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ミミック・コミュニケーション  作者: ごぼふ
三章 肥大する嘘
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化け物の生態

「……」

「……あ、あの、ミーヤ?」

 ミーヤとの取引を提案した俺だったが、彼女からの返事は一向に返ってこない。

 考え込んだ様子で下を向いているだけである。

 そうしていても仕方がないので、俺は先程から気になっていた場所を調べる事にした。

 背中を向け、逃げる気がない事をアピールする為に殊更ゆっくり歩きながら、蛇がミーヤに貫かれた所、そしてあの蛇が唐突に起き上がった地点へと向かう。

 するとそこには――。

『皮ね』

『皮だわ』

 言いながら、双子がふわりと俺の目の前、地面に横たわるそれを挟んで降り立った。

 そこには、真っ黒で細長い、目をつけてやれば鯉のぼりとして通用しそうな鱗の跡のついた物体があった。

 多分、蛇の皮だと思われる。 さっき散々拾った物より大分大きいが。

「完全に吹っ飛んでるよなぁ、頭の部分」

 俺が先程鯉のぼりと喩えたのはその為だ。

 蛇の皮にはあの凶悪な頭部分がなく、巨人の履くニーソックスのようになっている。

「化け物って、こんなに無茶苦茶なモノなのか?」

 俺はしゃがみ込み、あくまで独り言のような口調で、双子に問いかける。

 ゾンビだって頭潰されりゃ何とかなるのが、ホラー映画の定石だというのに。 

 もしかして、化け物って死なないんじゃないのか? なんて事まで頭に浮かぶ。

『貴方だってその一部なのよ』

『まぁ、ここまでしぶといのは稀だけど』

 不死身だなんて、そりゃ無いか。 じゃなきゃ狩人なんて存在しないだろうし。

「じゃぁ、何で……」

『脱皮したからじゃない?』

『そうすれば完全回復なのよ、本人的に』

「体力ゲージ制かよ。 ゲーム脳だろこいつ」

 振り返りかけた俺の目の前に、双子が回りこんで答えた。

「ていうかそんな思い込みで生き残れるなら、病弱少女も幽霊少女もいねぇよ」

 いや、後者は俺の目の前にいるが。

 本人達に言うと怒られるだろうが、まぁ事実かどうかは関係なく属性的な話だ。

『私達化け物と人間の違いはね』

『その思い込みで進化できる事なのよ』

「進化ぁ?」

 哺乳類から爬虫類になってるじゃねぇか。 俺が胡散臭げな声を出すと、双子がしぃっと人差し指を口の前に置いた。

 いや、しかし胡散臭げな声が出てしまったのは、仕方ないと思っていただきたい。

『私達の生態は、スキンを持つ事の他は全て、本人の意思で決定されるの』

『そう思ったようにしか変化しない。 そしてそうだと思ったならそう成れる』

「無茶苦茶だ」

『他の生き物の進化にだってあるでしょう?』

『まず飛ぼうと思ったから長い時間をかけて飛べるようになったとか』

 思っただけで、人間が一代で空飛んだりエラ呼吸できたり出来るようになっても困る。

 進化論に対する冒涜だ。 ダーウィンだかミケランジェロだかの先生だって怒るだろ。

「お前らの言ってるのは、想像妊娠で本当に子供生んじゃうみたいな事だぞ」

『あら、分かってるじゃない』

『私達はそれを、皮の下で本当に育むの』

 双子は愛しげに腹を撫でている。 まるでそこに自分達の可能性を抱いているように。

 じゃぁ種はどうなる。 その子供を育てる栄養は? 仙人だって霞食えるようになるまでは相当時間かかるんだぞ。

 ……まぁ、冷蔵庫を丸呑みする化け物が物体を透過する幽霊――化け物にそれを問うても空しい事である。

 だったら受け入れるか? いやいや、負けると分かっていてもレジスタンスするべき局面が世の中にはある。

「……じゃぁ俺が世界最強だって思い込んだら、そうなるってのかよ」

『もちろんなるわ』

『純粋に、ただひたすらに、いっぺんの疑いも無くそう思えるならね』

 計四つの目で、双子はできるの? と問いかけてきた。

 ――俺は、自分の事を常識人だと思っている。 頭吹っ飛ばされたら、考える脳が無くなっちゃうじゃんとしか思えない。

 そもそもこの変幻自在の頭に脳が格納されているか怪しいが。

 できるなら女の子にモテモテのヌルヌル人生を歩みたいと思っている。

 だが、同時に自分が人の生など歩めないだろう事など、双子に指摘されるまでもなく知っている。

 誰かに急にそう言われたからって、あぁそうだ俺は最強なんだと思える奴なんて、幼稚園のそれもサンタに気づいてない時期の子供ぐらいだろう。

 そんな子供達だって大半は、無意識に気づいている。 都合が良いから見て見ぬフリをしてるだけだ。

 性悪説なんて大層なものを振りかざす訳じゃなく、人間はそういうズルい部分を生まれつき持っていると、俺は思う。

 化け物が人間について考察するってのもおこがましいから、この辺にしておくとして。

 ともかく、まぁ、俺には無理だろう。

 逆に言えば、それができる蛇の頭は、そういう単純な構造をしているという事か?

 しかし俺は、そいつにハメられ、罪をなすりつけられそうになっている。 なんなのだろう、この犯人像の矛盾は。

「て言うか、今流しそうになったけど、俺は人間を食いたいなんて思った事はねぇ」

 今更気づいて、俺は双子に反論した。 本人がそう望まなきゃ変化しないっていうのであれば、おかしな話である。

 俺はそもそも口がでかくなって欲しいなんて、思った事もない、はずだ。

『小さい頃の話なら、断言はできないんじゃない?』

『スイカを丸ごと食べたいなんて思ったかもしれないし』

 そんな些細な夢でこの有様は酷すぎる。

 いくら幼い俺でも、そんなバカな事を口が裂けるほど熱望する訳……。 な、無いよなぁ、大丈夫だよなぁチルドフッド俺。

「だったら、何でお前らはそんな格好なんだよ」

 尋ねると、双子は同時に一瞬表情を消して、口だけを笑いの形に戻して答えた。

『決まってるじゃない』

『なりたかったからよ』

 それは多分、パパやママを驚かせたいとか、可愛らしい理由ではあるまい。

 どういうことか尋ねようか俺が迷っているうちに、双子は俺の中へと消えた。

「うーん」

 様々な事に対して俺が頭を捻っていると。

「ummm......」

 背後では何だかグローバルな唸り声が聞こえた。

 そちらを見るとミーヤが、何かを探し回っている。 右手を押さえて触手をユラユラさせて…だからきっとアレだろう。

 俺は自分が先程までいた、鉄骨の影まで移動して、屈みこんだ。 

 そこにあったのは、血が通っていない為か、いつも以上に青白い、ミーヤの手の皮。

 抵抗が無いといえば嘘になるが、それをひょいと拾い上げて、俺は彼女に手を振った。

「お探し物はこれかな?」

「え、あ、ウン……」

 俺がそれを発見した事を見て取ると、ばつの悪そうな顔になる。 これは、全ての化け物に共通する、いわば化け物の証左だ。

 それを一般人(あくまで彼女の視点ではである)がもっていれば落ち着かないだろう。

 分かっていながら、俺は埃を払い、中に砂利が無いか確かめつつ、彼女に近づいた。

「ほら、手ぇ出して」

 人間の形をした、左手を出すミーヤ。

 俺はそれをかわし、右手の、蔓を取った。

「そっちじゃなくてこっち」

「あっ!」

 取られたミーヤは、驚きの声を上げて固まってしまった。

 俺はそのまましばらく待つ。

 ミーヤから硬直が融けていくと共に、奥から不安そうな顔が覗いた。 

 多分、「怖くないの?」だ。

 本当に、判り易い子だ。 俺が昨日同じ経験をしているのも、関連してるんだろうが。

 ――こんな時、彼女はどうした? どうしてくれた?

「ええと、どうやってはめれば良いのかな?」

 なんでもない風に尋ねると、ミーヤは戸惑いながら、ちょっと待ッテ、と言う。

 間があって、彼女の右手の触手がするすると音を立て、縮み始めた。 おそらく掃除機のコードのように触手を巻き取っているのだろう。

 どこに? それは聞かない約束だ。

 やがて雅の右手は、銀色の円錐に蔓が張り付き、その頂点でまとまりきらなかった蔦が五本飛び出すパーティーハットのような形状に変化した。

「ここにはめれば良い訳ね」

 俺は彼女の肘に手を添え、、手の皮を近づけ――。

「そっち、ギャク」

「失礼」

 親指に小指の皮を被せてしまった。 やり直して彼女の腕へと皮を被せていく。

 まるで結婚指輪をはめるように、丁寧に一本一本、指の皮に中身をつめると、彼女の手の皮に赤みが差し、息づいていった。

「ミーヤの指は綺麗だね」

「あ、アノ……」

 鼻歌でも歌おうかと言う俺に、ミーヤがたまらずといった具合に声を出した。 あぁ、彼女が聞こうとしている事は分かっている。

 こんな時、姫足なら――いや、あれは俺には真似できない。

 俺は五本の指に血が通った事を確認すると、彼女を制して言葉を放った。

「ミーヤってさ、乳輪大きいよね」

「ナァッ!?」

 猫のような悲鳴を上げ、ミーヤが手をほどき、後ずさった。

 どうして良いのか分からない、と言った感じの右手が鉤型でピクピク動いている。

 皮との継ぎ目もないし、なるほど便利なもんだ。

「イイイイ、イツ見た!? テ言うか大きくナイ!」

「そうだね、乳首と比べて大きく見えるだけかも」

「シ……だから、私は――」

 多分死ねと言いかけてやめた可愛らしいミーヤを、俺は軽く手を上げて遮った。

「その程度の違いだよ、大したことじゃない」

 なるべくいつも通り、笑ってみせる。

 ミーヤは何か言おうとし、口をもごもごと動かしたが、結局大きなため息を一つ吐きつつ力無く呟いた。

「アンタが、どうしようもないバカだっていうのは分かッタ」

 そうして、後ずさった分、こちらに歩み寄ってくる。

「むしろ、今までそう思われてなかったのが光栄だな。 あと大きさは気にしないほうが良いよ。 おっぱいがもっと大きくなれば自然と――」

 ガスッ。

「あいたぁ!」

「再、確、認、シタ!」

 スネを蹴り上げて、ミーヤは悶絶してしゃがみ込む俺の脇を通り過ぎてゆく。

「あ、ちょ、ちょっと」

「場所を変エル。ココじゃ人が来るかもしれないシ」

「大きな音もしたしね」

「ウルサイ!」

 振り返って怒鳴られた。 そのままスタスタとミーヤは階段を下りて行ってしまう。

 とりあえず、置いて行かれることは無いようだ。 取引も成立ってことだろう。

 それはそれとして、痛みにしゃがみ込んでいた俺の前に、双子が再びふわりと現れた。

『今、普通に皮を拾ったわね』

『化け物にしか見えない物なのに』

「あ……」

 失念していた。 が、ミーヤはそれを咎める様子もなかったな。

 助かった、のか?

『ねぇ』

『本当に思ってるの?』

 俺が今更胸を高鳴らせていると、双子が唐突に、そう問いかけてきた。

「何が?」

 一応とぼけて見たが、うん、こいつらが聞きたい事もよく分かっている。

『『自分(化け物)が人間と大して違わないだなんて』』

 双子は珍しく、ステレオで別々のことを言ったがまぁ内容は、一緒だ。

 どうせ、こいつらだって分かってるんだろう、俺の答えなんて。

 息を吐いて、それでも俺は答えた。

「そんな訳、ないだろ」

 答えが分かりきっていても、口に出すと出さないとでは、大分違う。

 胃の奥が、きゅうっと冷えていく。

  あぁ、俺は彼女に、同じ悩みを抱えているはずの雅に、一時しのぎの嘘をついたのだ。

 姫足の真似など、出来るはずはない。 俺は相変わらず最低の、化け物野郎だ。

『安心した』

『仲良くしましょ、これからも』

 今まで見たことがない優しい笑みを浮かべて、双子は俺の頬を撫でるような仕草をしながら、俺の中へ潜っていった。

 返答次第ではどうなっていたのだろうか。

 ……俺は別に、お前らの意見に全面賛成って訳じゃないんだからな。 心中で、俺は双子に舌を出す。

 人間と化け物、その二つを区別しない奴がいたって良いと思う。

 怖いと思っていても手を差し伸べてくれる奴がいるのは、尊い事だと思う。 まぁそれはあくまで、そいつが人間だった時に限るのだが。

 今俺が雅の目にどう映っていようと、本性が化け物で、本質的には人間を――化け物をも恐れている俺が言っても嘘にしかならない。

 彼女を真に救ってやりたいなら、キャラメイクを種族人間でやり直す事をお勧めする。 俺はどうやったって、口裂けの化け物なのだ。

「ダイスケー?」

「はいはーい」

 かけられた声に返事をして、俺は外へと向かった。

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