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――その時だった。


「あぁ……痛いんじゃ、ボケ。どこ見とんねん」


 背後から響いたのは、この平和な空気を切り裂くような、低く、ねっとりとした濁声。


 振り返ると、そこには一人の男が立っていた。  

派手な茶髪。切れ長の目に、端正だが常に他人を小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべた憎たらしい顔立ち。


 その男――轟貴也の肩が、魔王軍の兵士の肩とぶつかっていた。


「なんや、どこ見とんねん。女みたいな、情けない柔い歩き方しとるから、そうなるんやわ」


「な……なんだと? 私は巡回中の兵士だ。その様な発言は慎みたまえ。それに、貴公は見ない顔だが……」


 兵士は困惑しながらも、冷静に対応しようとした。だが、貴也にはそれが「弱さ」にしか見えないらしい。


「はぁ、ジロジロ見やんでええわ。目障りやさかいな。男やったら、ぶつかった瞬間に土下座か殺すかどっちかにせぇや。……なよなよしたツラしやがって。反吐が出るわ」


「貴公、言葉を慎め。ここは――」


 次の瞬間、鈍い衝撃音が響いた。貴也の拳が、兵士の鎧を、その中の肉体を、一瞬で「粉砕」した。吹き飛ばされた兵士が街灯をなぎ倒して転がり、周囲にいた市民から悲鳴が上がる。


「おい……! 何やってんだよあんた!」


 俺は思わず、倒れた兵士と貴也の間に割って入った。だが、貴也は俺の顔を見るなり、心底不快そうに鼻を鳴らした。


「……なんや、お前。その垢抜けんツラ。さっきからチョロチョロと目障りやな」


「あんた...その顔、日本人だろ。転生者だろ。なんでこんなこと……彼は何もしてないだろ!」


「日本人? あぁ、そんなこともあったなぁ。けど今は関係ないわ。俺はな、あんな豪華な城でな、べっぴんの王女らが跪いて、必死に祈って、全魔力注ぎ込んで俺を『唯一の救世主』として呼び出したんやわ」


 貴也は俺の安物の服を一瞥し、勝ち誇ったように笑った。


「お前みたいな、どこの馬の骨かも分からん転生者と一緒にすな。俺は選ばれたんよ。格が違うんやわ。大体、なんやこの街は。魔族だの人間だの、仲良く手ぇ繋いでおままごと(平和)か? 男の誇りも野心もありゃせん。ドブの匂いがするわ。どうせなら戦国時代が良かったなぁ。」


「……この街の人たちは、平和に暮らしてるんだ。あんたが壊していいもんじゃない!」


「平和? んなもん、上が強けりゃ勝手に付いてくる副産物やろ。それをありがたがっとる時点で、お前もこの『おままごと』の仲間入りか。……分からんか? 『格』の話やに」


 貴也は俺に一歩歩み寄った。圧倒的な「圧」。


「王女に乞われて豪勢な城に降臨した俺と、その辺の道端におるお前。三歩後ろ歩けとは言わんけど、この轟貴也様の正面に立ってええのは、俺と同じ格の奴だけや。……おい、自分。邪魔やさかい、そこ退きな。そんな女みたいな顔して俺に説教すんの、百年早いわ」


 貴也は俺の肩を強く突き飛ばし、動揺する群衆の間を、悠然と歩き去っていった。

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