三十
──どうしてこうなったのかしら。
ミカエルシュナは引きつりそうな笑みを浮かべて、目の前の男性を見上げた。
豪奢な黄金の髪、輝くサファイアの瞳、絵画から抜け出た貴公子のような白皙の美貌。
「どうした、ミカエルシュナ嬢」
「いえ⋯⋯」
美丈夫──ユリウスに笑いかけられ、ミカエルシュナも何とか微笑を返す。だが内心、疑問符だらけだった。
──なぜ、皇帝陛下相手にダンスの練習をしているのかしら⋯⋯
いや、自分のせいではあるのだけれど──誰に言い訳するでもなく、ミカエルシュナは心の中で呟いた。
───
ことの始まりは、皇太后の一件に区切りが付いてしばらく経ってからのことだった。
「陛下の誕生日⋯⋯ですか?」
ミカエルシュナは教師の言葉に目を瞬いた。
淑女教育の一環として、夜会の作法を教えてもらっていた時、そろそろダンスの練習をしましょう、と教師が言った。
皇帝陛下の誕生日も近いから、と。
これに驚いたのはミカエルシュナだ。
皇帝の誕生日となれば、ただ歳を取ったというだけに収まらない。国内外に招待客を呼び寄せ、盛大な宴を催すことになる。
そのことを、知らなかったでは済ませられない。
衝撃を受けたまま授業を終えたミカエルシュナは、客室に戻るとオリヴィアとエリルに確認を取った。
ふたりはミカエルシュナがユリウスの誕生日を知らなかったことに驚き、慌てふためいた。
「てっきり、陛下からすでに聞き及んでいらっしゃると思っていたのですが」
「⋯⋯何も聞いていないわ」
困惑で眉をひそめるミカエルシュナに、ますますオリヴィアとエリルは慌てた。
そんな日中を過ごしたその日、ユリウスから夕食の誘いを受けた。三人は当惑が抜けきらないまま、急いで準備を済ます。
紺色のドレスに身を包んだミカエルシュナは、先に晩餐室にいたユリウスを見つめた。
「ミカエルシュナ嬢、まずは謝罪をさせてほしい。誕生日の件、伝えなくてすまなかった」
教師からミカエルシュナが誕生日のことを知らなかったのを聞いたのだろう、ユリウスは開口一番そう言った。
「ここ最近はばたばたしていたから⋯⋯伝え忘れていた」
「皇太后の一件がありましたものね」
ミカエルシュナは力無く苦笑した。
皇太后及び生家のアウグスト家の処罰、ネリアの修道院行きの準備──ユリウスが片付けなければならない事柄は多岐にあった。加えて日々の通常業務もある。これらに忙殺されていては、自身の誕生日のことなど後回しになるだろう。
「俺の誕生日のことを聞いて、驚いただろう」
「ええ。でも、当日になって知らされるより、よほどましですから」
ミカエルシュナは肩をすくめた。驚きはしたものの、怒ってはいない。立場上外部協力者だから、いちいち貴人の誕生日など教えたりはしないだろう。
ただ、教師は意外に思ったに違いない。対外的には、ミカエルシュナは妃候補なのだから。
「それで、その誕生日当日なんだが」
「二ヶ月を切っているのでしたわね」
「ああ。皇太后の件から間も無いが、他国の貴賓も来る以上、無しにもできない。それでなんだが」
ユリウスはためらいがちに言葉を続けた。
「当日、ミカエルシュナ嬢に俺のパートナーを務めてもらいたい」
「パートナー?」
ミカエルシュナは目を瞬いた。
「誕生日の祝宴は夜会形式だ。その夜会に、一緒に出て欲しいんだ」
「えっと⋯⋯」
ミカエルシュナは逡巡し、慎重に言葉を選んだ。
「それは⋯⋯わたくしが妃候補として振る舞っているからでしょうか」
「それもある」
「⋯⋯もし一緒に出たら、将来の妃に確定してしまうのでは?」
「そう思われる可能性は高いが⋯⋯明言は避けるつもりだ。あくまで、夜会のパートナーとしてだな⋯⋯」
「ですが、各国の貴賓もいらっしゃるのでしょう? 中には、陛下の妃に名乗りを上げたい姫君もいらっしゃるのでは?」
「そういった者達への牽制も兼ねている」
「なるほど⋯⋯」
苦々しいユリウスの顔から、他国からの求婚に煩わしい思いをしているのかもしれない。
皇宮に来て様々なことを学んだミカエルシュナは、ローディウムが大国であることを理解している。その国主であるユリウスの妻になるのだから、迫る女性は多いだろう。だが、元皇太子妃や皇太后などの内乱の種を見てきた以上、妃は慎重にならざるをえない。
ようは女除けが必要だ。
「解りました。そういうことなら承ります」
「ありがとう」
ユリウスはほっとしたように微笑んだ。
「では、夜会に向けての勉強を組むように指示を出しておく。ところで、ミカエルシュナ嬢はダンスはできるか?」
「ダンス⋯⋯ですか? 神に捧げる舞ならできますが」
「そういうのではなく⋯⋯千年前は社交ダンスは無かったのか⋯⋯」
ユリウスは夜会の形式を説明した。
夜会には幾つか種類があるが、今回の形式は舞踏会なのだという。
舞踏会は男女で組み、音楽に合わせて踊るのを楽しむ形式で、基本的に参加するのはパートナー必須である。ミカエルシュナがいなかったら、ユリウスは自身の母の生家であるスピドルフ家から相手を見繕うつもりだったらしい。
「スピドルフ家は⋯⋯アウグスト家と同じ公爵家でしたね」
「ああ。アウグスト家の爵位は剥奪されるから、この国唯一の公爵になるな」
ミカエルシュナが頭の中で貴族名鑑を開いて答えると、ユリウスは頷いた。
「スピドルフ公爵は、俺にとって伯父に当たる。皇帝になった当初は後ろ盾でもあった。覚えていてくれ」
「かしこまりました」
ミカエルシュナは頷いた後、眉を下げた。
「ところで⋯⋯ダンスは必須なのでしょうか」
「必須だな。俺の誕生会だから、ファーストダンス──最初に踊る必要がある」
「最初に、踊る⋯⋯」
男女で踊るダンスがいまいち想像できないミカエルシュナは、首をひねった。はっきり言って、できる気がしない。
だが、引き受けてしまった以上はやるしかない。一ヵ月と少しで、必ず形にせねば。
「ああ、あとドレスも仕立てねばならないな」
「え?」
思い悩むミカエルシュナに、ユリウスは更に追い打ちをかけた。
「ドレスは⋯⋯すでにたくさんいただいていますが⋯⋯」
「既製品を、だろう? きちんと一から仕立てたものを着てもらわねば困る。何しろ、皇帝のパートナーなのだから」
ユリウスは先ほどの苦々しい表情を忘れたかのように、うきうきと声を弾ませた。
「アクセサリーも用意せねばならないな。さすがにこちらは今から作るのは間に合わないから、御用商人を呼ばねばならないが⋯⋯忙しくなるぞ」
「あ、あの、陛下⋯⋯」
「貴女のように美しい人が着飾るとどんな風になるのか、今から楽しみだな」
ミカエルシュナが口を挟む余裕など無く、ユリウスは楽しそうに言う。
早まったかもしれない、とミカエルシュナは天を仰いだ。




