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恐怖と天使  作者: ISSA
究極の二択
2/4

第一章:「最悪の出会いは、たぶん運命だった。」

前回の続きです。

 街は今日もフルボリュームのサウンドチェック中。

 クラクションがメロディーを刻み、

 ブレーキはギュルッとドラムロール。

 そして、女子の悲鳴が高音域のソプラノで空を切り裂いた。

 さながら都会という名の交響曲、指揮者は誰もいないままに。

 人波がザワザワと喋り続ける中、車が地面に「ごめん」と擦りつけるような音で止まり、その瞬間、空気を裂く女子の悲鳴。

 まるで日常にスパイスをかけすぎた都市のスリラータイム。

 雑踏のノイズは、まるで都会の心音。

 ブレーキの悲鳴がアスファルトを引っかき、女子の叫び声が、現実に穴を開けた――

 今日も、街はドラマを生み続けている。


「今日から、この学園で“普通の女子高生”としての人生を始める……はずだったのですわ」彼女はそう小さくつぶやいて、自身の心を落ち着かせた。

 ──黒塗りのハイヤーが止まる。

 後部座席のドアが開き、ひとりの少女が優雅に降り立つ。

 一尺八寸 楓花。

 リボン付きのハイブランド制服。

 きっちり巻かれた縦ロール。

 そして周囲に花粉のように舞う──圧

「……え、誰あれ?」

 口々にみんなが言う。

「マジで令嬢……? 制服、金の刺繍入ってるぞ」

「オーラ強すぎて近寄れねぇ……」

 一人が言い出すと、次々に驚く声が出ている

 その反応をよそに、楓花は自信満々に足を踏み出す。

 だが──

「……っ!」

 スマホ片手に歩道をノールックで突っ切る男子生徒と、真正面から──ぶつかった。

 その瞬間、男子の生徒の手から飛び出た缶のジュースが、ガシャッ、制服の胸元にジュースがぶちまけられる。

「きゃっ!? ……な、なにをなさってるんですの、あなた! 服が……わたくしの制服が汚れましたわ!」

「は? おい、そっちが急に止まるからだろ? って……なにその制服。コスプレイベントか?」

「コ、コスプレですって!? これ、特注で仕立てた由緒ある一尺八寸家監修の──」

「知らんし。てかそんなもんで目立ちすぎなんだよ。ここ、道のど真ん中なんだけど。普通に歩けよ」

「ちょっと失礼ですわね! あなた、庶民風情が誰に向かってそんな口を──」

「……は? ──すごいな、“庶民風情”とかマジで言うやつ、実在したんだ」

「……は? “は?”じゃありませんわよ、“は?”ってなんですの、“は?”って!!」

「いやいやいや……“庶民風情”って今さら言うやつ、漫画の中だけだと思ってたわ」

「……っ!?」

「てっきり歴史の教科書の中にしかいねぇと思ってたわ、絶滅危惧種かよ、お姫様」

「わたくしは真剣ですの! あなたのような無礼者とは、お話になりませんわ!!」

 静電気のような火花が散り始め…。

 周囲の空気が、一気に張り詰める。

「やべぇ、あれ……ケンカ始まる?」

「朝から何これ……イケメンとお嬢、絶対相性最悪じゃん……」

 だが、その火花を切ったのは、楓花が落とした小さなハンカチだった。

 白地に、古めかしい家紋のような刺繍。

 それをふと見た弥生が──目を細める。

「……なんだ、この模様……」

 一瞬、何かを思い出しそうになる。

 けれど、何も言わず彼は立ち去った。

「……ムッッカつく!! あんな無礼者、二度と会いたくありませんわっ!」



 〈教室では〉

「じゃあ今日は、転校生を紹介するぞー」

「近藤弥生くん、だ」

「……えぇぇええええ!?!?!?!?!?!?」

 しかも、その席は──彼女の隣だった。

「最悪の出会いだった。二度と関わりたくない相手のはずなのに……どうして、こうなりましたの……?」彼女はそう呟いた。

 席についた彼は、まるで何事もなかったようにあくびをした。

 それが、彼の“通常運転”であると同時に──

 彼女の“非日常”のはじまりだった。

 ──だがまだ、ふたりは知らない。

 その“最悪の出会い”が、運命だったということを。


「じゃぁ、ホームルーム始めんぞ~。まぁ転校生もきたしまずは景気づけに席替えだ~ww」

 2-A教室。

 席順発表の混乱が落ち着く中──

 楓花の隣に、あの男が、当然のように腰を下ろした。

 近藤弥生。

 不機嫌そうな目。無造作な髪。制服のネクタイ、ちゃんと締めてない。

 それだけで既にアウト。許せない。

「…………」

「……はあ。よりによって隣かよ。ついてねえ」

「わたくしこそですわ。今から転席届を出しに行ってきますの」

「……早すぎだろ。てか、転席届ってどこの制度だよ?」

「あら……。庶民の学校だから、ないのかしら?」

「ねぇよ。お嬢様?お嬢様(かねもちふぜい)

 バチッ

 二人の視線が交差するたび、周囲の空気が数度下がる気がした。

「ねえ、あの子すごく綺麗じゃない? 転校生の子となんかあったのかな」

「てか、どっちも目立ちすぎて近寄れねえ……」

 その空気を割るように、一人の少女が楓花の机にスッと現れた。

 八乙女 凛。メイド服ではないが、明らかに異質な“完璧すぎる身のこなし”。

「お嬢様、お飲み物を。ハーバルティに蜂蜜を加えてございます」

「あら、ありがとう。……弥生さん、“庶民”にもこういうの、あるのかしら?」

「ねえよ。てか持ち込み禁止じゃないの?」

「学校側には特別許可をいただいておりますので、ご安心ください。ですよね?お嬢様」

「おかしいだろその制度……」

 楓花はにっこりと笑う。

「あなたが“普通”の学生として扱われているの、逆に不思議ですわ」

「こっちのセリフだよ……どこの国から来たんだよお前」

 言葉の応酬は止まらない。が──

 ふと、弥生の手元が見えた。

 彼の机の上に置かれた筆箱のチャックに、小さなストラップがついている。

 それを見た楓花の目が、一瞬だけ揺れた。

「……それ、どこで手に入れましたの?」

「ん? これ? 昔……ガチャガチャだったかな。……って、おまえ知ってんの?」

「……いえ。たぶん、気のせいですの」

 だが楓花は見ていた。

 そのストラップに、夢で見た黒い羽根の形が、微かに似ていることを──。


 キーンコーンカーンコーンキーンコーンカンコン

「じゃ、今日はここまでー。放課後、転入者は生徒指導室に来るように」

 弥生が立ち上がろうとした瞬間、楓花がわざとらしく椅子を引く。

 ガタン、と彼がバランスを崩す。

「って、おい!」

「うふふ、“庶民”のバランス感覚、脆弱ですのね」

 バチバチバチバチ……


 こうして、“最悪の隣人関係”は、

 “今日一日すら無事に終えられそうにない”ことを予感させながら、幕を開けた。



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