[第二部]失われた時を探せ?:第二話 - 探し物は何ですか
私とレダは、荷物をたくさん抱えてセロリ亭に戻った。
ここまで買い物をしたのも久しぶりだけど、レダと他愛もない話を楽しんだのが久しぶりで何より嬉しく、充実した気持ちにさせてくれた。
しかし、その楽しい気分もセロリ亭に戻ったことで現実に引き戻されることとなる。来客があったのだ。
どうやら、私とレダが出て行ったあと入れ違いでやってきたらしく、今の今まで帰りを待っていたという。
おおよそ、直接訪ねてくるのは仕事の依頼希望者だろう…そう考えつつレダのお母さんに促されて、私はいつものテーブル席にいる一人の若い男に挨拶をした。
「かなりお待ち頂いたようで…すいません。ちょっと荷物を…」
“置いてきてからでいいですか?”と、私はその男に言いかけた。
両手にどっさり抱えた荷物を持ったままでは、流石に落ち着いて話が出来ない。
「あ、いいよ。持っていくね」
そこにレダがすかさず割って入った。大量の荷物をレダとレダのお母さんが一緒に二階へ持っていった。ありがとうありがとう。
あぁ、重そうだ…ごめんね…。
また何かプレゼントするよ…ごめんね…。
レダとレダのお母さんを見送りながら、私は新しい弓と矢筒を降ろし、壁に立てかけた。
…さて。
「どういったご用件ですか?」
いつもの席に座って、正面の男にそう問いかける。
端正な顔立ちと、比較的引き締まった身体。腰につけた長剣は飾りではないことが窺える。レナードと同じく剣士だろうか。少なくとも街で安穏と暮らしているわけではないことは分かる。
「実は、お願いしたいことがあって」
予想通り。
ただ、彼も冒険者であるとしたら、依頼はギルド経由であることくらい分かっているはず。それにそれほどの剣、貴族王族でもあるまいし見栄ではないだろう。多分それなりの腕を持っているはずだろうけど、わざわざ私のような新米に依頼するのは何故だろう?
「依頼はギルド経由でしか受けられないのですけど…ご存知ですか?」
「はい…」
彼は急にしゅんとした。
分かっているのなら、突っ込まれることも予想しててほしいものだ。途端、腰に帯びた剣が見世物に感じる。
「…んー。それでもよければ話は聞きますけど…依頼を受けるかどうかは別として」
あまりにしゅんとしたのでそう付け加えると、急に彼の表情が晴れた。
なんか嫌な予感がする。
色々なとこで相談して断られ続けてきたとか…そんな雰囲気を感じる。あまり面倒な話でなければいいのだけど…。
「はい。ありがとうございます!実は…」
*****
これも予想通り。
彼は、私が心配したとおりの話をし始めた。
要約すると“人捜し”の依頼だ。
彼には思い人がいたのだそうだ。確かに顔だけ見ればなかなかカッコいいので、お相手も相当お綺麗な方だったのでしょうよ。
その女性と思いを深めていたある日のこと、彼女が“魔法使いになりたい”と言い出す。どういう経緯なのか、彼は分からなかったそうだ。
ただ、魔法使いになるというのは“職を変える”という安易な感覚ではない。魔法使いになるためには、師匠となる魔導士の元で厳しい修行を…ハーティアは別として…何年も行って初めて魔法使いと呼べる力を付けられる。
それでも初級魔法数個が限度。それに修行をしたから誰でもなれるものでなく、センスと努力が必要である…とハーティアから聞いた。
ちなみに、ハーティアはギル爺の元で修行をして四年になるらしい。
そんな過酷で長期の修行を行う必要があるので、原則的には家を出て、師匠たる魔導士の家で住み込みの生活を強いられる。魔導士と生活を共にし、日々魔法に触れていなければならないんだそうだ。
私がそんなことを考えながら聞いていると、目の前の彼は晴れ晴れと当時のことを話していた。恐らくその頃の毎日が順調だったと分かる。そんな時に、急に魔法使いになると告げられたら確かに驚くかもしれない。
生活も制限されるし、逢いたいと思っても逢えない日もあるだろう。
さて本題に戻すと、その彼女が魔法使いになって一年ほど経ったある日のこと、彼女が忽然と姿を消したという。
どこを探してもいない、実家にも戻っていない。本当にあっさりと、存在しない人物であったかのように消えたと言う。その事実を受け入れられず、彼は両親の反対を振り切り、冒険者として各地を捜して歩いたのだそうだ。
なるほど、剣はそのためか。
飾り物ではないと判断したのは間違っていなかったようだ。
しかし、それから三年が経ち、有力な手掛かりを得ることがないまま今年の春半ばにフェインレリアへ入ったと言う。ところが、このフェインレリアで彼女を捜索していたら思わぬところで噂を耳にした。
彼女の姿を目撃したという話があったのだそうだ。
ただ、ダウンタウンの酒場…それも酔っ払いの話という信憑性皆無な情報。藁にもすがる思いで、彼は情報を頼りに捜してみたものの、これまで同様に見つからず今に至ると言う。
ここまで聞いて、私は彼に聞こえないようにため息をついた。
…よくある話なのだ。
いや、人が忽然と消えるというのもそうだけど、この手の依頼が。人がいなくなることなど、さほど珍しいことではない。
フェインレリアのように大きな街で暮らしていれば別だけど、地方に行けば明日も分からぬような寒村がまだまだ沢山ある。寧ろそっちの方が多いとさえ言われている。
多くの国で非とされている人身売買だって未だになくなっていない。家族を養うためにと、身売りに出される子供だっている。
昨日までいた人が、何かの事件に巻き込まれていなくなる、ってのは本当によくある。だから、自分の力では探すのにも限界があると知り、冒険者に頼らざるを得なくなった案件は意外と多いのだ。
ギルドでも四六時中と言っていいくらいに人捜しの依頼が掲示されてるのだから、この世がどういう状況なのかは察してもらえるだろう。
そして、“モノ探し”と比べて空振りに終わることが多いのも人捜し。
見つけてナンボの仕事なので、見つかりませんでしたテヘヘ~では結果を出したとは言えず、報酬など受け取れようもない。
仮にターゲットが亡くなっているのなら、亡くなるに至るまでの事情も調べて初めて結果が出たことになるし、生きているのなら直接対面で逢わせるか、ターゲットから依頼者への手紙を書いて貰って渡す方法が取られる。
ワケありで失踪した人は、面会も手紙の大抵拒否られるけど。
見つけるにしても、見つからないにしても、労力の割に満足行く結果が得られにくく、依頼者も冒険者もお互い納得いかずにトラブルになる事案も多い。なので、私たちも人捜しの仕事を請けることは稀。
過去に一回請けて酷い目に遭っているしね…。
「うー…ん…」
そんなわけで、正直気乗りしない。思わず感情が声に出てしまう。
「難しい、というのは百も承知ですが…」
彼は静かにそう呟いた。悟られたかな。
ま、そりゃギルドからの仕事を受けたことのある冒険者なら、人捜しに対して思うところは同じはず。
そもそも三年もあちこち行って、それで手掛かりの一つも見つかってないなんて難易度が高いにもほどがある。これならまだ三日前に出て行った飼いネコを探して欲しい、と言われた方が数倍マシだ。いや、それはそれで実際に請けたら大変だったけどさ。
この人、当初の予想どおり方々で断られ続け、そして最近(自慢じゃないけど)名前が出ている私のところに来たってところかな…。
「とりあえず、今すぐ結論は出せないですけど…。まずはギルドに行って、私宛に依頼を出してもらえますか?」
そして“請けるかどうかは仲間と話し合って決めます”と続けた。
私一人でどうこうは言えるような案件ではない。パーティリーダーはレナードだし、人捜しは長期に及ぶことが殆どだ。手掛かり次第では遠く離れた街へ行かねばならないことだってある。
その間、他の仕事は請けられないので、パーティメンバー全員の同意が必要なのは言うまでもない。依頼希望者には申し訳ないのだけど、人捜しは断る判断を下すことが殆どだ、とも伝えて。
「分かりました。お時間取らせてしまってすみません」
彼はそう言うと、荷物を手に立ち上がった。
そんな彼を見ていると…んー…やっぱり相当各地を周ってきたんじゃないだろうか。レナードまでとは言わないけど、一つ一つの動きに隙が無い。三年も各地を転々としてれば、危険な地域にも行っているだろう。動きが自然とそうなるのかもね。
このことからも彼女への愛情が強いのは痛いほど分かる。けど、そこまでして捜した人を、そう簡単にぽっと出の私たちが見つけられるとも思えない。
困ったね…。
「この町は初めて?ギルドの場所は知ってる?」
「大丈夫です。フェインレリアには二年前にも来てますので」
「そう。早ければ明日には回答出来ると思うから、ギルドには現在の宿泊地も伝えておいてくださいな」
彼は分かりました、と言うと、深々と頭を下げた。その後、彼がいなくなるのを見計らって、“あー”と気の抜けた声を出しながらテーブルに伏せた。
久しぶりに重いのがきたなぁ。
「人捜し?」
レダが心配そうに声を掛けてくれた。テーブルに伏せたままコクコクと二度頷く。ちょっと大変そうなのよね…と突っ伏したまま言い、ついでにため息一つ。
一人で悩んでも仕方ない。
とりあえず、二人に相談してみよう。
*****
私はセロリ亭を出て、ハーティアの家へと向かう。
相変わらずのキノコ屋敷…あぁ、これはまたの機会に話すけど…玄関先でハーティアに簡単な事情を説明し、そのままレナードの家へと向かうことにした。
ハーティアの家はセロリ亭から比較的近く、レナードの家へ行く途中にある。なので、打ち合わせはレナードがハーティアを誘ってセロリ亭で行うか、私がハーティアを誘って、レナードの家で行うかのどちらかが通例。
そしてレナードの家があるエリアは王城勤務の兵士宿舎街である。
その関係か、商工ギルドの場所とは正反対の場所ながらお店が多く、市街中心部にある冒険者ギルドから遠いことを除けば利便性は悪くない。
ハーティアの家から四分の一刻ほど歩き、レナードの家の玄関扉を数回ノックして名前を呼ぶ。
すぐに出てきた彼は“あぁ”と何か悟ったようで、部屋へ招き入れてくれた。ハーティアが一緒だからというのもあるだろうけど、仕事関連だと察したようだ。
「ふーむ」
私の説明を一通り聞いたレナードは深く考え込んだ。
「三年で世界のすべては回れない。だけど人捜しだからな。闇雲に回ったわけでないだろうし、心当たりのあるところはほぼ探索済と考えた方がいい」
レナードはそう続けた。
その通り。心当たりが他にもあるならば、自分で探してみるだろう。ただ、彼の場合は心当たりのあるところを全て巡って三年掛かったということ。
だから余計に難しい。これ以上の心当たりがない、ってことだから。
「だから困ったのよ」
「どうしても、と言うのなら条件付きで請けるしかないな」
それは捜索打ち切りの期限を設ける、ということに他ならない。
定めた期限までにターゲットが見つからなければ捜索は終了。そうじゃないと私たちが生活出来なくなる。途中で仕事を放り投げることはしたくないが、かといってボランティアでもない。
長く続けることは自分たちの首を絞めてしまいかねない。
「そうね…」
事前に決めた条件を彼にぶつけてみて、かな。どう反応するか…何となく分かるけども…。
しかし、かなり難易度が高いと思えたこの仕事、ハーティアの意外な言葉で前に進むことになる。
「でもさー、その彼女さん?魔法使いなんだよねー?」
「そうよ」
緊張感のなさが感じられるハーティアの声に、私は少しムッとしながら答えた。いい意味で場の空気を読まないのか、それとも単に性格なのか…。たぶん後者なんだろう。はぁー。
「じゃあ、何とかなるかもよー?」
あっけらかんとそんなことを言う。レナードの言葉を聞いてなかったんだろうか。何とかなりそうにないから困ってるんじゃない、と言おうとしたが、それをレナードが察したのか、
「ほう。何かいい方法でも?」
と続ける。
それに対してハーティアは言った。
それがごく普通であるかのように。
「魔法協会に照会を掛けるんだよ。登録された魔法使いなら、その後の足取りや手掛かりが掴めるかもしれない」
え?どゆこと?
自分でも分かるくらいキョトンとした表情をしていると、隣でレナードが“ふむ…なるほど”と答える。
どゆこと?もしかして私だけ分かってない?
そんな私の姿を見て悟ったのか、逆にやれやれといった感じでハーティアが続けた。
魔法使いと魔導士は、専用ギルドである“魔法協会”に登録している。というか、魔法を使う人は、魔法協会へ登録する義務があるんだとか。そして、その登録情報はかなーりかなーり厳重に管理されてて、商工ギルド・冒険者ギルドのように安易に入退会が出来ず、何回も手続きを踏んで初めて入退会の許可が出るという。
なので、今回のターゲットが本当に魔法使いで、どこかの魔導士に師事していたのであれば、魔法協会に記録が間違いなく残っている。そして、その状態で失踪したのであれば、その後どうなったのかを魔法協会が掴んでいておかしくない。
というのだ。
へー、知らなかったよ。
魔法使いじゃないから知らなくても仕方ないんだろうけど。でもレナードは知ってたっぽい…。むー。やっぱり私だけか。
ただ、ハーティアは“もちろん、師匠のコネを借りることになるけどね…”と付け加えた。なんだかそのあたりを調べるのも面倒らしいけど、一つの目途は付いたことに変わりない。
それでも、レナードはこの相談に条件を付けた。それは“次の季節までに見つからなければ捜索は打ち切りとする”こと。
私とハーティアはその意見に同意し、三人でギルドへと向かった。