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星夜光

「え?」

「やっぱり! あなたたち見た時からそんな気がしていたわ。わたしには霊能力はないけれど、男女間のそういうのはわかるのよ。石田さんと恵子さんを北海道のあの夜道で初めて見た時もピンと来たもの。だから別れるって恵子さんの口から聞いた時、絶対に三十五年後にお会いなさいって勧めたの」

「お前、すごいな。わしにはあの夜何もわからんかった。それどころかフィアンセがいるのに、こんなかわいい子を泣かせて、と少し憤慨しておったよ」

「当然ですよ。それが女ってものです。それに、石田さんと恵子さんとは生前いっしょになれなかったけれど、こうしてお二人のお子さんたちがその意志を継いでいっしょになって、そしてお店を守って行く。本当に素敵なことですよ」

 本当に素敵なこと、か。ああ、そう言えば、中谷恵子の記憶の中で、石田は恵子に三十五年後のプロポーズをしていたな。なるほど、こう言うことだったのか。すべてが繋がっているんだな。

「それで、返事は?」

 石田が真剣な面持ちで香織に尋ねた。

「え? 今? ここで?」

「もちろん今だ」

「わかりました……謹んでお受けします」

「おめでとう!」

 その場に居た皆が祝福を贈った。

「ありがとう。ねえ、店長、いいえ、石田さん、わたし一つだけお願いがあります」

 香織は少し甘えたような声でこう言った。

「一度、母と石田さんの思い出の地、北海道にわたしを連れて行って。そして星夜光を見たいわ。二人が見たあの星空をね」

「お安い御用だ。じゃあ山田さんご夫妻のように新婚旅行で行こう」

「いいえ、新婚旅行は、アメリカ西海岸がいい」



※                ※ 



 それから暫くして、俺の下に小包が届いた。

 差出人は、石田清となっていた。ああ、あの切れ者マスターか。中にはガラス瓶に入ったくぎ煮と、一枚の写真が入っていた。

 俺は写真を手に取ってじっと眺める。写真は赤い路面電車と海をバックに仲良く肩を寄せ合う香織と石田のツーショットだった。サンフランシスコだろうか。写真の中の彼女は、すべてが吹っ切れたように晴れ晴れとしていた。

 ああ、くそっ、新婚旅行か、ホントに西海岸に行ったんだな、あの二人。羨ましいじゃないか。俺は少しだけ石田清に嫉妬を感じていた。

 早速ガラス瓶を開けてくぎ煮を少し摘む。甘辛い醤油と磯の香りが口いっぱいに広がる。美味いな。こりゃあアルコールが進みそうだ。

 と、その時、階下で玄関の扉の開く音が聞こえた。ん、お客さんか。

 俺はふと背後に気配を感じて振り向くと、そこには若い男女のにっこりと微笑む姿が。

 あれ? 香織さん、わざわざ来てくれたのか。

「今、これ届い……」

 違う。父親と母親の方だ。ああ若き日の姿か。あのシスコの写真に写る二人に本当にそっくりだ。その晴れ晴れした表情まで。

 俺は摘んだくぎ煮を口に放り込み、軽く会釈を交わす。石田幸雄は「どうです? 美味いでしょう?」と言わんばかりの得意げな顔だ。なるほど、律儀にも俺への約束を守ってくれたのか。

 二人は丁寧にお辞儀をするとやがてまたどこかへ出て行ってしまった。もう夜明けに足音を響かせてやって来ることもないだろう。

 俺はアルコールよりも温かいご飯が無性に恋しくなった。


                          星夜光     了


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