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望郷のエルフ  作者: 沙伊
邪竜ファーヴニル編

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13/68

十三

 変異種ワイバーンはほどなく駆逐された。邪竜が討伐されたからなのか、ワイバーンは明らかにパワーダウンしたため、打ち倒すのは難しいことではなかった。

 封印の間にいるワイバーンを全て斃したところで、ようやく魔法による治療を受けたユリウスは、治療を施したミカエルシュナに向き直った。

「ありがとう、ミカエルシュナ嬢。貴女のおかげで、我々は邪竜を討伐できた」

「いえ、そんな⋯⋯わたくしだけの力ではございません。わたくしに加護をくださるフローディア様と、何より陛下がたがいてこそです」

 そう言いながら、ミカエルシュナは自身の信仰するフローディア女神について考えた。

 フローディア女神はアルトゥールからミカエルシュナとこの地を守った。だが何より大切に思っていた父と領民は守ってくれなかった。

 勿論、それでフローディア女神を恨むのは筋違いだろう。神々の加護は今なお地上と人々を守ってはいるが、万能ではない。何より、神官を通してでしか力を発揮できないのを知っている。

 それでも、信仰心が揺らぐぐらいには割り切れない気持ちがあった。


 ──フローディア様は、そんなわたくしに力を貸し与えてくださっているのに。


 ため息をついたミカエルシュナに、ユリウスは不思議そうに首を傾げた。

「ミカエルシュナ嬢?」

「あ⋯⋯いえ。少し、疲れてしまって」

「無理も無い。ずっと魔力を使っていたのだからな」

 ユリウスはそう言った後、微笑んだ。

「⋯⋯今度は、守れたな」

「え?」

 一瞬ユリウスが何を言ったのか解らなかった。きょとんとするミカエルシュナに、ユリウスは続ける。

「この地はすでに、ニーベル公国の領土だ。しかし、かつて貴女が愛した土地であることは事実だろう?」

「⋯⋯!」

 ミカエルシュナは目を見開き、息を飲んだ。

 遥か遠い故郷。すでにルフェという家も地名も無い。ここはもう、ミカエルシュナの愛した辺境ではないのだ。

 それでも、かつて愛した土地であることに変わりない。

「⋯⋯はい」

 ミカエルシュナはひと筋の涙をこぼした。薄暗い中でも煌めく雫に、ユリウスは一瞬目を奪われる。

 だがそれをおくびにも出さず、ユリウスは頷いた。

「⋯⋯さて、この場のワイバーンは討伐後は外だな」

「はい」

「皇帝陛下!」

 ユリウスとミカエルシュナに、騎竜から降りたシグルドが歩み寄った。

「シグルド公子、怪我はどうか」

「どれも大したことはありませぬ。こたびは手を貸していただき、誠にありがとうございました」

「礼はまだ早い。外のこともあるのだから」

「ええ。それと、ミカエルシュナ嬢」

「はい?」

「貴女にも感謝を。貴女の魔法が無ければ、我らは公国を取り戻せませんでした」

「いいえ。なすべきことをしただけですし、わたくしだけの力ではございませんわ」

 首を振るミカエルシュナにもう一度頭を下げた後、シグルドは難しい顔をした。

「公子殿下?」

「⋯⋯ワイバーンを討伐した後、お時間をいただけますか? 貴女にお訊きしたいことがある」

「それは、構いませんが⋯⋯」

 首肯するミカエルシュナにありがとうございます、と言った後、シグルドは騎竜と共に外へ歩き出した。

 思わず顔を見合わせるミカエルシュナとユリウス。だがすぐに外の戦闘に頭を切り替えた。

 戦いは、まだ終わっていないのだ。


    ───


 外の変異種ワイバーンは、すでにほとんどが駆逐された後だった。公都を出てしまったものは解らないが、少なくとも周辺のワイバーンは掃討できたと見ていいだろう。

 そうして討伐を終えた翌日、ミカエルシュナは公城の中にあるシグルドの執務室を訪ねていた。

 シグルドの執務室──つまりは公子の執務室なのだが、遠からず彼は、公王のそれを使うことになるだろう。彼の父である公王の遺体は、すでに発見されている。ふた目と見られない状態だったが、身に付けていたもののおかげで判断できたらしい。

「それで、お話とは何でしょうか」

 執務室の中には、ミカエルシュナとシグルド、そして彼の副官の三人だけだ。その様子から、おそらくあまり人に聞かれたくないものなのだろう。そう判断して挨拶もそこそこに切り出したのだが、シグルドはしばらく迷うような仕種を見せた。それでも何か決めたのか。顔を上げる。

「ミカエルシュナ嬢は、かつてこの地を治めていたルフェ家のご子孫なのだろうか」

「え?」

 ミカエルシュナは目を見開いた。

 長い寿命を持つドワーフの国だ、何かしら伝承が残っているのでは、と思っていたが、まさか本当にそうなのだと突き付けられて、驚いてしまった。

「⋯⋯信じられないかもしれませんが」

 ややあって、ミカエルシュナは自身の身に起きた出来事を語ることにした。話が進むごとにシグルドの顔には驚愕が深く刻み込まれ、最終的には頭を抱える。

「まさか⋯⋯ルフェ家の子孫どころか、ご本人とは」

「信じてくださるのですか?」

「信じられない気持ちがないではないですが、それ以上に納得する気持ちが強いのです。ルフェ家最後のひとりの話は、我がニーベル公家にも伝わっていましたから」

 その言葉に、ミカエルシュナは目を丸くした。

「そもそも我がニーベル公家はルフェ家お抱えの鍛冶師を起源にもつ一族です」

「え⁉」

 ミカエルシュナは身を乗り出した。

「まさか⋯⋯パトスの子孫なのですか?」

「そのパトスが我が国の始祖と伝えられています」

「⋯⋯そう」

 ミカエルシュナは無意識に、腰の剣の柄頭を撫でていた。

 ミカエルシュナの剣と盾は、ルフェ家お抱え鍛冶師だったパトスが造ってくれたものである。そのパトスが茨に覆われたルフェ領を開拓し、ニーベル公国を作ったのだと思うと、感慨深いものがあった。

「公子殿下、アヴァロン王国が滅びたのは、あの邪竜が原因なのでしょうか」

「⋯⋯解りません」

「え?」

「ただ、少なくとも原因のひとつだとは思います。かの邪竜は、アヴァロンの王都から飛んできたと伝えられていますから」

「王都──キャメロットですね」

「ええ。今はローディウム帝国の領土になっております。ただ、それ以上のことは伝わっておりません」

 邪竜が王都から飛んできたという事実は、ミカエルシュナにとって驚きの事実だった。

 邪竜がなぜ、王都の方角で発生したのだろうか。ミカエルシュナの記憶では、王都周辺ではほとんどの魔物が駆逐され、平和な土地となっていたはずだが──

「ミカエルシュナ嬢、よければ我が国に留まりませんか?」

「え?」

 ミカエルシュナは顔を上げた。目の合ったシグルドは、真剣な顔をしている。

「我が国は、ミカエルシュナ嬢にとってかつての故郷でしょう。よければ我が国で、過ごされてはいかがか」

 シグルドの言葉に、ミカエルシュナはしばし言葉を失った。

 確かにここニーベル公国は、かつてミカエルシュナの故郷であるルフェ領だった。千年の時が流れたとはいえ、この地で再び暮らせるなら、この上ない幸せだろう。

 だが、はたしてそれでいいのかという疑問が頭をもたげる。

 すでに無い故郷。変わってしまった故郷。それは本当に、故郷と呼べるのか。

 何より、その現実に、自分は耐えられるのか。

 半壊してしまった公都を見て、すでに故郷を思い出すことができなくなっているのに。

「⋯⋯ありがたい申し出ですが、わたくしはここにいられません」

 結局、ミカエルシュナは提案を断ることにした。

 ここはすでにシグルド達ニーベル公家が治めている土地だ。かつての領主の娘が居座っていいわけがない。

「そうですか⋯⋯もし気が変わりましたら、いつでもおっしゃってください。歓迎いたします」

「ありがとうございます」

 残念そうなシグルドに、ミカエルシュナは微笑みかけた。きちんと笑えている自身は、無かった。

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