ギルドの蹂躙
冒険者ギルド『盾の乙女』。
そこは、魔王領という特殊な環境下で、魔族や人間の垣根を超え、自らの腕一本で生きようとする女性たちが集う、誇り高き場所だった。 だが、その静かな活気は、一人の男によって無残に踏み荒らされていた。
「――あぁ、なんや。外から見ればマシな建物やと思たけど、中に入ってみればカスみたいな女ばっかりやんか。おままごとは家でやってな、姉ちゃんら」
入り口の扉は、蹴り破られた衝撃で歪んでいる。
その中央に立つ茶髪の男、轟貴也は、カウンターを囲んでいた女性冒険者たちを、ゴミでも見るような目で見渡した。
「な、何よあんた……! ここは私たち『盾の乙女』のギルドよ。部外者は――」
一人の冒険者が勇気を振り絞って立ち上がる。だが、貴也はその言葉が終わる前に、ねっとりとした笑みを浮かべて一歩踏み出した。
「『部外者』? 救世主として呼ばれた俺に対して、随分な言い草やな。……自分、名前は? いや、聞いても意味ないわな。その程度の『格』の奴の名前なんて、覚えとく価値もないわ」
貴也は、カウンターに置かれていた一本の剣を、無造作に手に取った。それは、持ち主が長年手入れを欠かさず、命を預けてきたであろう愛剣だった。貴也はそれを光にかざすと、心底退屈そうに鼻を鳴らす。
「これ、剣のつもりか? 悪いこと言わんさかい、今すぐ街の鍛冶屋に持っていって、包丁にでも打ち直してもらい。美人な女が鉄の塊振り回して男の真似事するなんて、見てるこっちが恥ずかしくなるわ。……なぁ、そう思わんか?美人が持ってええのは包丁だけやで。」
彼は周囲の女性たちに同意を求めるように視線を送る。だが、そこにあるのは恐怖と、煮えくり返るような怒りだけだ。
「返して! それは、私が――」
「返す? ええよ。やけどな、俺の正面に立つんやったら、相応の覚悟は見せてもらわんと」
貴也が指先に力を込める。次の瞬間、硬質な金属音が響き、剣身が真っ二つに折れ曲がった。悲鳴が上がる。貴也は折れた剣を床に放り捨て、泣き出しそうな女性の顔を覗き込んだ。
「あーあ、泣きそうやんか。難儀やなぁ。さっきも城で教えたんやけど、女の涙なんてのは『しょんべん』と一緒や。価値もないし、汚いだけ。そんなもん流して同情引けると思っとるのは、親の教育が悪かったんやろな」
貴也の放つ言葉の一つ一つが、彼女たちが積み上げてきた誇りを、その根底から腐らせていく。 彼は、抵抗しようとする者には容赦なく「圧」をかけ、その精神を徹底的にへし折ることを楽しんでいるようだった。
「……男の三歩後ろを歩く。それが女の美徳やに。こんなところで剣持って吠えとるのは、嫁の貰い手がない売れ残りの集まりか? 惨めやなぁ。首括って――」
「――そこまでだ、轟!」
ギルドの入り口から、弾かれたような声が響いた。肩で息を切り、泥だらけの靴で駆け込んできたのは、誠だった。
貴也はゆっくりと振り返り、誠の姿を認めると、これ以上ないほど不快そうに目を細めた。
「……また自分か。しつこいわ。ドブネズミみたいにチョロチョロと……俺の視界に入ってええのは、俺と同じ格の奴だけやって言わんかったか?」
「格なんて、どうでもいい! あんたがやってることは、ただの暴力だ。彼女たちの誇りを、勝手な理屈で踏みにじるのはやめろ!」
誠の叫びに、貴也は「ははっ」と短く、乾いた笑い声を上げた。 彼は誠に歩み寄り、その胸ぐらを掴もうとする。だが、誠は一歩も引かなかった。
「暴力? 違うわ。これは『教育』や。身の程をわきまえん奴らに、現実を教えたっとるんよ。……お前もそうや、誠。神様の気まぐれで道端に落ちとっただけの自分に、何ができるん? その女みたいな情けないツラで俺に意見する格があると思っとんの?」
「あるかないかなんて、関係ない。俺は……あんたが嫌いだ。あんたのその、他人を自分より下だと決めつける腐った根性が、我慢できないんだ!」
誠の瞳に宿る、静かだが消えない怒りの炎。 貴也は初めて、その表情に微かな苛立ちを見せた。彼は掴みかかろうとした手を止め、不敵な笑みを深く刻む。
「……ほう。ええツラするようになったやんか。格下の分際で、俺の正面に立つか」
貴也が拳を握り、正対する。 格闘家として完成されたその構えは、ただ立っているだけで周囲の空気を歪ませるほどの威圧感を放っていた。
「わかったわ。そこまで言うんやったら、自分にも教えたる。……『格』の違いってのが、どれほど残酷なもんか」
誠は拳を握りしめた。 特別な力があるわけではない。神様に貰ったのは、せいぜい「頑丈さ」くらいのものだ。だが、ここで引けば、城で泣いていたルナ王女も、アイリスも、そして目の前で武器を壊された彼女たちの心は、永遠に癒えない。
勇者と毒。同じ救世主である二人の異邦人が、ギルドの静寂の中で、ついに真っ向から衝突しようとしていた。




