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恋愛集

……コンティニューはなし?






「おそい!」


 教室に入るなり、怒声が仕切られた空間に響いた。

 腰に手を当て、右手にポータブルゲーム機器を手にした少女がすごい目つきで睨んでいた。


「わるい……。購買がちょっと混んでてさ。なかなか目当てのパンを買うこと出来なかったのよ……」


「まあ、食べることは大切だわ。でも! 20分の遅刻とはいい度胸じゃない!」


「自信の表れさ」


 互いにゲーム機器を顔の前に持ってきてスイッチを入れる。


「さぁ、お披露目といきますか」




 この少女――由美とこうして勝負をするのは何度目だろう。

 校舎の五階。美術準備室の横にある空き教室。先生の見回りも滅多にないここで、俺はいつもゲーム機器を持ち込んで独り、放課後は遊んでいた。そして、いつものように教室を訪れたとき、人がいないはずの教室に先客が一人いた。それが同じクラスの由美だった。


 独りが好きだった俺はいつしか、一人でゲームをすることに飽きていた。正直、人と話すのが苦手な俺が、なぜか彼女に声を掛けていた。あまりにも自然に話し掛けている自分がいて驚いていたのを覚えている。そんな俺を横目に彼女は「あなたゲーマーでしょ」と素っ気なく言った。

 そうして俺と由美のつきあいははじまった。由美も結構なゲーマーらしく、そのうち俺たちは、ゲームでの勝負をして遊ぶようになった。



 勝負の方法は実にシンプルだ。お互いにやったことのない、発売されている、又は、発売されたばかりの、同じゲームソフトを同時に購入する。七日間ゲームを好きなだけ行い、その後勝負して、負けた方は勝った方の言うことをひとつ聞くのだ。


 だがこれは、ゲームをより楽しくするためのおまけのようなものだ。「何もなしにただ勝負してもつまらない」と由美が言ったので、こうなった。言うことを聞くと言っても、たいしたことはない。自販機にジュースを買いに行かされたり、昼食一回分をおごってもらうのが、暗黙の了解となっていた。



「うそ……。私の一番得意な格ゲーで負けるなんて……」


「まあ、実力だな」


「あんた、いったいどんな魔法使ったのよ。チートとか使ってないでしょうね?」


「魔法もチートも使ってねーよ。これでやっと由美の不敗伝説も終わりを迎えたわけだ。いったいいくつの負けを積み重ね、多額の野口が飲み込まれていったか……」


「ふん。あんたが弱いからでしょ。……って、あんたこのゲーム40時間もやってるじゃない!」


「じゃないと格ゲーで勝てないだろ。俺よりも由美の方が格ゲー得意だし。やり込むのは基本中の基本だろ? 今回は寝る間も惜しんで練習したんだ」


「よくもまぁーそこまでやるわね……」


「でもたしかに、こんなにやり込まなくても勝てたかもな」


 俺は椅子に座って余裕ぶった。彼女は黙ったまま、ゲーム機器のスイッチを切った。その顔は不機嫌そうだったが、それは負けたのが原因のようではなく、他の、別の何かが原因みたいだった。


「でも、由美が格ゲー負けるなんて天地がひっくり返ってもあり得ないよな。なんかあったのか?」


「べつに。ただ、隣のクラスの子に告られたのよ。それでちょっとゲームする気が起きなかったのよ」


 何もためらわず、恥ずかしがらずに、大きな声で堂々と、告白されたことを語った。それに対して気の利いた返事も思いつかなかった俺は、「へー……」の一言しか言えず、場の空気に静寂が流れた。

 口を先に開いたのは由美だった。



「一年の時は同じクラスでさ、結構仲は良かったのよ。でもそいつ、勉強とかピアノとかばかりでゲームなんてまるで興味なさそうだったの。私がゲーマーなのは知ってたのよ? どうして趣味の合わない私なんて選んだのかしら。真っ当な女子なんていくらでもいるのに……」


 まだ何も言葉が思い浮かばない。何か言ってやらなきゃいけないのは分かっているのに。


「どうしてわたしなのかしらねー」


 彼女は天井を見ながらもう一度つぶやくように言った。まるで俺の返事を待っているかのように――


「……返事はしたのか?」


「まだ。まだなんだけど――」


 彼女は突然俺の前へ来て、片手を腰に当てて、少し前かがみになった。スカートの外に出ていたブラウスが前に弛み、西日が彼女を照らす。その姿はいままでと違う雰囲気を醸し出していた。


「ねぇ。男子から見て私ってどう映ってるの?」


 どうと言われても。綺麗で長い黒髪の由美は特定の男子には人気が高いだろうし、容姿も別に悪くない。むしろ良い方だ。どちらかと言うと可愛いと思う。性格はちょっと男子っぽいところもあるけれど、それも特定の男子にはたまらないかもしれない。趣味がゲームっていうのは女の子らしいとは言えないが、それはその人の個性だから口を出すつもりもない。


「……なんで俺に聞くんだ?」


 可愛いとか綺麗とか、俺の口からは恥ずかしくて出せなかった。言ったら勘違いされるのではないかと思われるからだ。


「んんーだってさ、ここにあんたしかいないし、もともと友達の少ない私に男友達なんて、あんたぐらいしかいないもの」




 ……友達……か。



「同じゲーマーに聞いても意味ないだろうが……。もっと普通の奴に聞けよ。俺の答えは当てにならない……」


「それもそっか」


 彼女は笑った。

 そして俺は、その笑い声に苛立っていた。笑っていることに対してじゃなく、他のことにだ。由美に告白した男にか、人の気も知らずに何でも話して聞いてくる由美にか、それとも、素直になれなずに言いたいことも言えない、いつまでも煮え切らずにいて、他の男に先を越されている自分にか。



「由美」


「んんー?」





「お前とキスがしたい」



 彼女の顔はぼぉーっとしていて、固まっていた。



「ゲームで勝ったろ。ルールだよルール。〝負けた方は勝った方の言うことをひとつ聞く〝だろ」




「じゃあさ、こっち向いてよ」




 由美と目が合う。瞳は真っ直ぐで、西日に照らされている目は琥珀色に輝いていた。ゆっくり顔が近づいてくる。彼女の口が薄く開いていて、心拍が速くなり、音が聞こえてしまいそうだ。さらに近づいてくる彼女から柑橘系の甘酸っぱい香りがする。息が触れるくらい近くで、彼女は目を閉じた。あと――5センチ。




「……待った」



 馬鹿か俺は。こんな勝手なことをして許されるか。いくらルールでもこれはなしだな。


「……悪いな。変なこと言ったわ。忘れてくれ」



「バカへたれ! ……あぁーもう! ほんとに馬鹿。ゲームじゃあるまいし、いつまでも攻略可能だと思ってるなら大間違いなんですからねー」



 彼女の顔が遠くなっていく。その呆れ顔があまりにも悲しそうにも見えた。



 ほんとうに馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ。やっと手にした攻略方法を手放していいもんか! 俺は由美が――――


 由美の腕を掴んで引き寄せる。ふわっと彼女が倒れて、もう一度近くなる。


「俺――!」


 言いかけた瞬間。彼女の手の平が俺の視界を覆い隠した。そしてチャイムと同時に彼女は、



「ざんねんでしたー。ゲームオーバーです。タイムアップよ」


 タイムアップ……。


「……コンティニューはなし?」


「もちろん。当然でしょ」



 彼女は俺から離れて、唇に人差し指を当てて笑いながら、





「だから、今度はノーミスで攻略してみて、ね」














 


 読んでいただきありがとうございました!

 楽しんでいただけた方、感想やコメント、ポイント評価をしていただければ幸いです♪

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― 新着の感想 ―
[一言] ……コンティニューはなし? を読ませていただきました。流れ蝙蝠傘です。    なんども読んでるうちに情景を目に浮かんできました。文章に勢いがあり、流れがスムーズなためだと思います。  ゲー…
[一言] 最後あっさりしてますね(笑) そして、コンティニューのとこを、少し笑っちゃいました。 なんだかゲームで恋愛観を表す感じが新しくてよかったです。 ありがとうございました^^
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