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ミミック・コミュニケーション  作者: ごぼふ
二章 化け物
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双子と皮と冷蔵庫

『閉じ込められてるの』

 その声は、確かにその倉庫に中から聞こえてきていた。

 倉庫の中に? そんな、この倉庫は開けずの間で、少なくとも俺が入部してからは誰も空けていなかったはずなのに。

『助けて』

 戸惑っている俺の耳に、催促の声が響いた。

 その声は落ち着いているような、忙しないような。

 閉じ込められていると言うなら、後者は当然かもしれない。

「それなら、後で来てやる! 今は鍵を探してる時間なんて……」

『鍵ならもう壊れかけてる』

「だから俺は――」

『思いきり引っ張れば開くわ』

「人の話を――」

『早くしなさい』『このビビり』

「だぁぁ!」

 その声の挑発に乗り、俺は開けずの扉に手をかけ、思い切り引っ張る。

 一瞬引っかかる感触がしたが、声の言う通り、開けず扉はあっさりと開いた。

 扉を開き、まず目に飛び込んだのは真っ白な四角形だった。

 開けずの扉の中は物が乱雑に積まれているが、一番上にあるそれは、色と俺の顔四つ分ぐらいの大きさのせいで、やたら目立つ。 なんだこれは。 俺がそう思考し始めた刹那――。

 ズルッ。

 正解を教えようとお節介を焼いたのか、その物体が滑り落ちて正体を明かし始めた。

 そうか、物を詰め込みすぎて、開けると絶対崩壊するから開けずの扉だったのか。

 でも、だからって、だからこそ――。

「何で冷蔵庫ぉ!?」

 それの正体は、大型の冷蔵庫だった。 横向きに、しかもわざわざ上に詰まれたそれが、ここを開けずの扉にした最大の要因に違いない。

 ズルズルと、それは俺の身長以上の長大な全長を晒しながら落下してくる。

「うわあぁぁぁ!!」

 足が動くより先に、口が叫び声を上げていた。 それは、俺の本能だった。

 瞬間、俺の上顎がバリバリという音と共に、意思以上の速度で跳ね上げられた。

 視線が月を捉えると同時に、下顎が何かの重みを検知する。

 自重で降ろされた上顎もそれを捉えると、それは勢いそのままに歯の裏を滑っていく。

 前歯、小臼歯、大臼歯、更に人間には存在しないはずの奥の奥歯を通り、唾液に塗れた舌をスロープのようにし、俺の口蓋垂――のどちんこをこすりながら奥へと滑り込んでいったそれの正体を、俺はもちろん分かっていた。

 喉の奥が陵辱されていく感触と、埃の味、その他諸々のせいで、目に涙が滲む。

 ガチン! 長大なそれが通過した途端、まるで特定の歯を押すと手が挟まれる玩具のように、俺の口が勢いよく閉じる。

 唾液と共に、俺は喉奥に引っかかるそれを飲み干した。

 途端に吐き気が襲い、後ろを向き自重で落ちるが如くプールに頭をつっこみ、水を口に含んで埃を吐き出した。 顔を上げると、水鏡にこの世のものとは思えぬ不気味で、悪ふざけのようで、醜悪な化け物の姿が映る。

 俺は、今何をした? 元の大きさに戻った頭で考える。

『食べた』

『冷蔵庫を食べた』

 背後から、またしても声が響いた。 水鏡には何も映ってはいない。

『食べられるじゃない』

『口は飾りかと思ったわ』

『立派な化け物』

『丸呑みの化け物』

『『人食いの化け物!』』

「食っへねぇ!!」

 思わず、俺は叫び返した。 舌がでろんと飛び出したが、目の前にいる、自分が話している相手を初めて直視し、それをしまうのを忘れる。

『そうね、食べてない』

『食べる前に躊躇った』

 俺の目の前には、双子の少女がいた。 同じようにブルーのキャミソールを身につけ、同じように髪を右に流している。 

 いや、あまりにも高速で動いているから二人に見えるのかもしれない。 二人が体が透けて見え、そこから後ろの景色が見えるのもその影響だ。

 そう思いながら、それを確認した刹那、俺はダッシュで走り出していた。

『何で逃げるの?』

『お礼ぐらい言わせたら?』

「うるさい、うるさい!」

 逃げ出した訳じゃない。 俺は姫足を探さなきゃいけないんだ。

 躊躇った? 何の話だ。 相手の言葉に惑わされないよう叫びながら裏門を目指す。

 多分逃げたのはこちらの方向だ。 あの大きな音もこちらから鳴った。

『もう追いつけないわよ』

『それに消化されてるわ』

「まだ分からないだろ!」

 叫びっぱなしで口の端が治る暇も無い。 走っているのに、声はまるで離れない。

 裏門に到着。 そこで――。

「ギャァッ!」

 そこで俺は、思わず大声を上げた。

 蛇が、あの大蛇が裏門の鉄扉に寄りかかっていたのだ。

『違うわ』

『よく見て』

 双子に言われ、大きく開けかけていた口を閉じ、それをまじまじと見つめる。

 よく見れば、それは所々鋭角に折れ曲がり、ストローの袋のように縮こまっていた。

 目の部分に瞳は無く、レンズのような透明な膜だけが残っている。

『蛇の目はまぶたが無い代わり、そういう透明な薄皮で覆われているのよ』

『鼻の穴まで分かるわ。 相当綺麗に剥けたわね』

「じゃぁこれは、蛇の、皮?」

『そう、スキン』

『貴方の面の皮と同じ物よ』

「ぐっ」

 双子の声が終わるより先に、蛇の皮が乗った取っ手に足をかけ、門の上に手をかける。

 グシャリと嫌な感触を足元に感じるが無視。

『どうやって探すつもり?』

「どうやってって……! あんなでかい蛇がうろついてりゃぁ」

 相変わらず聞こえる声に律儀に答えながら、体を引き上げる。

『もう皮は脱ぎ捨ててあるでしょう』

『そして人間の皮を着たはずよ』

 着地。 裏門から出ると、いくつかに分岐した細い路地と、それを区切る塀に囲まれた一戸建てが並んでいる。

 その先がどう繋がっているか、俺はあまり把握していない。

校舎をぐるっと回って正門のほうへ逃げたのかもしれないが、あちら側は人通りも多い商店街だ。 あんなでかい蛇が現れれば騒ぎにならないはずがない。

 こちらから先だって、近くにデパートもあるし人通りが無い訳じゃない。 でも、何だって? 人間の皮を、被った?

 考えて、頭に占める『もしかして』の可能性が、むくむくと、ヘビ花火のように大きくなっていく。

「皮ってのは、もしかして」

 恐る恐る、俺は背後を振り返った。

 どうやったのか、体が透けたそっくりの双子は裏門に腰掛け、俺を見下ろしている。

「これの事か?」

 破れた頬、そこへばりついているかのような自らの皮膚を引っ張って見せると、彼女達は満足げに頷いた。

『『分かってるじゃない』』

 同時に言い、同時に首を縦に振る。

 そうか、やはりそうだ。 やはりアレは、俺と、俺と……。

『そう、アイツは皮を被り、人間のフリをして生きてる』

『貴方と同じように』

 人ならざる化け物。 それが俺に近しい存在だと気づいていた。

 いつから……?

『だから、貴方も躊躇ったんでしょ』

『相手が人間だ、って』

「俺は……」

 冷蔵庫を一瞬で飲み込める口。それが、頬を破く程度で留まったのは、あの瞬間、その可能性に気づいてしまったからだ。

 蛇にびびったとか、腹の中にいたかもしれない姫足を考慮したとか、そんな事ではない。

『でも、それは勘違いよ』

『貴方もあいつも、人の皮を被った化け物だもの』

 そんな事は言われずとも分かっている。 分かっていたのに、俺は躊躇った。

 そして、もう一つ分かったことがある。 あいつが人間の姿で、駅や商店街に入り込めるなら……もう探しようが無い。

 もう、追えない。 ようやくそう悟り、俺は裏門に背を預け、座り込んだ。

『多分、口に入れられた時点で手遅れだったわよ』

『貴方だって、食べた冷蔵庫は吐き出せないでしょう?』

 慰めているつもりなのか、幽霊……双子は俺の左右に別れて囁いた。

 確かに、俺の胃には先程食べた冷蔵庫の感触などない。 あの冷蔵庫はどこに消えたんだろうか。そして姫足は。

 マフラーで口元を隠す。 隠してから、俺はようやく頬の皮が繋がった事に気づいた。

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