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ミミック・コミュニケーション  作者: ごぼふ
二章 化け物
10/39

双子と双子

 我が家に入るのに、何を緊張する必要などあろうか。

 家についた俺は、俺は息を大きく吸い、それからなるべく静かにドアノブを回した。

「おかえり~」

 だというのに、やたら暢気な声がそれに反応し、声を出す。

 声の感じからして居間にいるのだろうが、それにしても耳が良い。

 もしや蛇が綾菜を狙うのではないか。 なんて考えもしたが、ひとまず無事のようだ。

 心配なんてしちゃいないが、ほっと息を吐く。

『途中で急に青くなって』

『慌てて帰ったくせに』

「うるせぇ」

 茶々を入れる双子を睨む。 つうか今、そんなに分かりやすい反応したか、俺?

「なに~? 何その反抗期真っ最中みたいな返事」

 自分が言われたのだと思ったらしい。 居間から綾菜が不満げな声を出す。

 やはり双子の声は聞こえていないようだ。 確認した俺は、靴を脱ぎ居間を覗いた。

 そこではパジャマ姿の綾菜が、股を開いた正座で足を折りたたみ、反り返っている。

 声だけでなく見た目も充分バカっぽい。

「さてはフラれたんでしょ、大輔」

 中身もバカ確定。 居間に入り、綾菜の両肩を押さえつけてやる。

「いたたたたた」

 多分風呂後のストレッチでもしているのだろう。 悲鳴を上げながら綾菜は体を倒し、押されるに任せた。

『ふぅん』

『そっくりね』

 おそらく俺の頭の上からひょっこり顔を出したであろう双子が、そう呟いた。 お前らには言われたくない。

 綾菜は痛気持ちいいといった様子で、目を細めている。 しばらくして手を離すと、今度は足を伸ばし、体を前に倒しながらこちらを見た。

「へいへい」

 意図を悟り、俺はため息をつきながら背中を押してやる。

 その背中は外から帰った俺とは対照的に火照っており、触れると汗が滲んだ。

 柔軟してから風呂に入れば良いのにと思うのだが、本人に言わせると、こちらの方が寝付きが良いんだそうだ。

「ん、ふっ」

 綾菜はそんな俺の考えも知らず、床と体を接触させている。

 ――例えば、俺がここで、今日あった出来事を話したらどうなるだろう。 その柔らかい体を今まさに育みながら、俺はふと思いついた。

 忠告ぐらいはするべきかもしれない。 俺は蛇に目をつけられているのだろうから。

 しかし何が言えるっていうんだろう。

 姫足は明日学校に来ない。

 水泳部には人食いの化け物が紛れ込んでいるかもしれない。

 というかお前の弟がそうだ。

 ……言えはしない、何も。

「どうしたの、大輔?」

 表情も見えないくせに、綾菜が俺に問いかける。 こいつが敏感なのは、耳ではなく気配になのかもしれない。

「別に何でもねぇよ」

 一際大きく押すと、ごつっと音が鳴った。

「いったぁ」

 額を押さえて、綾菜が顔を上げる。 

  ニヤリとした顔で立ち上がる俺に、奴は文句を言おうと口を開いた。 が、開いて、一度つぐんで、真面目な顔で別のことを言った。

「何か相談があれば乗るよ。割とマジで」

 化け物がいるのだから、超能力者だっているのかもしれない。 占い師って奴もその一種のようだし。などと姉の顔を見ながら考える。

「相手がミーヤならなって思っただけだよ」

 もう一回笑って見せた。 が、すぐに目を逸らしたのは失敗だったかもしれない。

綾菜の顔を再度見ることが出来ないまま、俺はきびすを返して二階へと上がり、自分の部屋へ入った。



「はぁ……」

 俺が自分の部屋のドアを閉めると、双子がそこからにゅっと顔を出した。

 中々シュールな光景だ。 少々呆れ顔なのは、さっきの俺の対応のせいだろうか。

 とにかく色んな事があった。 シャワーを浴びてすっきりしたい気もするが、それをすると蛇への怒りや姫足の手のぬくもりまで消える気がする。

 ――というか、そもそも普通の人間なら、もっと取り乱したり、現実を受け入れられずに泣いたりするのではないだろうか。

 だが俺は、こんな存在自体が冗談のような双子と、漫才まがいの会話までしている。

『何深刻な顔してるの?』

『似合わないわよ、それ』

「よく言われる」

 まぁ、仕方ない部分もあるよな。 こうやってずっと茶々入れられ続けていれば。

 と、そこまで考えた所で俺は重大な事に気づいた。

「つうか、もしかしてお前らトイレまでついてくるつもりか?」

 こんな小さな不安が先に立ってしまうのは、やはり俺が人間とは違う精神構造を有しているからなのだろうか。

 尋ねると、双子は露骨に顔をしかめた。

『そんな趣味ないわ』

『貴方の性癖に付き合う気もない』

「趣味性癖の話じゃねぇ」

 双子はその顔のまま扉を抜け出、俺の前に立つとそっと頬を撫で――。

『『えいっ』』

 たのは一瞬で、刹那、やたらと可愛い声で俺の頬を引っ張った。

 べりっと音がして、それぞれの手には肌色の、布切れみたいなものが摘ままれている。

 慌てて頬を押さえると、口は閉じているはずなのに、ばっちり歯の感触とコンバンワ。

「い、いきなり何す……って今触れた? ていうか今持ってる!?」

 叫んでから、デビルイヤー綾菜が階下にいることを思い出して口を塞ぐ。 もちろん破れた横の方は塞ぎきれなかった。

『やっぱり破れやすいわね』

『よく今まで見つからなかったわね』

 俺が口を塞いでいるのを良い事に、双子は勝手なことを言いながら、手に持ったそれをヒラヒラと振る。

 やっぱり、持ってるよな……。

『持てなきゃ、自分の皮だって被れないでしょ?』

『ついでに、これがさえあれば』

 言いながら双子が、部屋を見回す。 そして奴らは俺のすぐ傍の壁にかけてあった人形に視線を向けた。

 綾菜がゲーセンで取ってきたもので、そのまま俺に押し付けたものである。多分引き抜かれる前のマンドゴラをモチーフにしていると思われる不気味な人形であった。

 双子は空中で優雅にバタ足をしながらそこまで泳ぐと、 手を入れて人形の頭と腕を動かす、いわゆるマペット人形を……掴んだ。

 うん、掴んでいる。 マペット人形のブサイクな顔が、双子の手によって更に不気味に変形させられている。

「……突き抜けないのか?」

『皮越しならね』

『この間、手は人間と変わらなくなってしまうけれど』

 言われてみれば、俺の目の前にある双子の手の平だけが、先程までのように透けていない。

 つまり今なら物も持てる代わりに、ダメージ判定もあるってことか。

「て言うかそれ、俺の、その、頬の皮だよな」

『そうね、貴方の化けの皮』『組織はスキンと呼ぶようだけれど』

「英語にしただけじゃん」

 つっこむが、双子は肩を竦めるのみ。 私達に言われてもってところだろうか。

 組織とやらがネーミングセンスに拘らないのは分かったが、いくらなんでも無頓着過ぎるだろ。

『普通の化け物は、スキンを脱ぎ捨てて活動する』

『でも私達は、皮を脱ぎ捨ててもそこから二mぐらいしか離れられない』

 考えている間に、双子はマペットの中に手を突っ込み、それをベッドの上に投げた。

 その双子の手が透明に戻っている。

『でも、皮から皮に飛び移る事は出来る』

『こんな風にね』

 重力など関係ないだろうに、双子はぴょんと跳ねる仕草をすると、ベッドの上、更には言えば人形の上に正座で飛び乗った。

 スカートを押さえるのが細かい。

「えーと、それなら離れても平気な訳か?」

『そ……ね』『トイ……もお風呂でも……ばいいわ』

 答える双子の声は、まるで電波の悪いラジオのように妙に遠く聞こえる。

「何言ってんだ? よく聞こえない」

 俺が言うと双子は眉根を寄せる。

 そして、まるでベッドが泥になったかのように、ずぶずぶとその中へ体をめり込ませていった。

「 び、びびるから唐突にそんな事すんなよ」

 言ってる間にも、今度は二対のマペットが同時にぴょこんと立ち上がる。

「貴方が聞こえ辛いって」

「言うからでしょ」

 そして、喋った。 はっきりと、空気を震わせて。

「うぎゃぁ!」

 思わず叫ぶ。 バリッと直りかけていた口の端がまた破れた。

 マペットの手が、態々自らの耳を塞ぐ仕草をする。

「なななななんで、喋って……」

「喉と口の部分に」

「スキンを当てたのよ」

「いや、それ人形だろ!? 声帯なんて無ぇじゃん!」

 やはり喋っている。 俺の鼓膜を震わせている。 

「細かいわね」

「私達はそういう生き物なのよ」

 そんな無茶苦茶な。 思いながらも俺はハッと気づき、俺は慌ててベッドに駆け寄った。

 マペットを掴み、上下に振る。 するとポトンと肌色の、俺のスキンがその中から落ち、半透明の双子がその中からまるでランプの精のように現れた。

 尻餅を憑いたようなポーズをしているのは、抗議の一環か。

「部屋の中から幼女の声なんかしたら、綾菜に通報されるだろうが」

 顔を寄せ声を潜めた俺が言うと、双子は俺にダブルで頭突き……のような仕草をして頭を突き抜けさせた。

『貴方の方が余程うるさいわよ』

『貴方に乗り換え直したわ。 これで良いでしょ』

 文句を言う声がクリアに聞こえる。 なるほど、俺に乗り移り直したのか。

「無茶苦茶だな、お前ら」

『冷蔵庫を食べる』

『貴方に言われたくないわ』

 俺が自分の頬の皮を、迷った挙句ゴミ箱に捨てながら言うと、双子は俺の頭から自分達の頭を引っこ抜き、ひどく心外そうな声を出した。

 そもそも食わせたのは誰だよ。

 と、こいつら閉じ込められてたって言ったんだっけ?

「……そうだ、何であんなところにいたんだ?」

 思い出し、聞いてみる。

 すると双子はベッドから舞い上がり、白い下着を晒しながら交互に語りだした。

『二ヶ月ぐらい前かしら』

『ある日、蛇の皮を見つけたの』

「皮って……あいつが被ってる人間のか?」

『違うわ。細長い蛇の皮よ』

『貴方も見たでしょう?』

「あぁ、あっちか」

 興奮はしないが妙に落ち着かないので、俺はベッドに座ってそれを見ないようにする。

 双子の説明が正しいなら、蛇は俺と同じく、普段は人間の姿をしているはずだ。

『蛇は二種類の皮を着ている』

『と推測されるわ』

『脱皮できる大蛇の皮』

『そして人に紛れる為の人間の皮』

 ややこしい。 そんな所のお洒落に気を遣わなくても良かろうに。 なんて思っている俺の左右に双子が舞い降りてき、同じようにベッドに腰掛けた。

「そういえばあのでかい皮。 学校に置いてきちまったけど、明日騒ぎにならないか?」

『大丈夫よ。 スキンは化け物にしか見えないもの』

『化け物でも、注意して見ないと気づかなかったりするけれど』

 今更気づいて俺が尋ねると、双子は同じように指を立て、そう答えた。 便利にできているものだ。

 それから彼女らは同時に話を戻すわよと言い、先程の続きを話し始める。

『私達が、自分達のスキンを脱いで、蛇の皮で遊んでいる時』

『事件は起きたの』

 蛇の皮で、遊ぶ?

 双子は手を上げ、がおーとジェスチャーしている。 被って獅子舞遊びでもしてたんだろうか。

『……風が吹いたの』

「風?」

『ええ、それで私達の皮は飛んだわ』

「ちょっと待て、お前らの皮ってのはダッチ……空気人形みたいな奴なのか?」

『下種な配慮をありがとう』

『風船みたいな物だと考えてもらえばいいわ』

 嫌そうな顔で双子は俺に礼を述べた。 なるほど、ソーセージみたいなものか。 双子だけに。

 その中身が抜けると、多分ペラペラのローラーで潰された奴みたいなのになって、それが空を飛ぶ。

「ギャグ漫画じゃねぇか」

『重大事よ。 私達の皮は』

『貴方みたいに簡単には再生したりしないんだから』

 んなこと言われても、こうなっているのだから仕方ない。 唇まで指でなぞり、俺は自分の皮が、双子の言うとおり再生した事を確かめる。

『そのうち、蛇の皮も小さくなったわ』

『脱いだ後は縮んでいくんでしょうね』

 裏門に引っかかっていたものも、きっと明日にはソフトボールぐらいの大きさに縮んでいるはずと、双子は言った。

 女性用下着のような奴だ。 

『で、乗り変えた蛇の皮も風に飛ばされて、あの倉庫に引っかかったって訳』

『流石にこの二ヶ月、退屈だったわ』

 乗り換えたっていうか、乗り移っただろう。 口には出さず俺はつっこむ。

「……そうか、お前らって皮から皮へ渡り歩けるんだよな」

 そこでふと、俺は妙案を思いついた。 双子に尋ねると、彼女らは同時に頷く。

「だったら、俺がお前らを連れ歩いて、水泳部員に引き合わせれば良いんじゃないか?」

 で、乗り移ろうとしてみれば良いのだ。 できればそいつが犯人。 できなければ、少なくとも我が部員の潔白は証明できる。

 うん、我ながらいいアイディアだ。

『それは不可能』

『出来ないわね』

 だが、双子は俺の提案をあっさり却下する。

「なんで」

『正しい入り口が分からないと』『化け物の体には入り込めないの』

「お前ら壁とか通り抜けられるじゃん」

『化け物の体の境目というのは、超合金の壁よりも分厚いものなの』

『もしくは貴方の人生観より薄っぺらい物』

「うるせぇ。 どうせ人の生なんて謳歌してないわ」

 俺が言い返すと、双子は何故か満足そうに頷いてから、更に言葉を続けた。

『私達が皮に入り込めるのは、相手が皮を剥いだり着たりする瞬間』

『もしくは相手が精神的に弱っている時ね』

 そういう時は穴が広がるの、と双子はのたまう。

「あー、弱ってる人間には悪霊が入りやすいって聞いたことあるな」

 なるほど。 そういう所もそっくりな訳だ。 俺が納得して頷くと。

『『……』』

 双子は正座したまま俺を睨んだ。

『本当に憑り殺すわよ?』

『貴方の安眠を妨害するなんて簡単なんだから』

「やめてくれ。 全身に文字書く元気なんて今日は無い」

 とにかく、それなら怪しい人間に手当たり次第取り憑……いや、入り込んで見るって作戦は使えない訳だ。

 ……怪しい人間。 候補は一応、水泳部の人間って事になるんだろう。

 あの中に、殺人鬼……もとい殺人蛇が居るとは思いたくない。 それも、俺が食う必要があるかもしれないなんて。

 何とか話し合いで解決できないだろうか。 なんて、姫足が食われた事も忘れて弱気な考えが浮かぶ。

 そんな自分を嘲笑いつつ、俺は呟いた。

「話なんて通じないか。 蛇だけに」

『何それ』

『いきなり何?』

「蛇って耳が無いだろ。 だから聞こえないっていう……」

 双子が怪訝そうな顔をするので説明してやる。 すると彼女らは余計首を捻った。

『でも蛇って音は聞けるらしいわよ』

『骨伝導みたいな仕組みで』

「へぇ……」

 ギャグが滑って罵られるところまでは想定していたが、まさか根本が間違っているとは予想していなかった。

 ……別に俺が罵られて喜ぶ変態って事じゃない。 ただ、姫足を殺した奴と和解しようなんて考える軟弱さを誰かに否定してもらいたかっただけで……。

途中で姫足の笑顔が思い浮かび、慌ててそれを打ち消す。 彼女の、最期。 それと共に、俺には一つ思い出した事柄があった。

「しまった、ハンカチ落としたまんまだ」

『『ハンカチ?』』

「こう、ピンクのふりふりで真ん中にアニマル系のプリントついてる奴」

『何それ』

『気持ち悪い』

「お前らもうちょっと言葉選べよ!」

 つうか俺の趣味でも所有物でもない。 全面的に双子の姉が悪い。

 しかし今から戻るというのもなぁ。 部活の後に落としたとでも言えば問題ないか。

 ……人が死んだというのに、俺はまた自分の身の安全ばかり考えている。

 ふとそれ気づくと、暗澹たる気持ちになってきた。

 もうどうにでもなってしまえという捨て鉢な思いも沸いてくる。

『何だか、今日はお疲れみたいね』

『細かい話は明日にしましょうか』

 俺の表情をどう思ったのか。 双子がそう提案してくる。

「悪いけどそうさせてもらうわ」

 その提案に乗って、俺はマフラーを解いてベッドに倒れこんだ。

 顔が枕に接触すると、一気に眠気が膨れ上がっていく。 最後の力で体をずらし、布団を口元まで引き上げると、俺はあっさり眠りに落ちた。

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