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ミミック・コミュニケーション  作者: ごぼふ
三章 肥大する嘘
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軌跡

 塩素でパサついた髪を撫でながら、俺は更衣室を出た。

 夕暮れが自然と目を細めさせる。 おかげで妙に渋い顔になるが、このダンディさに騙される女子はいないだろうか。

 などと隣にある女子更衣室の入り口を見ると……いた。

 生乾きなのか、いつもよりキツくウェーブがかかった金髪が重たげに揺れている。

 夕日が反射しキラキラと輝きを放つそれは、塩素など寄せ付けない気配があった。

 俺に気づくと、彼女――椎名雅は、いつも通り俺を睨みつけてくる。

「やっほ、待った?」

 まるで二人は神田川。 俺の優しさが怖かったのか。 彼女の眉間に皺が寄る。

「何で、分カッタ」

「そうだよね、待ってませんよね……ハイ?」

 またも幻聴かと思ったが、違うらしい。

 そういえばなんだか顔が赤い。 そうか、彼女は俺が好きだったのか。 いつも睨むのも、俺にツンデレってたせいだったのだ。

 ……ごめん、顔が赤いのは夕日の照り返しのせいだった。

「何か用?」

 都合の良い妄想は切り上げて、俺はミーヤに問いかけた。

「……センセイの話」

 何が気に入らないのかやはり彼女は俺を睨みなおし、ポツリと切り出す。

「いるかちゃんがどうかした?」

「チガウ。センセイの話じゃなくてセンセイの……」

 なんと言って良いかミーヤは迷っているようだ。

 彼女が普段言葉少なめなのは、俺と話したくないからだけでない。

 彼女は自身があまり日本語が達者で無いのを気にかけており、それを人に晒すのが嫌なようなのだ。

「先生がさっき話していた事について?」

「ソウ……」

 口を尖らせ、ミーヤは頷いた。 

 こうやって会話も成り立っているし、そう恥ずかしがる事もないと思うのだが。 

 それに入部してからの半年で、ミーヤは語彙もやたら増えた。 この調子だと来年には多種多様な言葉で罵倒されることになるかも。 ちょっと楽しみだ。

 しかし、ミーヤはそれ以上言葉を続けない。 先程のように言葉が見つからないのではなく、俺に考えさせようとしているらしい。

「んー、いるかちゃんの話ねぇ」

 まぁミーヤの方から、俺にアクション取ってくれるなんて稀だ。 謎かけを楽しむと言うのもステディな関係っぽいし、まじめに考えよう。

 しかし、前提条件であるいるかちゃんの話をまじめに聞いてないな。

「あぁ、分かった! 一緒に更衣室の下着を盗む計画!」

「シネッ!」

 ポンと手を打ってから指差すと、今度は間違いなく赤面した。

 違うらしい。 こういうところで機会潰すから、俺ってモテないんだろうなぁ。

「じゃぁ……」

 俺の特訓の話? いやいや、あの時ミーヤはいなかったし。

「この街では、半年で十人以上行方不明者が出テル」

 耐え切れなかったようで、ミーヤが自分から答えを言った。 

 彼女の言葉に、俺の心臓が跳ねる。

 ……昨日の話じゃないか。 落ち着く為に皮肉げに考えてみるが、動悸は治まらない。

「発覚してイナイ件も含めれば、もっとかもしれナイ。 被害者は老若ナンニョ問わず」

 ミーヤが珍しく長文を話す。 ナンニョの発音も気になったが、それよりも気になることがあった。

「被害者?」

 割り込み、問いかけるが、ミーヤは訂正したり戸惑ったりしない。 強い視線で俺を睨みつけるのみだ。 

 言い間違いなどではないようで……。

 確かに何かの事件に巻き込まれなきゃ、こんな事にはならないだろう。

 それでも、被害者と言い切った彼女の言葉に違和感を覚える。

 彼女は知ってるんじゃないのか? これが、人外の者による殺人事件だということを。

 いや、それよりも今、もっと疑問なのは……。

「何で、そんな話を俺に?」

 肩を竦めて再度問いかける。

 ……とぼける、と言ったほうが正しいだろうか。 面の皮が引きつらないように注意しながら笑みを浮かべる。

「自分が、一番分かってるんじゃないノ?」

 雅もそう受け取ったらしい。 その瞳に剃刀のような、強い光が宿った。

 どうしようか。 笑顔を維持しながら、腹の底で考える。

 そこへ――。

「ミーヤー?」

 更衣室のドアが開いて、能天気な顔がひょっこりと飛び出した。

「カコ……」

 振り向いたミーヤが和らいだ声を上げる。 出てきたのは雅と同じ一年。 アホの有馬鹿子だった。

「あ、居た。ちゃんと髪乾かさないと風邪ひくよー」

 彼女の手にはドライヤー。 二人は同学年な事もあってか仲が良い。

  というか無愛想な雅――ミーヤの世話を鹿子がよく焼いているようだ。

「……うん、分かった」

 彼女の言葉にミーヤは頷いて、更衣室に戻っていく。  ドアに手をかけた所で振り向き、俺をひと睨みすることを忘れない。

 俺はそんな彼女にひらひらと手を振った。

「何の話してたんですか? 先輩」

 ミーヤが扉を閉めてから、視線を扉に向けたまま鹿子が俺に問いかけた。

「二人の楽しい未来についてかな」

 嘘はついていない。 あのまま続ければ、そういう話になったはずだ。

「……セクハラで済む程度にしてくださいね」

「げっへっへ、お前がミーヤの代わりになるなら考えよう」

 下卑た声を出すと、鹿子がズカズカと近寄ってきた。

「ほれ」

 そして彼女はブラウスの胸元に指を入れ、手前に引っ張った。

 ザッ。 反射的に首が左に振れ、目に優しいランニングコースの緑が目に入る。

 ……綺麗だなぁ。

「どうせ実物目の前にしたらヘタレるくせに」

「ちちちち違うわい。 いきなりだからその、ちょ、ちょっと心の準備ができてなくて」

「片瀬先輩みたいになってますよ」

 なんか勝手に決め付けられてるが、別に俺はそんな貧相な物を恥ずかしがって視線をそらした訳じゃない。 

 ていうか普段ならガン見するからね。 

 良いからちゃんと見て描写しろ? 何を言っているのかねこのエロス小僧は。

 今更見られるものか。 いや、別に見たいわけじゃないよ?

 しかし、それでチラ見とかになっちゃったら余計かっこ悪いじゃない。 しかももう仕舞っちゃってたりしたら、倍率ドンだ。

 ていうか今してるであろうニヤついた鹿子の表情を見たらきっと立ち直れない。

「まだ開放中ですよ」

 チラ。 視線を戻すとニヤついた鹿子が視界に入った。 胸元は第一ボタンまできっとり留められている。

「うわぁぁぁん!」

 耐え切れず、俺は泣きながら逃げた。



「さてと、どうすっかな」

 涙をぬぐい鼻をすすってから、俺は呟く。 

 いやーミーヤとシリアスっぽいやり取りをしてしまった。 その後の記憶はとんとないが。

『スケベ』

『その上ヘタレ』

 双子の罵倒なんて知ったことか。

 とにかく俺がやるべきは、占い師より先に蛇を見つけ、できれば狩人に引き渡すことなのだが、ヒントはおろか調査の取っ掛かりすら、鹿子の胸のように絶壁である。

「お前らが皮を見つけたのって、どの辺りなんだ?」

 危ない奴だと思われても困るので、携帯電話を取り出し耳に当てながら双子に尋ねる。

 せめて蛇の行動範囲が分かれば。 そう思ったからだ。

 俺が尋ねると双子もようやく今まで散々していた揶揄を止め、二人して同じように唇に人差し指を当て、考える仕草を見せた。

『大きな犬を飼ってる紐飴が美味しい駄菓子屋の裏手の路地と』

『噴水とターザンごっこのできるロープがある公園の前』

「お前ら、何気にこの街満喫してるんだな……って二箇所なのか?」

 意外と健康的に遊びまわっていたらしい双子が交互に言う。

『えぇ、駄菓子屋の時は三ヶ月ぐらい前』

『私達の皮が飛ばされたのが公園』

「聞いてないぞ、そんなの」

『言い忘れただけよ』

『聞かれなかったし』

 つっこむが、双子は反省した様子も無くそう切り返した。 

 こいつらだけが情報源というのは、今更ながら危険すぎる気がしてきたな……。

 駄菓子屋と公園……公園は何となく覚えがあるな。 俺は携帯電話を操作し、周辺地図を表示した。

「ここか? 咲珠アスレチックパーク」

『確かそんな大層な名前の公園だったわ』

『名前の割にこじんまりしていたけれど』

 指を指して双子に確認を取ると、彼女らは揃って頷いた。 赤い点でマークを打つ。

続いて駄菓子屋はっと……。

『近くに上り棒がある小学校があるわ』

『それと病院も』

「この辺?」

 細かい指示に従いカーソルを動かすと、しばらくして双子はそこねと頷いた。

 こいつらが地図の読める女子達で助かったな。

 ここもマーク。 更に昨日が学校と。

 それからその全てが見えるように、縮尺を小さくしていく。

 更に三つの点が納まるように視点を変え、更に見易くする。

 えーと、現在位置から大体北東で三ヶ月前。 二ヶ月前が南東。 昨日が南西。

「と、これって」

『何?』

『何か気づいたの?』

 俺の呟きに反応し、双子が左右の肩に乗り携帯電話を覗き込む。

「全部俺の家から等距離だな」

 三つの点をバランスよく画面に配置しようとすると、俺の家が中心に来る。

 更に直線距離の話だが、全て家から学校までの距離と等しい。

 大体五km程といった所だろうか。 気がつくと、双子が冷ややかな視線をこちらに注がれていた。

「いや、俺じゃねぇよ!? 昨日のどんだけ自作自演なんだよ!」

 こいつらの視線の意味は、俺がふらふらと同じ距離出歩いて人を食っているのではというとても不名誉な物だろう。

 いろんな意味でありえない。 俺は断固抗議した。

『じゃぁ貴方の片割れ』

『双子揃って化け物』

 間髪入れずに、双子が次の可能性を示唆する。

「やめろ」

 それを聞くと、自分でも驚くほど、冷たい声が出た。

 全員を疑う方が正しいと頭では分かっているのだが、何故か双子の姉を疑うのは脳が拒否する。

 あんなスカでポンでタンな奴を特別視しているなんて認めたくはないのだが。

 双子と顔を合わせられない。 今彼女らは、そして俺はどんな表情をしているだろう。

「大体、まだ三つだろ。 偶然の可能性だってある」 

 誤魔化すように、俺はそう言った。

 俺の家を中心に、円を描いて犯行を重ねてるだって? そんな安易な。

『偶然かどうか』

『調べてみればいいじゃない』

「……飯を食ったら探してみるか」

 双子に答えると、俺は家に帰った。



 それから三時間後。 俺は大金持ちになるチャンスを全力で投げ捨てていた。 何故なら大量に蛇の抜け殻を見つけたのに、それを放り捨ててきたからだ。

 駄菓子屋の裏から、俺の家を意識しつつぐるっと回り込むようにして双子が飛ばされたという公園に向かうと、五分ほど歩くとまず一つ、公園につく前に更に二つ。

 次に公園から学校へ向かう道で三つ。 三つ目ではない。 つまり合わせて九つ。

 それだけの皮が、俺の家からほぼ一定距離。 しかも半円を描くようにして見つかったのだ。 

 皮が無ければ生きられないからなのか、双子の皮に対する嗅覚は凄まじく、飯を食ってから外に出、二時間でこれだけのものを見つけてしまった。

 そう、見つけてしまった。 という感想が最も当てはまる。

 つまり蛇はこれだけの人を食ったという事なのだ。 それも大雑把な探し方だったし、取りこぼしもあっただろう。

 それなのにこの結果。 あまりの事態の大きさに、知りたくなかったなんて言葉まで浮かんでくる。

 しかし、知ってしまった。 姫足のような犠牲者がこんなにもいる事を改めて思い知った今となっては、見なかったふりなどできない。

「何でこれだけ人が死んでて、大きなニュースになってないんだ……」

『あくまで行方不明だし』

『組織の手も回っているのかも』

 学校までたどり着いた俺が嘔吐するように呟くと、双子が変わらぬ調子で答える。

 それで自分達が派遣する人員は二人かよ。 力の入れ所が間違ってないか?

 胃がムカムカしてくる。 本当に吐いてしまいそうだ。

「しかし、何なんだこの軌跡」

 俺が犯人だと思わせる為の工作? いや、皮は化け物にしか見えないというのだから、そんな事をしても意味が無い。

 まさか本当に綾菜が? いやいや、あんな晩飯で冷凍ピラフ(未解凍)出してくるような奴が大量殺人鬼だなんて、そんな事ある訳が……。

 こうなると気になるのがこの先である。 円の軌跡の先。 つまりは、学校の次の犯行現場だ。 これが罠だとしても、行かざるをえないだろう。

「そうだよな、行くしかないんだ」

 携帯を片手に呟くと、俺は歩き出した。 

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