【プロローグ :黒翼の記憶】
「黒い羽根が舞い落ちるとき、運命は“兄妹”を引き裂く」
少女は、見知らぬ教会跡に立っていた。
崩れたステンドグラスから青白い月光が差し込んでいる。床には砕けたガラス片が散らばり、ひんやりとした冷気が足元をすり抜けていく。
「また……この場所」
何度も、何度も見たことがある場所。
だが、今日は違う。
今までの夢とは何かが違うのだと、彼女は強く感じていた。
暗闇の中から、ふわりと一匹の影が現れる。それは、黒い羽根を持つ存在だった──ヴェルト。
使い魔のようで、何かもっと大きな力を持っているような不思議な存在。
その存在が、静かに告げる。
「目覚める時が近づいている。主よ。」
その声に、楓花はわずかに身を震わせる。
そして、夢の中で彼女は気づく。
自分の足元に、まるで手招きするかのように落ちていた黒い羽根。
その羽根を拾おうとした瞬間──
「それは、お前の力。忘れているだろうが、それが目覚める時、お前の運命も動き出す。」
「……わたくしの、力?」
「その力が、お前を導く。だが、道を選ばなければならない時が来る。」
楓花は足を止め、羽根を手に取る。その瞬間、頭の中に閃光が走る。記憶の断片が次々に蘇る──その一つ一つが、楓花を不安にさせた。
「これが……わたくしの運命?」
目の前の黒い羽根に触れたとき、楓花は自分がこれまで無意識に避けてきたものに、ようやく直面する覚悟を決める。
その時──闇の中から冷たい声が響いた。
ヴェルト「お前が知らないことがある。お前は、まだその力を正しく使う準備ができていない。」
「でも、わたくしは──」
その目に宿ったのは、純粋な好奇心でも、怖れでもない
「……いいえ。わたくし、知りたいんですの。わたくしが“何”なのか」
少女はそう小さく呟いた。。──確かな、意思。
使い魔が一歩、少女の前に進み出る。
その細長い尻尾が空気を切り裂くように揺れる。
「ならば、主よ。いずれ貴女は“選ばねばなりません”。その時、我は傍に必ずおります。」
周囲の闇が渦を巻き、背後に人影が現れる。
顔は見えない。だが、その声だけははっきりと響いた。
謎の声「楓花……君は、思い出してはいけない」
少女ははっとする。その声は──
「……主の感情が、乱れている」使い魔が微かに耳を動かし、低く呟いた。
その瞬間、使い魔の体表に淡い光の模様が浮かび上がった。尾が逆立ち、毛並みが風もないのにざわめく。
使い魔「この“記憶”は、深すぎる……。これ以上は、主の精神が──」
使い魔の声に、焦りが滲んでいた。
「だって──あなたの声は、弥生さんの声と、そっくりでしたから」
その瞬間、闇が一気に崩れ落ちる。
黒い羽根が舞い、足元の床が割れ、彼女は虚空へと落ちていく。
浮遊する光と羽根のなかで、少女の唇がわずかに動く。
楓花「──助けて、弥生さん……」
使い魔がその場に残り、静かに宙を見上げた。
「……運命は、もう動き出してしまったのですな」
鐘の音が、遠くで鳴った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
『恐怖と天使』は、運命に翻弄される少年少女の“記憶”と“選択”を描く物語です。
出会ってはいけなかったはずのふたりが、学園で偶然再会し、
忘れられた過去と向き合いながらも、確実に惹かれ合っていく。
一尺八寸楓花と近藤弥生──彼らが“兄妹”かもしれないという禁忌の関係、
そこに「天使」や「悪魔」の因子が絡み合うことで、
彼らの想いはラブコメでは終わらない“運命の物語”へと踏み出していきます。
なぜ夢を見るのか?
なぜ黒い羽根が舞うのか?
なぜ彼女は、あの人の声を“懐かしい”と感じたのか。
それらの答えは、これから少しずつ明かされていきます。
この物語を通して、「運命とは何か」「血とは何か」「誰を信じるのか」
というテーマを、読者の皆さんと一緒に考えていけたら嬉しいです。
それではまた、次の話でお会いしましょう。
お読みいただき、本当にありがとうございました。
ISSA