表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミミック・コミュニケーション  作者: ごぼふ
四章 偽りの関係
27/39

偽りの終わり

「ムゥ……」

 ミーヤがフォークをグーで握り、ムーと唸っている。

 ここは屋上のフードコート。 パラソルの下で、俺達は早めの夕食を摂っていた。

 屋上にいる人間はまばらで、一人トランポリンで遊んでいる少年が微笑ましい。

 ミーヤが唸っている原因は、目の前に置かれたミートソーススパゲッティだ。

 俺と綾菜が頼んだ、たらこスパが原因と言っても良い。

「私も、それにすれば良かっタ」

 もしくは、ミーヤがミートソースを頼んだ後、揃ってたらこスパを頼んだ俺達が悪い。

 別に打ち合わせたわけじゃないんだけどな。 どうも同じ格好をしてると、考え方まで似て来るらしい。

 この顔だって、こいつの真似をしている内に似たみたいだし。

『そうじゃないと』

『私達みたいになるわよ』

 思わず左右を見るが、双子は鞄の中に引っ込んだままだ。 鏡の前で聞いた双子の言葉がリフレインしたらしい。

 まさか、な。 俺は頭を振ってその考えを払った。

「私のと交換しようか?」

 綾菜がまったく真意を解していない提案を、ミーヤにしている。 そうじゃなくてその子は、お前と一緒のが喰いたいんだよ。

 まぁ、昼みたいにイチャイチャされても悲しいし、言ってやる義理は無いな。

  スパゲティをすすりながら……うわ、麺類って髪長いと超喰いづらいな。 ともかく、ふと思い出し、俺はミーヤに質問した。

「そういや俺、今回の件が終わったらどうなるの?」

 終わった時。つまり平穏無事に俺の正体もバレずに事件が解決したなら、俺はどうなるのだろう。

 もちろん事件の口止めはされるだろうが、それ以外に何か……。

「記憶を消す」

「はい?」

「だから、ミミック関連の事件に巻き込まれたものは、記憶を消すのが通例」

「記憶を、消す?」

「そう、記憶を……消え去られる? 記憶を、逃ゲル?」

 自分の言葉が伝わらなかったと思ったらしい、ミーヤがこめかみに手を当てながら言葉を捻り出す。

「いや、消すで合ってるよ。 疑問を呈したのはそういう事じゃなくて……」

「組織にはあるのさ、記憶消しマシーンが」

 埒が明かない会話をする俺とミーヤの会話に、綾菜が補足の言葉を吐いた。

「化け物とかより、そっちのが信じられねぇよ」

 というかそんな嘘くさい超科学的な物の存在を、今こいつあっさり言いやがった。

 いや、秘密組織のお約束だけどさ。 そんなんが無きゃ、ここまで派手に活動している奴ら――俺含めてだが、そいつらを世間に隠し通せるとも思えないけどさ。

「脳だぞ、脳。しかもその中の目に見えない所を……」

 言っていて、実際に脳を何かが這いずるような、悪寒に苛まれる。

 その行為に対する嫌悪感か? いや、なんか違う。 何だこれ。 まるで俺自身が何かを――。

「それが嫌なら、もう一つ方法がある」

 混迷していく思考に、ミーヤの声が割り込んだ。

「私達の組織に、入れば良い」

「それは――」

「それはやめといたほうがいいね」

 顔を上げた俺が答える前に、綾菜が割り込み、早口でそう言った。

 俺だって、正体を隠したままそんな組織に紛れ込むなんて、遠慮したい。 が、それよりも、綾菜の硬い表情が気になった。

「……なんで?」

「だって、私達」

 問い返す俺に、綾菜は一転ニコリと笑う。

「人殺しでしょ?」

 そして、その笑顔を俺とミーヤに振りまいた。

 俺は凍りついた。 隣を見るとミーヤもまた凍りついている。 沈黙が場に落ちた。

「そ、そんなこと……そんなこと、無いデス!」

 数秒後、ミーヤが凍りついた自らの体を熱しようとするかように、大きな声をあげた。

「……なんで?」

 先程の俺の問いかけを真似し、しかし表情は笑顔のまま、目には愉しむような光を灯し、綾菜はミーヤに尋ねる。

「だ、だって……いえ、その、ナゼナラ」

 問われ、ミーヤは言い淀んだ。 まずい。 俺は二人を取り成そうと口を開きかける。

「ミミックは、人間じゃない、カラ……」

 それより一瞬早く、ミーヤがそう言った。 言って、自分の言葉に顔を俯かせる。

 このまま綾菜を守り続ければ、きっとその「占い」とやらは実行される。

 そうすれば、はっきりしてしまうかも知れないのだ。

 ミーヤ自身が、化け物であると。

 彼女は、この話題を恐れていた。 だからこそ、綾菜の正体に勘付いていても、蛇殺しを優先していたのだ。

 それでも、ミーヤとしてはそう言わざるをえないだろう。

 彼女は自分が人を守り、悪い化け物を狩る狩人であると主張しているのだから。

 ミーヤの中の矛盾。

 綾菜は、多分それを分かっていて、敢えて言った。 自らをも人殺しと呼びながら。

 ……綾菜もまた、組織について快く思っていないようだ。 しかし奴はこうして、俺の知らない間に組織に入っていた。

 それは何故だ。

 俺がそれを尋ねようと口を開こうとした時、ピンポンパンポンとのどかな館内放送の合図がする。 それに続いて、切迫した声が屋上に響いた。

《三階で火災が発生いたしました! 三階で火災が発生いたしました!》

 火災? 抜けるような秋空の下。 不釣合いな単語に人々が顔を見合わせる。

《て、店内のお客様は係員の指示に従い、慌てず避難してください!》

 しかしその上ずったアナウンスが二回繰り返される頃には、屋上にいた数人の人々は一斉に逃げ出していた。

 俺もまた、椅子から慌てて立ち上がる。

「火事ってまさか!?」

「蛇……かな」

「ここまでやんのかよ!」

「私も、ちょっと迂闊だったね」

 綾菜も立ち上がる。 俺達はあの蛇を、丸呑みだけの化け物だとナメていたのか。

 そりゃ、闇討ちぐらいはしてくると思ったが、こんな、無差別に人を巻き込むなんて。

 ミーヤもまた、勢いよく立ち上がる。 だが彼女は、テーブルに手をつき腰を上げたまま、一点をじっと睨んでいた。

「アイツ……!」

 低い、彼女の狩人用の声。

 俺はミーヤの視線を追う。 そこは屋上から階段への唯一の出口だった。

 しかし人が押し合いへし合いになっており、どれがミーヤの言うアイツなのか分からない。

 そんな俺の横を、ミーヤがテーブルを蹴って走り抜ける。 ライトグリーンの下着が目の前を踊った。

「大輔、見とれてる場合じゃないよ」

「わ、分かってるわい!」

 綾菜もミーヤに続き走り出す。 放置された荷物を手に取ろうか一瞬迷ったが、そんな場合ではないと気づき俺もまたそれに続いた。

「ど、どうしたんだミーヤは」

「多分見つけたんだよ、犯人を」

 俺が動揺しながら尋ねると、綾菜がそう答えた。

 見つけた? ここにあの大蛇が現れたなら、別のパニックが起こるはずだ。

 それが無い。 という事は、皮を被った人間の姿の犯人を見つけたということだろうか。

 じゃぁミーヤは犯人を知っている? いや、そんなはずは……。

 考えながら階段へとたどり着く。

 ミーヤは迷う事無く、開いていた外付けの非常階段から飛び出していったようだ。

「どっち行く!?」

「ミーヤは非常階段行ったんだから、邪魔しないようにこっち! あの子なら大丈夫!」

 言いながら、綾菜は俺達が元々昇ってきた階段を下っていく。

「って、そっち火元だぞ!?」

 悲鳴を上げながら俺もそれに続く。 他の客達も非常階段で下ったようだ。

 一階降りると、屋内は煙に溢れていた。

 蛇に遭わないとしても、焼け死んだら意味が無い。 だが、綾菜は足を止めなかった。

「多分これ、火事じゃないから平気!」

「火事じゃ、無い?」

 だって、こんなに煙が……と考え、おかしな事に気づいた。

「熱くも無いし、ススも飛んでこないでしょう。 発煙筒でも焚いたんじゃないかな」

 確かに言われた通り、火にまかれているという感じではない。

 流石にデパートで無差別殺人するほど見境なしではないか。  あんな奴の良識に感謝するとは思わなかった。

「にしても、俺達を殺す気はあるんだろうな」

「じゃなきゃこんな事しないだろうからね」

 どちらにしても急いでここから出たほうが良いだろう。 蛇がこっちにきた場合、この視界じゃ庇う事もできるかわからない。

 そこで思いついて、俺は綾菜の手を掴んだ。

「大輔?」

「迷子のアナウンスも、今はできそうにないからな」

 言って、彼女の手を引いて駆け出す。

「男の子の手だね、大輔」

 綾菜がそんな平和な感想を漏らした。

「手だけはな」

 そこだけは、かろうじて人間の手だ。 俺は心の中でそう付け足す。

「なぁ、ミーヤは何で、あんなに蛇を憎むんだ」

 その事でふと、手だけが化け物のミーヤの事が思い出し、俺は綾菜に問いかけてみた。

 そりゃ、狩人なら化け物を退治して当然だと思うが、大好きな綾菜を差し置いてまで追いかけるのは、やはりその、異常だ。

 やはりあの執着には理由がある。 俺はそう確信していた。

 綾菜はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「ミーヤの両親は、ミミックに殺されたの」

 綾菜の使うミミック、という単語には独特の硬さがある。 そんな事のほうが、俺には気にかかった。

 綾菜の話した事実自体は、驚くというよりやはりという思いのほうが強い。

「彼女の両親も協会の狩人だったんだけど、普段はひっそりと隠れ住んでいて」

「へぇ……」

 両親が狩人。 それは意外な情報だった。 綾菜や自らの思考にだけ注意が行かないように注意しつつ、俺は相槌を打つ。

 サラブレッドという訳だ。 それならあの動きも遺伝……もしくは両親の鍛錬の賜物と言うことだろう。 謎だったミーヤの背景が次々に埋まり、納得していると。

「ミーヤが、案内しちゃったんだって。 そのミミックに協会の人間だって騙されて」

 綾菜の言葉の続きが、俺を愕然とさせた。

「……」

「どしたのダイスケ」

 黙りこみ、一瞬手を強く握ってしまった俺に、綾菜が怪しい発音で問いかける。

「そのミーヤっぽい発音やめてくれる。 胸に響きまくるから」

 それ、今俺がしている事とほとんど一緒じゃないか。

 知らなかったとはいえ、俺はミーヤにドンぴしゃでひどい事をしてしまった。 いや、している。

 自分が人間だと偽って、彼女から情報を引き出すだなんて。

「それで、どうなったんだ?」

 しかしショックを受けている場合でもない。 ひとまずその事を脇に置き、俺は綾菜に続きを促した。

「その時に彼女はミミックとして目覚め、父親を殺したミミックを撃退。 母親もすぐ息を引き取ったらしいんだけど、死に際にその、ひどく錯乱したみたいで……」

「娘を化け物だと罵った?」

「……そんな感じ」

 言い辛そうだった綾菜を引き継ぎ、俺が先を言う。

 俺にはその光景が、ありありと浮かんできた。

 家の隅に追い詰められた母親、立ち尽くすミーヤ。 来ないで! 母親が叫び、そしてぽつりと言うのだ。

 「化け物」と。 彼女に正体を知られた俺は、その小さな体に手を伸ばし……。

 そこまで考えて、ズキンと、また頭が痛んだ。 足を止め、頭を左右に振る。

 あれ? おかしい。 イメージがやけに具体的な上、途中からミーヤ役が俺に切り替わっていた。 

 そして、俺が対峙していたのは妙齢の女性ではなく、小さな女の子でその顔もはっきり……。

「大輔?」

 止まった俺の顔を、綾菜が覗きこむ。 俺は思わず手を離し、頬を押さえた。

「あ、う、大丈夫だ……」

 そこが破れていない事を確認し、彼女に答える。

 綾菜が不思議そうにしながらも手を差し出すが、俺はそこで、急に不安になった。

 俺は化け物で、こいつはそれを炙り出す占い師だ。 そんな俺達が、本当に手を取り合ったりして良いのだろうか。 そして綾菜は、俺の正体を知ったらどんな表情をするのだろう。

「お前は、怖くないのか? その、ミミックが」

「怖くないよ」

 問いかけた俺にあっさりと答えながら、綾菜は再度俺の手を取り、今度は自分が先導して走り始めた。

「あ、おい!」

「ずっと前から、怖くなんてなかった」

 こちらを振り向き、笑顔を見せる。

 ずっと……? それって、もしかして。彼女の言葉に、頭が一瞬真っ白になる。

『あ』

『上』

 そんな俺の真っ白な頭の中に、双子の声が割り込んだ。

 言われたまま、俺は上を向く。

「いっ!?」

 煙に覆われた天井の奥から、大きな音を立てつつ何かが落ちてきていた。 そして煙を突き破り、それの正体が明らかになる。

 それは、五階天井にぶら下がっていた大きさ三m程の飛行機の模型だった。

 その正体が分かった時、模型は既に目の前、を通り過ぎようとしていた。

「綾菜ァ!」

 口が勝手に開く。 異音が鳴り、急激に顔が肥大化し重くなる。 階段から飛ぶ、いや、つんのめるようにして、俺は前方へと落ちた。

 目の前が、その古ぼけた飛行機の模型でいっぱいになり――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ