二十六
ミカエルシュナは蔓草を呼び出して前面にいるスケルトン達を縛り上げた。
「陛下がたは今のうちにネリア殿下の元に! わたくしとオリヴィアは、使用人達の相手をします」
「⋯⋯ありがとう!」
ユリウスは礼を言って走り出した。その後をルキウスが続く。それを見送る暇も無く、使用人の死体が襲ってきた。
ミカエルシュナは剣の腹でそれをさばきながら、オリヴィアを振り返った。
「オリヴィア、いける⁉」
「はっ⋯⋯しかし、どうすれば⋯⋯首を落としても、動くのでは⁉」
オリヴィアの予想通りだろう、という確信が、ミカエルシュナにはあった。
ゾンビやスケルトンは、きちんと弔われなかった死体が瘴気を吸って動き出したもので、総称としてアンデットと呼ばれる。生前の記憶は無く、生者を襲うだけの存在だと言われている。そういったものは、頭を破壊すれば倒せる。脳があった場所に核があるからだ。
だが黒魔法などで操られたアンデットは、術者が倒されるか、神聖魔法によって浄化されない限り動き回る。術者が核代わりになっているためだ。
今回核になっているのは、おそらくネリアである。ネリアが魔剣を手放すか、息の根を止めない限り動き続けるだろう。
「わたくしの魔法で、浄化を行うわ」
だがミカエルシュナには、ゾンビを解放する魔法があった。魔力消費は高いが、それなら確実に動きを止められる。トリストラムの時もそうした。
「オリヴィア、わたくしのことを守ってくれる?」
そして、前回とは違いミカエルシュナはひとりではない。前に立つ者がいることで、触れられる前に浄化するという力技ではなく、指向性を持って放つことができる。それならあの時ほど魔力消費は多くない。
「勿論です。そのために付いてきましたので!」
オリヴィアは頷き、剣を構え直した。ミカエルシュナは微笑み、前を見据える。
「では、お願いね」
「お任せを」
迫りくるゾンビを前に、ふたりは決意を固めた。
───
ユリウスにとって、ネリアは大切な妹だった。
周囲がどう思っていようと、それは変わらぬ事実である。
妹が生まれたという話を知らされたのは、彼女が生まれてから三ヵ月も経ってからだった。ひと回りも歳の離れた妹の存在は、皇宮ではひっそりとしたものだった。
おそらくそれは、先帝であるユリウス達の父によるものだったのだろう。かの人はユリウスの母を深く愛し、その後釜に座った現皇太后であるユリアを嫌っていたから。
だが、たとえ嫌っていたとしても、表面はきちんと敬わなければならなかったのだ。先の元皇太子妃による暗殺反乱騒ぎは、内外にも皇太后を軽んじていた結果なのだと、今日証明されてしまった。
そして今、ユリウスの愛すべき妹が魔剣の呪いに侵されている。
とてもではないが、許せる状況ではなかった。
「おぉぉ!」
ユリウスは大剣を振りかぶった。それに呼応するように、ネリアの持つ魔剣が振り上げられる。硬い音と共に、ネリアの軽い身体が後方に吹き飛ばされた。
ばんっ、という音と共に、壁に叩き付けられるネリア。だがその痛みを感じていないかのように、今度は彼女の方から襲いかかってきた。
下から上へ、魔剣は振るわれる。それを受け止めたユリウスは、金属音に紛れてみちみちという肉がちぎれるような音を聞いた。
「まさか⋯⋯無理に身体を⋯⋯」
ユリウスが呟くと同時に、横合いからルキウスが魔剣を弾くように自身の剣を振るった。
再び吹き飛ばされるネリアの身体。だが今度は、壁にぶつかる直前に床に魔剣を突き刺すことで耐えた。
そうして突き刺さった場所が、再び怪しく光り出す。光の中から現れたのは、ユリウスの身長ほどもある骨の手だった。手から腕、腕から肩へと、その巨体が現れる。頭が現れた時点で、天井が限界に至った。
頭蓋骨に押し上げられる形で、天井は崩れていった。上半身が現れる頃には、上階を突き破り、屋根をこするほどになる。
それは、巨人のスケルトンだった。
「こんなものまで喚び出すのか⋯⋯⁉」
ユリウスは呻いた。
魔剣は人の精神を蝕む呪いがかけられている。そう解った時点でそれ以上の研究はされていなかったのだが、ことここに至っては、それは早計だったと言わざるをえない。
しっかり何ができるかを解明し、対策を取っておくべきだったのだ。
「ネリア⋯⋯!」
ネリアはいつの間にか、巨人スケルトンの肩に乗っていた。焦点の合わない眼差しで見下ろし、だらりと魔剣を下ろしている。今にも落ちそうな風情だが、足はしっかりと肩を踏みしめていた。
巨人スケルトンは腕を振り被った。その拍子に屋根が吹き飛び、更に瓦礫が落ちてくる。頭を守りながらも動向を見守っていたユリウスとルキウスの目の前で、その腕が降ってきた。
大きさゆえに緩慢に見えるが、印象に反して寒気がするほどの速度だった。それを辛うじて回避したふたりは、ミカエルシュナとオリヴィアの様子を振り返る。
幸いにも、ふたりは範囲外にいたために無事だった。だが崩れ始めた床から逃げるために、完全に分断されることになった。
「陛下⁉」
「ミカエルシュナ嬢、こちらは大丈夫だ! 貴女は目の前のことに集中しろ」
ミカエルシュナにそう声を張り上げ、ユリウスは巨人スケルトンに向き直った。だが巨人の重みに耐えきれず、床が崩れ始めては構えることもできない。迷った末、ユリウスはあえて落ちることを選んだ。
「兄上⁉」
崩落から逃れたルキウスが悲鳴のような声を上げる。それに答えず、ユリウスは一階に着地した。
一階に落ちたのはユリウスだけではない。崩落を招いた巨人スケルトンとその肩に乗るネリアもまた、一階に落ちてきた。
その時になって、ようやく巨人スケルトンの下半身が見えてきた。大腿骨はユリウスの二倍はあり、立ち上がればもはや離宮よりもはるかに高い。膝を着いた状態でも、頭頂部が離宮の屋根より上にあった。
ユリウスは己の何倍もある巨体を睨み上げた。
数々の魔物と戦ってきたユリウスだが、これほどの巨体の存在には遭遇したことはない。おそらく、全長だけなら邪竜より大きいだろう。まともな戦いになるかすら、もう解らなかった。
だが、ここで引くという選択肢は、存在しない。
──ここで引けば、これの被害は離宮だけに留まらない。
──いずれは皇都の民が犠牲になるだろう。
すでに離宮の人間が殺されている。これ以上死人を出したくはなかった。
何より、もう妹の手を汚すようなことはさせたくない。
ユリウスは全身と大剣に強化魔法を行き渡らせた。
「ルキウス、援護を頼んだ!」
上階でたたらを踏んでいる弟にそう一喝し、ユリウスは地面を蹴った。
ユリウスがめいいっぱい跳んでも、その剣は膝立ちの巨人スケルトンの腰ほどにしか届かない。だが、今はそれでよかった。
ユリウスを掴まんと、巨人スケルトンは手を伸ばす。その手に、ルキウスは魔法の光弾を打ち据えた。狙いが外れてあらぬ方向に向かう手をかいくぐり、ユリウスは大剣を腰骨に叩き付けた。




