。単なるナイフに軽く色をつけ“魔法のかかった特殊なナイフだよ!”と言って売り回る悪徳商人も掃いて捨てるほどいるし、野良モンスターの方がよっぽど人徳や躾がある場合だって珍しくない。いや、これはホントの話。
今回の海運業者だって、一日の報酬が銀貨五十枚って随分と羽振りが良い。
先月の稼ぎが銀貨二百五十枚くらいだから、今回の仕事で先月の稼ぎの半分弱を賄えてしまう。収入として美味しいのは美味しいけど、裏で何かまずいものを運んでいるかもしれない。
例えば、保護指定されている動物の皮や、最悪なものだと奴隷…。
とはいえ、
「ま、疑ってばかりいてもダメかな。港に行ってみよ!」
私はそう言い、残りの紅茶を…もったいないけど一気に飲んだ。
腕を組んで唸っていても仕方ないと思ったのか、他の二人も納得したように頷いた。