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二十一年後

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 二十一年後

 それは五月下旬のことだった。二人の紳士が俺を訪ねてやって来た。年はおそらく五十前後。俺とさほど変わらない。決して高級なブランド物のスーツに身を包んでいるわけではないが、とても清潔感に溢れ、どこか気品がある。

「お初にお目にかかります。わたし、石田幸雄と申します」

「はじめまして、天宮です」

 通り一遍の挨拶を交わし、おもむろに男は鞄からファイルを取り出した。

 ん、客は二人来たと思ったが……。

「さっそくですが、これ、あなたどう思いますか?」

 石田と名乗る男はファイルの中から一枚の写真を差し出した。俺は渡された一枚の写真を手に取ってじっと見つめた。

「どれどれ、ほう、こいつは美しい。これは?」

「うちの店ですよ」

 おしゃれな店だ。女性向けの観光ガイドブックによくありそうなカフェだろうか。

 写真は、店の奥からホール席に向けて撮ったものだろう。椅子もテーブルも床も壁もすべてがブラウンの木目調で統一されていた。良い趣味だ。天井の小さなシャンデリアは橙色の光をやわらかく放っていたが、それよりも突き当たりの大窓から入り込む明るい陽光が店内を白く幻想的に滲ませていた。

 ソフトフォーカスされた店内とは対照的に大窓の向こうには鮮やかな海と空、それと大きな白い吊橋がひときわ目を引いた。そのメインタワーから左右対称に伸びたワイヤーの曲線美が美しい。おそらく明石海峡大橋だろうか。

 白いワンピースを着た女性が一人、窓際の四人掛けのテーブル席に座っていた。ほかに客は見当たらない。もしかしたらその女性は客ではなく、撮影用のモデルかもしれない。おそらくそう考えるのが妥当だろう。

 ただその女性はあまりに清楚な感じだ。いや清楚と言うより質素か。普段着のようにも見える。モデルにしては飾り気がなさ過ぎる。

 彼女は窓辺の席に腰掛けてじっと外を眺めていた。向こうを向いているので顔は見えなかったが、その背中まで垂れ下がったストレートの黒髪が白いワンピースに映えて美しい。おそらく若い女性だろう。俺はその女にどこか見覚えがあった。だが思い出せない。誰だったろう。そしてテーブルにはワンピースと同じ真っ白い百合の一輪挿しが飾られていた。

「おしゃれなお店ですね」

「恐縮です。これは店のホームページ用に撮ったものです。元々はわたしの父が脱サラして始めた店でした。その父も二十年ほど前に亡くなり、その後わたしが引き継ぎました。昔はごく普通の喫茶店でした。良く言えばひなびた感じの、悪く言えば閑散とした国道沿いのごくありふれたドライブインでした。ところが橋が出来て以来、観光客が大勢来るようになった。それに合わせ、今風に改装して、喫茶軽食ではなくイタリアンレストランにしました。それで最近ネットの食べナビと言うサイトに登録したのですよ」

「なるほど。なかなか商売がお上手ですね。今はやっぱりインターネットですか」

「ネットの口コミの効果は侮れませんよ。わしの様な年寄りでも商売をやるからには、ね。見様見まね、何とかの手習いと言うやつですわ。あなたもそのお一人でしょう?」

 そう言って石田はにっこり微笑んだ。

「なるほど」

 頷いて俺はもう一度その写真に写った白いワンピースの女性をじっと見つめた。その時、写真からかすかに古い本の匂いがした。

「この女性はモデルさんか何かでしょうか? 顔が見られなくて残念ですね」

 石田はそれには答えず、ニヤリと笑みを浮かべてこんなことを言った。

「ほう。常世探偵と呼ばれるのもまんざらウソではないようだ」

「どうしてその名前を?」

「ええ。うちの若い女の子から聞きました。あなたはこう言った事件ばかりを手掛けておられるとね」

                                    続く


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