二十
お茶会から戻ってきたミカエルシュナは、客室に戻るなりどこからか小さな球体の水晶を取り出し、胸元に抱え込んだ。ぽう、と身体に光が灯り、輝く。神秘的な光景に一瞬見惚れていたオリヴィアとエリルは、はっと我に返った。
「お嬢様、何をされているのですか?」
オリヴィアが尋ねると、ミカエルシュナは光を収めて水晶を見せた。
「身体にまとわりついたものを清めていたの。水晶を使った宝石魔法と神聖魔法の併用なら、毒物の浄化は速いから」
「毒⋯⋯⁉」
飛び上がるふたりに、ミカエルシュナはお茶会で漂っていた匂いのことを話した。
「おそらく、幻覚と意識障害の作用のある花の匂いね。それで意識誘導して、過剰に持ち上げる場を作っていたのね。もっとも、香りだけだからそこまで危険性は無いし、少なくとも死ぬことは無いでしょうけど」
「ま、待ってください。皇太后殿下のお茶会で、そんな危険なものが⁉」
オリヴィアが慌てて口を挟んだ。エリルは言葉も無く立ち尽くしている。
「そもそも、お嬢様は大丈夫なのですか⁉」
「ええ。わたくし、毒が効かないの」
「え?」
オリヴィアは固まった。その横で、はっとエリルが顔を上げる。
「⋯⋯そういえば、お嬢様はフローディア様の高位神官でしたね」
「ええ。フローディア様の高位神官は、加護によって毒──特に自然物の毒は一切効かないのよ」
神聖魔法は神々から与えられた魔法であり、それが使える者は神官と呼ばれる。そして使える神聖魔法の位階によって、低位、中位、高位に分けられる。高位神官は、神々から特別な加護が与えられた。
フローディア女神の場合は、毒に対する耐性だ。特に自然物の毒は、完全に無効化してしまう。そのおかげでミカエルシュナは、毒を持つ魔物にも果敢に立ち向かうことができた。
「でも気分はよくないし、残り香がほかの人に効く可能性があるから、浄化しておこうと思って」
「なるほど⋯⋯」
オリヴィアは頷き、ため息をついた。
「本当に毒物が使われているなら、かなりの問題ですが⋯⋯間違いないのですか?」
「ええ。本当に意識誘導程度よ。それでも、貴婦人に対して使うものではないでしょう」
「お嬢様の証言だけでも、調査するのに充分でしょう。さっそく、皇帝陛下にご報告しますか?」
「勿論。先触れをお願いできる?」
「かしこまりました」
エリルが頷いて退室した。それを見送り、ミカエルシュナはソファに腰を下ろす。
「今までもあんなことをしていたのかしら。よく表沙汰にならなかったわね」
「毒物だと気付かれなかったのでしょう。むしろお嬢様は、よく気付かれましたね」
「わたくしがいたのは、自然豊かな場所だったから。それに、精霊達がそういった知識を授けてくれたの」
加えて、ミカエルシュナ自身が積極的に薬草や毒草の知識を蓄えていた。それが功を奏したのである。
「一体、いつからあんなことをしていたのか⋯⋯おそらく支持者集めだとは思うけど。侯爵以上の者は毒牙にかかっていないのが幸いかしら」
「アウグスト家は、七年前の元皇太子妃とその家門による反乱から、寄子以外の家門から距離を置かれていますから⋯⋯特に公爵、侯爵家は顕著です」
「だから無事だったと。不幸中の幸いね」
「あの⋯⋯もし本当に毒だとして、それを吸ったであろう方々は大丈夫なのでしょうか」
オリヴィアが不安そうに言うと、ミカエルシュナも難しい顔になった。
「解らないわ。彼女達が一体いつからあの香りを吸い込んでいるかによるし⋯⋯わたくしの記憶違いでなければ、中毒症状も軽くないはずなの。魔法である程度中和できるし、心身に悪影響が出るほどならとっくに噂ぐらいにはなっていたはずだから、間に合うと思いたいけど」
「そうですか⋯⋯」
オリヴィアは顔をしかめた。
「皇太后殿下は、何を考えておいでなのでしょうか。下手をすれば自分や目をかけている令嬢、皇妹殿下にまで悪影響が出るのに」
「おそらく、彼女達は中和剤か防護魔法を使用しているのでしょう。ずっと観察していたけれど、三人は正気だったように思うもの」
逆に言えば、ほかの貴婦人達はどことなく定まらない表情で、思考も単純化したような言動をしていた。おそらくミカエルシュナ自身もそうなることを期待されていたのだろうが、あいにくそういった毒は効かなかった。彼女達はさぞ戸惑ったことだろう。
しばらくして、エリルが戻ってきた。ユリウスは会ってくれるらしい。
「行きましょう」
ミカエルシュナはお茶会とは違う意味で気合を入れた。
───
「そうか、皇太后が⋯⋯」
ユリウスは口元に手をやり、思い悩むようにため息をついた。
「皇太后の取り巻きは固定化されていた。やけに持ち上げる者が多いとは思っていたが、まさか洗脳していたとは」
隣のルキウスも眉をしかめている。
「気付いてくれてありがとう、ミカエルシュナ嬢。これからも気付いたことがあれば、報告を頼む」
「勿論です」
ミカエルシュナは頭を下げた後、ところで、とふと思い出したことを口にした。
「陛下は、デュラック嬢と個人的にお会いすることはありますか?」
「無いが⋯⋯なぜだ?」
「彼女がお茶会の後、陛下にお会いすると話していたので」
「あー⋯⋯なるほど」
ユリウスは頭を抱えた。
「それは彼女が勝手に言っているだけだ。デュラック嬢とは、個人的に会ったことは無い」
「勝手に押しかけることはあるがな」
ルキウスの補足に、ミカエルシュナもニヴィエの言っていたことがただの妄言であることに納得した。
「そのようなこと、よく言うのですか?」
「ああ。こちらが拒否しても否定しても、デュラック嬢は自分が俺の妃になれると信じ込んでいるようでな⋯⋯おまけに俺と相思相愛だと思い込む始末だ」
「⋯⋯違うんですよね?」
「違う。何度も拒絶しているし、妃にしないと本人に明言している」
きっぱり言い放った後、ユリウスはこめかみをもんだ。
「⋯⋯が、全く聞いていない。後はもう会わないように避けるぐらいしかできないんだ」
「確かに思い込みは激しいように見えましたが、そこまで⋯⋯」
そうなると、やはりユリウスを名前呼びしているのも、勝手にそうしているのだろう。そもそもユリウスはニヴィエのことを家名でしか呼んだことがなかった。
「どうしてそこまで思い込めるんでしょうか?」
「さあ⋯⋯」
「さあって」
「何しろ初対面からそうだったし、初対面から距離を取っているんだ。全く解らん」
ユリウス本人が解らないなら、部外者のミカエルシュナにはもっと解らない。ミカエルシュナは肩をすくめてニヴィエの様子を思い出した。
お茶会の後半、ニヴィエはずっと不機嫌そうにミカエルシュナのことを睨んでいた。周囲がいくらおだてても、むっつりとしたまま頷くだけ。洗脳状態の貴婦人達すら戸惑う不愛想さに、ミカエルシュナは彼女の幼稚さを感じ取っていた。
そんな彼女が皇妃にふさわしい人物だとは、どうしても思えない。どちらにせよ選ばれることは無かっただろう。
──それを理解できるかは、解らないけど。
ミカエルシュナはため息をついた。




