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ミミック・コミュニケーション  作者: ごぼふ
五章 ミミック・コミュニケーション
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回答その1

 それから俺は、部室でシャワーを浴びて体を洗い、制服を男子用に取り替えた。

 綾菜の制服とカツラは平井のロッカーにつっこんでおく。

 マフラーを二巻き。 にやりと笑い、立島大輔が完成した。

 軽薄で、間抜けで、少し口が大きい。 こんなのがよく女装なんてしていたものだ。

 そんな風に考えながら更衣室を出、隣の部屋、準備室に向かう。

 ノックもせずに中に入ると、先客が居た。

 彼女はノートに書き物をしていたが、俺が入ってくるとそれを止め、こちらを向いた。

「あ、大輔さん」

「ごめんな、急に呼び出して」

 俺が謝ると、彼女は大輔さんの為ですからと微笑む。

 俺は彼女に見てもいないHDDを返し、参考になったと告げた。

 ついで、彼女の脇にあるダンボールを指差し言う。

「ハンカチ取ってくれる? 落としちゃって」

「あ、はい」

 返事をし、愛華は左手でダンボールを漁り、その中からハンカチを取り出した。

 そして、右手でそれを俺に渡す。

 それを確認し、俺は口の片端を持ち上げた。

 そして告げる。

「一日目の蛇は、音に反応してた。 ケイゴ君に反応してそれを食ったからな」

「ケイゴ、君?」

「警報器だよ。 いるかちゃんが警備用に仕掛けた」

 唐突な俺の言葉に、三橋が疑問符を出すがかまわない。

 姫足を食った蛇が逃げた後鳴り響いたのは、ケイゴ君――間を何かが通ると大きな音を発する警報器のものだった。

 いるかちゃんが朝探していた物がそれだ。 だが、きっといくら探しても見つかることは無いだろう。

「でも二日目は違った。 ドリルで貫かれた後、蛇は俺の声に反応しないで、その後の雅の動きでようやく反応した」

 その所為で蛇は不意打ちに失敗し、物陰にいた俺にも気づかず衝突する羽目になった。

「つまり蛇は、二日目になって急に耳が聞こえなくなったんだ。 それは、何故か」

 言葉を切るが、三橋の表情は微笑んだまま固まっている。 俺は続けることにした。

「蛇は、俺達の会話を盗聴していた。 そして盗聴機は一つじゃなかった」

 綾菜が尻の下に見つけた盗聴器。 しかしアレで最後だったとどうして言えよう。

 むしろ情報を得るためなら、もっとプライベートな空間に仕掛けて然るべきなのだ。

「蛇は、最初の晩の、俺の部屋での会話を聞いていたんだ。 そしてそこで、俺は偶然間違った情報を奴に与えた。 ――蛇は耳が聞こえないっていう」

 双子と始めてあった日、俺は確かに双子にそんな話をした。 奴らにはそれを即座に否定されたが、その声は俺にしか聞こえない。

 蛇は、思い込みが強い。 脱皮するだけで自らの無事を確信でき、人を食うだけで体を成長させるほど。

 そしてそれは、きっとプラス面にだけ作用する訳ではない。

 俺の話で勘違いした蛇は、俺の嘘知識を信じ込み、無意識にかは分からないが聴覚の機能を消してしまったのだ。

 まったく、化け物というのは難儀なものである。

「で、その時俺は、もう一つ蛇を勘違いさせた」

 言いながら、俺はひらひらと、受け取ったハンカチを振った。

「これ、俺のハンカチじゃないんだわ」

 それは、フリフリの刺繍が入ったクマだかカエルだかのプリントが入ったファンシーな物だ。

 これを、一見して男物だと思う奴はいない。

 落し物箱の中には、他にもハンカチが入っている。 俺が手に持っているものも含め、昨日の夜買ったものだ。

 他のハンカチは大体黒や紺の一目で男物と分かる物であり、しかも落し物箱の上のほうに置いてあった。

 しかし三橋は、このフリフリのハンカチを、迷いもせず手に取り、俺に渡した。

「あの会話を聞いた奴は、きっとこれが俺のハンカチだと思い込むと思った。 だから似たハンカチを落し物箱に放りこんで観察したんだ」

 その通りだったろう? と俺は首を傾げて彼女に問いかけた。

 引っかかってくれるかは結構な賭けだったが、結果はご覧の通り。

「蛇は、お前だ」

 これが、俺の出した結論だった。 彼女こそが、目の前にいる三橋愛華こそが、雅と争い姫足を食い綾名を間接的に殺した犯人。

 俺は指をさし、じっと睨みつけるが、彼女の表情は変わらない。

「少し、強引ではありませんか?」

「いいよ。 間違いだったらお前を食って次に行く」

 あっさりと言ってやるが、その反応でほぼ自白が取れたと思って間違いは無いだろう。

「ふふふ、やっぱり大輔さんは素敵です」

 俺の返答に、三橋は嫣然と微笑んだ。 動揺の気配は一切無い。 そして、罪の意識が染み出る様子すらも無い。

「何で、こんな事をした」

 指を下げ、彼女を睨みつけたまま問うた。 あの蛇のせいで、彼女のせいで姫足が、綾菜が、多くの人々の命が奪われたのだ。奥歯をかみ締めるとギチギチと音が鳴る。

 しかし愛華は、それすらも意に介した様子が無い。

 いや違う。 睨まれた彼女の頬は、むしろわずかに紅潮していた。

 そして、小動物のような唇が言葉を紡いだ。

「大輔さんが好きだからです」

「はっ?」

 予想外な彼女の言葉に、俺は間抜けな声を出し、固まった。

 好きだから? 俺が好きだから、何?

 俺の話、ちゃんと聞いてたよな? 告白ってそういう意味じゃない。 俺が聞きたいのは人を殺した動機だ。

 いや、まさか……。

「……それが、人を食った理由だっていうのか?」

「ずっと、ずっと大輔さんに憧れていました」

 混乱する俺を他所に、三橋は夢見るようにうっとりと語りだした。

 その眼差しはとても殺人者とは思えない。

「入学当初は私、根暗でお下げで眼鏡のそれはもう絵に描いたような地味な女でした」

 特定のファン層を地味に敵に回すような三橋の発言。

 しかし、確かに俺は一年時の彼女の記憶が無い。 地味だったのは本当なのだろう。

「そんな私にも、大輔さんは優しく接してくれました」

 そして、そんな記憶も俺には無い。 

 入学当初といえば、俺は高校デビューで遅れを取らないように誰彼構わず笑顔を振りまいていた頃だ。

 必死で、人に嫌われまいとしていた時だ。

 だから、覚えていない。

「大輔さんはいつも飄々としていて、誰にでも暖かく接して、ユーモアのセンスもおありで、格好良くて」

「だから、俺は……!」

 そんな奴じゃない。 言いかけたが、途中で言葉に詰まる。 思えば、昨日からそう。 そうなのだ。 彼女は、俺を見ていない。

 理想の自分を俺に求め、今もそれに没頭しているのだ。

「でも、見たんです」

 そんな事を考えている俺の前で、三橋は声のトーンを落とした。

 その地味だったという時期を想像させるような暗い瞳を、三橋が見せる。

「大輔さんの口が、破れてしまっている所を」

 ドクンと、心臓が跳ねた。 口の事が知られているのは、分かっているはずだった。

 しかし、これは……。

「最初は、怖くて怖くて仕方ありませんでした。 大輔さんに憧れているのに、あんな事で心が揺らいでしまう自分が嫌で、おかしくなりそうでした」

 まるでそれが重い罪であるように、三橋は目を伏せた。

 何でそんな顔をする。 それが正常なんだ。 怖くて当然だったんだ。 それを……。

「でも、気づいたんです」

 三橋が、また笑った。 いつもの、いつも以上の艶やかな笑みで。

「大輔さんがあんな風に素敵なのは、人間を超越した存在だからなんだって」

「違う!」

「違いませんよ」

 耐え切れず叫んだ俺を、三橋は笑顔で受け流した。

 違う、違う違う。 お前は俺を自らの理想としていた。 そして、普通は理想を外れた俺を否定するべき所で、自らの価値観を否定してしまったのだ。

 受け止め切れなかったから、そのままでは俺を、好きでいられないから。

 だからこそ、お前は――。

「だから、私もそうなることにしたんです」

 目指してしまったのだ。 最悪の道を。

「俺の、せいなんだな」

「ええ、大輔さんのおかげです」

 俺が、彼女を、彼女という化け物を生み出してしまった原因だったのだ。

 暗くても、目立たなくても、人間として生きていた少女の人生を、壊してしまった。

 存在するだけで周りを歪め、正常な人間すら化け物にしてしまう。

 それが俺、化け物という存在。 組織が殲滅したがる気持ちも、少しは分かる。

「俺は人を殺したことがない。 食いたいと思ったこともない」

「どうしてそんな嘘をつくんです?」

 呟くように俺が言うと、三橋は心底不思議そうに首を傾げた。

 その通り、これは大嘘だ。 俺は綾菜を殺した。 間接的にも直接的にも。

 そして目の前の少女の、人としての生も殺してしまった。

 しかし、だが、だからこそ。 俺が彼女を歪めてしまったというなら、俺自身が決着をつけなければならない。

「三橋。 今日の夜二十三時。 学校で待ってる。 君の体の隅々が見たい」

 口の端を歪め、俺は言葉を吐き出した。

「はい……」

 酷く下卑た表情だったろうに、それを見た三橋は可憐な少女のごとく頬を染め、頷く。

「あ、大輔さん。 一つお願いがあるんです」

「なんだい?」

 話を終え去ろうとした俺を、三橋が呼び止めた。

 なるべく爽やかな笑顔で振り向く。

「私の事、愛華って呼んでくださいませんか?」

 そこで出た彼女の提案に、思わず笑ってしまった。

 可愛らしい、可愛らしすぎる。

 どうして過去の俺は、彼女を押し倒して一発キメてやらなかったんだろう。

「分かったよ。 愛華」

「ひぅっ、は、はい!」

 俺がリクエストに答えると、三橋――愛華は卒倒しそうな声を出してから、もう一度頷いた。

 きっと、俺が彼女の名を呼ぶのは、これで最後になるだろう。

 思いながら、それをおくびにも出さず、また後でと彼女に挨拶し、俺は部屋を出た。

 ――そして舞台は、夜の学校へと移る。

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