表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミミック・コミュニケーション  作者: ごぼふ
四章 偽りの関係
29/39

いただきます

 三階、四階、五階と立て続けに登っていく。 そうしながら、階段を一歩踏みしめる度に胸の中にこれで良いのかという思いが募っていく。

 雅をもっと上手く説得できたはず? いや、あれは生まれが種族人間でないと無理だ。

 綾菜を蛇が襲うかもしれない? いや、雅は蛇はもういないと言っていた。

 彼女が綾菜の言う通り占い師なら、その心配はない、はずだ。

「やっぱり、戻る」

 しかし、足を止め、俺は双子に告げた。

『今度こそ死ぬわよ?』

『そうじゃなくても、またさっきの繰り返しになるわよ』

「かもしれない」

 だが、綾菜の、何かが引っかかった。

 それが何かは分からない。 しかし、今それを確かめなければ後悔すると、本能に近い部分が告げていた。

 俺の真剣な目を見ると、双子はお互いの顔を見合わせる。 そして同時にため息。

『分かったわ』

『ただし私達は置いていって頂戴。 人形もね』

「……そうだな」

 確かに、俺が今からすることは自殺に等しい。 こいつらを巻き込む訳にはいかないだろう。

 頷いて、頬の皮を剥ぎ取る。

 それを床に置くと、双子はその上に乗った。 ついでにマペットも放る。

「何とかなったら迎えにくる」

『いいから早く行きなさい』

『一応そこから回り込んでいくのよ』

「お、おう、サンキュウ」

 双子がしっしと手を振る。

 少し躊躇ってから、俺は彼女らのアドヴァイスにしたがって駆け出した。

 いつ触手が飛んでくるか分かったものではないが、ビビッている場合ではない。

 回り込んだ俺が、止まったエスカレーターを下って二階まで降りた時。

「「デカ乳輪―――――――――――!!」」

 デパートの中に、あんまりな二重奏が響いた。

 思わず振り返る。

 雅は俺が女声を出せると思っているし、あの内容だ。 彼女はあちらへ向かうだろう。

 あいつら、囮になるためにワザと……。

 何してるんだ。 そんなキャラじゃないだろ。 似合わない事しやがって。

 戻ろうかと一瞬迷ったが、あいつらならきっと大丈夫なはずだと堪える。

 これを無駄にしたら、それこそ何を言われるか分かったものじゃない。

 そう自分に言い聞かせ、とにかく俺は綾菜と分かれた二階の階段に向かう。

 もやを掻き分け、散乱する下着を踏みつけながら進むと、そこには、綾菜が壁にもたれ座り込んでいた。

 良かった。 食われたりはしていないようだ。 ほっと息を吐いてから駆け寄る。

「お前、そんな所で休んでる場合じゃないだろ!」

「大輔を、待ってたんだよ」

「俺を待ってたって……と、そんな場合じゃない。 とにかく一旦外に出て……」

 俺はそう言いながら中腰になり、綾菜の手を取る。 そして、びくりと震えた。

 彼女の手が、あまりにも冷たくなっていたからだ。

「私は、いけない」

 言いながら、綾菜は手首を捻り、自らの手の平を見せた。

 そこには小さく、ミミズ腫れのような傷ができている。

「そ、そんな傷ぐらい……」

 叫ぼうとしたところで、俺は思い出す。 今日双子に教えられたあの事を。

「まさかそれ、さっき俺を助けた時に雅の蔦で……」

 双子の声がフラッシュバックする。 化け物の持つ毒に、人間は抗いようが無い。

 特に雅のそれは、蛇をも脅かすほど強力なものだ。

「その顔。 事情は分かってるみたいだね」

 優秀なパートナーがついてるんだ。 呟いて、ニコリと綾菜が笑う。 それは普段とは比べようも無いほど、弱弱しいものだった。

 それを見た途端、俺は我を忘れて彼女に怒鳴ってしまっていた。

「ふざけんな! やめろよそんな顔! 根性で何とかしろよ!」

「ミミックなら、それでなんとかなるんだけどね……」

「なら今すぐ化け物にでも何でもなれ! そんな顔すんなよ! 俺は、俺は」

 言いながら、彼女の肩を掴む。 その肩もやはり、体温を失いつつあった。 綾菜の体は、急激に死へと向かっている。

「俺は、化け物なんだよ。 ずっと、ずっとお前の真似をして生きてきたんだ。 どうすりゃいいんだよ、これから」

 呟くと涙が勝手に零れ落ちる。 格好悪い。 これから死ぬ相手に何を縋っているのだ。

 そう自分に言い聞かせるのだが、彼女がこれから死ぬのだという事実が胸に染み込めば染み込むほど、いやいやと駄々をこねる子供のような自分が浮かび上がってくる。

「バカだね大輔は。 私は本棚の裏にエッチな本隠したり、女の子にいきなり抱きついたりしないよ」

 綾菜は微笑んで、あやすような調子でそう返す。 左手に一瞬力が篭ったのは、頭でもなでようとしたからか。

「大輔はもう、一人で立派に生きてる。 存在を認められて、赦されて、愛されてる」

 もう力が入らないのか。 綾菜はそれを諦めたようだった。

「だから、大丈夫……」

 それで、情けない気持ちが頂点まで達する。 俺は、こいつにどれだけ頼って生きてきたのだろう。

 組織から庇われて、友達の作り方を教えてもらって、生き方を真似して。 そして今だって。 俺は、何もこいつに返せないのか。

「一つ、お願いがあるんだ」

「な、なんだ!?」

 そう思った矢先だったので、俺は勢いごんで彼女に問い返した。

 綾菜の唇が震えているのを見、彼女の言葉を聞き逃さないように耳を寄せる。

「私を食べて」

「え……?」

 聞き間違いかと思った。 鼻と鼻が触れ合うような距離で綾菜と目を合わせるが、彼女の目に揺らぎは無い。

「事故とは言え、私を殺しちゃったっていうのは、ミーヤには耐え難い事だと思うんだ。 だから私は、蛇に食べられたって事にして……大輔が食べて」

 やはり、聞き違いではなかった。 何で、何でこいつは、自分の死に際に人のことばかり気にするんだろう。

 そうやって、他人を、化け物を庇って、結局自分が死んでしまう。

 ……そして、死に際の願いすら叶わない。

  蛇は、もうこの建物には居ないのだ。 占い師の雅が言うからには、多分間違いないのだろう。

 少なくとも、彼女にとっては疑いようのない事実だ。 つまり今こいつを食うなんて事をすれば、それは……一つの決別を意味する事になる。

「分かった」

 少し間をおいてから、俺は彼女に微笑んで答えた。 多分、今までで一番自然な笑みができたと思う。

 綾菜は唇の動きだけで、多分、ありがとうと言った。 それから息を吐いて、ゆっくりと目を閉じる。

 ふっと、彼女の体から力が抜けた。

 涙で視界が曇っているうちに、俺は大きく口を開け――。

 ごくん。

 いただきました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ