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ミミック・コミュニケーション  作者: ごぼふ
一章 擬態する日常
3/39

椎名雅

 変えた下着一丁で部屋に戻った俺は、そのまま詰襟を着、化粧台の前に立った。

 手には赤と黒の縞模様の、二mほどのロングマフラーが握られている。 それを首でひと巻き、口の前でふた巻きする。端をそれぞれ体の前と後ろの流し、首元に手を入れ隙間を空ける。

 九月とはいえ、いまだ残暑だ。蒸し暑いに決まっている。 長いため息を吐くと、それがマフラーの中で渦巻いた。

 鏡で自分の顔を確認する。 陰気だ。 ハンサムが台無しだ。 口の端を上げ笑って見せる。下品だ。特に口が。まぁこれで良い。

 その表情を維持したまま、俺は部屋を出た。



「なんか久しぶりだね、一緒に学校行くの」

「嬉しくないねぇ」

 なんだかんだで時間が合い、俺と綾菜は並び立って通学路を歩く事になった。

 双子が並んで歩くというのは、周囲に双子キャラをアピールしているようで気恥ずかしい。その為普段は俺の方から登校時間をずらしているのだが、綾菜は全く気に留めていない様子で、能天気に鞄を揺らして歩いている。

 俺としては、こんなのよりもっと可愛らしい女の子と一緒に登校したいのだ。 ついでにその女の子はちょっぴりえっちだといい。 あくまで男の子の体に興味があるぐらいのえっちさだ。ついでにそんなえっちな自分を恥じているとなお良い。それで、なおかつおっぱい大きかったら良い。 そんな女の子はいないだろうか。

 俺がそんな夢想をしていると……その鼻に香りが届いた。 それは大型の花弁を持つ、艶やかで少々グロテスクな色をした花のような匂いである。

 その匂いが鼻毛をくぐり抜け神経に触れた時、俺は既に100mを疾走していた。

 目指すは前方を歩く少女。 彼女こそが、匂いの元であった。 狙いは上か下か。 俺が両方だと考えを整備した瞬間にも、隙は無かったはずだ。

 しかし、手が届く直前、少女の体が視界からふっと消える。

「え?」

 伸ばした手が取られ、天地が逆転する。

 景色がスローモーになり、頭の中で中学時代の友人、上杉が俺に告げる。

『首を上げるんだ』

 ドダンッ! 次の瞬間、俺の体は思いっきりコンクリートへと叩きつけられていた。

「いぎゃああああああああっ!」

 その衝撃に、俺は思いっきりのた打ち回る。

 そして俺を一本背負いで投げた少女は、嫌悪感を顕にしながらウェーブのかかった金髪を揺らし、俺を見下ろしていた。

「シネッ」

「いや、普通に死ねるからね!? のごおおおお!」

 ちょっと変わった抑揚で吐き捨てた少女に叫び返し、俺はまたのた打ち回った。

 のた打ち回りながら説明しておこう。

 彼女の名前は椎名雅。 ミルクが混ざったような淡い金髪が示す通り、北欧系のハーフである。背は小さいが乳と尻の発育はよろしい。トランジスタグラマーというやつだ。

 しかしこの通り、運動神経と反射神経はとても素晴らしく、動きにも隙がない為鈍重な印象はない。足首も腰もキュッと細く、まるで蜂のような少女だ。

 俺と同じ高校に通う一年生。 ついでに水泳部の後輩で、期待のエースでもある。

 あまり日本人の特徴も無いので、皆はミーヤと呼んでいる。

「ちなみに下着の色はライトグリーンである」

「やっぱりシネッ!」

「ごめんなさいごめんなさい!」

 ミーヤがゲシゲシと蹴りつけてくるので、俺は丸くなってそれを防いだ。 蹴るにしてもつま先を使ったトゥーキックなところが恐ろしい。

 俺がその恐ろしい蹴りから必死で身を守りつつ、あわよくばもう一度じっくり下着を見ようとしていると。

「どうどうどう」

 そのミーヤの体を、羨ましい事に後ろから羽交い絞めにした奴がいた。

 ミーヤはキッとそいつを睨んだが、その正体に気づくなり相好を崩す。

「ア、綾菜センパイ! おはようございます」

 彼女は羽交い絞めにされたまま、それをしている綾菜に弾んだ声で挨拶をした。

 俺の時とは声音が違う。 更には目が輝き、きめ細やかな肌に赤みが差した。

 ――椎名雅は、水泳部の部長でもある立島綾菜に、先輩という以上の感情を持っている。

 何故か分からないが、彼女は綾菜を先輩としてというより一人の女性として敬愛しているのだ。

 彼女から漂う香りは百合の花なのかしらんとぼんやりと考える。

 ふと気がつくと、俺達の騒動を見て、周りの生徒達が何事かと足を止めていた。

 しかし、やらかしたのが俺と知れると苦笑いをして去っていく。 女子が近くを通ってくれないのも含めて人徳だろう。

「中々シャレにならないやりとりしてるね」

 綾菜はミーヤに笑顔でおはようと答えてから、俺に手を差し出した。

「ふっ、この程度我々の中では初級のスキンシップさ」

 その手を取らず、俺は立ち上がる。 実際ミーヤとはほんの一瞬しか触れ合えなかったわけだし。

「訳の分かんない事言ってないで。怪我は?」

「上杉に教えられた受身が無かったら、死んでいた……」

「上杉? 誰それ」

「薄情な奴だなお前は。ほら、中学の時、柔道部でお前に惚れてた」

「それ小池じゃない?」

「そっちかも」

 フられた奴だし、どっちでも構わないだろう。

 とにかくその命の恩人に心で礼を言って、俺はミーヤのほうを見た。

「……ムッ」

 すると、やはり睨みつけられる。 しかし、その睨み方は先程より力がない気がする。

 あ、もしかして流石に背負い投げはまずかったと後悔してる?

 よし、つけこもう。 一瞬で決意し、俺は言葉を発した。

「いやー、今の投げで股間強打しちゃって、できればペロ……ごめん今の無し」

 と、言いかけた所で、今度は音が出そうな勢いで睨まれた。

 決断はともかく、発する言葉はもうちょっと練れば良かった。 あとチャックに手をかけるの遅らせれば良かった。 というかマジで怖い。

「なんで背中と股間両方打てるの。 ていうか怪我してるのは手」

「お?」

 ビビっている俺に、綾菜からまともなツッコミが入った。 

 いや、モノの長さによっては両方打ち付けることも可能と抗弁することもできるが、それは置いておいて。

 というか手? 言われて俺は右手を見る。 するとミーヤとスキンシップを取れなかった方の彼は、更に不幸な事に受身を取った影響で、より強く地面に叩きつけられていた。

 おかげで背中への衝撃は抑えられたようだ。だが、代償として右手は赤く腫れ、表面からぽつぽつと血が浮き出ていた。まぁ、怪我なんて大げさなものではない。

「こんなもんペロれば直る」

「気持ち悪い動詞作るのやめてくれる?」

 言いながら、綾菜がポケットを探る。

「ほれ、ハンケチ持ってる綾菜さんに感謝しな」

 そうして綾菜は俺の手を取ると、ハンカチで血をぬぐっていった。

 ハンカチにはクマかネズミかカエル判別がつかないが、とりあえずファンシーなキャラクターがプリントされている。

 そして全体的にピンク。更にはフリル。今時小学生でも持っていなさそうなシロモノだ。

 服装はそうでもないのだが、この女は小物となると急にかわいこぶりっこな物を集めだす。

 その恥ずかしいハンカチで俺の体中の埃を払った綾菜は、更に顔にまで手を伸ばしてくる。

「っ! ……やめろ!」

 そのハンカチを、俺は咄嗟に奪い取った。

 突然大声を上げた俺に、綾菜が目を丸くする。

「あ、その、恥ずかしいだろ……」

「そ、そっか、ごめんね?」

 慌ててそう言うと、綾菜は謝りながらおずおずと手を引っ込める。

 その、周りの目とかばつが悪くなった俺は、ぶつぶつと心の中で言い訳をしながら、顔……はよして手をもう一度拭きなおす。

 そうだ、ただでさえミーヤの視線も鋭くなってるのに……。

「ペロる?」

 ガルルルルル――。

 睨むミーヤを見、右手を差し出すと、歯を剥き出して唸られた。

 ガブられないだけ良かったと思おう。

「ごめんね、ミーヤ。びっくりさせちゃって」

「イ、イエ! 悪いのはダイスケですカラ!」

「呼び捨てかい」

 ツッコミも入れるが、聞く気配が無い。彼女は綾菜の傍に寄ると、背伸びをしながら綾菜の様子を心配そうに窺った。

 俺を投げ飛ばした事など既に頭の中にはないようだ。そもそもこの少女には、入部した当初から俺を敬う気配がまるで無い。

 最初に彼女が入部してきた時は、確かに俺も紳士的に振舞ったはずなのだ。

 だが当時からミーヤは俺の事を睨みつけて来、どうにかして仲良くなれないかとスキンシップを取り続けて半年。

「アンタなんて、ダイスケでジューブン!」

 ――こんな仲になりました。

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