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愛の告白をしてはいけない教室伝説

作者: やなぎ怜

「先輩は控えめで誠実で面倒見がよくて頭もいいの」

「ふ~ん……」

「ねえちょっと、トウから聞いてきたんじゃないの! ちゃんと話聞いて!」

「うぜえ~……」


 向こうから「アルス先輩ってどんなやつ?」などと聞いてきたのにこの態度である。


 私は幼馴染で腐れ縁のトウをじっとにらみつけてやったが、彼はどこ吹く風。


 こちとら真剣に考えて答えたというのに、それを踏みにじるようなつれない態度にイラッとする。


 そもそもアルス先輩のことを「やつ」とか表現している時点で、真剣に答える必要性はなかったかもしれないと思い直す。


 私とトウは薄い青空が見える開放的な渡り廊下を並んで歩いていたが、ムカついたので私は足早にトウを追い越した。


 しかし私とトウのコンパスの差は絶望的で、すぐにトウに追いつかれた。


 出会った当初は私のほうが背が高かったのに、数年前に追い越されてから、今もなおトウの身長は順調に伸びている。


「……そんなに好きなのにアプローチしないんだ」

「いや! いずれはするよ? でもまだそのときじゃないっていうかさあ」

「一ヶ月前にもそう言ってた気がするんだけど」

「気のせいじゃない?」


 一ヶ月前とはこの魔法学園への入学を目前にしていたときのことだ。


 そのときの私はやっと――「推し」のアルス先輩に出会える日のことをドキドキワクワク、心待ちにしていたのだが。



 ここは魔法学園都市マギヴィエ。第二の王都とも呼ばれる、非常に栄えた土地であり、名の通り多くの学生がひしめき合い、最先端の魔法研究がおこなわれている、王国でも一二を争う要所である。


 私はそんな魔法学園都市で生まれ育ち、幼いころから魔法に親しんできた。


 実家は学生たちの下宿先を提供する宿屋であったから、魔法の師には事欠かなかった。


 そんな環境だったので、早くから一人前の魔法士を志すようになったのは、ある種必然と言えるだろう。


 魔法を上手く使うと褒められたことも大いに関係してはいる。


 「その歳でこんなに魔法を使いこなせるのはリリエちゃんだけだよ」――だなんて言葉を真に受けて、魔法士を目指すようになったのだ。


 実際、私は同年代の子たちよりも魔法の上達が早かった。


 なぜなのか、だなんて、考えたこともなかった。


 それどころか「私って才能あるのかも?」なんて、密かに自惚れてすらいた。


 そのからくりに気づいたのは、忘れもしない六歳のときのことである。


「――こっちはトウ。あたしの息子で、リリエちゃんと同じ歳なの」


 黄緑色と水色の中間というような、淡い短髪。金色の瞳。釣り目がちでちょっとキツめの印象の顔になっているが、明らかな美少年……。


 ――え? ここ『マギ(にち)』……『魔法学園都市マギヴィエの日常』の世界じゃん?!


 私は異世界転生者だったのだ。


 私が幼齢のわりに魔法に熟達していたのは、なんということはない、前世ブーストというか、知識チートであったのだ。


 ここが漫画の世界だという意識はなくとも、無意識下に蓄積されていた原作知識を引き出して活用していたのだろう。


 私は別に天才ではなかった。


 その事実は今世ではまだ幼い私に一定の衝撃を与えたが、そんなことよりも重大な事実に気づいてしまった。


 ――『マギ日』の世界で、トウと同じ歳ということは……一学年上にアルス先輩がいるんじゃん!!!


 アルス先輩。前世の私の推し。そしてガチ恋相手。


 前世の私は二次元オタクであり、日々神たちが生み出すアルス先輩の夢小説や夢漫画を読み漁っていた夢女子であった。


 そんな私がなんの因果か『マギ日』の世界に異世界転生を果たしたら、目指すものはひとつ。


 ――今からめちゃくちゃ自分磨きをして魅力的な女子になれたら、ワンチャンアルス先輩の彼女になれるのでは???


 私の母親とトウの母親とのやり取りなど右から左に聞き流しながら、私はアルス先輩と同じ世界にいるという興奮で叫び出したくなる衝動を抑え込みつつ、今日から自分磨きに精を出すことを決めたのであった。


 期限はおよそ一〇年。アルス先輩は外部進学組という設定であったので、この魔法学園都市にやってくるまで九年あり、今の私とアルス先輩は一年の歳の差があるので、期限をおおよそ一〇年と見積もった。


 鏡を覗けば、不細工ではないが別に美少女でもない、すっぴんの少女が映っている。


 六歳でメイクなんてさせてもらえないだろうから、まずは一〇年後に向けて綿密なボディメイクと行くしかない。


 それからオシャレ経験値も上げて、手料理を習い、勉強も欠かさずする。


 他人には寛容に、優しく接して、悪口や陰口は決して口にしない。


 ……「ありのままの自分を愛して欲しい」みたいな気持ちが一ミリもないかと言われると否定しづらいが、なんの努力もせずに愛されるほどの自信がないのは確かだった。


 というか、冴えないモサ女……つまり今のありのままの私がアルス先輩とくっつくとか、解釈違いも甚だしい。


 アルス先輩の隣に立つにふさわしい美少女になる――。


 齢六歳にして私はそれを人生のマイルストーンにすることとした。


 ちなみに最終目標はもちろん、アルス先輩と同じお墓に入ることである。



 そうして意気込んでから一〇年。長いようで短かった助走期間を終え、私は無事アルス先輩も通う魔法学園へと入学を果たした。


 つやつやの髪! つるつるの肌! くびれが美しく、出るところは出ている体型! 完璧なメイク!


 私の第一印象はきっと最高だと自惚れるほどの美少女が鏡に映っている。


「いつまで見てんだよ……」


 姿見に映った自分の姿に見惚れていれば、呆れた顔をしたトウが映り込んできた。


 私と同じ赤いネクタイに紺色のブレザーを身に着けたトウは、今日から「も」私の同級生である。


 トウも『マギ日』……『魔法学園都市マギヴィエの日常』に登場するキャラクターで、アルス先輩の――直接的なかかわりはないものの――後輩という設定であったから、魔法学園の生徒となることはもちろん私にはわかりきっていたことだった。


 一〇年。私とトウは小学校(エレメンタリー)から中学校(ジュニア)まで同じ学校に通い続けて、完全に腐れ縁状態だ。


 トウは私の親が経営している下宿の、隣にあるアパートに母親と暮らしているので、その流れは半ば予測できたことであった。


 トウのことは、前世から「好きか嫌いかと言われれば好き」くらいの温度感を抱いていたキャラクターだったので、アルス先輩が同じ世界に存在すると知ったときほどの熱量を、トウに対しては抱けなかった。


 かと言ってないがしろにするのも気が引けるし、なんだったら原作キャラクターであるトウとかかわりを持っていれば、アルス先輩に近づけるチャンスも増えるのでは? と私は思い、邪念八〇パーセントくらいでトウとの付き合いを続けていた。


 トウは私がアルス先輩を想っていることを知っている。


 「なんでそんなに努力ができるのか」という質問に対し、私がうっかり口を滑らせたからだ。


 そのときトウはドン引きしていた。


 なぜならその時点で私とアルス先輩に面識はなかったからだ。


「ストーカーってこと……?」

「いや、これから結ばれるから。今はストーカーっぽいかもしれないけどストーカーじゃないから」

「いや、完全にストーカーだろ! その自信はどこから来るんだよ!」


 トウはドン引きしたり呆れたりしつつも、私の自分磨き道中にたびたび付き合ってくれたのだから、いいやつではある。


 トウは私の手料理を毎回食べさせられ、買い物に付き合わされ、私が新しくリップを買えば、それをつけたときの印象を答えさせられた。


 ……こうして並べてみるとトウっていいやつすぎるな。今後は多少感謝の情を見せるべきだろう。


 姿見から目を離し、トウに向き直る。


「トウ、ありがとうね……」

「は? いきなりなに」

「トウのお陰でアルス先輩と付き合えるよ……」

「まだ会ってすらいねーだろ!」

「いやいや、こんな一〇〇点満点美少女に迫られたらアルス先輩だって悪い気はしないよ?」

「頭が残念過ぎる」

「は? 入学試験で首席取ってこれから入学式で答辞を読む美少女だよ???」

「そういうとこだよ!」

「まあ見ててよ。これから私がアルス先輩にアプローチして恋人になる流れをさ!」


 ……そんなやり取りをしたのがおよそ一ヶ月前のことである。


 そして一ヶ月経って、私はアルス先輩の恋人になれたのか?


 ――なんと、まだなれていないのである!


「……で、これからどうすんの? 先越されてるかもよ?」

「いや、アルス先輩は身持ちの堅い真面目なひとだから! 顔がいいだけの女になびいたりしないから!」

「なんか前に言ってたことと矛盾してね? つーかブーメラン刺さってるぞ」

「私は顔がいい上に気立ても良くて性格最高美少女だから」

「は?」

「は?」


 トウがふざけたことを言うのでいつもみたいに喧嘩へと発展しそうな空気になったが、アルス先輩も通う魔法学園でそんな醜態は間違っても見せられない。


 私は矛を収めるべくトウから顔を背けて、教室の窓から外を見た。


「おうっふぶ! アルス先輩!!!」

「今すごい声出たな」

「オホホホホホ、今日もかっこよいい~~~!!!」

「そんな変な声出しておいてよく臆面もなく美少女とか言えるよな……」

「トウはいちいちうるさいなー。私のオカンか?」

「おばさんには同情してる」

「は?」

「は?」


 ――いかんいかん。また品のない声を出してしまった。


 いきり立つ気持ちを落ち着けるべく、窓から運動場へと視線を移す。


 アルス先輩は午後の授業時間いっぱいを使ってのスポーツの時間のようである。


 いつも見慣れたブレザー制服とは違う、ラフな運動着を身に着けたアルス先輩を目にすると、思わずよだれが出そうになる。


 じゅるっとよだれを口の奥へ引っ込める音をうっかり立てると、「うわっ」と隣に座るトウからドン引きした声が聞こえた。


「お前さ~……マジいい加減にしろよな」

「なにを?」

「自重しろって言ってんの。自重」

「なにを?」

「ストーカー行為をだよ!」


 声を潜めたまま声を張り上げるという器用なことをするトウから、「まったく勘違いも甚だしい」とばかりに、再び遠くのアルス先輩へと視線を移動させる。


 途端、


「――お゛ん゛!?」


 視界に収めたアルス先輩を見て、私の喉からとんでもない音が出た。


「お前……」


 背後にトウの呆れた声がかかっても、私はそちらを振り向けなかった。


 なぜなら――アルス先輩が見知らぬ女子生徒をお姫さま抱っこしていたからである。


 私の心は大いにざわついて、平静を保つのは難しい。


 ――いやいやいやいや! アルス先輩にお姫さま抱っこされるとかウラヤマなんですけど~~~!!!


 私が心の中でだけ大いに横に転がりじたばたとしていれば、トウもアルス先輩が女子生徒をお姫様抱っこしているところに気づいたようだ。


「……なかなかの美少女じゃん」

「は? 私のほうが美少女だが???」

「そういうとこで差がついてるんだと思うよ」

「あのねえ、私は――」


「――あ、アリア先輩、彼氏にお姫様抱っこされてる~!」

「え? うそ、どこどこ?」

「ほらあそこ。アツアツだよねー。マジうらやまし~」

「ホントだ! 付き合い出して一ヶ月だっけ? ホントお似合いの美男美女だよね~」


「……は?」


 私たちが座っている場所よりも前方から、そんな黄色い声が聞こえてきた。


 私は石化魔法か氷結魔法でもかけられたみたいに体が固まる。


 一拍置いてから、心臓の鼓動が大きくなって、痛いほどに素早く拍動を打ち始める。


「――おい、リリエ」

「……カノジョ? ――って、え?」

「リリエ、おま……」


 トウの珍しくこちらを心配するような声が、途中で切れた。


 気になってトウを見やると、彼は目をまん丸くして私を見ていた。


 そんなトウの姿が、急激にぼやけて、白い光の中に飲み込まれるように、おろげな輪郭しか捉えられなくなった。


 鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなって、唇が震えて。


 私のまなじりからぼろぼろと熱い涙がこぼれ落ちてきた。


 そんな私を見てトウはやにわに立ち上がると、私の腕をつかんで無理やり席から立たせた。


「――ごめん。リリエが体調悪いみたいだから医務室行ってるって、先生に言っておいてくれない?」


 トウは近くにいた同級生にそう言い置くと、私の腕を引っ張って教室から廊下へと出た。


 まだ夏の空気が残っているような気がしていたのに、今ではしんと静まり返る廊下が、ひどく寒々しく思えた。


「医務室……行くんじゃなかったの?」


 トウが私を連れ込んだのは空き教室だった。


「今医務室行ったら鉢合わせるかもしれないだろ」


 トウから冷静に返されて、アルス先輩と怪我をしたらしいその彼女も、今医務室にいるのだろうという可能性に、私は遅まきながら気づく。


 そんな私の目の前に、トウはポケットティッシュを差し出す。


 鼻をすする音をわずかに立てたあと、私は「ありがと」と言って素直にトウからティッシュを受け取った。


「……アルス先輩、彼女いたんだ……」

「ああ。そーみたいね」

「そっ、そりゃあそうだよね! だってアルス先輩は控えめで誠実で面倒見がよくて頭もよくてイケメンだから――」


 ――だから、好きになったんだけどなあ。


 ティッシュで目じりに浮かんだ涙を拭き取る。


 ――まあ一方的に知ってて、熱上げて、一方的に失恋しただけって話だし。よくよく考えなくても中身アラフォーの女がリアル未成年に熱を上げるってヤバないか?


 ……そこまで考えると急激に冷静さが戻ってきた。


 ――まあ、それでも、あれは、本気の恋だった。


 それでもこんな展開を突きつけられると、会ったこともない神様に「お前ちょっと冷静になれよ?」と言われたような気にならなくもない。


 そして実際、私のアルス先輩への想いは見事すぎるほどに鎮火してしまった。


 ――アルス先輩が好きなのには違いはないけれども、彼女持ちじゃあねえ……。


 私に浮気願望とかなくてよかった。そんなことを思いながら、三枚目のティッシュを引き抜く。


「あのさ」


 どこか強張った声を出したトウの顔を見る。


 トウはどこか不愉快そうな、なにかをこらえるような顔つきで私を見おろしていた。


「アルス先輩は、『控えめで誠実で面倒見がよくて頭もよくてイケメン』らしいけど――」

「ああ、うん……」

「そんなやつの、どこがいいの」

「え……」

「彼女いるし、お前のことなんて知らないし……。そんなやつにまだ惚れてんの?」


 トウの言葉にどう答えるべきか迷って、私は黙り込んでしまった。


 トウはそんな私の態度をどうとったのか、眉間にしわを寄せる。


「お前みたいな手料理が上手くて手先が器用でおしゃれで努力家な美人より、あっちがいいって見る目がねえ」

「……トウがそんなこと言うなんて珍しいね」


 トウは男子高校生らしいていどの口の悪さはある。


 けれどもだれかをけなしたりするところを私は見たことがなかった。


 私には辛辣だけれども、それは腐れ縁ゆえの気安さからくるもので、本気の罵詈雑言と呼べるような言葉をぶつけられたことはない。


 私がそう言うと、トウはますます眉間のしわを深くして、難しい顔をした。


「お前って頭はいいのにニブいのな」

「……そうだね。アルス先輩に彼女がいるのにぜんぜん気づかなかったし――」

「――あーもう! そうじゃなくて!」


 私は自然とうつむきがちになっていたが、トウが突然大きな声を上げたので、思わず顔を上げる。


 ちょうどトウの金色の瞳と、真正面からかち合う。


 その色は、いつになく真剣味を帯びているように見えた。


「……ニブいって言ったのは、ぜんぜん俺の気持ちに気づかないことについてだから」

「え?」

「ハアー……。もうホント、ニブすぎて嫌になるわ。俺ずっとお前に片思いしてんのに」


 「なんでお前みたいなやつを好きになったんだか」というため息にも似たトウの言葉を聞きながら、私は再度固まってしまう。


 ――「ずっとお前に片思いしてんのに」ってことは……トウって……。


「わ、私のことが好きなの……?」

「……そう言ってんじゃん。バカ」

「ええっ、そ、そそそそんな――」


 真っ赤な顔をしたトウを前に、私がバグった声を出した次の瞬間――私たちのいる空き教室の扉が、ものすごい音を立てて閉まった。


 そしていつの間にか教室内が赤く染まっていて、窓に目をやれば空が真っ赤な色になっている。


 私は混乱の中、すぐにひとつの可能性の思い至る。


「もしかしてここは――『愛の告白をしてはいけない教室』!!!???」


「……ハア?」

「聞いたことないの?! 『愛の告白をしてはいけない教室』!!!」

「……ない」

「愛の告白をすると異空間へと教室を飛ばす、学園に棲みついている怪異なの! 愛を否定するまでその異空間は持続し、愛の告白をして成立しそうになったカップルを引き裂くという怪異! それが『愛の告白をしてはいけない教室』!!!」

「普通にカスな怪異だな。……つーかお前よく知ってるな。それとなんで急に早口になったの……」


 トウの至極冷静な指摘を受けて、私は口をつぐんだ。


 「愛の告白をしてはいけない教室」について知識があったのは、もちろん『マギ日』を愛読していたからである。


 「愛の告白をしてはいけない教室」は『マギ日』にて登場した怪異。ただし一話完結のエピソードで言及されただけのいわゆる学校の怪談に分類される怪異である。


 ハッキリ言って名前で出オチている一発ネタというやつであったが、二次創作を嗜む『マギ日』オタクには大いにウケた。


 そして急に早口になったのは、オタクの早口というやつである。大好きなものについて言及するときに妙に早口になってしまうという、あの現象だ。


 しかしそれらをまとめてトウにひとことで説明するのは難しい。そもそも、まず「実は私異世界転生者で~」という前提から話始めないといけない。


 それは、正直に言ってめんどくさい。


 だから私は話をそらすことにした。


「――元の世界へ返してもらうには具体的な方法がふたつあるんだけど……」

「わかりやすく話そらすな」

「……まずひとつ目はさっき言った『愛を否定する』ことで……」

「……ふたつ目は?」


 私がトウのツッコミを無視すれば、トウはあきらめたのか話の続きを促してくれる。


「……『愛の告白』をしまくることです」

「ハア?」

「怪異は純愛とかが嫌いなの。一説によると恋に破れた生徒の怨念から生まれた怪異だから」

「……ハア。それがなんで『愛の告白』をしまくるのが打開策なわけ?」

「愛が嫌いだから、『愛の告白』を聞くと苦しむの。そうやって極限まで苦しめれば元の世界に返してもらえるってわけ」


 私が真剣な顔をして説明し終えると、トウの顔には「絶句」と書いてあった。


 まあ、たしかにバカバカしい設定だ。


 けれども夢小説とかを嗜む夢女子や、キャラクター同士のカップリングを嗜む『マギ日』オタクには非常にウケがよかった。


 私も投稿サイトで――冗談ではなく――何百もの「愛の告白をしてはいけない教室」ネタの作品を見てきたものだ。


 ふたりだけの密室。課された試練。「愛の告白」をしなければ出られないという制約……。


 にやにやしながら、「愛の告白をしてはいけない教室」ネタの作品を見ていた前世の自分が脳裏によみがえる。


「トウ! ここから出るにはトウが私に『愛の告白』をしまくるしかないの!」


 私がそう言えば、トウはかすかに頬を赤らめたまま、一度だけうつむいた。


 かと思えばガバリと勢いよく顔を上げて、つかつかと私のそばまで歩み寄ってきた。


「……一個、約束してくれる?」

「え? なに?」

「……ここ、出られたらちゃんと返事聞かせて」

「う、うん。わかった!」

「うん。ヨロシク」


 トウはそう言ってから、深呼吸でもするように、深いため息にも似た息を吐いた。


「……あのさ、俺がお前に惚れてるとか考えてないみたいな顔してたけど、惚れるにきまってるでしょ」


「手料理も、おしゃれも、勉強も、ぜんぶアルス先輩のためだってわかってたけど、毎回一番に俺に手料理振る舞って、俺が褒めたら喜んだ顔してさ、そんなことされ続けたら男は惚れるから」


「買い物付き合わせてどっちがいいかとか聞いてきて、素直に俺の言うこと聞いて服選ぶし。毎回荷物持ちさせんなよって言ってたけど、本当はうれしかった。お前が猫かぶりしない相手って限られてるし」


「あと化粧とか毎回聞いてくるの心臓に悪い。口紅とかつけてるとさ、ホント可愛くてマジでキスしそうになるのこらえてたんだからな」


「俺とは平気でふたりきりになるし。いつもいつも、いっそお前に俺の気持ちぶちまけてやろうかって考えてた」


「……でもお前はアルス先輩のことが好きだって言うから、我慢してた」


「――けど、もう我慢しなくてもいいよな?」


 トウの金色の瞳が、まるで私を射抜かんとするばかりの鋭さを帯びる。


 けれども私は、そこに剣呑さよりも――どうしようもない、恋慕の情を見た。


「リリエ、愛してる。これから一生大事にするから、俺を選んで」


 私の頬がどうしようもない熱を帯びるのと同時に、どこか遠いところで怪異の断末魔の声を聞いた。





 ……あれから。


 あれから私が受けた失恋の傷は秒で癒えた。


 もちろんトウの「愛の告白」のお陰だ。


 私の心が現金なやつでよかった。


 そしてもちろん、「愛の告白をしてはいけない教室」からは無事に脱出することができたのだが、私たちは教師陣を前に脱出できた理由について事細かに話さなければならなくなった。


 なぜなら「愛の告白をしてはいけない教室」から脱出できる方法のうち、知られていたのは「愛を否定する」ことだけだったのだ。


 私の「愛の告白をし続ける」という方法は、いわゆる二次創作ネタだったのだ。


 「愛の告白をしてはいけない教室」ネタの二次創作作品を読みまくっているうちに、原作の設定と混同してしまっていたというわけである。二次創作を嗜むオタクあるある……だと思いたい。


 お陰様で教師陣の前でトウとどのようなやり取りをしたのか、トウからどのようなセリフを投げかけられたのかを――アルス先輩の話は除いて――詳らかにするという、とんだ羞恥プレイを味わうハメになった。


 しかもどこからかその話が洩れたらしく、私とトウは一躍「全校生徒公認カップル」みたいな立場になったし、「ものすごいラブラブなバカップル」と顔も知らない生徒から認識されることとなった。


 さらにそんな話が出回ったことで、以降「愛の告白をしてはいけない教室」で愛を試すカップルがあとを絶たず、怪異は耐えられなかったのか、徐々に「愛の告白をしてはいけない教室」の噂話を聞くこともなくなって行った。


 ただ、なぜか「愛の告白をしてはいけない教室」の怪異が消えたのは、「ものすごいラブラブなバカップル」――私とトウのお陰だということになっていた。


 ……私とトウがそれを知ったのは、私たちの母校である魔法学園に進学した娘から「こんな伝説があってね」と聞かされたときである。


 熱心に学園の話をする娘と、思わずそっぽを向いて恥ずかしげにするトウを見て、私はついつい笑みをこぼしてしまったのだった。

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