二十五
馴染んだ、という言葉に不吉なものを感じて、一同はじっと皇太后とネリアを見比べた。
「おまえ達には解らないでしょうね。愛された皇妃の息子、後継ぎになる男子を三人も産み、皇帝の寵愛著しい皇妃──あの女ではなく、わたくしが選ばれたはずだったのに⋯⋯わたくしと違って野蛮な力を持っていただけで皇妃に選ばれてっ⋯⋯それがどれだけ惨めだったか解って⁉ 産後にぽっくり逝った時は罰が当たったのだと思ったわ!」
皇太后はそう言って嗤った。
──三人? 前皇帝のお子は、皇妹殿下以外はふたりでは?
ミカエルシュナはそっとユリウスとルキウスをうかがった。
ユリウスの表情は変わらなかった。だが、ルキウスの顔は少し青ざめているように見える。
「後添いとはいえ、あの方の妃になれて、わたくしがどれだけ嬉しかったことか⋯⋯そして、夜を共にできたのが一度きりだった時、どれだけ絶望したか⋯⋯その一夜でネリアを授かったのは、天啓としか思えなかったわ」
「そのネリアに、なぜ呪われた魔剣を与えた」
ユリウスの声は、低い。表情こそ平静そのものだが、その内心の怒りが現れているようだった。対し、皇太后の声は歓喜に満ち溢れていた。
「勿論、この娘を皇帝にするためよ! 忌々しいけど、この国の皇帝は強さが尊ばれるわ。だけどこの娘は身体が弱かったし、わたくしも傷付けるような真似はさせたくなかった⋯⋯そんな時よ、この魔剣を見付けたのは」
皇太后は夢見るような眼差しでネリアと、彼女の持つ魔剣を見つめた。
「魔剣を手に入れれば、この娘は労せず力を手に入れられる。それもただの魔剣ではないわ。古アヴァロン王国の遺跡から手に入れた遺物よ! ただ⋯⋯馴染ませる時間が必要だったから、七年前には使えず、皇妃をそそのかしてことを起こさなければならなかったけど。おかげで皇帝陛下と皇太子は殺せたけど、邪魔な塵がふたつ残っていたせいで、ネリアは皇帝になれなかった」
ミカエルシュナは次々明かされていく新事実に、目を白黒させた。
魔剣は、アヴァロンの遺物として発見された。それならやはり、あれはトリストラム公爵の魔剣で間違いないのだろう。あの後、おそらく魔剣は回収されたに違いない。封印されたルフェ領から取り戻すということは、魔剣は何かしら重要なものだったのだろう。
次に、七年前の事実。皇帝が殺されていたのは聞いていたが、それだけでなく、当時の皇太子も殺されていた。つまり元皇太子妃は、自分の夫を手にかけたのか。
そしてそれは、おそらくユリウス達の兄だったのだろう。だが皇帝と一緒に殺されてしまい、結果としてユリウスが皇帝となったと。
ユリウスが婚約者すらいない理由も、おおよそ予想が付く。おそらくはどこかに婿入りするはずだったユリウスは、急きょ皇帝になったために婚約は白紙になってしまったのだ。その上元皇太子妃の暴挙によって貴族の総数が減ってしまい、国内に花嫁候補がいなくなってしまった。あるいはいたとしても、ニヴィエのように皇太后の影響を受けた者しか残らなかった。
ユリウスもまた、周囲によって翻弄された人生を送っていたのだ。本来の道から外れ、望まぬ現状に至っている。その苦労や努力は、想像もつかない。
「っ⋯⋯!」
ミカエルシュナは目を細め、皇太后を睨み付けた。そんな彼女の視線に気付いた皇太后は、大げさなほど肩を揺らす。だがすぐに、勝ち誇った顔をした。
「ふん⋯⋯そんな強がった目をしても無駄よ。この魔剣の強大さはすでに実証済みなの。たった四人では、どうしようもないわよ!」
皇太后はぐるりとネリアを振り返った。
「さあ、ネリア。今こそ皇帝ユリウスを殺しなさい! そしておまえが皇帝になるの‼」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
ネリアはゆらりと立ち上がった。抱えていた魔剣を両手持ちにし、定まらない頭を上げる。
目は、どろりと濁っていた。
「ネリア!」
ユリウスが思わず声を上げる。それに反応するように、ネリアは魔剣をぶん、と振る。
皇太后の、首に。
「⋯⋯え?」
そんな声が皇太后の口から漏れたのは、斬られる前か否か。
解らないが、事実として、皇太后の首は毬のように吹き飛び、壁に跳ね返って落ちた。遅れて、首の無くなった身体が紅い噴水を上げながら前倒しになる。
ほんの一瞬、止める間もない出来事だった。
「「「「⋯⋯⁉」」」」
全員ネリアを信じられない気持ちで見つめる。一方のネリアは、未だゆらゆらと身体を揺らしながら、ゆっくりと剣を構えた。
刃が黒く鳴動するのを見て、ミカエルシュナは嫌な予感を覚えた。
「オリヴィア、下がって!」
「っ⁉」
とっさに従ったオリヴィア。彼女が先ほどまでいた床は、魔剣の刃に呼応するように揺れ動いている。そこが黒い光を放ったかと思うと、そこから現れたのは。
「スケルトン、か?」
ユリウスが呟いた。
剥き出しの骨に、ぼろぼろの鎧。握った剣は錆び付き、酷い刃こぼれをしている。それは骸骨が動き出した魔物──スケルトンで間違いなかった。
それが、光から無数に湧き出していく。同時に、吐き気を催す臭気──腐臭が、辺りに漂い始めた。
「っ、これが魔剣の力か⁉」
ユリウスはそう言いながら、後ろに下がりつつ剣を抜いた。その横で、ルキウスもならう。
ミカエルシュナも剣を抜いて、しかし後ろからの気配に振り返った。
「なっ⋯⋯⁉」
ミカエルシュナは目を見開いた。そこに、血塗れのお仕着せを着た、青白い顔の使用人達がいたからだ。
明らかに生者ではない様子に、ミカエルシュナの胸中に嫌な予感がよぎる。
「まさか⋯⋯皇太后は、ネリア殿下に使用人を⋯⋯」
それ以上は言葉にならない。あまりのおぞましさに、怖気が止まらなかった。
トリストラムは、自身が殺した人々を操っていた。ミカエルシュナもそれが魔剣の能力だと思っている。スケルトンの召喚は、おそらく彼が使われなかったか、知らない能力なのだろう。
だが、前者の能力を使うには、まず死体を用意しなければならない。その死体を、皇太后は身近に用意したのだ。
おそらく、ネリア本人に殺させて。
ミカエルシュナは腹立ち紛れに皇太后の頭部を睨み付ける。だが当然、そのことにもはや反応することは無い。
否、反応はあった。頭部ではなく胴体が、ぎこちない動きで立ち上がりだしたのだ。彼女もまた、魔剣の支配下に置かれたのだろう。
「っ、何てものを未来に残したの⋯⋯!」
ミカエルシュナは舌打ちしたい気持ちになりながら、魔力を練り始めた。




