魔王が支配しているはずの街が、やけに平和なんだが
うわ、死んだ。
本当に一瞬だった。
いつも通り、深夜のウォーキング。
イヤホン片耳、信号は青。――そこまでは覚えている。
次の瞬間、衝撃。
音も痛みも、ほとんどなかった。
ああ、これ轢かれたな。
しかも赤信号無視。
悪いのは向こうだ。間違いない。
……まあ、だからって生き返るわけでもないが。
─────って事で本編スタート。
***
目を覚ますと、珍妙な景色が視界に入った。それは何というのだろうか、言葉で例え表す事が困難な事だけは分かった。
色はある。形もある。
だが、どれも現実感が薄い。
その中心に、男がいた。
「やぁ」
その珍妙な景色と同化した名も知らぬ男が俺に喋りかけてきた。
───軽い。
信じられないくらい、軽い声だった。
「悪いけど、キミには転生してもらよ。」
その言葉を聞き、一拍置いてから疑問を投げかけた。
「転生?」
「そう、転生だよ!異世界転生ってヤツさ。」
男は他人事の様にケラケラと笑いながら答えた。
声が少しだけ震えた。
怒りなのか、混乱なのか、自分でも分からない。
男は肩をすくめた。
「運だね。くじ引き」
「ふざけんな」
「ふざけてはないよ。雑なだけ」
最悪だ。
「で? 転生して、何になる」
「勇者」
即答だった。
「……はい解散」
逃げようとして、
逃げ場が存在しないことに気づく。
「まぁまぁ、説明聞いてからでも良くない?魔王が世界を支配してる。
キミにはそれを倒してもらう」
「テンプレすぎるだろ」
「テンプレね、そうだね」
その言い方が、妙に引っかかった。
「魔王は、人類を滅ぼすつもりはない」
男は、何でもないことのように言った。
「え?じゃあ何なんだよ」
「秩序」
その瞬間、視界が白く潰れた。
気づけば、石畳の上だった。
空は澄んでいる。
風は穏やかで、血の匂いもしない。
遠くから、足音が聞こえた。
黒い鎧。
銀の紋章。
整然とした隊列。
魔王軍だと、なぜか分かった。
だが――
人々は逃げない。
怯えてすらいない。
子どもが、明るく兵士に手を振っている。
兵士は軽く頷き、巡回を続けた。
街は、嵐の前が如く、静かだった。
驚くほどに平和だった。
喉の奥が、嫌な感じに締まった。
キュルキュルと鳴る。
「……なぁ」
誰にともなく呟く。
「俺、何をしに来たんだ?」
ふと、自分の手を見る。死ぬ前の、あの衝撃で消えかけた命が、ここでは新しい輪郭を持って存在している。
「……誠」
そうだ。俺の名前は、誠。かつての世界で親に付けられた、たった一つの、真っ当な誇り。その名前を噛み締めながら、俺は「救世主」を求めているはずのこの世界で、一歩を踏み出した。




