二十八
皇宮から派遣された騎士団によって、皇太后以下離宮の住民の遺体は速やかに掘り起こされた。離宮の崩落に巻き込まれたのだから、その状態は酷いものだったが、無事全ての遺体が見付かったのである。
皇太后の死と、その経緯を隠すのは難しかった。何しろ巨人スケルトンの姿は多くの貴族達が目撃していたのだ。ある程度事実を回した上でカバーストーリーを流布した。
皇太后は黒魔法を操る暗殺者に殺された。巨人スケルトンは黒魔法使いによって呼び出されたものであり、それをユリウス達が討伐した。だが、救出されたのはネリアだけだった──
いささか苦しい言い訳になるが、まさか宝物庫の魔剣を持ち出した結果娘に殺された、などと伝えるわけにはいかない。
信じるかどうかはともかく、貴族達はその情報を支持するだろう。反発するのは皇太后の生家であるアウグスト家だろうが──そちらは、別件で抑えることができた。
ミカエルシュナが報告した、お茶会で漂っていた匂い──幻覚と意識障害をもたらす花を、アウグスト家が大量に生育していた証拠を突き止めたのだ。
どうやら皇太后だけでなく、アウグスト家が主催の社交場で常用していたらしく、余罪がざくざく出てきたそうだ。皇室からの追及はそれだけに留まらず、このまま反乱の証拠も手に入れることになるだろう。アウグスト家の滅亡は、もはや目前まで来ていた。
そんな中、皇太后の葬儀は密かに行われた。
やったことがやったことであり、またアウグスト家の件もあって皇家の墓には入れず、外に小さな墓が作られた。今後の捜査によっては墓を暴かれる可能性もあるが、死者にこれ以上鞭打つのをユリウスがよしとしなかったため、少なくとも彼の指示で墓を荒らされることはないと思われる。
残されたネリアは、ミカエルシュナの魔法によって怪我こそ治療されたものの、一週間眠り続けた。呪いの後遺症と、精神的負荷によるせいだ。
ネリアは、皇太后の命令で使用人達を殺した。それにかなり長い間魔剣の呪いにさらされていた。それがどれだけ本人を蝕んでいたか、想像にかたくない。眠ることがネリアにとって回復に必要だと言われれば、静かに眠らせるしかなかった。
そうして目覚めたネリアは、記憶のほとんどを失っていた。
自分の名前と、兄がいること。それぐらいしか覚えていなかったのである。
肉体にも障害は残ったが、今後の回復が見込める。だが精神の傷は、もはや修復不可能だったのだ。
ネリアを見た医者も神官も、口をそろえて記憶が戻ることは無いと判断した。戻ったとしても断片的なものだろう、とも。
そうなっては、ネリアを皇宮に留まらせておくわけにはいかない。かといって、アウグスト家に任せるのは論外だ。ネリアは療養を経た後、修道院に身を寄せることになった。
多額の寄付をし、今後も定期的に寄付を行うと明言してあるから、ネリアの扱いは酷いものにはならないだろう。ネリア本人も修道院に行くことを希望しているらしく、これからは穏やかに暮らせるはずだ。
こうして、皇太后の起こした事件は終わりを迎えようとしていた。
───
ユリウスの執務室を訪れたミカエルシュナは、ことの処理と顛末を聞き終え、ため息をついた。
「そうですか⋯⋯」
魔剣騒ぎから、すでに一ヵ月が経過している、そこからの処理や政治的判断に、ミカエルシュナは関われない。だからここで初めて、皇太后やその生家の処遇、ネリアの容態と行先を知ることができた。
ユリウスと顔を合わせるのも久しぶりで、その頬はややこけているように見える。きちんと食べているのだろうか、とミカエルシュナは心配になった。
「ミカエルシュナ嬢、改めて感謝を。貴女がいなければ、これほど早期に、そして犠牲を抑えて解決はできなかっただろう」
「いいえ。わたくしの助力は、微々たるものですわ」
「そんなことはない。貴女が茶会の毒に気付いたこと、ネリアが呪いに侵されていることに気付いたからこそ、明確な捜査ができたし、アンデット共を浄化してくれたからこそ、俺はネリアに集中できた。あの娘の怪我を治したのも、呪いを浄化したのも、貴女だ。貴女には感謝してもしきれない」
ユリウスは頭を下げた。ミカエルシュナは息を飲む。
「本当に、ありがとう」
しばし金色の頭頂部を眺めていたミカエルシュナは、我に返って慌てた。
「頭をお上げくださいませ! どうかわたくしに、そのようなことはなさらずに」
ミカエルシュナに言われて渋々頭を上げたユリウスは、蒼い瞳を細めた。
「本当に⋯⋯貴女は謙虚だな。もっと自分の功績を誇ってもいいと思うが」
「そんなことは⋯⋯それに、わたくしの力がもっとあれば、ネリア殿下の記憶も、お身体も、もっと完璧に治すことができたはずです」
「貴方がそこまで責任を感じる必要は無いんだが⋯⋯真面目だな」
ユリウスは、苦笑した。その顔に拭いがたい疲労を見て、ミカエルシュナは眉をひそめる。
「陛下⋯⋯きちんと休めておりますか?」
「⋯⋯どうだろうな。一応食事は摂っているし、夜はベッドに入っているが⋯⋯」
きちんと休めているとは、言わなかった。それだけで、ミカエルシュナはユリウスの状態を感じ取り、ますます眉根を寄せる。
「陛下⋯⋯」
「もっと早く気付けていれば⋯⋯俺にもっと力があれば⋯⋯ネリアだけでも、幸せにできたんだろうか」
そう呟く声は、力無い。いつもは輝かんばかりの美貌も、今は陰って見える。
ミカエルシュナは少し考え、ソファーから立ち上がり、ユリウスの足元にひざまずいた。
「ミカエルシュナ嬢?」
「陛下、わたくしでは貴方の心の傷を癒すことはできません。これ以上、貴方のお心を軽くすることもできないでしょう」
ですが、とミカエルシュナは春の瞳でまっすぐユリウスを見上げた。
「陛下をお支えし、貴方の剣として戦うことはできます。未だ客将という立場ですが⋯⋯改めて、貴方に忠誠を誓わせてください」
「ミカエルシュナ嬢⋯⋯」
「現世において異邦人であるわたくしを受け入れ、信頼してくださる貴方に、我が剣を捧げます」
剣を捧げる──それは、騎士の誓いの言葉だった。騎士の叙勲を受けていない無位無官のミカエルシュナだが、その誓いの重みは変わらない。
すなわち、生涯の忠誠を、ユリウスに誓ったのである。
「⋯⋯貴女は」
ユリウスはサファイアの瞳を見張り、まじまじと絶世の麗人を見つめた。そして、くしゃ、と笑う。
屈託の無い、少年のような笑顔だった。
「まいったな。貴女のことを、本気で妃にしたいと思ってしまう」
「陛下のためならば、喜んで」
軽口と受け取ったミカエルシュナは、そんな返事をした。対し、ユリウスは頬をかく。
「あー⋯⋯うん。いや、今はいいか。ありがとう、ミカエルシュナ嬢。これからも、よろしく頼む」
「はい」
ミカエルシュナは微笑みを返し、頭を下げた。




