三十一
夜会に向けて準備を開始したミカエルシュナだが、思わぬ障害にぶつかることになる。
「⋯⋯誰も、ダンスの相手ができないなんて」
顔を覆って座り込むダンス講師を前に、ミカエルシュナは途方に暮れた。
原因は、ミカエルシュナの美貌にあった。
ダンスは、自然と男女密着して行うことになる。そうなると、顔も近付くことになるのだが──ダンス講師は、至近距離のミカエルシュナに耐えられなかった。
浮世離れした、もはや人外レベルの美貌のミカエルシュナ。その輝きに、誰も彼も魅了されてしまう。
同時に、そんな彼女と密着していることにも耐えれれなくなる。結果、ダンス講師が踊れなくなるという事態が発生した。
男性だから駄目なのかと女性に切り替えても駄目。見慣れているオリヴィア含む女性騎士と踊ってみても、途中で脱落する。
結果、誰とも踊れないという状況に陥った。
「どうしよう」
ステップの練習だけなら、ひとりでも問題無い。だが、きちんとダンスを覚えようと思ったら、やはり相手が必要だ。それなのに、これでは練習にならない。
どうしたものかと悩んでいると、ひょっこりユリウスが姿を現した。
「少し話したいことがあったんだが⋯⋯出直そうか?」
死屍累々の部屋を見て、回れ右しようとするユリウス。だが彼を見たダンス講師が、がばりと顔を上げた。
「陛下、おそれながら奏上の許可をいただけますか!」
「ん? 思ったより元気だな⋯⋯よい。申してみよ」
「お嬢様のダンスのお相手をしていただきたいのです!」
「⋯⋯うん?」
首を傾げるユリウスに、講師は状況の説明をした。それらを聞き、呆れたように部屋を見回す。
「確かにミカエルシュナ嬢は美しいが⋯⋯それだけでこうなっていたら、仕事にならないだろ⋯⋯」
「ですがお嬢様は十把一絡げの美人ではないので⋯⋯直視したら目が潰れるので⋯⋯」
「わたくしは直射日光か何かかしら」
ミカエルシュナは頭を抱えた。せめて人類でいたい今日この頃である。
「まあいいが⋯⋯」
ユリウスはやれやれと首を振りながら、ミカエルシュナのもとに歩み寄った。
「ミカエルシュナ嬢、ということで、俺が相手でもいいだろうか?」
「え、ええ」
そうしてようやくまともな練習が始まった。まさかの皇帝が相手である。
リズムを刻む講師の声を聞きながら、ミカエルシュナとユリウスはステップを踏む。最初はユリウスの足を踏んずけないように気を付けていたミカエルシュナだが、だんだん意識せずに踊れるようになった。
もとより運動神経がいいふたりである。気付けば素人とは思えないほど難しいステップも試していた。
しばらくそうして踊っていたふたりは、講師の制止で動きを止めた。
ダンスは、剣を振るうのとは違う筋肉を使う。普段しない動きに楽しくなっていたミカエルシュナは、名残り惜しく思いながらもユリウスから離れた。
初めはどうしてこうなったのかと内心頭を抱えたものの、ユリウスとの相性は悪くなかったようで、ふたりでくるくる踊るのは気持ちよかったのだ。
「陛下、お手を煩わせてしまい、申しわけありません」
それでも彼の時間を取ったことに変わりは無い。頭を下げるミカエルシュナに、ユリウスは苦笑した。
「いや、いい。今は休憩時間だ。だから、いい息抜きになった。それで、貴女に話があるんだが、いいか?」
「はい、何でしょう」
「ネリアのことだ」
声をひそめたユリウスに、ミカエルシュナは目を見開いた。ユリウスは彼女と共に部屋の隅に移動すると、ネリアの話を始めた。
「明日、ネリアは修道院に行くことになる」
「そう⋯⋯ですか。もう明日に⋯⋯」
ネリアがいつ修道院に行くかは、公表されていない。そして明日のいつ出るかも、ユリウスは明言しなかった。つまり、見送りもできないということだろう。
「ミカエルシュナ嬢。ネリアのこと、改めて感謝を。手紙の件も含めてな」
「少しでもネリア様のお心を軽くできないかと愚考したまでですわ。文字を書くことはリハビリにもなるでしょうし⋯⋯わたくしも、文章の練習になりますもの。つまりわたくしの都合です」
「だが、貴女だけでなく俺やルキウスにも手紙のやり取りをするように説得してくれたおかげで、あの娘に関わる決意ができた。貴女に言われるまで、俺はあの娘に関わらない方がいいと思っていたから」
「皇帝としては、それが正しいのかもしれません。でも、わたくしは⋯⋯貴方がたの関わりがこれで終わってしまうのが嫌だったのです。憎しみ合っているならともかく、互いに案じているのに、完全な没交渉になってしまうなんて⋯⋯そんなの哀しいですから」
もしネリアが皇太后と同じ思考の持ち主で、ユリウスとルキウスがそんな彼女のことを疎ましく思っているのなら、ミカエルシュナも無理に彼らを結び付けようとは思わなかった。
ユリウス、ルキウス、ネリア──三人が兄妹として想いつつ、それでも離れなければならないという状況だったからこそ、ミカエルシュナは鎹になる決意をしたのである。
「今後の手紙も、わたくしの手紙と一緒にお送りしましょう。きっと喜ばれますわ」
「ああ。返事が楽しみだ」
ユリウスは目を細めた。
かつてユリウスは、何度となくネリアに手紙を送っていたのだという。だがそのほとんどが皇太后によって握り潰され、ネリアの目に入ることは無かった。
数少ない届いた手紙にも、返事が来ることは無かったという。皇太后の手前書けなかったのか、それともネリア自身の意思で書かなかったのか、今となっては解らない。
だがしがらみの無い今のネリアは、つたないながら返事をくれる。それが嬉しいのだと、ユリウスは笑った。
「⋯⋯本当は、ネリアにも誕生日を祝ってほしかったな」
ぽつりと、ユリウスは呟いた。
「俺だけじゃない。先に挙げたルキウスの誕生日も祝ってほしかったし⋯⋯年末にあるネリアの誕生日も、祝いたかった。もう、それも叶わないが」
「陛下⋯⋯」
「誕生日祝いの贈り物も、皇太后のせいで届かなかったんだ。あいつの目に留まる前に、全部破棄されて⋯⋯あの娘には、何も残らなかった」
妹を想い贈ったものを、妹の母親に捨てられる。それはユリウスの心をどれだけ傷付けただろう。そしてネリアの心も、どれだけ傷付いただろう。
兄妹らしい交流ができなかった彼らは、手紙という繋がりだけを残して、もう関わることは無い。
ネリアはこの先、修道院で生きていく。皇女でも、皇妹でもなく、ただのひとりの女性として。
それ以外に道は無いとしても、あまりにも寂しい結末だった。
ミカエルシュナとユリウスは、しばし無言で隣り合っていた。共通して、ネリアの安寧だけを願って。




