5:IN天下谷宅・・・生命のカウントダウン(上)
天下谷家の門の前に立ったとき、さすがに体力には自信のある清明も、いささか・・・相当息を切らしていた。時間にして約10分。人一人抱えながらにしては上等なタイムだが、人命救助にとっては致命的な時間。そして、そのことは彼自身も頭ではよくわかっている。わかっているが、
「ハア、ハア・・・・く、そ、もう、少し・・・」
早く、速く、来ていたら。そうしたら、もっと安心できたのだが。が、そんなことを考えてもしょうがない。彼はくたびれた足を引きずるようにして、彼女の家の玄関に立ち、チャイムに手を伸ばす。と、そこで、ある冷たい考えが、前触れもなく頭の中に入ってきた。
『もし、もしも、家に誰もいなかったら?』
全身に悪寒が走り、冷や汗がでてくる。見ると、チャイムに向け伸ばしたままの手も、小刻みに震えていた。ばかばかしい、と思いたがっている反面もしそうなら、という恐怖が全身を包む。
―――――まったくもって情けねえ、これじゃあ何も変わってないじゃねえか。いまだに俺もガキのまま、ってことか。
心の中で吐き捨て、虚勢を張りながらインターホンを押す。押して、自分のイヤな予感を振り払うかのように、叫ぶ。
「桑折ぃぃぃっっっっ!!いるかぁぁっっっ!俺だ!難波だ!悪いが今すぐ開けてくれっっ!」
・・・・・・ほんの1秒程度だったが、やけに長く感じられた。えらい勢いでドアがバアアァァァァン!!!と開いてちょうど外に出るところだったらしい天下谷桑折が飛び出してきて、彼の抱えている女の子にすぐ視点を移す。
と、ここで、再び嫌な考えが忍び寄る。
『いくらコイツが医者の娘だって、いきなりクラスメイトがこんな訳わかんない荷物連れ込んできたら、驚くに決まってる。いいのか?こんな所で時間を無駄にして、本当にいいのか?』
―――――くっ・・・・うるさいうるせえ黙ってろ!!
心の中に向かい強く命じるが、声はさらに大きくなった。もはや自分ではなく、他の誰かが精神の中に直接、しゃべってきているかのように。
『ほう?それが返事か?この俺が親切心から、わざわざ親切心から言ってやってるんだぞ?その娘は死ぬな。それもお前のせいで。アーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!傑作だな、え、皇帝様?ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ』
―――――ん?精神の中に・・・・直接?そうか!ようし黙れ!お前はどこの誰だ!俺の周りからとっとと失せろ、この野郎!!!
『おおっと・・・わかったよ、皇帝様。思ったより早く気付いたな・・・・今回は俺の負けだよ、皇帝様。また会おうぜい!ヒャッヒャッヒャッヒャ』
笑っている最中に、声はふっつりと消えた。精神的な緊張からその場に倒れかかりそうになり、かろうじて踏みとどまる。そして、自分の前に立っている桑折の顔を恐る恐る覗きこむ。
と、そこで、
「・・・・とりあえず、入ってよ」
え?いいの?そう思うほどきっぱりとした声で、彼女は告げた。ポカンとした顔をしていたらしく、苦笑しながらセリフが追加された。
「その人、患者さんなんでしょう?だったら中に入れて、ほら、早く!」
「ああ・・・・わかった」
そう返すことしかできなかったが、彼は内心、感謝の思いでいっぱいだった。
今回、だいぶ中途半端なところで終わってますね。
この今回の話を上下巻にする理由は、まず「一身上の都合」というやつがひとつ。もうひとつが、この山場(自称)が、純粋に一話に収まりきらなかったからです。
それでは、(下)も読んでくれると嬉しいです♪