第一章:「最悪の出会いは、たぶん運命だった。」
前回の続きです。
街は今日もフルボリュームのサウンドチェック中。
クラクションがメロディーを刻み、
ブレーキはギュルッとドラムロール。
そして、女子の悲鳴が高音域のソプラノで空を切り裂いた。
さながら都会という名の交響曲、指揮者は誰もいないままに。
人波がザワザワと喋り続ける中、車が地面に「ごめん」と擦りつけるような音で止まり、その瞬間、空気を裂く女子の悲鳴。
まるで日常にスパイスをかけすぎた都市のスリラータイム。
雑踏のノイズは、まるで都会の心音。
ブレーキの悲鳴がアスファルトを引っかき、女子の叫び声が、現実に穴を開けた――
今日も、街はドラマを生み続けている。
「今日から、この学園で“普通の女子高生”としての人生を始める……はずだったのですわ」彼女はそう小さくつぶやいて、自身の心を落ち着かせた。
──黒塗りのハイヤーが止まる。
後部座席のドアが開き、ひとりの少女が優雅に降り立つ。
一尺八寸 楓花。
リボン付きのハイブランド制服。
きっちり巻かれた縦ロール。
そして周囲に花粉のように舞う──圧
「……え、誰あれ?」
口々にみんなが言う。
「マジで令嬢……? 制服、金の刺繍入ってるぞ」
「オーラ強すぎて近寄れねぇ……」
一人が言い出すと、次々に驚く声が出ている
その反応をよそに、楓花は自信満々に足を踏み出す。
だが──
「……っ!」
スマホ片手に歩道をノールックで突っ切る男子生徒と、真正面から──ぶつかった。
その瞬間、男子の生徒の手から飛び出た缶のジュースが、ガシャッ、制服の胸元にジュースがぶちまけられる。
「きゃっ!? ……な、なにをなさってるんですの、あなた! 服が……わたくしの制服が汚れましたわ!」
「は? おい、そっちが急に止まるからだろ? って……なにその制服。コスプレイベントか?」
「コ、コスプレですって!? これ、特注で仕立てた由緒ある一尺八寸家監修の──」
「知らんし。てかそんなもんで目立ちすぎなんだよ。ここ、道のど真ん中なんだけど。普通に歩けよ」
「ちょっと失礼ですわね! あなた、庶民風情が誰に向かってそんな口を──」
「……は? ──すごいな、“庶民風情”とかマジで言うやつ、実在したんだ」
「……は? “は?”じゃありませんわよ、“は?”ってなんですの、“は?”って!!」
「いやいやいや……“庶民風情”って今さら言うやつ、漫画の中だけだと思ってたわ」
「……っ!?」
「てっきり歴史の教科書の中にしかいねぇと思ってたわ、絶滅危惧種かよ、お姫様」
「わたくしは真剣ですの! あなたのような無礼者とは、お話になりませんわ!!」
静電気のような火花が散り始め…。
周囲の空気が、一気に張り詰める。
「やべぇ、あれ……ケンカ始まる?」
「朝から何これ……イケメンとお嬢、絶対相性最悪じゃん……」
だが、その火花を切ったのは、楓花が落とした小さなハンカチだった。
白地に、古めかしい家紋のような刺繍。
それをふと見た弥生が──目を細める。
「……なんだ、この模様……」
一瞬、何かを思い出しそうになる。
けれど、何も言わず彼は立ち去った。
「……ムッッカつく!! あんな無礼者、二度と会いたくありませんわっ!」
〈教室では〉
「じゃあ今日は、転校生を紹介するぞー」
「近藤弥生くん、だ」
「……えぇぇええええ!?!?!?!?!?!?」
しかも、その席は──彼女の隣だった。
「最悪の出会いだった。二度と関わりたくない相手のはずなのに……どうして、こうなりましたの……?」彼女はそう呟いた。
席についた彼は、まるで何事もなかったようにあくびをした。
それが、彼の“通常運転”であると同時に──
彼女の“非日常”のはじまりだった。
──だがまだ、ふたりは知らない。
その“最悪の出会い”が、運命だったということを。
「じゃぁ、ホームルーム始めんぞ~。まぁ転校生もきたしまずは景気づけに席替えだ~ww」
2-A教室。
席順発表の混乱が落ち着く中──
楓花の隣に、あの男が、当然のように腰を下ろした。
近藤弥生。
不機嫌そうな目。無造作な髪。制服のネクタイ、ちゃんと締めてない。
それだけで既にアウト。許せない。
「…………」
「……はあ。よりによって隣かよ。ついてねえ」
「わたくしこそですわ。今から転席届を出しに行ってきますの」
「……早すぎだろ。てか、転席届ってどこの制度だよ?」
「あら……。庶民の学校だから、ないのかしら?」
「ねぇよ。お嬢様?お嬢様」
バチッ
二人の視線が交差するたび、周囲の空気が数度下がる気がした。
「ねえ、あの子すごく綺麗じゃない? 転校生の子となんかあったのかな」
「てか、どっちも目立ちすぎて近寄れねえ……」
その空気を割るように、一人の少女が楓花の机にスッと現れた。
八乙女 凛。メイド服ではないが、明らかに異質な“完璧すぎる身のこなし”。
「お嬢様、お飲み物を。ハーバルティに蜂蜜を加えてございます」
「あら、ありがとう。……弥生さん、“庶民”にもこういうの、あるのかしら?」
「ねえよ。てか持ち込み禁止じゃないの?」
「学校側には特別許可をいただいておりますので、ご安心ください。ですよね?お嬢様」
「おかしいだろその制度……」
楓花はにっこりと笑う。
「あなたが“普通”の学生として扱われているの、逆に不思議ですわ」
「こっちのセリフだよ……どこの国から来たんだよお前」
言葉の応酬は止まらない。が──
ふと、弥生の手元が見えた。
彼の机の上に置かれた筆箱のチャックに、小さなストラップがついている。
それを見た楓花の目が、一瞬だけ揺れた。
「……それ、どこで手に入れましたの?」
「ん? これ? 昔……ガチャガチャだったかな。……って、おまえ知ってんの?」
「……いえ。たぶん、気のせいですの」
だが楓花は見ていた。
そのストラップに、夢で見た黒い羽根の形が、微かに似ていることを──。
キーンコーンカーンコーンキーンコーンカンコン
「じゃ、今日はここまでー。放課後、転入者は生徒指導室に来るように」
弥生が立ち上がろうとした瞬間、楓花がわざとらしく椅子を引く。
ガタン、と彼がバランスを崩す。
「って、おい!」
「うふふ、“庶民”のバランス感覚、脆弱ですのね」
バチバチバチバチ……
こうして、“最悪の隣人関係”は、
“今日一日すら無事に終えられそうにない”ことを予感させながら、幕を開けた。