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ミミック・コミュニケーション  作者: ごぼふ
二章 化け物
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汝は化け物なりや

 「それで……お前らは、何なんだ」

 学校から少し離れた市民公園。 そこで俺は、ガムが裏にこびり付いたベンチに座り、双子に問いかけた。

 頭は冷えているとは言いがたいが、先程よりマシな状態だ。

『化け物』

『貴方と同じね』

 俺の左右に座った双子はそう答えながら、意地悪そうに目を細めた。

 こいつらは、どうしても俺に自分が化け物だと認識させたいらしい。

「……化け物って言うより、幽霊に見えるんだが」

 宙に浮くし、透けてるし。 おまけにすれ違った人間にはまったく認識されなかった。

 幽霊のテンプレで型作って、ポンポンと二個押し出したら出来ましたみたいな奴らだ。

 しかもこいつら、先程から歩けど歩けど一定距離を保ってついてくる。

 双子がその辺を見回していようが、完全に後ろを向いていようが俺から離れる気配はない。

「しかも俺に取り憑いてる……」

『失礼ね』

『皮を借りてるだけよ』

 皮ってのは俺の頬みたいに、露出すると困る化け物の本性を隠す為、化け物なら誰でも持っている擬態機能らしい。

 で、それを故意か不意に剥いで、正体を現すのだ。 逆に言うと、この皮を持っているのが化け物ってことだろう。

「借りてる? ってことはお前ら自前のを持ってるんだよな」

『なくしたのよ。この体じゃ自力で動けない』

『だから貴方の皮に掴まってるって訳』

 ……訂正、持ってない奴もいる。 何でそんなもの失くせるんだ。

「じゃぁお前らも、皮被ってりゃ普通の人間?」

『人間として暮らせる』

『貴方や、あの蛇みたいにね』

 俺の問いに、双子は皮肉めいた笑みでそう答えた。

 そうか。 あの蛇も、やはり人間に混じって暮らしているのだ。そして、多分――。

「……この街で起きてる行方不明事件。 あれもアイツの仕業なのか?」

 問いかけると、双子は同時に肩を竦めた。

『多分ね』

『貴方が無意識に食べてる、とかじゃなければ』

 双子のくだらない冗談を流し、俺は考える。 

 やはりあいつが人を殺して、その人達が行方不明扱いになっている。 そう考えるのが自然だろう。

 今日の、姫足のように。

 我知らず、拳に力が篭っていた。 立ち上がり、ポケットの小銭でコーヒーを買う。

「お前らも飲む?」

『それ嫌味?』

『だからモテないのよ』

 俺が尋ねると、音もなく着いてきていた双子は同じ形の皺を眉間に刻んだ。

 それから自販機に腕を突き出してみせる。 するとまるで出来の悪い3Dゲームのように自販機に手がめり込んだ。

「もっかい聞くけど、幽霊じゃないんだよな?」

 ぎょっとなって再度問いかけつつ、ベンチに座りなおすと、俺は缶の蓋を開けた。

『しつこいわね』

『私達は死んだ覚えもないし、お経で成仏する気もないわ』

「幽霊は皆そう言うんだよ」

 再び、同じように左右に座った双子に俺が言い返す。

 軽口を叩くと楽になる自分に安堵と嫌悪を感じ、それを俺はコーヒーの苦味で流した。

「お前ら……俺らみたいなのって、沢山いるのか?」

 言いかけた時点で双子が顔をしかめたので訂正すると、彼女達は出来の悪い生徒を許す教師のような笑顔で頷く。

『どうかしら?』

『組織はここ十年で五十匹処分したって言ってたけど』

 なんとなしにした質問で、いきなり未知の単語が出て唖然としてしまう。

 頭を振って、俺はそれについて尋ねた。

「なんだ組織って。 化け物を闇から闇に葬る凄腕エージェントが揃ってて、存在は絶対秘密みたいな奴か」

『あら、知ってるじゃない』

『概ねその通りよ。どこで知ったの?』

 茶化すつもりで適当に並べたら、合っていやがったらしい。

 双子がまじめに頷くので、こちらがびっくりしてしまった。

「ゲームと漫画だよチクショウ。 んなベタなもん作りやがって」

『人間の対処としては、それがベターなんでしょ』

『未知なる生き物に遭遇した時のね』

 だからってもうちょっと虚をついても良いだろう。 話は早くてありがたいが。

 誰だかに文句を言いつつ、俺はコーヒーを啜る。

「……つうか、それならその、組織って奴は今回の件で動いてないのか?」

 俺らみたいな一般人でも……と、俺は人間じゃないんだよ、な。

 まぁ、ニュースでもやっている事を、その組織とやらが知らない訳は無いだろう。

『もちろん動いてるわ』

『私達の悩み所もそこ』

 尋ねると、双子はコーヒーを飲んだ訳でもないのに渋い顔をした。

「なんで? 黙ってても、そいつ等があの蛇を何とかしてくれるんだろ」

 その反応に、俺は首を傾げる。

 こいつらにとってはどうでもいい事のはずだ。 蛇と関係があるわけでも無し。

『組織には、人食いの化け物か人も食えない化け物かなんて大した違いじゃないの』

「嫌味かそれ」

『重要なのは、化け物かそうじゃないかだけ』

『見つかったら、どっちにしろ処分よ』

「処分……ね」

 件の蛇だけを殺し……処分して帰ってくれるというわけではないようだ。

 つまり、俺達は害虫みたいなもんということだろう。

 アブラムシ取る時に、良いアブラムシと悪いアブラムシが区別されないように、その人格経歴なんかは問われず、化け物ならば問答無用で駆除されてしまうと言う訳だ。

「迷惑な話だな」

『相手もこっちをそう思ってるわよ』

『異端なのはこっちなんだから』

 人の皮を被った化け物。 確かにそんなものが全人口より多いとも思えないし、イレギュラーなのは"こっち"なのだろう。

 俺も確実に、蛇と同じカテゴリに属している。 少なくとも、この世界にとっては。

「……でも、お前らならそう簡単に見つからないんじゃないのか?」

 そんな考えを振り払って、俺は双子に尋ねた。

 消えるし触れられないしで、こいつらならどんな奴でも見つけられないし捕まらないはずだ。

 大体こいつらも普段は人間と変わらない姿をしている、という話だし……。

『貴方ならともかくね』

『でも、そうも行かない。何故ならあちらには占い師がいるから』

 思考を読んで皮肉を言われた気がする。

 が、こいつらのそれに付き合っていてもしょうがないと理解し始めた俺は、後半に出た新しい単語に反応した。

「占い師? なんだそりゃ」

 俺の問いかけに、双子は満足そうに笑うとふわりと浮かび上がった。

 ぎょっとする俺を尻目に、歌うように語る。

『曰く、どんな化け物も半年で見つける』

『曰く、人間と化け物を判別する』

『組織を組織たらしめている最高のエージェント』

『見つけた化け物数知れず』

 俺の目線より少し上で、踊るように漂う。

 そしてその言葉達には、聞き逃せない部分があった。

「ちょ、ちょっと待て。 占うって具体的にはどうするんだ?」

『本当に占うかは分かってないわ』

『あくまで伝聞』

『水晶玉を使うかもしれないし、相手の髪をちぎるのかもしれない』

『一匹だけ見つけるのかもしれないし、同時に複数見つけるのかもしれない』

 特に後半に力を篭めて、左右から俺を見つめながら双子は告げた。

「……つまり、俺達も見つかる可能性があるって?」

『貴方だけ見つかってお仕舞いってこともあり得るわ』

『蛇はそれを期待してるんじゃない?』

 足をぶらぶらと揺らしている双子に言われ、俺はハッとなった。

 人を丸呑みにする化け物。 さっき考えた通り、人から見れば、俺だってあの化け物と一緒なのだ。

 こんな口をしていて無害な化け物ですなんて、信用されるはずがない。

 そう思っていたからこそ、俺だってずっと口の事を隠し続けてきたのだ。

 しかし、蛇は俺の秘密をどこかで知り、あのメモを俺に送りつけた。

 片瀬もきっと何らかの手段で呼び出して、あわよくば俺に食わせようとしていたのだ。

 だが俺が目論み通りに動かないと知ると、自らが彼女を食った。

 その罪を俺に被せる算段が、奴にはあるのかもしれない。

 しかしそんな事、今はどうでも良い。 あいつがどういうつもりだろうと、関係ない。

「そんな事の為に、片瀬……姫足は殺されたのか」

 そいつのくだらない策略の駒にされて、姫足は死んだ。 それだけは、確かだ。

 あんなに小さくて、怖がってばかりで、それでも勇気を絞って俺の手を握ってくれた少女を、殺した――いや、もっと悪い。消してしまった。

 許せない。 だったらどうする。 止められるのか、俺に。 先程蛇を食い損ねた光景が、頭の中に蘇る。

 しかし、俺がやらねばならないだろう。 俺が、アイツを……。

『何か思いつめた様子だけど』

『貴方には蛇を食べて欲しくないの』

「……なんで?」

 双子の意外な言葉に、思わず睨むような表情で顔を上げてしまう。

『蛇を助けたいわけじゃないわ』

『もちろん貴方を心配してるわけでもない』

 俺のガンつけにも双子は動じた様子はない。 超然と、俺を見下ろしている。

「そりゃ、見れば分かる」

 先程からの双子の言動は、どう見ても俺や蛇の心配をしているようには見えない。

 今俺を見る冷えた視線もそれを語っていた。

 こいつらに腹を立てても、いろんな意味で無駄だ。

 ため息をつき、双子に話の続きを促す。

『貴方が内緒で蛇を丸呑みにしたとして、占い師にそれは伝わらないでしょ』

『調査がすぐに打ち切られる事はない』

 いい子ねとでも言いたげに双子は相似形に笑ってから、話を続けた。

 それも、そうだ。 だが俺が「蛇は退治しました」なんて手紙を出す訳にもいかない。

 匿名の手紙ってのがどんだけ神経逆撫でるかは、今日身をもって知ったし。

「だったら……どうするんだよ」

『あいつが、占い師以外の組織の人間に見つかるのが一番ね』

「そんなのいるのか?」

『貴方が言ったんじゃない』

『化け物を闇から闇に葬る凄腕エージェント』

 まだ不機嫌な俺の顔を、双子がからかうように覗き込む。

『見つけるのが占い師』

『実際に葬るのが、狩人』

 組織というのは、あまり凝った名前をつける連中ではないらしい。

 しかしシンプルな名前だけに、自分が人間扱いされていないことをひしひしと感じる。

『原則、狩人と占い師は二人だけで事件に当たる』

『片方がいればもう片方も街に潜入しているはずだわ』

「二人って……少数精鋭にも程があるだろ」

 ずいと寄ってきた双子の顔を押しのけよう……として手がすり抜ける。

 決まりの悪い両手を、俺はコーヒーを飲むことで誤魔化した。

 先程から細かいようだが、律儀につっこみを入れていかないと素面では聞けない話だ。

 馬鹿馬鹿しい。 何より自分がその馬鹿馬鹿しい話の一端を担う馬鹿馬鹿しい化け物なのが馬鹿馬鹿しい。

 こんな口がでかいだけの化け物を狩る為に、あちらも組織を作った訳じゃないだろうが。

『それで成果が出てるんだから、文句を言う人もいないんでしょ』

『こっちからすれば不満タラタラだけど』

 あの蛇みたいのを、二人……いや、狩人一人で倒しているとすればとんでもない話だ。

 いや、化け物というのはあの蛇が飛びぬけているだけで、俺や双子みたいな大したことないのが大半なのかもしれない。

 二人ってのだって、組織とやらが四畳半で暮らすような小さな物だからなのかもしれないし。

 ……しかしそうなると、蛇を探すにもどうにかするにも役立ちそうにないな。

 見つかるのは嫌だが、かと言ってこれ以上被害が出るのも気分が良くない。

 二律背反という奴だ。 一応まだ、俺の視点は一般人寄りのつもりである。

『まぁ、どうしても食べたいって言うなら、止めないわ』

『誰に見つからなくても、普通の人間のフリは出来なくなると思うけど』

 微笑みながらどこか冷めた目で、双子は俺を見下ろした。

 化け物とはいえ、それを食ったなら俺は多分、この人間としての視点を失うだろう。

 蛇が何故人を食うかは知らないが、俺は奴の同類と呼ばれても反論できなくなる。

 今のところ俺と奴を線引いてる事柄は一つだけだ。

 人を食ったか、食わないか。 しかもそれは、自分の中での線引きでしかない。

 奴と同じレベルまで落ちてまで、蛇を殺したいか?

 いや、普通の人間ならそんな事考えるまでも無く、目の前で大切な人が殺されたら復讐しようとする物なのではないのだろうか。

 天秤にかけている時点で、既に俺の思考は人間と異なっているんじゃないのか?

 だからといって、そんな人間らしさの為に奴を殺すなんて、それもおかしい。

『保留ってことで良いかしら』

『冷えてきたわ』

 煩悶する俺の思考を、しかめ面の双子が遮った。 彼女達は同じように丸出しの肩を抱いている。

 そりゃそんな格好なら冷えるだろ。 しかし今までそんな仕草まったくなかったぞ。そもそも温感機能がその体に備わってるか、非常に怪しいところだが……。

「まぁ、一旦家に帰るか」

 実は、綾菜にはデートだと言って出てきたのだ。 今夜は帰らないかもと言ったが、あの女まるで信じていなかった。

 その抜群の信頼を裏切ってやってもいいのだが、俺の体も冷えてきたしな。

「お前ら、他の人間には見えてないんだよな」

『そうね、皮を借りてる貴方以外には姿も見えないし声も聞こえないわ』

『その所為で苦労したわけだしね』

 改めて確認すると、マフラーを緩めて足を自宅へと向ける。

『それと、気づいてる?』

『貴方の正体を知ってるって事は』

 が、双子の言葉に緩めたマフラーを、また口元に引き上げる。

 拒否のサインが伝わったのか、そこで双子は言葉を切った。

 俺の正体を知ってるって事は、俺も、蛇と知り合いの可能性がある。

 それだけじゃない。蛇は、あのプールの金網を当たり前のように倒した。

 アレが既に壊れている事を知っているのは、俺達、水泳部員だけだ。

「……まずは家に帰ってからだ」

 半ば自分に言い聞かせるようにして、俺は自学へと向かった。

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