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偶然ではないの

 そして俺たちは再びスタッフルームに戻った。

 時刻は午後七時を少し回ったところだった。初夏の暮れなずむ街の景色が窓に映っていた。青く透明な中に明るさを徐々に増す街灯の光がわびしく滲む。一堂会したところで男が切り出した。

「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私はこの店のオーナーの石田清と申します」

 なるほど、ようやく俺は理解した。そうだ、確かにあの日うちにやって来たのは二人だったはずだ。

「やはりあなたでしたか。あの日来られたのは」

「ええ。あなたとお話したのも、写真をお見せしたのも私ですよ」

「わたしはあなたではなく石田幸雄さんと会話をしていたつもりでしたが」

「ああ、やはりあの場に父がいたのですね?」

「そう、お二人来られたのに、いつのまにか幸雄さんだけになっていた。途中からピンと来ました」

「生きている者、死んでいる者、この二つの区別はそんなにも付かないものなのですね。花井君の言った通りだ」

「ええ、そう。見えるか見えないかの違いだけで、もし見えるならその両者の区別は余程熟練でなければ見分けは付きませんよ。だから花井さんが恵子さんを見た時の反応を聞いて、彼女は本物だと確信しました」

「ええ、だから彼女が天宮さん、あなたのことを私に紹介してくれたのです」

(なるほど、今回の仕掛け人は花井さんだったってことか)俺は納得した。

 ようやく落ち着いた花井香織は俺にこう言った。

「取り乱してすみません。もう大丈夫。石田店長さんのお父様はね、二十一年前に亡くなっているの。お母さんと同じ震災の犠牲者なの。二階で助かったのは当時十才だったこの店長ね。そして一階で亡くなったのは石田さんのお父様ではなくて石田さん本人だったのよ。でも天宮さん、初めから石田さんがもういないってわかっていたでしょ?」

「ええ。わたしに会いに来られた時から」

「わたしも知ってたんだ。昨年の秋、初めてお母さんがここに現れ出した頃から石田さんのお父様の姿も見えるようになったの。でもどうして店長のお父様は恵子さんがわからなかったのかしら?」

「おそらく石田幸雄さんは、死に際であまりにも強く一つのことに固執した結果、他の何も見えなくなってしまった」

「強い未練と言うことなの?」

「その通り。具体的に言えば、何としても二〇一五年十一月一日にここに来たいと心から願ったはずだ。そしてそのためには約束の日まで店を存続させなければならない。その渇望が強い念となり、石田さんの心はこの店に捉われてしまった。本来の目的である恵子さんとの再会を忘れてただ店を守ろうとしていた」

「つまり何のためにそうするのか、ではなく、ただその行動だけで石田さんはこの世界に留まっていたということね」

「ええそうです。だから逆にこの店の存続を脅かす恵子さんの出現に戸惑いを覚えた」

「まるで本末転倒ね」

「ええ。その通り。肉体が消滅して尚、この世に留まっている人の正体は、その人が死ぬ間際に残した単純な、しかしとても強い念なのです。それを私や、花井さんのように感受性の強い人は敏感に感じ取ってしまう。まあそれが私たちの役割でもあるのですが。ところで花井さん、わたし、どうしてもわからないことがあります」

「はい、何でしょう?」

「あなたはなぜこの店で勤めることになったのでしょうか? 今回のこの件が起こるよりもずっと前からあなたはこの店で働いていましたよね? とても偶然とは思えない」

「偶然ではないの」

 香織は俺をじっと見据えてゆっくりと語り出した。

                              続く            

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