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ミミック・コミュニケーション  作者: ごぼふ
一章 擬態する日常
5/39

脅迫 そして…

「つう訳で、今日の連絡終わり」

 目つきの悪い。 いや、殺人によってリアルなEXPをつまないとそんな目にはなれないであろうってな凶悪な目つきをした男がそう言った。

 山本いるか。 容姿との合わせ技で有馬鹿子級の面白い名前を持つが、見た通りれっきとした男性である。我が水泳部の顧問で、二十四才体育教師。

 元はオリンピックの強化選手だったとか聞いたことがあった気もするが気のせいかもしれない。

 水泳部のメンツは、マネージャー一人を含めた七人。

 それが彼の前で整列し、その言葉を聞いていた。

 我が水泳部の活動はこうやって並んで整理体操をし、更にはいるかちゃんから今後の予定なんかを聞き(今ココ)、いるかちゃんがそんじゃ解散と手を叩いて終わる。

「どうしたんですか先生」

 しかし、連絡が終わってもその一本締めが来ない。

 綾菜が部長らしく率先して聞くと、いるかちゃんは言い忘れたとこがあったと付け加えた。

「お前ら今日は早く帰れよ」

「んな小学生じゃあるまいし」

「ちげぇよバカ大輔、バカ」

 最近の教育者というのは、繊細な生徒にモンスターペアレンツの併せ技で、発言に細心の注意を要すると聞く。

 こうやって本当は頭の良い生徒をバカとか言って大丈夫なのだろうか。しかも二回も。

 まぁこの目つきの悪い体育教師に機嫌を窺われ、ニコニコと大輔くぅんなどと呼ばれた日には、あれやこれがバレたのだと死を覚悟するしかなくなるだろう。

「じゃ、マジでなんなんですか?」

 という訳で、俺も彼に罵倒されるのを気に病んだことはない。  改めているかちゃんに問い返す。

「なんか警備システムがイカれちまったとかでな。 しばらく直らないらしい」

「警備システム?」

「ほれ、敷地内に人が侵入すると警備会社に連絡がいくってやつだよ」

「あぁ……」

 流石に夜の学校に進入した事はないのでお世話になった覚えはないが、うちの学校にもそんな物が導入されていたらしい。

 安普請だと思ってはいたが、最低限のラインは守られていたようだ。

「しかも最近物騒だからな。早く帰るに越した事はない」

 いるかちゃんが指すのは、最近この街で起こってる連続失踪事件の事だろう。

 その数は分かっているだけで十人近くだったか。 少し前までは個々のちょっとした事件だったそれが雲のように寄り集まり、最近一つの大きな事件として形を成し始めた。

 流石に自分の上にそれが降りかかるとは誰も真剣には考えておらず、そもそもこれが人為的かもはっきりとしない。

 しかし、何となく陰鬱な影が街を覆い始めていた。

「ん?」

 と、何か視線を感じ、俺は考えを中断し顔をあげる。

 周りを見回すが、誰が俺を見ていたかは分からなかった。

「だからって、盗みに入ろうなんて思うなよ」

 強いて言えば、今ギロリと、いるかちゃんが俺を睨んだ。

「夜のプールなんて興味ないッスよ。マーメイドでも泳いでるなら喜んで来ますけど」

 あらぬ誤解を受けているようなので、俺は慌てて否定した。

 更衣室に水着や下着を忘れる女子も居まい。 ていうか下着穿き忘れる女子なんて居たら、そっちストーキングするわ。

 その光景を一瞬想像して顔を緩ませた俺を、いるかちゃんは教育者にあるまじきあからさまな疑いの目で見た。

「つうか何で俺だけなんスか。平井にも言ってくださいよ」

 言いながら、俺は後ろで並んでいるもう一人の男子部員を振り向いた。

「平井はお前と違って人徳があんだよ」 

「あはは……」

 気弱そうに笑った紅顔の少年は、平井洋一。

 俺と同じ二年生であり、俺以外で男子部員はこいつしかない。

 確かに俺より小さい体の全身で自分は善人ですアピールをしている気もする。

 でも俺は、こいつが無類の褐色好きである事も知っているのだ。

 ただし、日焼け痕は褐色とは違うので、それ目当てに入部した訳ではないらしい。

 俺には基準が分からん。

「前世で修行が足りなかったかな」

 まぁ、しかしそれを女子の前で暴露してやるほど俺も鬼畜ではない。

 肩を竦めて前に向き直った。

「お前はもうちょっと身近な所反省しろ」

「ちょっと影が濃いぐらいのほうが、女の子もキュンと来るんですって」

 ねっ。と同意を求め周りを見るが、猛烈に頷いたのは三橋一人だけだった。

 いるかちゃんのほうは呆れきった目で俺を見ている。

「ま、当直に俺もケイゴ君もいるからな。 じゃ、解散」

 で、キリがないと判断したのか、そう言って手を打った。

 ケイゴ君? そんな先生いたっけと疑問には思ったが、あんまり皆を拘束しても俺の人徳は積まれそうにないので、とりあえず流しておく。

 水着一丁で立ちっぱなしは辛い時期になってきたしな。

 そんな俺の密かな気遣いで健康が守れらた麗しき女子達が更衣室へと歩いていく。

 俺も伸びをし、男子か女子の更衣室に向かおうとしたのだが、そちらとは反対方向に歩いていく少女がいた。

 彼女はプールサイドにある倉庫の前で立ち止まると、何の変哲もない長方形のそれをじっと見つめている。

 何となく足音を殺して近寄ったが、彼女のほうが先に俺に気づいて、振り向いた。

「ひっ」

 んで、飛びのいた。 その瞳には、はっきりとした怯え。

 こりゃ俺から声かけなくて良かったなと苦笑する。

「あ、あの、ごめ」

「開けずの扉か? ダメだぞ、開けちゃ」

 謝罪を遮り、今度はきちんと笑顔を作って彼女に話しかける。

 これだけ明確に顔に表れていても、彼女の口から俺に怯えたのだと聞くのは耐えられなかった。

 ――開けずの扉。 開かずの扉ではない。 この倉庫は今は引退した水泳部の先輩達、そしているかちゃんから開けるなときつく指示されている謎のスペースだ。

 鍵も掛かっており、開けたくても開けられないので俺もその中身は知らない。

「え、あ、うん」

 言葉を遮られた少女は、叱られた子供のようにしゅんとしながら頷いた。

 彼女の名前は、片瀬姫足。 姫足と書いてひだりと読む。

 部内がこんな変わった名前ばかりだと、自分も役所に駆け込んで変えてもらいたくなるが置いておこう。

 おかっぱの髪。 色素の薄い肌。 色々と特徴はあるが、俺が一番羨ましいのはその小さい口か。

 俺のようにあまり無駄に喋らないのが維持のコツなんだろう。 自虐しながら考えた。

「なんか気になることがあるのか?」

 俺が彼女の横に立つと、また一歩距離を開けられる。

 俺は見なかった振りをするのだが、彼女は可愛そうなぐらい縮こまった。

 怯えられるのが怖いくせに分かっていてやるんだから、俺はサドとマゾを併発してるのかもしれない。

 ミーヤが入部当初から俺に敵対的であるのと同じように、彼女も転入してきた当初から、何故か俺に対し怯えるような仕草を見せていた。

 そうそう、彼女は転入生である。俺達が二年に上がると共にこの学校に入り、ミーヤや鹿子と一緒に入部した。

 何でこの時期に? と思わないでもないが、まぁ人には事情があるだろう。俺に怯えるのにも、恐らく事情があると信じたい。

「なん、となく……」

「そっか。別に変な匂いはしないな」

「に、匂い?」

 扉の前でスンスンと鼻を動かすと、片瀬が怯えながらも聞き返してくれた。

 さっきの様子と言い、彼女も怯える事に罪悪感はあるらしい。

 ならば、ちょっとずつ慣れてもらうのが一番だろう。

「いるかちゃんが殺っちゃった部員が入ってるのかと」

「ヒッ!」

 軽くジョークを言うと、今度は明確に片瀬が悲鳴を上げて後ずさった。

 いるかちゃんの容姿的に、ちょっとありえすぎる話だったかもしれない。

「冗談だよ冗談」

 にぃっと口の端をあげると、彼女は引きつりながらも笑顔を返した。

 入部した当初は、彼女に話しかけるとブルブルと震えた後、猛ダッシュで逃げられていたし、それに比べれば大した進歩かもしれない。

 もしくは足が凍り付いて動かないだけかも知れないが、悲しくなるし考えないでおこう。

「あんまり気になるなら、いるかちゃんに鍵借りてみようか?」

「え、だだだ、大丈夫。ほ、本当に、きき気のせいだと思う、かから」

「そっか」

 震えながら話す彼女は、壊れかけのレイディオのようだ。

 一生懸命喋ろうとしてくれているのは嬉しいが、これ以上やるとタンのみじん切りという前代未聞の物体が出来上がる気がする。

「せんぱーい。 何を女の子虐めてるんですか」

 どうしようかと俺が考えていると、背後から声がかかった。

 脳を一片も使っていないような声である。振り向くとやはりその主は、有馬鹿子であった。

 先程三橋に釘を刺されたようだが、懲りずにこちらへちょっかい出してくる。まぁ避けられるよりずっと嬉しいけど。

「虐めてた訳じゃねぇよ。 つうかお前を虐めてやろうか」

 俺がガーっと牙を剥きながらそう返すと、鹿子は片瀬を少しは見習って欲しいぐらいの軽薄さで「やだ怖い」とのたまい、近くまで歩いてきた。

 それから、「どうしたんですか?」と首を傾げる。

 姫足がまた一歩引く。 俺だけに怯えるわけじゃないんだよな、この娘。

 それに安心する自分にちょっと引く。

「いや、この倉庫がなんか」

 その後ろめたさを誤魔化すべく、俺は鹿子に事情を説明するため、再度倉庫に顔を向けた。

 と、同時に、いいタイミングで開けずの扉の間から、ばふっと埃が飛び出してくる。

 何で、どうして、と思う前にそれを反射的に吸い込んでしまう。

 まずい。 俺は直感でそう感じた。

 まずい、まずいまずいまずいまずい。

 片瀬を押しのけるようにして――押しのける前に彼女が退いたが、倉庫の脇、プールを囲む金網を掴む。

 あれが、出てしまう!

「ぶわっくっしょい!!」

 堪えられず、俺は特大のくしゃみをした。

 すると、バリ! ガシャン! と大きな音を立て、世界が傾いた。

 俺はそれに耐え切れず、爪先立ちになりやがて重力に身を引かれていく。

 先程まで身を委ねていた金網さんが、まるでコントのセットのようにはずれ、重力に身を任せてしまったのでしょうがない。

 ドスンッ。

 そんな訳で、俺は壊れた金網と共にプールの外へと落ちた。 

 プールの裏は、ランニングコースにもなっている林である。

 冷えた土が裸の胸に心地良い。

 俺は金網さんに覆いかぶさるラッキースケベを味わいながら考えた。

 本日三回目の落下である。地面が俺に熱烈なラブコールを送っているのだろうか。

 これだけ彼女にモテるのは、俺かジャムを塗ったパンぐらいなものだろう。

「だ、だ、大丈夫……?」

 頭上から姫足の声が聞こえる。俺はうつ伏せのまま、それに応えない。

 お互い、しばしの沈黙。 俺は頬に触れてから、勢いをつけて立ち上がった。

「ていうかあり得ないだろうちの学校! どんだけ設備費ケチってるんだよ!」

「ヒッ!」

 節度を持って叫ぶと、上にいる片瀬が引きつった声を上げた。

「あ、ごめん」

 まぁ半分ワザとだけど。

 片瀬にどくように言って、俺は金網をプールに押し上げた。

「お、屋上じゃなくて、良かった、よ」

「さりげに怖い事言いますね、片瀬先輩」

 フォローなのか冗談なのか判断がつきにくい彼女の発言に、鹿子がつっこんだ。

 片瀬に手を借りて上がろうかと思ったが、流石にそこまではしてくれそうにない。

 もっかい鹿子に途中で手を離されたら今度こそ大惨事だ。

 仕方なく自力でプールに舞い戻って、ぽっかり開いてしまったフェンスの隙間を確かめる。

「やっちゃいましたねぇ、先輩」

「ど、どうしよう」

「何も今日壊れなくてもいいのになぁ」

 警備システムがいかれてるって時にこんな穴が開いてたら、入って下さいと言っているようなものだ。

 どうしようと考えながら、金網を元あった場所にはめてみた。

 するとぴったり。おめでとう君がシンデレラ。

 そりゃ当たり前だが、手を離してもこれがはずれない。

「お、いけるじゃん」

 更には折れた場所も、注意しないと分からない程になっている。

「あ、あぶなく、なく、ない、かな?」

「いや、ガムテで補強するといかにもここが脆いですよって敵に知らせる事になるし」

 敵。 まぁ下着泥棒とかそんな奴だ。 言いながら、俺は更衣室の方を見た。

 先程の派手な音のせいで、戻ってきたらしい三橋も含め、水泳部の皆がこちらを見ている。 俺は意味も無く彼女らに手を振った。

 三橋だけが手を振り返したのを確認して、俺は片瀬と鹿子に向き直る。

 ビクッ! と、片瀬の肩が大きく震えたがなるべく気にせず彼女に言った。

「明日俺がいるかちゃんに言っとくよ。とりあえず今日はこれってことで」

 なんなら明日、さりげなくいるかちゃんをここに誘導しても良い。

 壊した責任を押し付けてしまえれば万々歳だ。

「う、うん……」

 渋々なのかおどおどなのか判別がつかないが、とにかく片瀬も頷いた。

「私は関係ありませんから」

 なんかつれない事を言っている女もいるので、出来れば当日この女にも責任を被せたい。

 まぁともかく鹿子にも了承を取れたってことで、悪魔の契約成功だ。

「しかし、いきなり埃のぶっかけとは」

「日ごろの行いの所為じゃないですか?」

「うっせ」 

 鹿子をあしらいながら、不思議に思って、再び開けずの扉を見る。

 なんだか俺も中身が気になってきた。

 倉庫ちゃん倉庫ちゃん。オープンユアハート。 などと念じながらさすると――。

『見つけた』

 声が、聞こえた……気がした。

 片瀬と鹿子を見るが、二人ともどうしたの? とばかりに首を傾げている。

 え、まさかコイツ? と、開けずの間の鍵穴をクリクリと弄ってみるが冷たいものだ。

 幻聴だったのか?

 心に聞いてみるも返事はない。 ちょっと大地の声聞きすぎたかも。

 土のついた頬を、俺は撫でた。



「はぁぁ」

 下を向くと、ため息が自然に出る。 俺が前に倒れないように。ブレスの力で支えてくれているのだろうか。

 そんな馬鹿な事を、俺は黄昏時の廊下を歩きながら考えた。

「どったの大輔、そんなに部活疲れた?」

 横を歩く綾菜は、まったくもってそんな様子を見せていない。

「俺はお前みたいに、水につかるだけで元気になる水生生物とは違うの」

「白魚のような手なのは認めるけど」

 言ってろ。 しゃぁしゃぁと言ってろ。 鼻からも息を吐いて姿勢制御を助ける。

「モテるからね、大輔は」

「唐突に痛烈な皮肉とかやめてくれる?」

 確かに色んな女の子との関わりで疲れた訳だが、別にイチャイチャラブラブなやり取りが行えたわけではない。

「モテないからね、大輔は」

「前言翻しすぎだろ!?」

 先程の発言に何のこだわりも無く言い直す綾菜。

 確かに俺に人徳かモテオーラがあれば、今日の出来事もクールに受け流せただろうがそうはっきり言われると辛い。

「あはは、元気じゃん」

「……今のが最後の元気だ。これ以上疲れさせたらおぶって帰らせるぞ」

「おぶっても良いけど行き先は姥捨て山になるからね。 んじゃ、しばしお別れ」

 何だか恐ろしいことを言いながら、綾菜は下駄箱の反対側へと移動する。

 俺も下駄箱の前に立ち、それに手をつっ込むと、指が靴以外の何かに当たった。

 覗き込むと、それは、二つ折りになった紙だった。

「いやいやいやいや」

 期待するにはまだ早い。 あぁいう手紙は、ハートのシールで封をされていると決まっている。 更に中身が例えそういうものであっても、本当に女の子が、しかも可愛い女の子がいて、更にはそれが男子の純情を踏みにじる罠でない可能性はかなり低い。

 いや、でも万に一つはあり得るかもしれない。 開けない限り中身は分からないのだ。

 ……よし!

 哲学的に意を決し、俺はそのラブレターを取り、広げた。

 中にはシンプルな一文。


  「お前は化け物だ」


「あははははははは!!」

 バリッ。

「ど、どうしたの大輔!?」

 突然笑い出した俺に、向こう側から、綾菜が慌てた声を上げる。

「いや、何でも、何でもない」

 言い返してから、俺は口元を押さえた。

 手の中には、しわ一つ無い紙片。 裏返してみると、更に続きがあった。

 ――バラされたくなければ、今夜二十二時に校舎裏へ来い。

 こりゃ惚れざるをえない強烈なラブレターだ。

 差出人を書き忘れてるから、ドジっ子かもしれないが。

 俺もこの手紙には、誠心誠意応えねば……なるまい。

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