十八
ミカエルシュナは自分の容姿を自覚している。だから、先制攻撃に使えると判断した。
皇太后のお茶会。そこには、必ずと言っていいほどある令嬢が招待されているという。
ニヴィエ・デュラック伯爵令嬢。皇太后の縁戚であり、ユリウスの妃の座を狙う令嬢。皇太后のお茶会は、彼女を持ち上げる会だという。
完全に不利な状況。敵地にひとりで乗り込むようなものである。だからこそ、最初の一撃は譲らない。
ミカエルシュナは最大限自分をよく見えるように着飾り、優雅な礼──スカートの裾を広げるようにつまみ、軽く膝を曲げてみせた。カーテシーと言われる、令嬢の礼だ。教師からは合格点をもらっているから、見苦しくないはずである。多少の粗は、己の美貌で押し切る。
──こういう時、人並み外れてるって便利よね。
ミカエルシュナは美しく生まれたことを天に感謝した。面倒ごとも多いが、ミカエルシュナの重要な武器のひとつである。
「「「「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」」」」」
「皆様?」
ミカエルシュナは首を傾げ、戸惑って見せた。先制がうまい具合に効いたのか、皆愕然とした顔で見返してくる。その中心にいるひとりの令嬢に、ミカエルシュナは視線を合わせた。
緩やかにウェーブしたピンクブロンドに翡翠色の瞳の、愛らしい少女である。ふわふわとした素材のピンク色のドレスを着ており、全体的に儚げな雰囲気の令嬢だ。
彼女こそ、皇太后の縁戚でユリウスの妃の座を狙っているというニヴィエ・デュラックであろう。前情報が無ければ、とてもそうだとは思えなかった。大きな瞳を潤ませ、きょとんとした顔でこちらを見る様は、小動物めいた印象である。
ただ、瞳の奥にある敵意を隠しきれていなかった。
「⋯⋯はじめまして、ミカエルシュナ様」
ややあって、中心の令嬢ことニヴィエが口を開いた。声も愛らしいものだが、若干強張っている。顔に至っては無表情だ。表情が抜けているというより、表情を浮かべられないという風情だった。
「私はニヴィエ・デュラック。伯爵家の者ですわ。それから──」
ニヴィエは自己紹介をした後、お茶会の参加者を紹介し始めた。可能な限り情報収集したとはいえ、全てを把握できていないので、素直にありがたい。だが、改めて紹介されて、昨日の時点で感じていた疑問が確信に変わった。
──侯爵以上の家の者がいないわ。
ローディウム帝国の貴族は、アヴァロン時代と同じく爵位が定められている。すなわち、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵である。そこに加えて一代限りの爵位として騎士爵なるものがあるが、さすがにこの場に騎士爵の者もその近親者もいない。
現在ローディウムには公爵家がふたつ、侯爵家が三つ存在している。公爵家のうちひとつは、皇太后の実家だ。そこから誰も参加していないのも奇妙だが、侯爵家縁者が三家とも来ていないのは、皇太后主催の社交としては寂しいように思えた。
処刑されたという元皇太子妃の家門が侯爵だったというから、交流のあった家が無くなったことで、その辺りの繋がりが途絶えたのだろうか。
「あら、私ったら。いつまでも立ちっぱなしにしてしまって。どうぞ、お座りになって?」
ニヴィエはわざとらしく言って、目の前の椅子を示した。侍女が引くのを待って、ミカエルシュナはそこに腰を下ろす。
この部屋に入ってからずっと感じていた甘い匂いが、更にきつくなった気がした。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
ミカエルシュナは内心で顔をしかめた。強い匂いに、酔いそうになる。あまり長い間かいでいたくない匂いだった。
「⋯⋯皇太后殿下はまだいらっしゃらないのですね。わたくし、かの方にお会いできるのを楽しみにしていましたの」
「ほどなくいらっしゃいますわ。ほら⋯⋯」
ニヴィエが言うのとほぼ同時に、新たな侍女が皇太后の来訪を告げた。ミカエルシュナを含めた貴婦人達は、そろって立ち上がり、カーテシーの姿勢で待つ。
ほとんど間を置かず、ふたつの足音が聞こえてきた。
「皆さん、ごきげんよう。今日もいいお茶会日和ね」
少し枯れた、艶めいた声だった。この声の主が皇太后か、と思っていると、顔を上げる許可が出る。ミカエルシュナは意識して、ゆっくり上体を起こした。
ひた、と目が合ったのは、黒髪を結い上げ、刺繍が華やかな薄紅色のドレスをまとった女性だった。目元に少ししわがあるものの、予想していた年齢より若々しい、色気のある美女である。イエローダイヤモンドの瞳も美しく、十二分に異性の視線を惹くだろう。
その後ろに、皇太后とよく似た顔立ちの女性がいた。皇太后と同じく黒髪に、薄緑色の落ち着いたドレスをまとった、まだ少女期の女性だ。装いこそ皇太后と対照的に地味なものだが、どこか影のある表情も相まってニヴィエ以上に儚げで壊れそうな美しさがある。特にサファイアブルーの大きな瞳は、引き込まれそうだ。
その瞳がある人物達を思い起こさせて、ミカエルシュナははっとした。だが、彼女以上に驚いていたのは、皇太后の方である。
皇太后はミカエルシュナを見たとたん、表情を強張らせた。ミカエルシュナに震える声をかける。
「貴女⋯⋯が、皇帝が招いたという娘?」
「はい、皇太后殿下。ミカエルシュナ・ルフェと申します。本日はお招きいただき、ありがとう存じます」
「そう⋯⋯そう、なの。驚いたわ。皇帝がこれほど美しいエルフを連れてくるなんて」
皇太后の声は、すでに震えていない。だが少しばかりの焦りが、言葉尻ににじんでいた。
「⋯⋯皆さん、お待たせしたわね。席に座ってちょうだい。お茶会を始めましょう」
皇太后がそう言って少女と共に席に座ると、カップに紅茶が注がれていく。紅茶の香りが甘い匂いの隙間を潜り抜けていった。
そこから始まったお茶会は、葬式のような静けさだった。
貴婦人達の話題は、ニヴィエと皇太后の持ち上げ──特に美しさを称えるものだったが、ミカエルシュナがいることで、その声は尻すぼみになってしまう。
ニヴィエも皇太后も、決してみすぼらしい女性ではない。むしろ人より優れた美貌の持ち主だ。だが、ミカエルシュナの人外じみた美の前では、その称賛も空虚である。
そこで所作を褒める方向に切り替えたが、その言葉もどこか上滑りした。
貴婦人達が褒めるふたりの所作は、貴族──それも高位貴族としては当たり前のレベルであり、わざわざ褒めるほどのことではない。むしろできていなければ嘲笑される程度のことである。
それぐらいは、ミカエルシュナもまた身に付けていた。
ミカエルシュナの場合、もとより辺境伯令嬢だったために所作に気を使うということが当然だった上、一週間とはいえローディウム最高の教師陣から淑女教育を受けている。本人の熱心さも合わさって、この国で最も高貴な女性の前に出ても恥ずかしくない程度にはできるようになっていた。
もっとも、彼女自身の美貌による押し上げが無いわけではないが。
「⋯⋯ミカエルシュナ嬢は、戦場で皇帝陛下とお会いしたということだけど、本当かしら」
とうとう耐えきれなくなったのだろう。皇太后がミカエルシュナに水を向けた。
それに対し、努めて優雅に、ミカエルシュナは頷く。
「ええ。先のスタンピード──変異種ワイバーンと邪竜討伐の際に、拝謁たまわりました」
「なら、令嬢ながら戦えるのね。戦場に出ることに、忌避感は無いのかしら」
皇太后は心配している風に、そんなことを言った。
それに対し、ミカエルシュナは微笑んだ。本音を言えば吹き出しそうになったが、それはさすがにこらえた。
「おかしなことをおっしゃいますのね、殿下」
「⋯⋯何ですって?」
「この国の皇族に求められているのは、民を守り、魔物を討ち滅ぼす力でしょう? 戦えることを誇りこそすれ、忌避感など微塵もございませぬ」
ミカエルシュナは胸を張り、そう言い切った。




