[第一部]海産物大戦争?:第一話 - 朝
僅かに開いた窓から吹き込む風を感じるのと共に、まぶたの向こうがちらりちらりと明るくなる。
――――――あー…もう朝か…。
「ん…」
まぶたを突き抜ける光で、私は目を開けた。
風に揺れるカーテンから光が漏れ、朝が来たことを告げていた。
「ふぅ」
身を起こし、短く息をつく。
ベッドから出て、カーテンを開ける。
今日も今日とて、どこまでも晴れ渡る青空が心地良い。ここ最近は良い天気が続いていた。
ぽっかりと浮かんだ綿のような雲が、夏の訪れを知らせてくれる。
ん。今日も良いことがありそうだ。
二階に位置するこの部屋の窓を開け放ち、私はそう思った。
誰だって気分が晴れる澄み切った空と、吹き込む風は初夏の匂いと清々しさを部屋に運んでいた。その新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
よし。目覚めは良好。体調も万全。
「良い天気~」
そう言ってもう一度伸びをしながら、私は外を眺めた。
目の前の通りから何から、街はすでに活気付いている。別に私が遅く起きたわけでない。この街はいつも人の活気に充ち満ちているから。
通りの動きからすると、日の出から二刻くらいだろう。店の支度を始めているオジサンだけでなく、遊び始めている子供たちも見える。
「さて、今日は仕事の日…か。頑張らなきゃね」
一人元気良く気合を入れると、私は着替えを始めて階下へと降りた。
*****
「おはよう、レダ!」
階段を下りて、私が声をかけたのは一人の少女、レダ。誰もが振り返るくらいに可愛いんだコレが。朝からこんな可愛い子見たら幸せだよね。
さらさら金髪ロングヘアに、しっかりとした顔立ち。小さい鼻。ブラウンのくりくり眼。可愛いってーか美人系かな。
彼女は、この食事処兼酒場“セロリ亭”の一人娘で看板娘だ。
見た感じでは成人してそうなんだけど、実は私より年下の16歳。…驚きだよね…いや…割と真面目に。
とはいえ、普段の仕草や表情、言葉はどことなくまだ幼い感じがするけれど、それがまた可愛いし、人気の秘密だったりするんだよね。
「あ、おはよー。よく眠れた?」
レダはいつもの優しい笑顔をこちらへ向けてくれた。
来るお客さんの全てにこの笑顔を振りまけるのだから、このヒトは根っから商売向きなんだろう。もっとも、その笑顔は営業スマイルじゃなくて本当の心の底からの笑顔。それもレダらしいといったらレダらしいんだよね。
この笑顔を見たお客さんは、どんなに不機嫌でも一瞬でご機嫌になる。
彼女目当てに常連になった客を、私は数十人知っている。
それほどのものなのだ。
「朝ごはん、何にする?」
「いつものお願いー」
私はレダにそう告げると、いつもの外が見えるお気に入りの席へ腰を下ろした。木製の円形テーブルとイス。結構年季の入ったもので、大切に使ってるんだろう。独特の黒い光沢を放っている。
この店はさっき言ったとおり、食堂と酒場を兼ね備えている。
昼間は食堂で、夜は酒場。いわゆる二毛作店であり、それを切り盛りしているのはレダの両親。建物は店舗兼住宅で、一階がお店。二階と三階がレダの家になっている。
私はとある人物の紹介で、ここに格安の家賃で住まわせてもらっているというわけ。元は二階がレダ一家の家だったのだけど、お店の荷物やら在庫やらで二階が手狭になったから、倉庫として使っていた三階と入れ替えたんだとか。そんなこんなで二階の余っている部屋を間借りしている。
なので朝昼晩の食事に困ることなく、私は日々食事を楽しめているわけ。その食事代も格安にしてもらってるのが申し訳なさすぎるケド…。
「はーい、お待たせ」
そんなことをぼんやりと考えていたら、レダが良い匂いを放つトーストセットを持ってやってきた。
お皿の上に載せられた、良い具合に焦げているトーストに目玉焼き。さらに新鮮な野菜が目を楽しませ、自家栽培の紅茶が鼻を楽しませてくれる。これで通常価格銅貨五枚とは、格安にもほどがある。あ、私は銅貨四枚の待遇を受けてマス。
この焦げていそうで軟らかい食感のある、微妙な焼き加減が好きなのだ。簡単そうだけど、誰がやったって早々真似できるものじゃない…と思う。私が料理出来ないからそう思ってるだけなのかもだけど。
「きゃー、待ってましたー。いつ見てもおいしそうなトーストー!」
「ホント、それを聞いたらまたお父さん喜んじゃうよ。『俺の作るトーストセットは世界一だ!』って、レオナが褒めるたび言うんだもの」
レダは微笑みながらそう言った。
レダのお父さんは主に調理を担当している。こんな繊細な焼き加減のトーストを作ったり、店の裏庭で紅茶を栽培しているわりに豪快なヒトだ。身長とか体躯の問題じゃなくて、彼の性格そのものがかなり豪快。
いや、確かに元兵士って言う経歴もあってか、背は大きいし体もがっちりしているけど…。私が言うのはそんな外見のコトじゃなくてですね…。
いやね何が豪快かと言うと、樽を一晩で空けてしまうほどの大酒飲みだったり、それでいて二日酔いしなかったり。そして酔ったら酔ったでなぜか魔法を素手ではじくことが出来るようになる。酔拳かってーの。
とにかく、何が何だか分からないけど、色々な法則を完全無視してるくらいにむちゃくちゃなヒトなのだ。
「それじゃあ、ごゆっくり」
レダはぺこりと丁寧にお辞儀をすると、お盆を両手で大事そうに抱えて店の奥へ消えた。お客が来るにはまだ早い。おおよそ裏で仕込みの手伝いでもしてるんだろう。
「あー、おいし」
湯気を立てる紅茶を啜りながら、私は窓から外を眺める。
あー平和だ。
あー平和すぎる。
目の前には陽だまりでハトと戯れる子供たちがいる。そんな光景を見ていると、ひたすらに欠伸が止まらない。
セロリ亭はメインストリートからちょこっと奥に入ったところにある。馬車が通らないところなもんで、子供も老人も道の真ん中にあるベンチで一日を平和に過ごしている。
もちろん、人通りの多い広場に行っても同じような光景があるだろう。それだけこの街は平和なのだ。
欠伸が思わず出るほど良い天気で、何も大それたことが起きそうにない状況も願ってもないようなこと。私は諍いや争いを出来る限り起こしたくない。
ただ、平和であることを好まない連中もいるのは確かだ。それが『冒険者』と呼ばれる連中だったりする。
“冒険者”といっても意味はかなり広くて、世界を股にかけて歩いているような本格的な旅人もいれば、私のように街に留まって誰かから依頼を受けて仕事をする“冒険者”も結構いる。もっとも、私のようなのは“冒険者”と言うより“何でも屋”といった方が分かりやすいかもしれない。
一方で平和を好まないのは、戦争や騒乱に積極的に参加する“傭兵”の冒険者だ。少なくともこの町に傭兵レベルの冒険者を見たことはないケドね。
“何でも屋”の仕事内容は多岐にわたる。
個人警護、行商隊警護、街の近くに出没する野良モンスター駆除、害虫駆除、道路工事の手伝い、建設工事の手伝い、買い物の代行、皿洗い、調理の手伝い、探し物、素行調査、馬車の修理、子供の世話、老人介護…などなど。何だか最後の方は別な能力が必要だけど、挙げていくとキリがないくらいに仕事がある。
それなりに名前が売れてくると、超VIPなお方の警護のように一日でとんでもない報酬を貰える仕事も紹介されるらしいのだけど、今の私にはそれは夢のまた夢なのよね。
何せまだこの仕事を始めてから一年とちょっとしか経ってないし、最近ようやく名前が売れて依頼が増えてきたところだから。小さい仕事だってしっかり受けてしっかり結果を出していかないと、この世界やっていけないのだ。
ただね、この前受けた“無くした婚約指輪を探して欲しい”と言うのはちょっと参った。何でも、交際相手に渡す婚約指輪を飲んだ帰りに落としたとかで、朝起きたら手元にない、と。
店を出るまでは確かにあったんだと主張する彼をなだめながら、仲間と共に街中を駆けずり回って探すもまーったく見つからない。
そして依頼を受けて三日。翌日はプロポーズ!という段階でようやく見つけたのだけど、発見場所はずーっと同行していた依頼者の家の金庫の中…というね…。
しかも捜索途中に依頼者が
『アレがないと人生おしまいだぁぁぁ』
とか
『死ぬしかないいいいい』
とか泣き崩れるわけよ。
半ば殺意を覚えて、得意の弓矢で蜂の巣にして差し上げようかとも思った。いや、それも割と正直に。ホントにはやらないけどさ。
そんな日々を過ごしながら、三日ぶりに依頼があった。
今日はその仕事を始める日。仕事の前には、"仲間"とここで落ち合うことにしている。
…そろそろ来ても良い頃かな?