二十二
襲撃は結局、あの一度だけだった。ミカエルシュナは、表面上は穏やかに過ごすことになる。
勉強するならこの上無い環境だが、動きが無いのはやきもきする。そんな焦燥を発散するように、剣の鍛錬に熱が入った。
「熱心だな」
そんな彼女の元に、ユリウスが近付いてきた。
彼もまた、政務の合間に毎日騎士団の鍛錬に参加していた。ただ、ミカエルシュナとは微妙に時間がずれているため、こうして一緒になることは珍しい。
「よければ、相手をしてくれないか?」
「構いませんが⋯⋯わたくしで相手になるかどうか」
「何を言う。貴女の剣の腕は、我が騎士達と比べても上澄みだ。むしろ気が抜けないよ」
ユリウスはおかしそうに笑って、模造剣を構えた。ミカエルシュナも向かいに立ち、構える。
始まった模擬戦は、互いの剣を打ち合わせない形になった。
というのも、膂力の差が歴然としてあり、扱う剣の大きさも違うため、打ち合えば確実にミカエルシュナが力負けするからだ。
だから互いの剣を避けつつ隙を狙って扱うことに終始した。
しばらく剣舞のような動きを繰り返していたふたりは、このままでは決着が着かないと気付いて剣を収めた。
「はは、さすがミカエルシュナ嬢! 俺とここまで渡り合えるとは」
「はあ⋯⋯お褒めいただき光栄です──が、やはり本気でやっては勝てませんね。こうしてお相手をさせていただいて解りました」
ミカエルシュナは少し乱れた息を整えた。
決着が着かない、とは言うものの、長時間続けば、先にばてるのはやはりミカエルシュナだっただろう。純粋な剣技では、やはりユリウスに分があった。
「ところで、あれから変わりないか?」
ユリウスは声をひそめて尋ねてきた。そんな彼に、ミカエルシュナは頷く。
「ええ。⋯⋯例の彼らは、口を割りませんか?」
「割らないな。まあ予想はしていたが」
ミカエルシュナとユリウスは騎士達の訓練風景を眺めながら、襲撃者の話をした。勿論、周囲に聞こえないよう、声をひそめてだ。
「ひとまず、デュラック家を捜査させている。結果が出るかは解らないがな」
「今まで疑われたことが無かったのなら、なかなか尻尾を掴ませないでしょうね」
「ああ。だが、襲撃という解りやすい攻撃に出たのだ。必ず暴いてみせよう」
ユリウスは笑った。獅子のような獰猛な笑みだ。見ているこちらが喰われそうなそれに、ミカエルシュナは思わず身震いする。
「⋯⋯陛下、その顔は出さない方がよろしいかと」
「おっと、ついな。それより⋯⋯あれを見てくれ」
ユリウスは表情を改めると、つい、と顎をしゃくった。
視線を動かすと、いつの間にか人だかりができている。騎士達の訓練を見学する、令嬢達だ。
この国の女性にとって騎士は人気の職業のようで、こうして見学して何とかお近付きになろうとする女性が後を絶たないのだという。騎士達にとっても少ない出会いの場なので、よほど風紀を乱さない限りは許されているそうだ。
その中に、見覚えのある令嬢の姿があった。
「あれは、デュラック嬢⋯⋯」
「俺が訓練している時に合わせて来るんだ。彼女だけ出禁にするわけにはいかないから自由にさせているが、無闇に接触してこようとするんでな、そろそろ来ないようにしようと思っていた」
そう言うと、ユリウスはミカエルシュナを見下ろした。
「ミカエルシュナ嬢、触れてもいいか」
「え? ⋯⋯ああ、なるほど。どうぞ、過度でなければ」
「ありがとう」
ユリウスはそう言って、ミカエルシュナの肩を抱き寄せた。とたん、令嬢達から黄色い悲鳴が上がる。
「⋯⋯抱き寄せただけでこれとは、思いのほか、効果があったな」
「自分で言うのもなんですが、美男美女ですからね」
目の保養に加えて野次馬根性が刺激されるのだろう。彼女達にとって、ミカエルシュナとユリウスは恰好のねたなのだ。
きゃっきゃとはしゃぐ令嬢達の隙間から、ざくざくと敵意を含んだ視線が突き刺さる。表情を確認するまでもなく、ニヴィエの表情は愛らしさとは正反対のものになっていた。
今はまだ周りは気付いていないものの、そのうち噂にそうな表情だ。ミカエルシュナは困ったように首を傾げた。
とたん、ニヴィエはぎろりと睨み付けたかと思うと、踵を返して立ち去っていった。その様子に、ふたりそろってほっとする。
「いつもあんな風に去ってくれたらいいのだがな」
「でも、これで何か行動を起こしてくれれば、こちらとしても嬉しいですね」
襲撃首謀者の第一容疑者はデュラック家である。その娘であるニヴィエが行動を起こせば、それを起点に潰すことも可能だ。もし彼女が何の罪も犯していなければ可哀想なことだが、デュラック家が胡散臭いのは疑いようがないのである。
ミカエルシュナはしばらくニヴィエが消えた場所を見つめていたが、ふと思い立ってユリウスを振り仰いだ。
「陛下、質問をしてもよろしいでしょうか」
「何だ?」
「ネリア殿下のことです」
ユリウスはミカエルシュナをはっと見下ろした。サファイアの瞳は、なぜ妹のことを訊くのかと問いかけている。
「皇太后殿下は、権力を欲して貴方とデュラック嬢を縁付かせようとしていると言っていました。ならネリア殿下は、皇太后殿下にとって、どういった存在なのでしょうか」
ネリアは皇太后にとって、唯一自分の血を引く皇位継承者だ。権力が欲しいなら、彼女を皇帝に就かせるのが手っ取り早い。なぜその方法を取らないのかと、疑問に思ったのだ。
「⋯⋯皇太后としては、ネリアを皇帝に就かせたいのだろう。だが、ネリアは皇帝になるには、足りないものが多過ぎる」
ユリウスは言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「まず戦場に出ていない。他国はともかく、ここローディウムでは致命的だ。貴族達の支持は得られないだろう。それに、社交にすら出ない。離宮にずっと籠っているんだ。少なくとも現状、彼女に皇位は回ってこないだろう」
「⋯⋯だから陛下とデュラック嬢を結婚させ、権力を高めた上で後継者に指名されるよう画策していると?」
「そうだ」
ネリアの継承権は二位。かなり高い位置にいると言っていい。
だが一位にはルキウスがおり、三位以下にも継承者はいる。唯一ではない上に、資格が無いとみなされているなら、今の状態でネリアが皇帝になることはまず無いだろう。
皇太后もそれが解っているから、ニヴィエを推しているのだ。ニヴィエを通して、ユリウスを操るために。
「ネリア殿下は⋯⋯皇帝の位に興味が無いように見えました」
ミカエルシュナはお茶会でのネリアの様子を思い出していた。
ネリアの印象は、非常に静かで、慎ましやかなものだった。剣よりも本が似合いそうな、儚げで壊れそうな少女。お茶会でもミカエルシュナに話しかけて以降はずっと黙っていた。
ただ、ミカエルシュナが戦場に出ることに対する想いを語った時、ネリアは羨ましそうな様子だった。同時に、戦場に出ない自身を恥じているようでもあった。
「⋯⋯あの娘は、戦場に出れないんだ」
ユリウスはぽつりとこぼした。
「身体が、弱いんだ。命に関わるような病こそ無いが、体力も無い。魔力量も多くないから、魔術師にもなれない。戦うことができないんだ」
「そう、なのですか」
「ああ。だから、あの娘には戦場に無縁でいてほしい。ただ静かに、暮らしてほしいんだ」
「その言葉を聞いて、ミカエルシュナはユリウスの妹に対する感情が解った気がした。
腹違いの、敵対者と言ってもいい皇太后の娘。そんな妹に対する想いを。
「⋯⋯やはり、貴方は優しいです」
ミカエルシュナはそう囁いた。




