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プロローグ

 たとえるなら、夏の強い日差しを浴びてタラリと指をつたうソフトクリームの肥えた乳色。

 そんな濃厚な白い空間が見渡す限りずっとずっと、ずっと遠くまで続いていた。

 白はあらゆるものすべてを隠さずに曝け出す。逃げ場のない色。怖い色。

 俺はここを〝白の世界〟と名付けていた。

 その世界の、おそらく中心に一床の古いベッドが置かれていた。よく病院などで見かけるアレだ。でもこのベッドは嫌いではない。体を横たえるとなぜか安心する。

 ほとんど夢と言うものを見たことがない。眠ったらいつもここへやって来る。俺はここが夢の中だとは思っていないけれど、そのことを多少なりとも心理学をかじった奴に話すと、「いやそれは夢だよ。繰り返し見る同じ夢〝反復夢〟だ」と言う。

 しかし結局のところよくわからない。わかっていることは、ここにやって来たら、ただこの簡易ベッドに横たわるだけで、次に目覚めるまではまったく何の変化もなく、ひょっとしたらここには時間すらもないのかもしれない。

 そして俺の意識はここにはなく、あるのは違和感のみ。つまりもう一人の俺が、ここに横たわる俺をじっと見ている、そんな感じだ。どこなんだ? 一体ここは……。



   1


 一九九五年一月十七日未明。

 その時、階下で空気の流れる気配がした。きっと誰かが扉を開けたのだろう。

「ああ、お客さんか……」

 例の白の世界から戻った俺は呟いた。彼らもやって来る時は普通に玄関から扉を開けてやって来る。決して突然現れたりしない。きちんと礼儀をわきまえている。

 すぐにトントントントン、と階段を上がる乾いた足音が聞こえ、それは俺の寝ている枕元で止まった。

 次の瞬間、ドン! と言う凄まじい重力が全身にのしかかる。

 来た! まるでベッドの底まで沈んでしまいそうだ。でも俺は驚かない。これが彼ら流の挨拶だ。もう慣れっこだ。そしてここまでは想定内だった。

 ところが今回はここから先が少し違っていた。いつもなら、息もまともにできないほどの重苦しさを感じるのに、不思議と怖れも不安も感じない。俺は諦め半分ゆっくりと瞼を開いた。埃臭い匂い。例えるなら古い木造校舎の片隅にある資料室か図書室の匂いだ。

 試しにゆっくり横を見る。おや? いつもなら金縛りでぴくりとも動けないはずなのに、今日は珍しく動く。

 女だ。ほっそりした色白の女性が正座でこちらをじっと見ていた。ナチュラル素材の白いワンピース、胸まで垂れ下がった黒髪、年の頃なら二十四、五だろうか。たいそう美しい。しかし、彼女の目を見た時、胸が締め付けられる思いがした。

 懸命に何かを訴え掛ける目。深い憂いを秘めた彼女の瞳には涙が溢れていた。そして、こんなにも優しい目を今まで見たことがなかった。

 その次の瞬間、きしきしきしきしっ、と壁や天井が鳴き、俺は否応無く現実に引き戻された。それから部屋は大きく、長く、ゆらりゆらりとまるで時化の海を行く小船のように揺さぶられて、すぐにベッド脇の本棚からドサッと本が崩れ落ち、キッチンの方からは食器の割れる派手な音が聞こえた。

 ――午前五時四十六分。街は崩れた。

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