[第二部]失われた時を探せ?:第三話 - 嫌な予感
遅れましてすみません。第二部第三話です。
レナード・ハーティアと私の三人は、ギルドでホワイトペーパーを受け取った。一見しただけだが、かなり詳細に事情が書かれていることが分かる。
相談人である例の剣士と思わしき若い男性が宿泊している宿、それもしっかりと書かれているので、ギルドから直行した。
少し時間が遅かったのだけども、彼は期待を滲ませた表情を浮かべて、私たち三人を迎え入れてくれた。
宿のロビーでホワイトペーパーを広げ、事実関係を確認する。
もちろん、私たちがこの仕事を請ける条件は伝えてあるし、彼はそれを了承した。断られるよりはいい、ということなのだろう。
「依頼の際、かなり詳細に書いて下さったようなので、まずはその確認からさせて頂きたい」
レナードが相談人の彼…名前はケインと言う…にそう伝えると、彼は真剣な眼差しをレナードに向けて、一度しっかりと頷いた。
詳しい話はこういうことだ。
ターゲットである魔法使いのレイラは、魔法使いになって一年ほど経ったある日、同期と共に魔法の勉強を兼ね“とある島”へ向かい、そこで同期と共に行方不明になった。
行方不明になる前日、魔法協会を訪れていたことは彼女の師匠が証言している。しかし、それ以降彼女と彼女の仲間の姿を見た人は誰もいない。
このことから、彼女は“とある島”もしくは、その島へ向かう途中に何かの事件か事故に巻き込まれたものとされている。
ケインがレイラの失踪を知ったのはそれから七日ほど経ってから。
魔法協会から連絡を受けた彼女の両親に、娘の行方を知らないか、と問われたことがきっかけだ。忽然と姿を消したレイラとその同期一行だが、関係する誰もが彼女の行方やその後の消息を知らない事実に疑問を感じ、彼は自身の両親が猛反対するのを振り切り、各地を探し回る旅に出たという。
それを裏付けるかのように、ホワイトペーパーにはこれまでに探して回ったであろう国と地域、そして町の名前がズラリと並んでいる。
中には、どこにあるのかすら分からない町の名前が書かれている。
相当広い地域を歩いたようだ…私が知ってるのはごく一部。
レナードは私たちとこの仕事を始める前、ケインと同じように各地を歩いていたと言っていた。恐らく見知った土地も含まれているかもしれない。
そして彼は、彼女に繋がるであろう人物や土地だけでなく、彼女が興味を示していた土地土地の風習・風俗をベースに各地を調べ歩いたと言っていた。
「二年前にもフェインレリアに来られているようですね」
「ええ、大きな街ですし魔法協会の本部がありますから。ひょっとしたらと思いまして」
ケインはそう言った。闇雲に探していたわけではないことは、これまでの経緯を聞いていて十分に分かっている。
「今回またフェインレリアに来た理由は?」
ハーティアがそう質問する。
フェインレリアを再訪したあたりから、私たちに依頼を希望するまでの経緯は書かれていないからね。
「ファスガルド公国で噂を耳にしたんです」
「噂?」
ケインは一度頷くと、こう続けた。
「ファスガルドの港は他国との定期航路が複数ありますので、港に行けば船乗りだけではなく、乗船客からも各国の情報を得られます。そこでレイラに似た人物がいないか、訪ね歩いたんです」
「なるほどね」
それで、乗客の一人である行商人から、フェインレリアで似た格好をした魔法使いの女性を見たと聞いたんだとか。
徹底してるように見えるけれど、もはや手掛かりらしい手掛かりはなく、噂や目撃者を元に探していたようにも見える。
こうなると行き当たりばったりで効率的ではない。打つ手無し。引き下がれないから続けている、というだけ。冷たいかもしれないけれど、第三者から見たらそういうことなのだ。
人捜しは時間が解決するものではなく、自分の足と意志で解決するものだ。足を使い、それで見つかれば一件落着。足を使っても、結果見つからずに諦めれば負の意味での解決。
続ける意志だけではなく、諦める意志も時には必要ということ。そして諦める意志を固められない人は、延々と世界を回り続けるのだろう。
「それで、その人は見つけられた?」
見つけられてたら相談なんてしないよな、と思いながら私が質問する。
彼は首を振った。
「フェインレリアを訪ね歩きましたが、それらしい女性は見かけませんでした。仕方なしに酒場で情報を集めていたところ、ボーポネルの町で見たという人がいました」
ボーポネルはフェインレリアの隣、メウルイスプ共和国の一地方都市。私も一度だけ行ったことがある。
フェインレリアからは大きな街道で繋がっており、…えーと、町の西門から出て、更に半日ほど歩いたところにある国境を隔てる大きな川沿いの関所を越えて、その更に先にある最初の町だったはず。
一日で行ける距離だし、両国間には国交があるので、関所を越えることそのものは大きな問題とはならない。
「で、ボーポネルに行ったんだ?」
ハーティアが続ける。
三対一ではまるで犯罪者への尋問のように見える…。
「はい。しかし、見つけられませんでした」
まぁ、そうだよね。見つけたなら、私たちに相談なんてしないよね。
「ボーポネルの町そのものに、彼女との繋がりや心当たりは?」
「ええ…まぁ、無くはないのですが、結局見つけられませんでした」
レナードの質問に…んー?無くはない?
妙な引っ掛かりを覚える答え方だなぁ。何か話したくないことでもあるのだろうか。全てを話せとは言わないけれども、何でもかんでも隠されても困る。
「それで、これ以上一人で捜すことは不可能だと思いまして…。フェインレリアに戻ったところ、腕利きの“何でも屋”がいるという話を、宿屋の主人から聞いたんです」
なるほど。それで私のところに来たわけか。
とかく、ケインは旅の後半、有力な手掛かりもなくなったために、交易・貿易の盛んな街を拠点にして情報を得て、そこから捜し歩くスタイルを取っていたようだ。
ただね、その捜し方…間違ってるとまでは言わないけども、もはやそれは賭けに近いくらいのものだと思う。本当にアテが無くなった時だもの…それって。
だけど、そんな手段を取って捜したとしても全く見つけられる気配がなく、限界を感じてやむなく私たちに依頼した…ということらしい。
そもそもの話だけども、酒場の酔っ払いから聞いた話を元にする時点でも探索は詰んでいる。酒場は確かに色々な人が行き交うので、情報を得られやすい場所ではあるが、反面どこの馬の骨とも分からない人たちの話す情報なんて出所が怪しいし、信憑性に欠ける。
中には有用なものあるけどさ、そんな情報に手を出すしかないくらいの状況であった、ということの裏付けだろう。
彼はこれでダメだったら、諦める意志を固めるのだろうか…。
「あと、魔法協会のことだけど…」
そんなことを考えていると、ハーティアが本題を切り出す。
「魔法協会に対して、彼女の行方は聞いたんだよね?」
「ええ、一番最初に」
「情報を掴んでいない、という話をされたようだけど…」
「どこかの島へ行ったらしいということまでは分かりましたが、それ以上は記録がないと…」
ふと見ると、ハーティアが神妙そうな顔をしている。
事前にハーティアが言っていたのは、“魔法使いの行方が分からなくなったら、魔法協会が何かしらの方法で調べ尽くす”こと。だから、この回答が魔法協会から出たということに引っ掛かっているとも言っていた。
私は魔法協会に属していないので分からないけれど、ハーティアの言い方からすると、こういう事態が起こると、魔法協会は恐らく相当なところまで調べるのだろう。
じゃあ、何故調べ尽くしたことを隠すのか?
「実はね、僕も魔法使いなんだ。当然、魔法協会に登録しているし、師匠である魔導士もいる」
本題だ、と言わんばかりにハーティアが静かに話を始めた。彼は急にそんな話を始めたハーティアを、少し驚いた表情で見る。
「つまり、彼女と同じ立場にあるんだよね。じゃあ問題。この段階で僕が仮に失踪したら、魔法協会や師匠はどうするでしょう?あなたは知ってる?」
「魔法協会は家族に連絡をして、家族が捜す…?」
それは彼がこれまで辿った経過だ。
「それもそうだけど、正解じゃない」
ふぅ、と一息ついたハーティアは続ける。
「独り立ちしていない魔法使いが失踪・行方不明になると、師匠をはじめとする魔法協会の魔導士たちが徹底的に、世界の隅から隅まで捜し回るはずなんだ」
「…」
「そして、その記録は細かく魔法協会に報告される。いるなら、どこにいるのか。そして連れ戻せるのか。いないなら、その後どうなったのかも…ね」
この言葉に彼は押し黙る。
魔法協会に照会はしたが、記録無しとの回答。しかしそこに疑問があるというのは、魔法協会が何かを隠匿しているかもしれない、ということ。もっと言うと、魔法協会がそれを知らせないため、彼はレイラを捜す旅を始めた。つまり、魔法協会が最初から情報を持っていて、最初から開示していたとするなら、これまで三年にも渡って続けられた彼の旅そのものが無駄だった、とも言えるわけだから。
「何かしらの情報を、魔法協会は掴んでいるんじゃないかって…そう僕は思うんだよね」
つまり、魔法協会はとうにレイラの探索を終えているが、何かの事情で捜索情報を秘匿しなければならなくなってしまった。絶対外に出せる情報ではない。そうならば、何か有力な方法で秘匿されている情報を得られれば、あるいは…というのが私たちの考えである。
私もレナードも頷いて彼を見る。
「なるほど…」
難しそうな顔をしていたケインだったが、納得はしたようだ。
そして不安そうにハーティアを見て言う。
「しかし仮にそうだとして、魔法協会からどうやって情報を引き出すのか…魔法協会が秘匿するということは、相当な理由があるのでは…?」
ケインを励ますつもりはないのだろうけど、ハーティアは自信ありげに答えた。
「それは任せておいてよ。何とかなるはずだから」
*****
正式に依頼を請けた私たちとケインは、その足でハーティアの家へと向かった。彼の家は相変わらずの状況であったが、幸いなことにギル爺がいた。
フェインレリアに居住地があるとはいえ、ギル爺は世界でも五本の指に入るくらいに著名な魔導士だ。あちこちから書物の執筆依頼だの、どこかでの講演の依頼が入っていて、家にいる時間より外にいる方が長いとハーティアが嘆いていた。
だから、ギル爺がいることは割と珍しいようだ。
「…ってことなので…何とか情報を得るためにご協力をお願い出来ないかと思う次第です」
こういう交渉は専らレナードの仕事。
ギル爺への状況説明も併せてお願いした。
「ふーむ…なるほどのぅ…」
ホワイトペーパーを見つつ、白くなった髪と眉をなぞりながらギル爺はどちらとも取れない回答をした。何か問題があるのだろうか?
私の疑問はよそに、目の前のレナードからその後ろにいるハーティアにギル爺は問う。
「ハーティア、お前さんはどう思うかね?」
「はい。それなりに経験を積んだ魔法使い、それも複数人が行方不明になるなどタダ事ではありません。魔法協会からは、師匠である魔導士に照会が掛かっているはずですし、魔法協会主体での調査も徹底的にされていると思います。レイラさんのその後は、既に掴んでいるかと」
ハーティアの回答に満足した様子で、ギル爺はゆっくり頷いた。
「そうじゃろうな。その状況であれば、何故情報が出てこんのか…じゃが…。なんとなしに想像はついとるんだろうな?」
「はい。だからこそ、師匠にご協力願いたいのです」
「ふむ…分かっておるから、こうなるわけじゃな…」
何だろう。この感じ。
二人ともある程度、先の状況まで見えているということ?頭のキレまくるギル爺はともかくとして、ハーティアも分かってるってことなのか?
魔法協会が何かを隠しているかも、ってことと、その情報が出てこないのは誰か裏でやましいことを考えている、ってのは分かる。しかし、そこを突いてしまうと、何かマズいことでもあるのだろうか?
「難しいとは思いますが、師匠の他には…」
「ふむ…」
やっぱり気乗りしない、と言わんばかりの返事が出る。
前に言ったとおり、ギル爺は世界有数の魔導士だ。その魔法の実力もさることながら、深い洞察力や、いつでも変わらない冷静さと高い思考力。おおよそ魔導士に必要とされる全てを兼ね備えているのは私にも分かる。
その気になれば、きっと魔法協会を黙らせてしまえるだけの実力と実績と経験もある。そんな彼が二の足を踏むというのは、よっぽどのことなのではないだろうか…と途端に不安になる。
この仕事、大丈夫だろうか。
「…んむ、分かった。紹介状を書こう。それを持って魔法協会に行けば、事前承諾なしで師匠である魔導士と会えるじゃろう。ワシの名前を出せば、門前払いということはなかろう」
「ありがとうございます」
慇懃にレナードが礼をするけど…ギル爺の反応がやっぱり気になるなぁ…。そんな不安そうな私の顔を察したのか、紙とペンを取りに立ち上がったギル爺。
私の横を通りざまに、
「…よいか。深くまで魔法協会やその魔導士が絡んでいる場合、闇雲に突かずワシにすぐ連絡しろ。その魔導士が事情を吐くとは思えん…」
と耳打ちした。
恐らく他には聞こえないくらい、いつになく調子を低く抑えてそんなことを言うものだから、流石に私も驚いた。
本当に声として出したものなのかも分からないくらいに小さい声。だけどそれはハッキリと頭の中に響いた。
「え?」
と聞き返すも、彼はニッコリと微笑むだけだった。
…とてつもなく、嫌な予感がした。