半年遅刻
「ああ、思い出した。全部思い出した。恵子、恵子に会いたい、その一心で俺はずっとここに留まっていたのだ」
――やっと会えた。
――恵子ちゃん!
気が付くと彼女はいつもの窓辺の席に座っていた。歩み寄る石田。彼もいつの間にか若い姿に戻っていた。
――ずいぶん待たせたな。
――昨年秋にあなたを見た時、あなたにはわたしが見えなかった。もう見つけてくれないのかと思った。
――ごめん。でももうこれからは離れないよ。ずっと。
――ありがとう。半年遅刻ね。この時を待っていたの。本当に会いたかった。
「お母さん! お母さんなのね?」
――香織。毎日百合の花を供えてくれてありがとう。あの百合のおかげでわたしは迷わずここへやって来ることができました。あんなにちっちゃくて可愛かった香織。今はこんなにきれいになって。あなたには随分淋しい思いをさせてしまってごめんなさい。
「ううん。会えてよかった」
恵子はじっと香織を見つめている。その顔は、いつのまにかやさしい母の顔だった。
「お母さん。わたしを産んでくれてありがとう。感謝しています」
恵子はにっこり微笑んだ。
――香織、あなたがわたしを見つけてくれなければ、わたしは永遠にここで待ち続けなればなりませんでした。本当にありがとう。
――さあ、行こう。恵子ちゃん、いや、恵子。わたしはもう何も思い残すことはない。これからはずっといっしょだ。
――ええ。わたし、もう一度、あなたと旅がしたいわ。もう一度あの湖へ。
「お母さん、行かないで」
――さようなら香織。次に生まれて来ても、必ずわたしの子供になってね。
「お母さん……」
そして二人は仲良く消えて行った。まるであのオンネトーを覆っていたミルク色の霧が眩い光に照らされて消え去るように。すぅっと空気になった。
「恵子さん、恵子さんがここにいるのね?」
奈緒美が香織に尋ねた。しかし香織はうんうんと頷いただけで答えられなかった。奈緒美がやさしく香織の頭を撫でると彼女は奈緒美の肩にしなだれて泣いた。えんえんと声を出して子供のように泣いた。
「あなた、本当に恵子さんによく似ているわ。泣き方まであの時の彼女にそっくり。親子でこんなふうに慰めることになるなんて、不思議ね」
その時、後ろで男の声がした。
「天宮さん、父がすっかりご迷惑をお掛けしてしまいましたね」
ふと見ると、先ほどのハンサムなソムリエが横に立っていた。いかにも切れ者のマスターと言った感じだ。
「ここでは何ですので、あちらでお話しましょう。花井君、君も落ち着いたらスタッフルームまでお願いします」
見回すと店にはすでに三々五々、客が席に付いていた。ディナータイムが始まったのだ。
「ねえ、店長さん、わたしたちもそのお話に参加させてもらってもいいかしら?」
香織の頭をやさしく撫でながら奈緒美が言った。
「ええ、もちろん。食事は遅くなってしまいますが」
「全然構わないわ。楽しみは後の方が、ね、あなた」
「ああ」
続く




