十三
変異種ワイバーンはほどなく駆逐された。邪竜が討伐されたからなのか、ワイバーンは明らかにパワーダウンしたため、打ち倒すのは難しいことではなかった。
封印の間にいるワイバーンを全て斃したところで、ようやく魔法による治療を受けたユリウスは、治療を施したミカエルシュナに向き直った。
「ありがとう、ミカエルシュナ嬢。貴女のおかげで、我々は邪竜を討伐できた」
「いえ、そんな⋯⋯わたくしだけの力ではございません。わたくしに加護をくださるフローディア様と、何より陛下がたがいてこそです」
そう言いながら、ミカエルシュナは自身の信仰するフローディア女神について考えた。
フローディア女神はアルトゥールからミカエルシュナとこの地を守った。だが何より大切に思っていた父と領民は守ってくれなかった。
勿論、それでフローディア女神を恨むのは筋違いだろう。神々の加護は今なお地上と人々を守ってはいるが、万能ではない。何より、神官を通してでしか力を発揮できないのを知っている。
それでも、信仰心が揺らぐぐらいには割り切れない気持ちがあった。
──フローディア様は、そんなわたくしに力を貸し与えてくださっているのに。
ため息をついたミカエルシュナに、ユリウスは不思議そうに首を傾げた。
「ミカエルシュナ嬢?」
「あ⋯⋯いえ。少し、疲れてしまって」
「無理も無い。ずっと魔力を使っていたのだからな」
ユリウスはそう言った後、微笑んだ。
「⋯⋯今度は、守れたな」
「え?」
一瞬ユリウスが何を言ったのか解らなかった。きょとんとするミカエルシュナに、ユリウスは続ける。
「この地はすでに、ニーベル公国の領土だ。しかし、かつて貴女が愛した土地であることは事実だろう?」
「⋯⋯!」
ミカエルシュナは目を見開き、息を飲んだ。
遥か遠い故郷。すでにルフェという家も地名も無い。ここはもう、ミカエルシュナの愛した辺境ではないのだ。
それでも、かつて愛した土地であることに変わりない。
「⋯⋯はい」
ミカエルシュナはひと筋の涙をこぼした。薄暗い中でも煌めく雫に、ユリウスは一瞬目を奪われる。
だがそれをおくびにも出さず、ユリウスは頷いた。
「⋯⋯さて、この場のワイバーンは討伐後は外だな」
「はい」
「皇帝陛下!」
ユリウスとミカエルシュナに、騎竜から降りたシグルドが歩み寄った。
「シグルド公子、怪我はどうか」
「どれも大したことはありませぬ。こたびは手を貸していただき、誠にありがとうございました」
「礼はまだ早い。外のこともあるのだから」
「ええ。それと、ミカエルシュナ嬢」
「はい?」
「貴女にも感謝を。貴女の魔法が無ければ、我らは公国を取り戻せませんでした」
「いいえ。なすべきことをしただけですし、わたくしだけの力ではございませんわ」
首を振るミカエルシュナにもう一度頭を下げた後、シグルドは難しい顔をした。
「公子殿下?」
「⋯⋯ワイバーンを討伐した後、お時間をいただけますか? 貴女にお訊きしたいことがある」
「それは、構いませんが⋯⋯」
首肯するミカエルシュナにありがとうございます、と言った後、シグルドは騎竜と共に外へ歩き出した。
思わず顔を見合わせるミカエルシュナとユリウス。だがすぐに外の戦闘に頭を切り替えた。
戦いは、まだ終わっていないのだ。
───
外の変異種ワイバーンは、すでにほとんどが駆逐された後だった。公都を出てしまったものは解らないが、少なくとも周辺のワイバーンは掃討できたと見ていいだろう。
そうして討伐を終えた翌日、ミカエルシュナは公城の中にあるシグルドの執務室を訪ねていた。
シグルドの執務室──つまりは公子の執務室なのだが、遠からず彼は、公王のそれを使うことになるだろう。彼の父である公王の遺体は、すでに発見されている。ふた目と見られない状態だったが、身に付けていたもののおかげで判断できたらしい。
「それで、お話とは何でしょうか」
執務室の中には、ミカエルシュナとシグルド、そして彼の副官の三人だけだ。その様子から、おそらくあまり人に聞かれたくないものなのだろう。そう判断して挨拶もそこそこに切り出したのだが、シグルドはしばらく迷うような仕種を見せた。それでも何か決めたのか。顔を上げる。
「ミカエルシュナ嬢は、かつてこの地を治めていたルフェ家のご子孫なのだろうか」
「え?」
ミカエルシュナは目を見開いた。
長い寿命を持つドワーフの国だ、何かしら伝承が残っているのでは、と思っていたが、まさか本当にそうなのだと突き付けられて、驚いてしまった。
「⋯⋯信じられないかもしれませんが」
ややあって、ミカエルシュナは自身の身に起きた出来事を語ることにした。話が進むごとにシグルドの顔には驚愕が深く刻み込まれ、最終的には頭を抱える。
「まさか⋯⋯ルフェ家の子孫どころか、ご本人とは」
「信じてくださるのですか?」
「信じられない気持ちがないではないですが、それ以上に納得する気持ちが強いのです。ルフェ家最後のひとりの話は、我がニーベル公家にも伝わっていましたから」
その言葉に、ミカエルシュナは目を丸くした。
「そもそも我がニーベル公家はルフェ家お抱えの鍛冶師を起源にもつ一族です」
「え⁉」
ミカエルシュナは身を乗り出した。
「まさか⋯⋯パトスの子孫なのですか?」
「そのパトスが我が国の始祖と伝えられています」
「⋯⋯そう」
ミカエルシュナは無意識に、腰の剣の柄頭を撫でていた。
ミカエルシュナの剣と盾は、ルフェ家お抱え鍛冶師だったパトスが造ってくれたものである。そのパトスが茨に覆われたルフェ領を開拓し、ニーベル公国を作ったのだと思うと、感慨深いものがあった。
「公子殿下、アヴァロン王国が滅びたのは、あの邪竜が原因なのでしょうか」
「⋯⋯解りません」
「え?」
「ただ、少なくとも原因のひとつだとは思います。かの邪竜は、アヴァロンの王都から飛んできたと伝えられていますから」
「王都──キャメロットですね」
「ええ。今はローディウム帝国の領土になっております。ただ、それ以上のことは伝わっておりません」
邪竜が王都から飛んできたという事実は、ミカエルシュナにとって驚きの事実だった。
邪竜がなぜ、王都の方角で発生したのだろうか。ミカエルシュナの記憶では、王都周辺ではほとんどの魔物が駆逐され、平和な土地となっていたはずだが──
「ミカエルシュナ嬢、よければ我が国に留まりませんか?」
「え?」
ミカエルシュナは顔を上げた。目の合ったシグルドは、真剣な顔をしている。
「我が国は、ミカエルシュナ嬢にとってかつての故郷でしょう。よければ我が国で、過ごされてはいかがか」
シグルドの言葉に、ミカエルシュナはしばし言葉を失った。
確かにここニーベル公国は、かつてミカエルシュナの故郷であるルフェ領だった。千年の時が流れたとはいえ、この地で再び暮らせるなら、この上ない幸せだろう。
だが、はたしてそれでいいのかという疑問が頭をもたげる。
すでに無い故郷。変わってしまった故郷。それは本当に、故郷と呼べるのか。
何より、その現実に、自分は耐えられるのか。
半壊してしまった公都を見て、すでに故郷を思い出すことができなくなっているのに。
「⋯⋯ありがたい申し出ですが、わたくしはここにいられません」
結局、ミカエルシュナは提案を断ることにした。
ここはすでにシグルド達ニーベル公家が治めている土地だ。かつての領主の娘が居座っていいわけがない。
「そうですか⋯⋯もし気が変わりましたら、いつでもおっしゃってください。歓迎いたします」
「ありがとうございます」
残念そうなシグルドに、ミカエルシュナは微笑みかけた。きちんと笑えている自身は、無かった。




