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ミミック・コミュニケーション  作者: ごぼふ
三章 肥大する嘘
12/39

立島大輔は見られている

 女子更衣室のドアが壊れているという騒ぎはあったが、部活は中止にならなかった。

 俺がプールから上がると、サイドで座っていたいるかちゃんがこちらに近寄ってくる。

「おめーよぉ、本気で泳いでんのか?」

 そうして、チンピラみたいに凄んでくる。

「ま、マジでやってますって。 俺に隠された力とか無ければ」

 隠している正体はあるが、あれは泳ぐ上でまったく役立たない。

 というかあんな重い頭で泳ごうとすれば、確実に溺れる。 そして正体が何であろうと、凄まれれば怖い。

「おめーの言葉には説得力がまるで無ぇ。 あと顔」

「部長っていう、水泳部の顔やってる奴と同じ顔なんスけど」

 あと、先生は言葉にも顔にも威圧感バリバリッス。

 そもそも今日のタイムが伸び悩んだのは、背中の双子がうるさかった所為である。

 揺れるだの息継ぎが不細工だの背中で言われ、集中できる訳が無い。

「あっちは優等生ヅラも出来るからいいんだ。 お前はいっつもその顔だろ」

 言われ、普段の自分の笑顔が画一的なモノになっているのではないかとビクリとする。

 いやいや、笑顔は相手と状況に合わせて五種類用意してあるはずだ。 落ち着け俺。

「あ、あ、ははは。でも本気で泳いでるつもりですよ」

 顔の引きつりを誤魔化す為に、多少大げさに笑ってみせる。

 いるかちゃんは胡散臭そうに俺を睨んだが、ため息をついて俺の笑顔ナンバー2にコメントするのはやめた様子だった。

「俺は、お前はもうちょっとぐらいは伸びると思ってる」

「え? あ、光栄、です」

 ため息の後に、いるかちゃんは悔しそう――いや、歯がゆそうな顔でそう言った。

 それこそ、彼に似合わない顔だ。 俺は、なんと返して良いか戸惑う。

 いるかちゃんは顧問だが、自分では泳がない。 たまにする指導も的確だし、例のオリンピックに出損ねたなんて噂も本当なのだろう。

 それが今は若い身空で弱小水泳部の顧問というのには、どんな理由があるのか。

「という訳で、特別訓練を命じる」

 と、勝手に彼の経歴や心情を構築しようとした罰だろうか。 いきなりそんな言葉が耳に滑り込んだ。

「はい? いやいや、居残りとかはちょっと……」

「俺もお前の為に残ってやるつもりはねぇ。 特訓っても火の中に放り込むわけでも鉄球で押しつぶす訳でもないしな」

「何させようとしてんスか、いるかちゃん!」

「てめぇ、次その呼び方したら本当にやらせるからな」

 歯を見せてギロンと睨まれたので、俺は慌てて口をつぐむ。

「お前の泳ぎ映したビデオ見たら、ちょっと気になることがあってな」

「ビデオ?」

 そんなの何時の間に撮っていたのだろう。 口の事もあるんで、写真を取る時も五分はお化粧の時間もらいたいぐらいなんだけど。

「あぁ、三橋の個人撮影だ。 許可貰ってダビングした」

「俺は許可した覚えないんですけど!?」

 盗撮じゃねぇか! あまりの不意打ちにビビッて、俺は裏返った声を上げた。

 ていうか、そんな事までしてたのか、三橋……。

『それだけ観察されてるってことは』

『バレててもおかしくないんじゃない?』

 双子が現れ、いるかちゃんの両脇に立つ。

 その姿に視線がいかないようにしながら、俺は指摘されたその可能性について考えた。

 双子が言っているのは、三橋が俺の正体を知っているのではないかという話だろう。

 昨日が特別だっただけで、俺はそう毎日頬を破るようなヘマをしている訳ではない。

 表立って、口の事で騒ぎになった事はないし。

 ただ、何かに撮られてじっくりと観察されれば、どこかでそういうシーンが見つかるかもしれない。

 そうじゃなくても、例えば俺の表情、立ち振舞いに人間とかけ離れた異質な物が混じっていたり――。

「お前は腰に頼りすぎ。 という結論に達した」

 またも意識を別の所に飛ばしているうちに、いるかちゃんの話が先に進んでいた。

「プレイボーイだから、つい腰に頼っちゃうんですよ」

 咄嗟に出たにしては、良い反応だったと思う。

 俺がビキニパンツの腰を回すと、いるかちゃん、ついでに両脇の双子も顔をしかめた。

「その腰を去勢する」

「はい!?」

「もしくは矯正する」

「ビビらせないでくださいよ。そんな事したらステディ達が悲しむ」

 涼やかな視線で肩を竦めて見せる。 イメージは爽やかで誰にでも優しいが、裏には危険な顔を持つ生徒会長。

 しかしいるかちゃんはまたしかめっ面に戻り、双子はふんっと鼻で笑う。

『似合わない』

『身長が足りない』

 背は関係無ぇだろ背は! 思考を読まれた気がするので、心の中でそうつっこむ。

 くそ、やっぱ生徒会長は好青年好成績高身長なモノなのか。

「まぁ俺がやるとやりすぎるからな。三橋に作ってもらうことにした」

「え、いや、それは……」

 再びその名前が出、俺はうろたえてしまう。

「時間外のロードワークやマッサージもしてくれるそうだぞ。良かったな」

「でも、その……」

「そんなに嫌か?」

 言いよどむ俺に、眉間に皺を寄せるいるかちゃん。

「嫌って言うか……今ちょっと忙しいって言うか」

 俺は別に三橋のことが嫌いな訳じゃない。 彼女が下心無く俺を慕ってくれているというのなら、確かに嬉しいことだし。

  いや、それでも盗撮は困るけど。

 しかし、彼女の思いが本物だとしても、俺はそれを受け入れるわけにはいかないのだ。

「大丈夫だそうだぞ、良かったな三橋」

「だから先生……って、三橋?」

 いるかちゃんが、俺の頭のてっぺんに視線を向けている。

「はい、私がんばります」

「うぇっ!?」

 違った。 俺の後ろにいた三橋を見ていたのだ。

 飛びのいた俺は透明な双子の左のほうを突き抜け、いるかちゃんの後ろへと下がった。

『足踏んだ』

『ひどい』

「あ、ごめん」

 双子が膨れ顔をするので反射的に謝る。

 ……つうか踏んだ感触なんてなかったし。 そもそも全体突き抜けたぞ今。

「あぁ、その反応は謝ったほうがいいぞ」

「ちょっとだけ傷つきました」

 振り向いたいるかちゃんは呆れ顔。 三橋は苦笑という面持ちである。

「三橋もすまん」

 改めて謝り直す。 も、と言われて二人は首を傾げたが、追求はしてこなかった。

「じゃ、後は三橋に任せた」

「だ、だから生徒の話を……」

「大輔」

「はい?」

「腰を愛えよ。 ヘルニアは辛いからな」

 いるかちゃんがまた、呼吸を止めて一秒真剣な目をした。

 その瞳には哀しみが宿っている。 もしや彼が水泳を諦めた訳は、腰が理由なのではないか。 だから俺の腰を気にかけて……。

「んじゃ、よろしくやれよー」

「って、ちょっと!?」

 なんて考えているうちに、いるかちゃんはスッと俺の横を通り、更衣室の横の事務室に向かっていた。

 逃げられた。 あたいを何度もポワンとさせるなんて、あの人実は詐欺師かエロゲ主人公にでもなったほうが良いんじゃないかしら。

 もしくは俺、もうちょっといるかちゃんの話を真面目に聞いた方がいいかも。 あの顔と見つめ合うことを、どうも本能が拒否するんだよな。

「……あの、大輔さん」

「お、おう!」

 俺がいるかちゃんに、昭和系少女マンガチックな視線を注いでいたのが悪かったのか。

 三橋が俺の横、いつの間にか肩が触れ合う距離まで近づいてきていた。

 ……肩の位置が俺より高いのは、気にしないでおこう。

「一緒に、がんばりましょうね。二人きりで」

「二人でがんばりましょうの方が、スマートで良いと思うな」

「それでは、含みが持たせられません……」

「いや良いから。持たせなくて良いから」

 また一歩下がった俺に、向き合った三橋がふふっと笑う。

 しかし、彼女と和やかに会話していて良いのだろうか。 そんな疑問が頭を掠める。

 なんたって、水泳部の誰かが犯人かも知れないわけだし……。 というか、今正に目の前の彼女がそうかもしれない。

 あんまり考えたくないのだが、蛇は俺の秘密を知っている。

 俺を昨日呼び出したのが蛇ならばだが。 となると彼女、三橋愛華には疑うべき所が一つある。

「それは置いといて、三橋、ビデオなんて撮ってたの?」

 ビデオ。 巻き戻し、停止、複製、やりたい放題の極悪人だ。

 俺が苦手な機器でもある。 操作の事ではない。 ふとした拍子に口が破れている様を記録されてしまえば、それでアウトだからだ。

 つまりこれで、彼女が俺の正体を知った可能性は無いだろうか。

「あ、はい。三テラバイトほど」

「多ぐね?」

 思わず訛ってしまった。

 ……あんまり聞きなれない単位が聞こえたんだけど。 

 それだけ撮られてれば、俺じゃなくても顔に穴が開きそうだ。

「三橋、その、盗撮とかはやめてくれない?」

「盗撮、ですか?」

 そんな危険に怯えながら部活をするなんて、耐えられそうにない。

 俺が進言すると、意外そうに首を傾げられた。

「部活動の助けになると思って、やっていたのですが……」

 続いてしゅんと俯き、三橋は悲しげにそんな事を言う。

 うっ、確かに考えてみれば、マネージャーが部活風景を記録するって普通のことか?

 現に彼女が撮影したビデオが、部活の助けになっているわけだし。

 いやいや、いるかちゃんは個人撮影って言ってたぞ。 大体俺に許可も無い訳だし、ここははっきりと……。

「いやぁ、ハハ、あんまり恥ずかしい所映ってたら嫌だなと思って」

『ヘタレ』

『意気地なし』

 双子が心底失望した声で、俺に囁く。

 そう言ったって、仕方ないだろ……だって。

「大丈夫です、先生に渡したのは再編集版ですから」

「編集前には映ってたの!? ていうか再ってことは、その前にも一回編集してるってことだよね!?」

 と、双子に心の中でさえ反論する間もなく、三橋が次の問題発言をかます。

 この娘、分かっていてやってるんじゃなかろうな。

「ふふふ」

 あるいは俺のリアクションを楽しんでいるかだ。

「……他の奴に渡してないよね、それ」

「他、ですか?」

 配付なんてされていたら目も当てられない。

「お願いされましたが、断わりました」

 そう思い聞いてみると、意外な答えが返ってきた。 お願い、された?

「お願いって誰に?」

「言いたくありません」

 ぷいっとそっぽを向く三橋。 髪の毛がふわっと流れ、良い匂いがした。

 ……自分の可愛さが、よく分かっていらっしゃる。

 と、そんなことに感心している場合じゃない。 それを欲しがったって奴が、どんな意図を持っていたのか分かりはしないのだ。

「……気になりますか、大輔さん?」

 黙りこんだ俺の顔を、三橋がかるく腰を曲げながら覗きこんだ。 それで目線が合う。

「いや、俺のファンだったら勿体無いなぁって」

「……」

 その三橋の眼が、きゅっと鋭いものになった。 鹿子がびびったのもこれの所為か?

 しかしその表情も一瞬で消え、三橋はすぐにいつもの柔和な笑顔に戻る。

「内容が気になるようでしたら、今度持ってきましょうか。 フォーム改善の手助けにもなると思いますし」

「え、あぁ、それじゃぁ頼む」

 その切り替えの早さにたじろぎながら、俺はそう答えた。

 やはり傍から見た俺の姿というものは気になる。 事件解決の助けになる情報も映っているかもしれないし。

「分かりました! 明日色々と用意してきますので!」

 俺の答えに三橋は弾んだ調子で頷き、ぺこりとおじぎをして更衣室へと向かった。

 なんだかどっと疲れ、俺もまた更衣室へ向かう。

 脱衣所とプールの間にあるシャワー室から脱衣所を覗くが、平井はもう帰ったようだ。

 友達甲斐のない奴め。 冗談でそう考えながらシャワーの蛇口をひねる。

『あぁいうのは、はっきり言ったほうが良いわよ』

『ストーカーは迷惑ですって』

「いや、ストーカーって訳じゃ……」

 シャワーを頭から浴びているというのに、双子の声ははっきりと耳に響く。

 その不思議な感覚を味わいながら、俺は冷えた体にシャワーを当てていった。

「それが普通の、人間の対応、か?」

『今みたいに弄んでるよりは』

『誠意はあるんじゃない?』

「やっぱ弄んでるように見えるか」

 ため息をつきながら体をこすっていると、双子が目の前に出てきて同時に首を傾げる。

『違うの?』

『違うの?』

「俺は口ベタだから、どう言えば良いのか分からんのだよ」

『『はぁ?』』

 双子が憎たらしい声を上げる。

 うっわ、触れられるなら叩きたいコイツら。

 なんて思いながらシャワーを止め、俺は更衣室へ向かう。 

 タオルを出し、頭を拭きながら考える。

 それだけが理由ではないが、俺は化け物だから、もしかして彼女を不必要に傷つけてしまうんじゃないだろうかなんて恐れがあるのは、事実だ。

 そう俺は、人間じゃない。 だからその精神構造も、正常な人間とは違っているのではないかと思う時がある。

 例えば姫足が食われた時も、あっさり立ち直ったり。 こうやって世にも奇妙な双子と普通に話したり。 他人が何に悩んでいるのか分からなかったり。 泣けると評判の映画で、内心大爆笑してしまったり。

 そういう俺だから、相手の感情など理解できないのではないか。 

 そんな不安があるから、俺はいつも人の顔色を窺い、反対に突飛過ぎる行動を取り、相手にヘンな奴と思われようとしているのだ。

「普通、女の子を振る……じゃなくて、女の子と距離を置くにはどうすれば良いんだ?」

 三橋は何らかの好意を、俺に抱いていると思う。 しかしそれを受け入れる訳にはいかないとも分かっている。

 だって俺は、化け物なのだから。

 だから彼女が自然に俺を諦めるようにしたいのだが……。

『分かる訳ないじゃない』

『私達、人間じゃないもの』

「だよなぁ」

 俺だって人間じゃない。だから、分からない。 違う、逃げとかじゃない。

「つうか後ろ向いてろ。着替えられないだろ」

『あら、良いじゃない』

『どうせ、恥ずかしい所は全部撮影されてるんでしょ?』

「ここまで撮られてたら、流石に金請求するわ」

 双子が文句を言いつつ後ろを向いたのを確認して、俺は水着に手をかけた。

 やっぱり三橋にも、もうちょっとちゃんと注意したほうが良いかなぁ。

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