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お母さん

   6


「天宮さん」

 どこかで俺を呼ぶ声が聞こえた。ふと目を開けると、花井がすぐ横に立っていた。窓の外は青い帳に包まれている。明石海峡大橋のライトが先程よりも少し明るく瞬いていた。ふと時計を見る。もうすぐ六時半になる。店内の照明にもオレンジ色のやさしい灯りが点っていた。まもなくディナータイムが始まるのだろう。一つ向こうの窓際の席にはすでに予約席の札が置かれていた。

「あ、すみません」

「コーヒーどうぞ」

 彼女はにっこり笑いながらその日二杯目のコーヒーを俺の前に置いた。

「あ、彼女は?」

「え? 彼女? やっぱり来たのね?」

「ええ。夢なのか、現実なのかはよくわからないのですが、僕はその、彼女と時を同じくしていました」

「時を? どういうことですか?」

「あ、石田さん」

 ふと見るといつの間にか石田が後ろに立っていた。

「あ、どうぞ話を続けてください」

「はい。わたしは先ほど、彼女の過去の思い出を旅して来ました。当時、彼女は二十五才でした」

 それから俺は手短にさっき見た恵子の記憶の話を二人に話した。

「その話の内容からすると、その石田さんって、店長のことですよね?」

 花井が満を持したように言った。だが石田はじっと目を閉じて何かを考えたまま何もしゃべらない。

「じゃあ恵子さんって?」

「おそらく、花井さん、あなたのお母さんなのでは? お母さんの名前は恵子、そして旧姓は花井ではなく、中谷、中谷さんではないですか?」

「ええそうよ。やっぱり? そんな気がしていたわ。その記憶はお母さんの若い頃の思い出なのね? と言うことは、あの白いワンピースの女性は二十五才のお母さん? 母が亡くなった時、わたしはまだ五才でよくは覚えてないんだけど、そう言われればなんとなく面影があるような気がするわ」

 俺は花井の顔をじっと見て、さっきの恵子の顔と重ね合わせてみた。そうだ、やはり似ている。彼女を初めて見た時の違和感はそれだったのか。あの震災の朝、俺のところにやって来た女性だ。なぜすぐに気付かなかったのだろう。

「ん、待てよ、花井さん。初めてこの店で恵子さんを見たのは昨年二〇一五年の秋で、二人が出会ったのが一九八〇年。と言うことは、去年がちょうど三十五年目に当たる」

「約束の年! 母はやって来たのね」

 その時、入り口の方から「ご予約の山田様お見えになられました」と声が聞こえた。時刻は午後六時三十分。予約客は老夫婦のカップルだ。店は若者だけではなく年配の人にも人気があるようだ。ハンサムなソムリエに案内されてその老夫婦が俺たちの席の横を通ったその時、彼らは花井の顔をちらりと見て不思議そうな顔をした。俺はその一瞬の表情を見逃さなかった。ん? この二人は?

 その老紳士が口を開こうとした時、隣にいた女性が花井に向かって言った。

「あら、あなた、もしかしたら恵子さんのお嬢様の香織さんではないかしら?」

「ええ」

「やっぱり。若い頃のお母様にお顔がそっくり」

「そうか、恵子さんの娘さんだったか。どこかで見たことがあると思ったんだ」

「なぜ母のことをご存知なのですか?」

 突然のことに驚いた花井が聞く。

「そりゃあ知っていますよ。お亡くなりになるまで十五年間もあなたのお母様とはお付き合いがありましたからね。あなたのお生まれになった時のことも存じておりますよ」

 俺は気付いた。

「申し遅れました。わたし、山田信雄と申します。こっちは家内の奈緒美です」

 でも何か変だ。何だろう。

「これも何かの縁ですね。あ、あなた、あれを」

「おおそうだな。ようやく渡せる」

 山田はショルダーバッグから一枚の封筒を取り出した。

「中を開けて見て下さい」

 花井は封筒から一枚のハンカチのような物を取り出した。

「これは?」

「あなたのお母様からわたしたちが預かっておりました」

 五十センチ四方の大き目のバンダナだ。藍染、厚手の綿生地にアイヌ文様。彼女の記憶で出て来たものと同じだ。

「間違いなさそうですね。石田さん、これ見ても思い出しませんか?」

 俺は振り返り石田に尋ねた。しかし石田は依然として沈黙を守ったままだったが、なぜか何かに脅えているように見えた。

 俺は再び二人の方を向き、そして尋ねた。山田夫妻はなぜか不思議な顔つきだ。

「あの、差し支えなかったら、これをなぜあなた方が持っているのかお教え願いませんか?」

「ええ、もちろん」

                                 続く


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